第089話「金鞭」
「そういえば、莉音さん達って、どうやってダンジョンの外でスキルを使ってるんですか?」
歩きながら、俺は疑問に思っていたことを彼女に尋ねる。
魔力があれば、ダンジョンの外でもスキルを使えるというのは、俺にもわかっているが、実際にどうやっているのかは気になっていた。
「ああ、これだよ。"魔力石"って言ってね、高い魔力吸収効果と、魔力の蓄積能力がある石なの。能力犯罪者もそうだけど、外でスキルを使ってる人は、大体これを使ってるんじゃないかな?」
莉音はそう言いながら、ポーチから赤く光る石を取り出して見せてくれた。まるで血液のように赤黒く脈動するその石は、確かに魔力の塊といったような印象を受ける。
「エルドラドのダンジョンの、とあるボスモンスターからドロップするらしいぜ。かなりレアだから、市場には殆ど出回っていないみたいだけどな」
多田野さんが、莉音の説明を補足するように言う。
なるほど……俺が琴音にあげた神聖樹の木刀のようなものか。あれよりは魔力吸収力も貯蔵量も少なそうだが、それでも強力なアイテムには違いないな。
「……ん? 向こう、何かちょっと騒がしくないですか?」
俺が前方を指差して言うと、全員の意識がそちらに向いた。
耳を澄ませると、前方の十字路の左側から、怒声や叫び声のようなものが聞こえてくる。おそらくこの先で、何かトラブルが起きているのだろう。
すぐさま走り出した莉音の後を追うようにして、俺達はその現場へと急ぐ。
そして、曲がり角を曲がった先に見えたのは――
「モブ共ぉ~、さっさと金を置いていかないとぉ~、撃ち殺しちゃうぞぉ~?」
「きゃー! や、やめてください!」
「あ、あんた警官だろう! 気でも狂ったのか!」
拳銃を手にした、警察官と思わしき制服を着た男性が、通行人を脅しながら、お金を要求している姿だった。
そして、彼の周りには、男の同僚と思わしき、数名の警察官が血を流して倒れている様子が目に入り、俺達は言葉を失う。
「あれってもしかして、北村容疑者の憑依じゃない?」
「……たぶんそうですね。あの警察官に、北村が乗り移ってるんでしょう」
莉音の推測に、俺は小さく頷きながら答える。
「金を要求してるが、目的はなんだ?」
「おそらく、発言自体に意味はないんじゃないでしょうか。ああやって警察官に乗り移って、この辺りの警察官を排除すると同時に、捜査情報を収集してるんでしょう」
「ふーん、好き勝手やってるだけかと思ったけど、案外抜け目ないんだね。でも、これは北村容疑者の本体が近くにいるってことの証でもあるよね?」
莉音は納得したような表情を浮かべると、北村が憑依してると思われる警官に向かって、一歩足を踏み出す。
「ちょっと待ってください……。神聖なる光よ、邪なる闇から我らを護りたまえ――"ホーリープロテクション"」
俺は莉音の肩を掴んで止めると、即座に神聖魔法を発動させ、全員に精神防御のバフを掛ける。
「うおっ! これは魔法か? 黒鉄さんには聞いてたが、本当にダンジョンの外でも魔法が使えるんだな」
「はい、これは精神系の攻撃から身を守ってくれる防御魔法です。北村の憑依攻撃も防げるはずなので、安心して奴に近づけますよ」
「はえ~、便利だねー。私、魔法とか使えないから羨ましいなー」
莉音は感心したようにそう言ってから、ゆっくりと北村の憑依した警察官に近づいていく。すると、奴は俺達の存在に気づいたのか、銃口をこちらに向けて、有無を言わさず発砲してきた。
パァン! という乾いた音が、その場に鳴り響く。
俺は咄嗟に魔法を発動して、それを防ごうとしたのだが――
「――――"
その前に、莉音が腰に巻いていたウエストポーチの中から、金色に光る鞭を取り出すと、素早い動作でそれを振るった。
すると、鞭はまるで意志を持っているかのように空中を縦横無尽に駆け巡り、飛来してきた銃弾を次々と弾き返す。そして、そのまま蛇のようにうねると、警察官の体に巻き付き拘束した。
「うわ! すごっ! かっけーっ! それって
俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
いや、俺も色々な能力を使えるし、特殊なアイテムをいっぱい持ってるけどさ、それでもこういう派手でカッコいい武器は憧れちゃうんだよな。
それに、美少女が使う鞭ってなんかこう……エロくていいよなっ!(個人的な感想です)
「そうだよー。ちょっと派手過ぎて恥ずかしいけど、性能はかなりいいからねー。それより、早く北村容疑者を捕まえようよ」
そう言いながら、莉音は金色の鞭で警察官の体を持ち上げると、それをこちらに投げてよこした。だが、すでに北村の憑依は解けているようで、警察官は困惑した様子で、俺達を見つめてくる。
「……どうやら、莉音さんの鞭に拘束された瞬間、体から抜けだして、逃げたみたいですね」
「うーん、やっぱり本体を捕らえるしかなさそうかな?」
「はい、本体さえ確保してしまえば、例え霊体になって逃げたとしても、戻るところがありませんからね。奴の能力は強力な反面、制約も多く、あまりに本体から離れすぎると、体とのリンクが切れて死んでしまうというデメリットがあるので」
俺はそう言いながら、人気のない路地裏へと入り込み、そこから神聖魔法の"ヒールレイン"を発動させる。すると、空から聖なる光が広範囲に渡って降り注ぎ、北村の凶弾によって倒れた警察官達の傷を癒していく。
街の人々は、突然の出来事に驚きつつも、何か奇跡のような力によって、怪我人が癒されていくのを見て、歓喜の声を上げていた。
やがて、警察官達の傷は完全に癒えたようで、彼らは戸惑いながらも、北村に憑依されて凶行に走った警察官を拘束し、警察署へと連行していった。
「あの警察官には後で、黒鉄さんの方からフォローを入れてもらうように頼んでおくね」
莉音はそう言いながら、金鞭をポーチの中にしまう。
すると、今まで黙って成り行きを見ていた多田野さんが、突如興奮した様子で声を上げた。
「いたぞ! 北村だ! ここから北東、約250メートルの位置だ!」
「見つけたんですか!? 流石です、多田野さん!」
「ようやく名前を憶えてくれたようだな! よし、早速向かうぞ!」
俺と莉音は多田野さんの言葉に頷き、北村がいると思わしき場所に向かって駆け出すのだった。
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