第083話「暴食のグリモワール」

「まったく……、酷い目に遭ったわ……。あんなの誰が買うのかしらね……」


 見世物小屋を後にした俺達は、気を取り直して他の屋台を回っていた。


 先程の出来事がまだ尾を引いているのか、フィオナは心底不快そうな顔で毒づいている。ルルカはリンゴ飴を買ってやったら、すぐに機嫌が直ったみたいだ。美味しそうにぺろぺろと舐めている。


 そしてポメタロウは俺の腕の中でウトウトとしていた。ゴーレムのはずなのに、それを忘れそうになるくらい本物の子犬みたいだ。


「見て、ソフィア。古本市がやってるわ。ちょっと覗いてみましょうよ」


 フィオナが指さした先には、古本が立ち並ぶ露店があった。


 この世界の本は地球と比べてかなり高価なため、一般の人が気軽に買えるものではない。だから、こういった露店では、中古の本が売られていることが多い。


 だが、こういったバザーには、稀少な魔導書や、レアアイテムが紛れていることがあるので侮れない。


 3人で連れ立って古本市に足を運ぶ。何か掘り出し物はないだろうかと思い、きょろきょろと露店を見回していると、店主のおじさんが声をかけてきた。


「やあ、お嬢さん達。見たところ高い魔力を持ってそうだね。うちでは魔導書を売ってるんだが、よかったら見ていかないかい?」


「魔導書ですか。いいですね、ちょっと見ていきましょうか」


「ソフィアちゃん、魔導書ってなに~?」


 ルルカがこてんと首を傾げて聞いてくるので、俺は優しく教えてあげることにした。


 魔導書とは、魔法のギフトがなくても、魔力さえあれば誰でも魔法が使えるという優れものだ。ただ、その価格は希少性と需要の高さから、非常に高価であることが多い。


 まず、一冊の魔導書で使える魔法は一つだけであり、魔法を行使する際には、その魔導書を手に持って、呪文の詠唱をする必要がある。


 そして、魔導書に魔力を注ぐことで魔法が発動するのだが、その際には、魔法のギフトを持ってる人間が普通に魔法を発動するのよりも、多くの魔力を消費することになる。


 その上、発動した魔法の威力も、魔法のギフトを持ってる人間と比べるとかなり低くなる。つまり、魔導書による魔法の行使は、めちゃくちゃ魔力効率が悪いのだ。


 魔法のギフト持ちに匹敵するレベルの魔力効率で、強力な魔法をバンバン撃つことのできる水神の涙が、如何に常識外れな性能なのかがよく分かるだろう。


「うーん、ルルカは魔導書使う必要ないー?」


「ルルカは水魔法のギフトを持ってますからね。まずはそれを極めることに専念すればいいと思いますよ」


 そんなわけで、魔法のギフト持ちが魔導書を使うメリットは殆どない。


 ただそれでも、ギフトがなくても魔法を使えるという利点は非常に大きいので、どうしても魔法を使いたい人にとっては、喉から手が出るほど欲しい一品である。


「水魔法の魔導書はないのかしら? 灼熱炎刃は便利だけど、料理をするにあたって、私も水魔法を使えるようになりたいのよね」


「たしかに水魔法は便利だから、フィオナも一冊くらいは持っておいた方がいいかもですね。おじさん、水魔法系の魔導書はありますか?」


 俺が尋ねると、おじさんはごそごそと商品の山から魔導書を探し始めた。


「んっと……。確かこの辺に……。おお、あったあった! ちょうど"アクアボール"の魔導書が一冊あるんだが、どうだい? 1000ルディで売るよ」


 おじさんは埃をかぶった魔導書を手に持って、こちらに見せてくる。


「やっぱり魔導書は高いわね……。でも、今はお金に余裕もあるし、1000ルディくらいならいいか」


 フィオナは財布から金貨10枚を取り出して、おじさんに渡す。




 ――さて、今更ではあるが、このアストラルディアでの通貨の説明をしておこう。


 まず、通貨は硬貨で流通している。銅貨1枚で1ルディという通貨単位だ。俺の感覚だと、1ルディが日本円で大体100円くらいかな。


 で、銀貨1枚が10ルディで1000円くらい、金貨1枚が100ルディで1万円くらい、大金貨1枚が1000ルディで10万円くらい、白金貨1枚が1万ルディで100万円くらい、といった具合である。大まかだけどね。


 銅貨以下の価値の商品は、まとめ売りにして、銅貨1枚という扱いで売るか、切り捨てで銅貨1枚と等価として取引をするのが一般的なようだ。


 つまり、さっきのゴキは大金貨20枚と言っていたので、日本円で200万円くらいの価値ということだ。価格設定おかしいだろ、どこのアホがあんなもん買うんだろうか……。


 とまあ、こんな感じで、国によって物価は多少違うが、殆どの人間の国では、この通貨が使われている。


 何故異なる国で同じ通貨が使われているのかというと、それはアイテム師の影響が大きい。なんと、アイテム師がモンスターをアイテム化した際、このルディア硬貨に変化することがあるのだ。


 昔の人々は、「なんぞ? この金や銅で作られた謎の物体は?」……と、不思議そうにしていたのだが、やがて、とある国の王様がそれをコレクションとして集め始めたのが全ての始まりだった。


 王様は国民の持ってきたルディア硬貨を、食料や様々なアイテムと交換するようになった。ここまではただの物々交換だったのだが、ある日、1人の国民が、本物の金や銀からルディア硬貨を真似たものを作り、王様のアイテムと交換することを企んだのだ。


 その企みはあっさりばれてしまったのだが、この"偽ルディア硬貨"を、王様は大層気に入り、「国民にこれを流通させたら、物々交換がやりやすくなるのでは」と思い至った。


 これがアストラルディアでの通貨制度の始まりであり、この国を発祥に、様々な国がそのアイデアを真似し始め、ルディア硬貨は爆発的に世界中に広まったらしい。


 というわけで、この世界の通貨は、このアイテム化されたルディア硬貨を基準にして作られているので、どの国でも通貨が統一されているのである。




「お嬢さん、こっちの魔導書もどうだい? "ヒール"の魔導書だよ。神聖魔法の魔導書は珍しいから、うちじゃないと手に入らないと思うよ」


「う、う~ん……。それも欲しいわね……」


 おじさんの巧みなセールストークに乗せられて、フィオナはうんうんと悩んでいる。


「いいじゃないですか。欲しい本は全部買っていいですよ。フィオナは魔力が多いですし、最近は魔法の勉強も頑張っているみたいなので、私がお金を出してあげます。フィオナの使える魔法が増えると、料理のバリエーションも増えるかもですからね」


 俺がそう言うと、フィオナはパッと顔を輝かせた。


「本当!? ありがとうソフィア! じゃあ、これに、これもお願いします!」


 フィオナは嬉しそうに魔導書を何冊かおじさんに渡す。するとおじさんは、急に真面目な表情になって、俺達に向き直った。


「……お嬢さん方、実はとっておきの魔導書があるんだ。大きな声では言えないけどね、10万ルディほどの価値のある激レアの魔導書さ。君なら、購入するだけのお金を持っているんじゃないかい?」


 おじさんは俺の方をちらりと横目で見ながら、声を潜めて、そんなことを言ってくる。どうやら俺の正体に感づいているようだ。


 10万ルディ、白金貨10枚。日本円だと大体1千万くらいだろうか。もちろん、特級冒険者の俺なら余裕で買える値段ではあるが……。


「……見せて貰ってもいいですか? 実物を見てみないと、判断できないですね」


「ああ、きっと気に入ると思うよ。こっちへ来てくれ」


 おじさんは嬉しそうに手招きすると、俺達を店の裏手へと連れて行った。


 そこには厳重に施錠された小さな金庫があり、おじさんはその鍵を開けると、中から一冊の古びた魔導書を取り出した。


 表紙はボロボロで、とても10万ルディの価値があるようには見えない。だが、何やら怪しげな魔力を感じる。


「手に取ってみても?」


「ああ、鑑定できるのかい? もちろん構わないよ。むしろ、ぜひ見て欲しいね」


 俺はおじさんから魔導書を受け取り、アイテム鑑定のスキルを行使した。




【名称】:暴食のグリモワール


【詳細】:アイテム師――ヘイトマンによって作られた12番目の呪物。魔導書を食べることのできる魔導書。本来なら一冊に付き一つの魔法しか使えない魔導書であるが、この魔導書を使えば、複数の魔法をストックすることが出来る。ただし、所有しているだけで、その人物の魔力を少しずつ吸収し続けるため、魔力の少ない人物がこの魔導書を使った場合、魔力欠乏症になり、命を落とす危険性がある。




「こ、これは……!?」


「どうだい? 凄いだろう? これはおじさんが昔、とある骨董市で見つけたものでね。鑑定師によると、魔法使いなら喉から手が出るほど欲しがる凄い魔導書らしいんだけど、怪しげな魔力を放ってるだろう? その影響で、誰も買い手がつかなくてね……。結局、うちでずっと保管してたんだが、君ならこれを有効活用できるんじゃないかと思ってね」


 これはヘイトマンズコレクションじゃないか!? しかもNo.12って、俺も聞いたことのないレア物だぞ!?


 俺は絶句した。この魔導書の真の価値は、10万ルディどころの話ではない。俺の見立てでは、100万ルディ以上でもおかしくないくらいの代物だ。


 魔力が高い人間なら、これを一冊持っているだけで、全属性の魔法を行使することすら可能になる。まさに、全世界の魔法使いが欲しがるような逸品といえよう。


「ま、まあ……、確かに中々の魔導書ですね……。これなら購入するのもやぶさかではない、ですが……」


「まさか買うの!? 白金貨10枚よ?」


「ソフィアちゃんお金持ち~!」


 フィオナとルルカが驚きの声を上げる。そんな俺達の様子に、おじさんはニヤリ、と笑みを浮かべた。


「……でも、10万ルディはちょっと高くないですか? 7万までまかりませんか?」


「いやいやいや! いくらなんでも7万じゃ安すぎるよ! 鑑定師によると、20万ルディの価値はあるって話だったんだよ!? なかなか買い手がつかないから、半額まで値下げしたけど、これ以上はまからないよ!」


「じゃあ8万ルディでどうです? 確かにレアかもしれませんが、こんな魔導書買うの、私くらいしかいないと思いますよ? 如何に価値がある物だとしても、このままずっと金庫の中で埃を被らせておくのは、無意味だと思いませんか?」


「ぐぬぬぬぬ……。わ、分かったよ! 9万ルディ! 流石にこれ以上は譲れないよ!」


「ヨシ! いいでしょう、ではそれで交渉成立です!」


 ぐへへへへ! よっしゃー! まさかヘイトマンズコレクションが、白金貨9枚で買えるなんてラッキーだぜ!


 10万ルディどころか、20万ルディでもバーゲン価格だが、俺が大はしゃぎで飛びついたら、おじさんが本当の価値に気づく可能性があったからな。わざと安い値段で交渉したんだが、上手くいってよかったぜ。


 俺は内心ほくそ笑みながら、おじさんに白金貨9枚を手渡し、暴食のグリモワールを受け取るのだった――。

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