第081話「並木野博物館」

「う~ん、どうすっかなぁ~……」


 リビングのソファーにゴロゴロと寝転がりながら、俺は古めかしい本を片手に、うんうんと唸っていた。隣では雫が、右手でスマホを弄りながら、左手で霊獣の卵の魔力を与えている。


 雫はあれから毎日、卵に魔力を流し込んでいるようだが、未だ、卵が孵化する兆候は見られない。まぁ、気長に待つしかないだろう。


 ……と、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、俺が悩んでいる案件の方が重要だ。


「……これはどうだ?」




【能力名】

保管するストック左手とアンド解放の右手リリース → 保管する左手と解放の右手・改


【詳細】

左手で受けた相手の特殊能力を保存して、右手から解放することのできる能力。一度使うとストックした能力はなくなる。ストックできる能力は3つまで。

左手で受けた相手の特殊能力を保存して、右手から解放することのできる能力。二度使うとストックした能力はなくなる。ストックできる能力は5つまで。


 強化しますか? ――【YES/NO】




 おお、やはりかなりパワーアップするな。ストックした能力を二回も使えるなんて、かなりお得だ。


 だがしかし、強化の書は一つしかない。まだ他にも強化したい能力があるから、これは保留だな。次の能力を見てみよう。




【能力名】

転移 → 転移・改


【詳細】

脳内で明確にイメージできる場所であれば、どれほどの距離や空間を隔てていても、一瞬で移動することができる能力。ただし、他の生物はおろか、あらゆる物体を持って行くことはできず、自らの肉体のみでないと能力が発動しない。また、能力の発動には1時間の精神集中が必要。

脳内で明確にイメージできる場所であれば、どれほどの距離や空間を隔てていても、一瞬で移動することができる能力。右手に握りしめた物体も一緒に転移可能だが、自分を含めて、合計で自らの体積の3倍未満のものしか転移できず、生物の場合は全裸でないと能力が発動しない。また、能力の発動には20分の精神集中が必要。


 強化しますか? ――【YES/NO】




 こ、これは! ついに転移の欠点が消えたぞ!


 しかも、自分の体積の3倍未満という条件はあるものの、生物を一緒に連れて行けるようになるとは……。転移を強化させれば、雫やフィオナも一緒に世界を移動することが可能になる訳だ。


「もうこれで決まりか! ……いやしかし」


 もし転移アイテムや同じようなスキルが手に入った場合、せっかく強化した能力が無駄になってしまうかもしれない。だが、この転移は使い勝手が悪そうに見えるが、はっきり言って、ノーリスクで世界間すら移動できるという観点だけで見れば、破格の能力だと言える。


 果たして今後、これだけの能力を持ったアイテムやスキルが手に入るだろうか? ならばもうこれに決めてしまってもいいんじゃないか……?


「うーん……。うーん……。う~む……」


「なにお兄ちゃんさっきから、うんうん唸ってるの? 便秘?」


「違うわ! そもそも美少女はう〇こなんてしないんだよ!」


「……実際お兄ちゃん変な能力持ってって、しないとかあり得そうだよね」


 ……ごめんなさい。本当はします。


「そんなことはどうでも良いんだよ! もしかしたら、お前を異世界に連れて行ってやれるかもしれないんだぞ」


「ええっ!? 本当っ!?」


 異世界という単語に反応した雫は、目を輝かせて身を乗り出してきた。


「ああ、だけど異世界ではレベルアップ能力のバフがかからないから、もっと魔力を鍛えてからになるけどな」


 異世界では、モンスターを倒せば倒すほど強くなるという、ゲームのような法則は存在しないのだ。なので、地道な鍛錬が必要とされる。


「うーん、これでも結構鍛えてるつもりなんだけどなぁ~……」


「お前の魔核は半分しかないからな。なかなか魔力の最大値が増えないんだ」


 ふむ、そうだな。そろそろ俺の魔核も完全に回復した頃だろうし、もう一度施術して、雫の魔核を完成形まで持って行ってやるか。


《続いてのニュースです。本日より、並木野博物館にて、暗黒龍バザルディンの剥製が一般公開されます。それでは、現地のリポーターに変わります》


 テレビから聞こえてきたニュースに、俺と雫は視線を移す。


《はい! こちら今話題の並木野博物館に来ております! ご覧ください、この賑わい! 家族連れやカップルなどの観光客でごった返しています!》


 映像に映った場所は、俺達の地元の近隣にある並木野市の博物館だ。


 並木野市は、日本で最大ともいわれるダンジョンがある街で、そこに出現するモンスターは、多種多様だ。


 モンスターは、完全に息の根を止めて、魔石を抉り出した状態なら、素材としてダンジョンの外に持ち出すことができるので、探索者達が持ち帰った魔物の死体から剥製が作られ、こうして博物館に展示されることも珍しくはない。


《ご覧くださいこの大きな身体! 全長30メートルは超えているのではないでしょうか!? これは本当に生きているかのような生々しさですね!》


 カメラがバザルディンの巨大な身体をズームアップする。すると、その周りにいる観光客達からも、感嘆の声と拍手が湧き起こった。


《この剥製は、世界でも有数の剥製師の方々が集まり、半年以上の月日をかけて作りあげたものだそうです。いや~、まるで今にも動き出しそうな雰囲気ですね!》


 リポーターの女性が興奮した様子で解説をする。隣で見ていた雫も、食い入るようにテレビに釘付けになっている。


「お兄ちゃん、これってアリスの動画に出てきたやつだよね!? 並木野ダンジョン99階に出没する、伝説の一般モンスター……!!」


「だなぁ……。ゲームとかでもたまにいる、ボスキャラより強い謎の一般モンスター……。アリスともう一人の女の子が、何かドロップアイテムを落とすんじゃないかって必死になって倒したけど、結局何も手に入らなかったってやつ。あれは結構面白かったわ」


 アリスの動画配信で一番のバズってた回だ。あの暗黒龍バザルディンとかいう奴は、頭部を斬り落とされても3秒で回復するとかいう頭おかしい能力を持ってるからな。


 それにしても、流石は世界でもトップクラスの探索者だ。あの巨体を丸ごと持ち帰れるような収納系アイテムを持ってるのか。


「まあバザルディンはどうでもいいから、俺と風呂に行くぞ。雫」


「……? …………はあぁぁああっ!? 何言ってんのお兄ちゃん! エッチ! 変態! 中3の妹と一緒にお風呂に入りたい兄とか完全に事案だからね!?」


 雫は顔を真っ赤に染めながら、俺の背中をバシバシと叩いてくる。


 やれやれ、エロはお前だろうが。頭からそういう発想しか出てこないのは、お兄ちゃんちょっとどうかと思うぞ。


「ちげーよアホ。俺の魔核が元に戻ったから、お前の半分しかない魔核を完全にしてやるんだよ。ほら、アレやると辺りに血が飛び散るし、痛すぎて粗相するだろ。俺も、お前も。だからその対策だよ」


「うげぇ……。また魔核を手に埋め込むの? アレ前やった時、痛すぎて気絶しちゃったんだけど……」


 雫がげんなりとした顔で愚痴る。確かにアレは痛いからな……。


 でも俺の方が遥かに痛いんだ。そう、アレはまさに死と隣り合わせの行為だ。全身が震えて、今にも失神してしまいそうになる程の痛みと恐怖、だがそれがまた――


「……と、とにかく行くぞ雫!」


 おかしな方向に行きかけた思考を中断させるように、俺は嫌がる雫を引きずって、浴室へと移動したのだった。






◆◆◆






「はぁ……。お風呂、先に入っておこうかな」


 空は自室のベッドから立ち上がると、軽く伸びをしてから浴室へと向かった。


 死んだ兄が、異世界から帰って来た時は、嬉しさのあまり涙が止まらなかった。けれど、最近はちょっと気まずい雰囲気になってしまっている。


 理由は簡単だ。兄は女の子になって帰ってきたからだ。しかも、自分より少し年上で、凄く可愛い女の子に。


 だけど、それでも兄弟だった時と同じように接してくるものだから、なんだか変な感じがしてしまうのだ。なんか……こう、よく分からないけど、心臓のあたりがきゅっと締め付けられるような感じ。


「ま、また……。お風呂に……。一緒に入ろうとか言われたら、ど、どうしよう……」


 女の子になった兄と一緒にお風呂に入ると、どうしても変な気持ちになってしまう。嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でもよく分からない……おかしな気持ち。


「……あれ? 誰かお風呂入ってるのかな?」


 風呂場の中から、何やら話し声のようなものが聞こえてくる。空は耳をすませて、その声の主が誰かを確かめようとした。



《よし! では始めるぞ雫。覚悟はいいか?》


《なくてもどうせするんでしょ~? もう一思いにやってよ~。お兄ちゃんのバカ》



「……え? 兄ちゃんと姉ちゃん?」


 その声は間違いなく、ソフィアと雫のものだった。一体、2人は何をするつもりなんだろう。更に聞き耳を立ててみる。



《じゃあいくぞ、ぬおぉぉぉおぉぉっっ! ぎぃやああぁぁあぁぁぁっ!》


《ひぇぇぇぇ~……。何度見ても痛そぉ~……》


《……はぁ、はぁ、ごふっ! ふぅぅぅぅ……"パーフェクトヒーリング"》


《だ、大丈夫?》


《ああ、後でゴッドブレスを使えば問題ない。それより、さあ……これをお前に入れるぞ……》


《ま、待って……心の準備が!》


《問答無用! 俺のモノを受け入れろっ!》


《いやぁっ! 乱暴にしないでっ!?》


《うおおおぉぉおぉぉおぉっっ!》


《いやぁぁぁぁぁっ! 痛いぃぃぃっ!》


《なに、すぐによくなるさ……。……りょくが体全体に満ちる感覚にお前も夢中になるはずだ……》


《うぅ、痛いけどなんか体が熱い……。凄い、前よりも体全体がポカポカする……。これ凄いよ、お兄ちゃん……!》


《ふふふっ……。そうだろう? さあ体の力を抜け……もっと奥まで埋め込むぞ》


《ひっ……!? だめっ! そんな奥まで入れないで~!》


《はぁ、はぁ……。さあ、まだまだ深く入れてやるぞっ! 完全に俺のモノがお前の体に定着するまでな!》


《ま、待って! これ以上されたら私……》


《さあいくぞ雫! 俺の全てを受け入れろぉっっ!!》


《ひぎいぃぃぃいーーーーっ!?》



 …………………………。


 …………。


 ……空は無言で、浴室の扉の前から立ち去ると、自分の部屋へと戻っていった。そして、ベッドに突っ伏すと、枕に顔を埋めて足をバタバタとさせる。


 しばらく悶えた後、くるりと身を翻して仰向けになると、虚無に満ちた目で天井を見つめるのだった。

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