第087話「悪逆無道」
全身を淡い光に包まれながら、俺は山田家の自室へと戻ってきた。早速タンスの中から下着を引っ張り出し、手早く身に付ける。
「ん? この気配は雫かな?」
俺の魔力を感知したのだろう。廊下からバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえる。そして、勢いよくドアが開かれ、雫が部屋に飛び込んで来た。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 大変、大変! 大変なんだよ!」
……何だか、俺が世界間を移動する度に、何か事件が起きているような気がする。
雫の慌てぶりからすると、望み薄ではあるが、どうか吉報であってほしいと、俺は下着の上にスカートを穿きながら尋ねた。
「……どうした? 霊獣の卵でも孵ったか?」
だが、案の定、雫は首を左右に振ると、悲痛な面持ちで叫んだ。
「委員長が大変なの!? お兄ちゃん、すぐに病院に行ってあげて!」
◇
「なんだよこれは……」
母ちゃんの運転する車に乗りながら、病院へと向かう道中で、雫にスマホの画面を見せられた俺は、思わず言葉を失ってしまった。
「たぶん、例の変質者事件の犯人の仕業だと思う……。三上くんに聞いた話によると、変な小太りの男とトラブルになったあと、こんな事になっちゃったって……」
雫のスマホには、とある動画が映し出されており、そこには、信じられないような光景が広がっていた。
場所は、大勢の人が行き交う繁華街の大通り。
そこで、委員長が突然、「皆さーーん! 今から面白いことが起こるので、動画を撮って拡散して下さいねー!」と大声で連呼しながら、奇妙な踊りを披露し始める。
かわいい委員長が、唐突にそんなことをし始めたものだから、辺りの通行人達は何ごとかと足を止めて、動画を撮影しだした。今見せられてるこの動画も、こうしてこの中の誰かによって撮影されたものなのだろう。
委員長の奇行はそれだけでは終わらなかった。彼女は突然、その場で制服を脱いで下着姿になると、周りにいる人達に見せつけるようにポーズを取り始めたのだ。
次に、鞄の中から生徒手帳を取り出し、「来栖野陽依、〇×中学3年A組、来栖野陽依をよろしくお願いします! 趣味は〇×△です! お相手は随時募集中でーす! ぐひひひ!」と大声でプロフィールや卑猥な趣味を口にした後、再び踊り始める。
三上くんは当然それを止めようとする。だが、委員長はそんな彼の顔面を思いっきり殴りつけると、奇声を発しながら、近くに止まっている自転車やバイクを蹴り倒し始めた。
そして、通りかかった散歩中の子犬を持ち上げるや否や、それを飼い主の老婆の顔面に向かって投げつけると、ゲラゲラと品のない笑い声を上げる。
どんどんとエスカレートする委員長の奇行に、それまで面白がって撮影をしていた野次馬達も、流石にざわめき始めた。
だが、委員長の暴走はさらに加速する。
いつの間に手にしていたのか、右手にはバタフライナイフのような刃物が握られており、あろうことか、その刃で近くにいた幼稚園児くらいの少女に切りかかったのだ――。
「……っっ!?」
あまりにも衝撃的な光景に、思わず目を背けそうになる。
しかし、映像は続いており、少女を守ろうとした庇った三上くんが、委員長の凶刃に倒れてしまう。
そこで、委員長はようやく正気に戻ったのか、血塗れになった自分の手を見つめると、絶叫を上げた。目の前にはどくどくと血を流し、ぴくりとも動かない三上くんの姿。
あとで雫が三上くんに聞いた話によると、ショックで気を失ってしまったが、刺さりどころが良かったのか、命に別状はなかったらしい。だが、この時の委員長は、彼を殺してしまったと完全に思い込んでいたようだ。
気が動転した彼女は、ふらつきながら道路へと飛び出し、そこに突っ込んできたトラックに――――。
「……意識不明だって。今、集中治療室に入っているけど、いつ目を覚ますかは分からないって……。ねぇ、お兄ちゃんなら治せるよね?」
「…………」
ギリリ、と歯軋りをする。間違いなく、あいつの仕業だろう。
どうしてこんな酷いことを平然とできる? おそらく、あの男は罪悪感なんてこれっぽっちも感じていないだろう。むしろ、心の底から楽しんでいるに違いない。
「……俺の責任だ」
「え?」
「俺はあいつが例の事件の犯人だろうと、当たりを付けていた。だから、もっと注意しておくべきだったんだ……」
マイケル国王の計らいで、WEA日本支部のお偉いさんとはコンタクトを取れた。あの男の能力のことも伝えたし、JEAとは違って、どうやら真面目に動いてくれそうだったので、彼らに任せておけば早期に解決するだろうと、勝手に楽観視していた。
だが、その油断が裏目に出た。事件が解決する前に、まさか身近な人物が、こんなタイミングで被害に遭うなんて……。
「着いたよっ! 早く行っておやり!」
猛スピードで車を飛ばしていた母ちゃんが、ドリフト走行で車を駐車場に止めると、俺に向かって叫ぶ。
「母ちゃん! ありがとう!」
俺と雫はすぐさま車から飛び降りると、病院へと駆け込んだ。そして、委員長のいる集中治療室へと走る。
「あ、病院の廊下を走らないでください―!」
「ごめんなさいーーっ!」
途中ですれ違った看護師に窘められたが、今はそれどころではない。俺達はそのままの勢いで、病室の扉を開いた。
「……委員長」
そこには、沢山の管に繋がれた委員長の姿があった。一応、心拍を示すモニターは動いているようだが、その数値はかなり弱々しい。
ベッドの横の椅子では、三上くんが何やら沈痛な面持ちで俯いており、入ってきた俺達に気が付くと、慌てて立ち上がった。
「山田さん、ソフィアさん、来てくれたんだね……。うぐっ! いつつ……」
だが、三上くんは立ち上がった途端、顔をしかめてお腹のあたりを手で押さえる。命に別状はなかったとはいえ、彼もナイフで刺されたのだ。相当、痛みが酷いのだろう。
俺はそんな三上くんに駆け寄ると、彼の肩を支えながら、そっと椅子に座らせた。
「神聖なる光よ、彼の者の傷を癒したまえ――"エクストラヒール"」
三上くんの体に手を翳しながら、神聖魔法を発動させる。すると、彼の体を優しい光が包み込み、みるみるうちに傷が塞がっていった。
「こ、これは……!? まさか、回復魔法! ソフィアさん、君は一体……」
驚きの声を漏らす三上くんだが、今は詳しく説明している暇はない。一刻も早く、委員長を治療しなければ……。
俺はベッドの方に移動すると、彼女の体にそっと手を置く。
「天なる光よ、その清浄なる輝きを持って、全てを癒す奇跡となれ――"パーフェクトヒーリング"」
最上級神聖魔法を発動させる。すると、彼女の体は眩い光に包まれた。
それと同時に、委員長の体にあった傷が、瞬く間に消えてゆく。やがて光が収まると、そこには健康的な顔色を取り戻した委員長の姿があった。呼吸も安定しており、脈拍も正常な値を示している。
「ふう、何とか間に合ったみたいだな」
「おに……ソフィアちゃん。治ったの? 委員長、目が覚めないみたいだけど……」
「おそらく、精神的なダメージが残っているんだろう……。そのうち目は覚めると思うが……」
しかし、目を覚ました時、委員長がどういう反応をするか……。
操られてたとはいえ、三上くんを自らの手で刺してしまった事実は消えない。そして、人通りの多い繁華街で、下着姿のまま奇行を繰り返す彼女の様子は、ネットの海を通して世界中に拡散されてしまった。
それはデジタルタトゥーとなり、委員長の心に深い傷を残すことになるだろう。もう、まともに外を出歩くことすら、ままならなくなるかもしれない……。
「神聖なる光よ、その慈愛を以て、傷ついた彼女の心を癒したまえ――"メンタルヒーリング"」
委員長の額を優しく撫でながら、追加で精神を安定させる魔法をかける。気休め程度かもしれないが、これで少しでも彼女の心が落ち着くといいのだが……。
「三上くん、委員長を頼む。彼女が目覚めたら、上手くケアしてやってくれ」
「あ、ああ……。正直色々聞きたいことはあるけど、ここは君の言う通りにしよう。陽依のことは俺に任せてくれ」
三上くんは力強く頷くと、ベッドに横たわる彼女の手を握りしめた。それを見た俺は、踵を返して歩き出す。
「ソフィアちゃん、行くの?」
「ああ。決着を付けてくる」
前々から自分勝手で、妄想の中に生きてるような男だとは思っていたが、本当に力を得たことによって、完全に歯止めがきかなくなってしまったようだ。
自らを世界の主人公だと錯覚し、他の人間は皆、モブキャラであり、自分の気まぐれで好きなように弄んでもよい存在だと思い込んでいる。
あまりにも幼稚で傲慢で、反吐が出るような思考回路。もはや、この人間社会に存在してはならない害悪だ。ならば、俺が……前世の因縁もひっくるめて引導を渡すしかあるまい。
「憑依能力者――
俺は拳を握りしめると、病院の外に向かって歩き出した――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます