第082話「見世物小屋」

「あら? ソフィア来てたのね」


「ええ、2週間ぶりくらいですか? フィオナも元気そうで何よりです」


 リビングのソファーで、俺が日本から持ち込んだ料理本 (ルディア語に翻訳済み)を読んでいたフィオナが、パタンと本を閉じて声をかけてきた。


「あんたすぐにいなくなるんだから、たまにはゆっくりしていきなさいよ」


「まあ、時間の流れ的にしょうがないところがあるんですよ。向こうで1日過ごしただけで、こっちでは1週間近くも経っちゃうんですから」


 俺は肩を竦めつつ、フィオナが淹れてくれたお茶をすすった。彼女の淹れてくれるお茶は、エルフに伝わる伝統的な緑茶で、ちょっと癖のある独特な味わいが特徴だ。


「エヴァンが代表代理として、しっかり切り盛りしてくれているから農場は問題はないけどね。外見た? また住民も増えたし、農場も広くなったわ」


「見ましたよ。なんか凄い勢いで発展してません? 正直ビビるレベルなんですが……」


「あんたが異世界から色々持ってくるからでしょうが……。貯水タンクに水道、発電機だったかしら? この世界であんな便利な物あるの、この村――いいえ、もう街ね。ここくらいよ?」


 フィオナが呆れたように溜め息を吐いた。


 まあ、確かに俺の快適な生活の為に、この世界――というかこの農場に色々と持ち込んでいるのは確かだ。世界中に技術を広めようとか、そんなことは思ってないが、便利だからついつい、ね?


「あー! ソフィアちゃんきてるー!?」


『ワンワン! ワフー!』


 ポメタロウを抱きしめたルルカが、部屋に入ってくるなり大声で叫んだ。彼女の腕の中にいるポメタロウも、それに呼応して元気よく吠える。


 俺が手招きすると、ルルカは駆け寄ってきて、ポメタロウを俺の膝の上に乗せた。そして、俺の胸にぎゅっと抱き着いてくる。


「よーしよしよし。ルルカもポメタロウもいい子にしてましたか?」


「うん!」


『ワフ~ン!』


 ポメタロウの頭を撫でつつ、ルルカを抱きしめ返してやる。すると、1人と1匹は嬉しそうに俺の体へ顔をすり寄せてくる。


 相変わらず愛いやつらだぜ……。心が温かくなって、自然と笑みがこぼれてしまう。


「おや? ルルカ、ちょっと背が伸びましたか?」


「う~ん? そうかなぁ~? わかんない!」


 ルルカが不思議そうに首を傾げる。それを見たフィオナがクスクスと笑った。


「ふふ、確かにちょっと伸びたかもね。ソフィアがあっちの世界に行ってる間、人間なんてすぐに大きくなっちゃうんだから。私はいいけど、ルルカ達にはもっと構ってあげなさいよ?」


「……そうですね」


 フィオナの言う通りだ。俺が地球にいる間、6倍の時間が流れるこっちの世界の人間は、あっという間に年を取ってしまう。エルフのフィオナはずっと変わらないだろうけど、ルルカもエルクもあっという間に成長して、俺を置いて行ってしまうんだろうな……。


 そう思うと胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。今が凄く幸せだから、余計にそう感じるのかもしれない。


 俺が俯いていると、ルルカとポメタロウが心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうしたの~? ソフィアちゃん元気ないの……?」


『ワフ~ン……』


「いえいえ! あなた達に会えたのに、元気ないわけないじゃないですかー! ほっぺたむぎゅー!」


「きゃー!」


『ワフーン!』


 ルルカの柔らかい頬に自分の頬をすり寄せて、ポメタロウを胸に抱え込む。すると、ルルカはくすぐったそうに笑い声をあげ、ポメタロウは嬉しそうに鳴いて尻尾を振った。その様子にほっと胸を撫で下ろす。


 フィオナはそんな俺達を見て小さく微笑むと、俺の隣に座って肩を寄せて来た。


「ねえ、せっかくこっちに帰ってきたんだし、明日は王都ミルテの大バザーにでも行ってみない?」


「……ああ、もうそんな時期でしたか。いいですね、皆で行きましょうか」


 俺はフィオナの提案を二つ返事で了承した。


 王都ミルテで毎年行われる大バザーは、世界各国から多種多様な商品が集まるので見応えがある。掘り出し物も見つかるかもしれないし、気分転換には丁度良いかもしれないな。


 その後、俺達は夕食を済ませた後、フィオナやルルカと他愛のない話をしながら、のんびりとした時間を過ごしたのだった。





 翌日――。


 俺はフィオナ、ルルカ、ポメタロウを従えて、王都ミルテの大バザーへとやってきていた。


 活気あふれる大通りには様々な屋台が立ち並び、通りを埋め尽くすほど大勢の人々が行き交っている。呼び込みの声や子供達の笑い声が響き渡り、まるでお祭りのような雰囲気だ。


 ルルカはそんな光景に目を輝かせて、キョロキョロと周囲を見渡している。フィオナはいつも通り落ち着いた雰囲気で、ポメタロウは尻尾を振って楽しそうだ。


 俺達ははぐれないように手を繋いで、ゆっくりとバザーを見て回った。


「あそこに人がいっぱいいるよ~? なにしてるの~?」


 ルルカが興味津々といった様子で、前方を指さす。そこにはバザーの中でも一際大きな人だかりが出来ていた。


「あれは見世物小屋ね。世界各国の珍しい生き物を集めたり、旅芸人の芸を披露したりしてるのよ。行ってみる?」


 フィオナの提案に俺達は首肯した。彼女の後について行き、見世物小屋の中へと足を踏み入れると、そこには見たこともないような生き物達の姿があった。


 体表が虹色の鱗で覆われたトカゲや、二足歩行する亀、翼の生えた猫など様々な生き物が檻に閉じ込められていた。俺達はそれらを興味深げに眺めながら、ゆっくりと奥へと進んでいく。


「あら? あそこには人だかりがないわね?」


 ふと、フィオナが足を止める。見ると、他の場所と比べて閑古鳥が鳴いているような場所があった。


 そこにはぽつんと、大型犬がはいりそうなくらいのゲージが一つだけあり、檻にはカバーがかけられている。中からはカサカサと何か生き物が動く音がしていた。


「やあやあ、お嬢さん達。私の見世物はいかがかな?」


 檻の前に立っていた、フードを目深に被った男が声をかけてくる。なんだか怪しげな雰囲気だ。俺達は警戒しつつ、顔を見合わせた。


「その中身ってなんなんですか? なにか珍しい生き物でも?」


 俺が尋ねると、男はニヤリと口角を上げた。


「ふふふふ、とても珍しい生き物ですよ~。お嬢さん達もきっと驚くことでしょう! さあさあ、もっと近寄って見てみてください」


 男が興奮気味に手招きする。興味をそそられた俺達は、恐る恐る檻に近付いた。すると――。


 カバーが外され、中にいたものが俺達の目に飛び込んできた。



 ――カサカサカサカサ……。



「「「きゃーーーーっ!?」」」


 俺達は大慌てで後ろ飛び退くと、3人で抱き合ってブルブルと震える。


 そこには大型犬ほどの大きさのゴ〇ブリに似た生物が、カサカサと高速で這いずっていたのだ。完全にトラウマものの見た目で、思わず吐き気を催してしまう。


「そ、そ、それ! 魔虫ゴキリオンじゃないの!? 変なものを見せないでよ!!」


 フィオナが珍しく取り乱した様子で叫ぶ。それを聞いた男がフードの下で、にやりと笑った。


「如何にもこれは魔虫ゴキリオンでございますが、よく見てくださいよ? なんとこのゴキリオン、世にも珍しいオスのゴキリオンでしてね! しかも体に白い部分が多いでしょう? これはゴキリオンの中ではイケメンの証で――」


 男が饒舌に説明を始めるが、俺達はそれどころじゃなかった。ルルカは泣き出しそうな顔で、俺の足にしがみついている。俺も固まっているポメタロウを抱きかかえ、ガタガタ震えていた。


 元男なんだから何とかしろって? いやいや、こればっかりは生理的に無理なんだって……! こいつが出たら男が何とかしろって風潮はやめてもらいたい。


「ゴキリオンのオスは千匹に一匹の割合で現れ、体に白い部分があるのが特徴ですな。その中でもここまで、白い部分が多いものはめったにおりません。どうですか、お嬢さん方? イケメンのゴキリオンですよ? 今なら大金貨20枚でお譲りしますが?」


 魔虫ゴキリオンは、ミステール王国の東側の海に浮かぶ、"黒い島"と呼ばれる魔虫が跋扈する島に生息している。特に害はない生き物なのだが、見た目がアレなので、人々からは蛇蝎の如く嫌われている。


 何故"黒い島"と呼ばれてるのかと言うと、ゴキリオンの大軍が島を埋め尽くし、真っ黒に見えるほどいるかららしい。羽がついてるが空を飛べないので、その島から出て来ることはないが、稀に漂流物等と一緒に流れ着いてしまうことがあるらしい。


 なお、ゴキリオンは超がつくほど弱い魔物で、一般人でも倒せるレベルなので討伐難易度は低いが、見た目がアレなせいで誰もやりたがらないという。


「は、早く出ましょう!? こんな気持ち悪いの見てたら、せっかくのバザーを楽しめないわ!?」


「ああっ!? お嬢さん方、お待ちを! まだゴキリオンの魅力を全て説明し終えてないのに――」


 頬を赤らめながら、うっとりした表情で語り続ける男を無視して、俺達3人と1匹は一目散にその場から逃げ出したのだった……。

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