第088話「特殊能力対策部隊」★

《ああ、ソフィアくん。何度も連絡を取ろうとしたんだが、繋がらなくてね》


「すみません、黒鉄さん……。ちょっと電波の届かない場所にいたもので……」


 スマホから、低く、落ち着いた雰囲気の声が聞こえてくる。


 声の主は、WEA日本支部のトップ、黒鉄くろがね龍馬りょうま氏だ。マイケル国王には、WEAの日本支部のお偉いさんを紹介してほしいと頼んだが、まさか一番偉い人を紹介してくれるとは思わなかった。


 この人は、俺でも知ってるくらいの有名人で、日本では英雄的存在だ。


 彼は10数年前のダンジョン出現の際に、初めてダンジョンからダンジョン資源を持ち帰ることに成功した探索者であり、この世界において、ダンジョン資源の有用性を世間に広めた立役者でもある。


 当時はすでに30過ぎの年齢で、レベルアップ能力を持たないにも関わらず、モンスターから奪った粗末な武器を片手に、数多のモンスターを屠り、未踏のダンジョンをいくつも踏破した、現代の英雄。


 次第にレベルアップ能力を持つ若い探索者達の活躍が目立ち始めるようになると、段々とメディアへの露出が減っていき、やがて姿を消してしまったが、今はこうしてWEAの日本支部長として、裏から探索者達を支える立場に収まっている。


《それで、例の北村琢夢の件だが、我々の諜報部隊が慎重に調査をしていたんだがね……。日本の警察が先走って、彼を逮捕しようと動いてしまい、逃げられてしまったようだ》


「……警察、ですか?」


《ああ。君には先日話したが、ダンジョンの外でもスキルを使うことが出来る方法は、トップシークレットではあるが、探索者協会や国のトップの中では周知の事実でね。近年、警察は能力犯罪に対処するための部署を設立している。だが、やはりそこは公務員というか、色々な思惑が絡んでいてね……》


 黒鉄さんは大きく溜め息を吐くと、申し訳なさそうな声色で説明を続けた。


 彼が言うには、警察組織は一枚岩ではないらしく、能力犯罪に対応するための部署が設立されていることは事実だが、やはり利権が絡んでいるようで、それが上手く機能していないらしい。


 捜査員も、能力犯罪を取り締まるにはスキルについて熟知している必要があるはずだが、実際それを理解している人材は、まだ殆どいないのだとか。


《今回も上の判断で、非能力者の捜査員を強引に動かしてしまった結果、北村の憑依の餌食になり、全員が同士討ちを始めてしまった上に、捜査情報も漏洩してしまい、北村に逃げられることになったらしい……》


 あまりにもお粗末な結末に、俺は頭を抱えた。


 警察の失態により、逃亡中の北村と委員長達が接触してしまい、今回の悲劇が起きてしまった、ということらしい。


「それで、奴は今どこに?」


《並木野市の方に向かったとの目撃情報があったらしい。ソフィアくん、うちの特殊能力対策部隊のメンバーを2名、君に貸し出そう。どちらも非常に優秀な探索者で、ダンジョンの外でもスキルを使えるから、君の役に立つはずだ。彼らと協力して北村を見つけ出し、捕縛してほしい》


「わかりました、並木野市ですね……。あの、いざという時は、奴を殺しても構いませんか?」


《ああ、出来れば拘束が望ましいが、奴の能力の性質上、殺害もやむを得ないだろう。責任は全て私が取る。だから、君は一切気に病むことはない》


 黒鉄さんはそう言うと、最後に俺の身を案じるような言葉をかけてから、通信を切った。


 ふぅ……。マイケル国王もそうだが、黒鉄さんも話が分かるタイプなので助かるぜ。さてと……それじゃさっそく並木野市に行って、まずは特殊能力対策部隊のメンバーと合流だな。


 俺はスマホをポケットに仕舞うと、足早に並木野市へ向かって駆け出した――。





 並木野市に到着した俺は、待ち合わせ場所である駅前の噴水広場へ向かう。するとそこには、高校生くらいの年齢に見える女の子の姿があった。


 前髪をぱっつんと切り揃えた、艶やかな黒髪のミディアムヘアに、勝ち気そうな大きな瞳に長いまつ毛。鼻筋がしっかりと通った整った顔立ちの美少女で、手足はスラリと細く長い。


 Tシャツに短パンというラフな格好をしており、頭にはキャスケット帽を被っている。全体的にスレンダーな体型だが、胸は大きく、腰回りも引き締まっていて、まるでモデルのようだ。


 彼女はスマホを弄りながら、噴水の縁石に腰掛けていたが、俺が近づいて行くと、こちらの存在に気がついて顔を上げた。


「あなたが黒鉄さんの言ってたソフィアさん? 初めまして、私は嬉野うれしの莉音りおんです」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023211929047884


 嬉野莉音と名乗った少女は、そう言いながら立ち上がると、ふわりと微笑んだ。


「私はソフィア・ソレルです。嬉野さん、よろしくお願いいたします」


「莉音でいいよ。歳、同じくらいでしょ?」


 うーん、俺は本当は24歳なんだが……。というか前世と合わせたら、俺って魂の年齢は40歳くらいじゃん。おっさん……いや、女歴の方が長いからおばさんか?


 まあでも、肉体年齢的には中学生だし。肉体がずっと若いせいか、精神もあまり年を取ってる感覚がないんだよな……。いっか。うん、深く考えるのはやめよう……。


「……ん? 莉音さんって、もしかして世界探索者ランキングに載ってる、あの嬉野莉音さんですか?」


「そそ、これでも日本に4人しかいないAランクの1人なんだよー。まあ、私の場合は仲間が優秀なおかげで、ここまでトントン拍子でランキングを駆け上がってるだけなんだけどねー」


 嬉野莉音さん。彼女は世界探索者ランキングにおいて、現在77位に位置しているトップランカーだ。つまり、日本では最強クラスの探索者と言える。


 そのことを俺が指摘すると、莉音さんは謙遜するように両手を振った。


「いやー、私はそこまで強くないと思うよ? 世界探索者ランキングは、攻略したダンジョンや持ち帰ったアイテム、倒したモンスターなど、様々な要素で順位付けされてるから、目安にはなるけど戦闘能力だけで決まるわけじゃないからね。実際、前に草薙さんと模擬戦した時、見事にボコボコにされたし……」


 世界探索者ランキング、24位の草薙くさなぎ八馬斗やまと。日本に4人しかいないAランク探索者の1人であり、大のギャンブル好きで有名な男だ。


 Aランク探索者といえば、その殆どが大金を持っているわけだが、彼は手に入れた金を全てギャンブルに使ってしまい、しかも好きではあるが下手くそなので、いつも金欠状態という、どうしようもないAランカーである。


 だが、その大金をギャンブルで全部溶かす動画が、娯楽に飢えた人々の心を鷲掴みにし、日本ではかなり人気が高い。俺も一回だけ見たことがあるが、リアクションが面白くて、正直ちょっと笑ってしまった。


「ははぁ……。それでも凄いですよ。莉音さんって、まだ高校生くらいですよね?」


「うん、花のJKだよ。で、黒鉄さんから話は聞いてると思うけど、今日は私達があなたのサポート役として付くことになったから、よろしくね」


 右手を差し出しながら、人懐っこい笑顔を浮かべる莉音。その手を握り返すと、ぶんぶんと上下に振ってくる。


 遠目から見た第一印象は、ちょっと琴音に似た雰囲気の娘だと思っていたけど、実際に喋ってみると、全然違うな。琴音よりもずっと快活でアクティブなタイプだ。


「ところで黒鉄さんは2名と仰ってましたが、もう1人の方はどこに?」


 俺はキョロキョロと辺りを見回しながら、莉音に尋ねる。すると、彼女は苦笑いを浮かべながら、頰を搔いた。


「おい! 俺だよ俺! さっきから嬉野の隣にいるだろ!? 何で気づかないんだよ!?」


「……へ?」


 突然、どこからか聞こえてきた怒鳴り声に驚いてそちらを見ると、莉音の隣に、1人の少年が立っていた。


「え? あなたが特殊能力対策部隊のメンバーなんですか?」


「そうだよ! ずっと嬉野の隣にいたんだから、普通分かるだろ!?」


 いや、だって……。あまりにも特徴のない顔をしていたもんだから、ただの通行人だと思ってたわ……。


 何というか、パッとしない、地味な容姿の高校生くらいの男子だ。その辺を歩いていそうな感じというか、明日会ってもすぐに忘れてしまいそうな顔をしている。


「俺の名前は多田野ただの茂武しげたけだ。今日はよろしく頼むぜ」


「ああ、よろしくお願いします。えっと……多田さん?」


「多田野だよ!? 何で自己紹介した途端に間違えられるんだよ!?」


 多田野茂武と名乗った少年は、悲痛な叫び声を上げる。


 そうは言われても、この人本当に特徴がないんだよな……。でも黒鉄さんに聞いた情報によると、これでも一応はBランクらしいし、実力はあるんだろう。


「ふふ、多田野くんはこれでも索敵スキル持ちだからね。結構役に立つよ。まあ、戦闘能力はそこまで高くないけど、そこは私とソフィアさんでカバー出来るしね」


「索敵スキル持ち!」


 それは非常にありがたい。流石黒鉄さんというべきか。北村の奴を探し出すのに、これほど適した人材はそういないだろう。


「では、さっそく北村を探しましょうか。田中さん、あなたの索敵スキルで奴の居場所は分かりますか?」


「田中じゃなくて多田野だ! 『た』しか合ってねーじゃねーか!? くそ……。まあいい、とりあえず索敵スキルを発動する。少し待ってろ。嬉野、北村の持ち物って何かないか?」


「ちゃんと準備してきたよ。ほらこれ、北村容疑者の所持品」


 多田野さんが尋ねると、莉音はウエストポーチから漫画雑誌のような本を取り出した。表紙には、肌色率の高い美少女の絵が描かれており、所謂エロ漫画というやつだろう。


「エロ本じゃねーか! 他に何かなかったのかよ!?」


「警察が殆ど押収しちゃってて、他には無かったの! ほら、早くしてよ」


 莉音は多田野さんに向かって、エロ本を手渡すと、彼はしぶしぶといった表情でそれを受け取り、地面に置いて、その上に右手を乗せた。


「ところで莉音さんのそのポーチって、もしかして恩寵の宝物ユニークアイテムですか? 明らかにポーチより大きいサイズの雑誌が出てきましたけど……」


「うん、私これでも恩寵の宝物、3つ持ちだからね。これはいわゆる収納系だけど、他の2つは戦闘系だよ」


「嬉野はスキルもユニークだし、戦闘能力はかなり高いぜ。ダンジョンの外でもこいつに勝てる奴は、そうはいないだろうよ」


 へえ、それは凄いな。Aランクと索敵スキル持ち。黒鉄さん、いい人材を貸してくれたもんだぜ。


「どうやら、半径300メートル以内にはいないな……。もう少し歩きながら探そうぜ」


 多田野さんがスキルを解除して立ち上がる。俺達は3人で並木野市を歩き回りながら、北村の行方を追うことにした。

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