第085話「異世界チャーハン」★

 俺達は気を取り直して、食ベ物が売っている店の立ち並ぶエリアにやってきた。


 そこら中から、肉の焼ける香ばしい匂いや、果物の甘い香りが漂ってくる。


 この世界の料理は基本的にはゲロマズなのだが、それは調味料が乏しかったり、調理器具の質が悪かったり、料理人の技術不足だったりと、様々な原因があってのもの。


 なので、素材自体が全て不味いというわけではなく、こういった出店で売られている、焼いただけの肉だとか、新鮮な果物など、シンプルな食べ物は、比較的マシな味のものが多かったりする。


 とはいえ、地球の料理とは比べるべくもないのが残念ではあるが……。


 だが、地球では存在しないような珍しい果物や、動物の肉が売られていることもあり、それらを適切な調味料で丁寧に調理すれば、とんでもない美味となる可能性も考えられた。


 そういった珍しい食材を見つけて、地球の料理よりも、更に美味しい料理を作り出すことができれば、この世界に食の革命を起こせるかもしれないな……。


『ワフ~ン……』


「おや? ポメタロウ起きたんですか?」


 俺の腕の中で丸くなっていたポメタロウが、目を覚ましたようで小さく鳴いていた。どうやら自分で歩くつもりのようで、俺の腕から飛び降りる。


 トテトテと歩いていくポメタロウの後を、俺達はゆっくりとした足取りで付いていく。すると、彼はとある出店の前で立ち止まると、鼻をひくつかせてそちらを凝視していた。


「おいしそうなにおい~」


「コッケコーの卵焼きね。コッケコーの卵は、シンプルな味付けでも凄く美味しいのよ」


 コッケコーとは、地球の鶏に似た魔物の名前だ。


 地球の鶏よりも、一回りほどサイズが大きく、凶暴な性格をしているので注意が必要だけど、肉は柔らかくて美味しいし、卵はしっかりと栄養が詰まっているので、高級食材として重宝されている。


「よう! お嬢さん達、お一つどうだい? こいつは今朝採れたばかりの新鮮な卵だよ!」


 屋台の店主が、俺達に声をかけてきた。コッケコーの卵は濃厚な黄身が特徴であり、焼いてもゆでても美味しい万能食材だ。


「そうですね、では卵焼きを3人分お願いします」


「あいよー! 少々お待ちを!」


 俺が注文すると、店主は手際よく卵焼きを作り始める。ジュワァァと油の跳ねる音と共に、辺りにいい匂いが漂い始めた。ルルカがごくりと喉を鳴らすのを見て、思わず笑みが浮かんでしまう。


「お待たせ! コッケコーの卵焼きだよ!」


 店主が皿の上に、こんがりと焦げ目の付いた、美味しそうな卵焼きをのせてくれた。俺は料金を支払ってからそれを受け取ると、一口食べてみる。


 外はカリッと焼かれており、中はフワッとした食感でとても美味しい。シンプルな味付けながらも、卵本来の味わいがしっかりと感じられる。


「ふうむ……。やはり、このような高級食材をシンプルに焼いたものの方が、高級料理店で出されるものよりも、美味しい気がしますね。この世界には調味料も調理器具も足りないから、仕方がないのかもしれませんが……」


「コッケコーの卵焼きおいしー!」


「うん、やっぱり新鮮な卵は美味しいわね。でも、最近はソフィアの持ってくる調味料に慣れちゃったから、あまり薄い味付けだと物足りない感じがするわ」


 俺がこの世界の料理について考察していると、隣でルルカとフィオナが卵焼きをパクついていた。俺はポメタロウにも、コッケコーの卵焼きを分け与える。すると彼は、尻尾を振りながら嬉しそうに食べ始めた。


 ドラスケもそうだけど、こいつらゴーレムなのに何故か普通にご飯も食べるんだよな……。謎だ……。


「どうだい? コッケコーの卵は美味しいだろう? 持ち帰りにいくつか買っていくかい?」


「そうね。今日はこれを使ってチャーハンでも作りましょうか」


「おお! チャーハンいいですね。おじさん、それじゃあ卵を5個ほど――」


「ソフィアちゃん、あれなに~? あの卵だけ金ぴかに光ってるよ!」


 俺が卵を注文しようと思ったその時、横からルルカが口を挟んできた。


 彼女が指さす方向を見ると、そこには、金色の卵が1つだけポツンと置かれていた。他の卵と大きさは変わらないが、キラキラと眩い輝きを放っている。


「おっ! お嬢ちゃんお目が高いね! そいつはゴールデンコッケコーの卵さ! 激レアの卵だよ! その味はコッケコーとは比較にならないほど絶品さ!」


「ゴールデンコッケコー……。聞いたことがありますね。大陸の南に浮かぶ、ドサレグ島にしか生息しない希少な鳥で、肉は濃厚で美味しく、その卵は1つ食べれば1日寿命が延びるとまで言われているとか……」


「お嬢さん詳しいね! そう、その通りさ! 偶然にも今日、ドサレグ島に行っていた冒険者が、そいつを持ち帰ってきてね。どうだい? 特別に3000ルディで売ってもいいよ?」


 卵一個に30万円かよ……。たけぇな……。


 でも、今日はヨハンにエロ漫画を売って稼げたから、ここはケチる場面でもないだろう。俺は迷わず3000ルディを支払って卵を購入することにしたのだった――。





「やあ、ソフィア。久しぶりじゃないか。もうちょっと頻繁に顔を見せてくれてもいいのに」


「エヴァン、お久しぶりです。そうしたいのは山々なんですが、私も色々と忙しい身でして……」


 ゴールデンコッケコーの卵を買った俺達は、それからしばらくバザーを散策した後、ソレル農場に戻ってきた。


 フィオナに早速料理をしてもらおうと、食堂に足を向けたところ、ちょうどエヴァンと鉢合わせしたのだ。


 調理場から、美味しそうな匂いが漂ってくる。どうやらフィオナが、調理を始めたようだ。ご飯ができるまでの間、俺とエヴァンは食堂でお茶を飲みながら、最近の近況について話し合う。


「農場、ちょっと見ない間に随分と大きくなりましたよね。南の村の方もかなり発展しているみたいですし……」


「君のおかげでね。この国だけじゃなく、他国からも商人がたくさんやってきて、人の出入りが激増したんだよ。移住者も増えて、今や村ではなく、ソレルの街とまで呼ばれるようになっているよ」


 美味しい料理が食べられるという噂が広まり、さらに特級冒険者である俺が運営する農場のある街ということで、移住希望者は後を絶たないという。それにエヴァンの手腕もあって、街はどんどん発展しているようだ。


「そろそろ俺も右腕と呼べるような、有能な部下が欲しいものだよ。これじゃ、王子であった時より忙しいくらいだ」


 冗談交じりにそういうエヴァンだが、その表情は疲れが滲んでいた。確かに如何に彼が優秀とはいえ、1人で全てをこなすのは限界があるのだろう。もっと管理職を増やして、負担を減らす必要がありそうだ。


「何か足りない物とか、困ってることとかないですか?」


「少し、水不足気味だね。ほら、君が無料で水道なるものを整備してくれていただろう? おかげで住民や商人達や旅人がガンガン使うものだから、最近になって水の使用量が跳ね上がってね」


 ああ、今のところは無料提供してるからなぁ……。俺とルルカの水魔法チャージじゃ追いつかなくなってきたのなら、水道料金とかの設定も必要になりそうだな。


「うーむ、フィオナも魔導書で水魔法を使えるようになりましたし、ちょっと大きめのダムでも作って、水を溜めてみましょうかね……」


「それは助かるね。よろしく頼むよ」


「他には何かありますか?」


 俺がそう尋ねると、エヴァンは少し言いにくそうな表情を浮かべながらも、口を開く。


「……うーん、ウェインがね。歓楽街を作ってはどうかという提案をしてきてね」


「歓楽街ですか……」


 ネラトーレル王国出身のウェインらしい提案だ。確かに街は大きくなってきたが、娯楽施設のような物はまだ一切無い。


 特に性産業というのは、人が増えてきたらこれが結構馬鹿にならないのだ。この世界は地球と違って、ヨハンが作ってるエロ本くらいしか、自分で性的欲求を発散する方法が無い。


 なので、男達の欲求が溜まっていくと、そのまま爆発して犯罪行為に手を染めたりしてしまう者も現れてしまうかもしれない。


 だが、そういう施設ができれば、今度は荒くれ者などが勝手に集まるようになって、治安が悪化する可能性もある。


「……保留ですね。もう少し盤石な警備体制ができるまでは、そういう施設を作るのは控えた方がいいかと」


「うん、俺も同じ意見だよ。流石ソフィアだね、相談して良かったよ」


 エヴァンは嬉しそうな表情を浮かべながら、俺の手の上にそっと自分の手を重ねてくる。相変わらずイケメンだし、距離感が近すぎるぜ……。


 俺がやんわりとその手を退かすと、彼はそれを予想してたかのように、楽しそうに笑った。


 うーむ、こいつには長期戦を辞さない覚悟が感じられるな……。フィオナやルルカなど、俺の周りの人達の評価もどんどん上がっていっているみたいだし、これまでの男共と違って、一筋縄ではいかなそうだ……。


 でも残念ながら俺はそう簡単には落とせないぜ。体は許しても、俺は未だに一度も男に心を許したことはない。自分で言うのもなんだが、心はバージンなんだ……。


「それで、次に建設予定の施設なんだが――」


 何事もなかったかのように話を続けるエヴァン。やはりこいつは強敵だな……。俺も気を引き締めていこう……!


 こうして俺達が、新しく建設予定の施設や人員について話し合っていると、次第に厨房からいい香りが漂ってきた。


 どうやらフィオナが、チャーハンを作り終えたらしい。激レア素材である、ゴールデンコッケコーの卵をふんだんに使った料理なので、期待が高まる。


「完成したわよ! フィオナ特性、"ゴールデンコッケコーの黄金チャーハン"よ!」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16818023211766049008


 そう言ってフィオナがテーブルに置いたのは、大きな重箱に敷き詰められた、黄金色に輝くチャーハンだった。


 上には焼豚やネギなどのトッピングが載せられており、見た目だけでも、食欲をこれでもかと刺激してくる。チャーハンから立ち上る湯気と共に、香ばしい匂いが食堂に充満し、俺達はごくりと唾を飲み込んだ。


 早速テーブルを囲んで、皆でチャーハンを頂くことにする。


「エルクやウェインはまだ仕事中? 申し訳ないけど、そこまで量が多いわけじゃないから、私達で食べちゃいましょう」


 フィオナがそう提案して、皆の取り皿に、黄金チャーハンを取り分けてくれる。


 かわいそうだが、この場にいない2人はお預けになってしまった。すまん……また今度レアな素材をゲットしたら、食べさせてあげるからな……。


 俺は心の中で2人に詫びながら、黄金チャーハンを口にした。


「おお! これはっ!」


 その瞬間、まるで黄金の稲穂が口の中で揺れるかのごとく、パラパラでフワッとした食感が舌の上で踊り始める。ゴールデンコッケコーの卵でコーティングされた米粒は、その一つ一つにしっかりと味が染み込んでいて、噛めば噛むほど旨みが溢れ出てくるようだ。


 更には上に乗せられた焼豚やネギが絶妙なアクセントとなり、一口、また一口と食べ進める手が止まらなくなってしまう。


 これは……今まで食べたチャーハンの中でも、群を抜いて美味しいぞ……!!


「美味しいな! 君の料理にはいつも驚かされるが、今日のチャーハンはまた格別だ! 絶品だよ!」


「うふふ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


「いやいや、これ本当に凄いですよ! 異世界の素材も捨てたもんじゃないですね……」


「気に入ってもらえてよかったわ。それじゃ、私も食べましょっと……」


 そう言ってフィオナも黄金チャーハンを口に運んでいく。味見で既に食べている影響か、他の皆よりはリアクションは控えめだ。


「うん、我ながらいい出来ね」


「おいしいよー! さすがフィオナちゃんだね!」


『ワフワフワフー!!』


『グオンオーーンッ!!』


 フィオナとルルカに続き、ポメタロウや、いつの間にか食堂の窓から顔を覗かせていたドラスケも夢中でチャーハンを食べていた。


 お前もチャーハン食うのかよ……。まあ、別にいいんだけどさ。


 いやしかし、ここまで美味いとは正直思っていなかったな。これは、もうちょっと落ち着いたら、本格的に異世界のレアな食材探しをしてみるのも悪くないかもしれない……。


 こうして俺は、異世界の料理を楽しみながら、まだ見ぬ食材に思いを馳せるのであった。

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