第080話「怪しい噂」★

「それじゃあ次の問題は、転校生のソフィアくんにお願いしようかな」


 カツカツとチョークを走らせて、黒板に問題を書き終えた、数学教師の池輝いけてる耀よう先生が、亜麻色の髪をサラッと揺らしながら、ゆっくりと俺に視線を向けた。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330669613732967


「はい、分かりました」


 俺は席から立ち上がると、黒板の前へと歩み出て、チョークを手に取り問題を解き始める。数学は前世でも得意だったし、ブランクはあるが中学レベルの問題であれば造作もない。


 スラスラと黒板に問題の答えを書き記すと、池輝先生は満足げに頷いた。


 どうでもいいけど、この人、さっきからスーツのズボンが少しずれてて、白いブリーフがちらっと見えてるんですよね。


 この池輝という数学教師は、イケメンな上に気さくな人柄で、生徒からの人気も高い。また、生徒達が気持ちよく授業を受けられるように、細かい気配りも忘れずにしてくれるため、教師としては間違いなく優秀な人物であろう。


 俺も個人的には嫌いじゃないのだが……。ただ一点だけ残念なところがあって、それは彼がブリーフとブルマーをこよなく愛する変態だということだ。


 彼はこれらの話になると、途端に早口になって鼻息を荒くするし、隙あらば生徒達にブリーフとブルマーの着用を勧めてくるのだから、もうどうしようもない。


 普通ならこんな教師はクビになってもおかしくないのだが、池輝先生は保護者の奥様方の受けが異常なまでに良く、生徒達も笑い話として受け流しているので、彼の退職を望む声はどこからも上がらないのだった。


「流石だね、ソフィアくん。ほぼ完璧だよ」


「……ほぼ? 全部あってると思うのですが……?」


 俺は訝しみながら、黒板に書かれた計算式を見直すが、やはりどこにもミスは見当たらない。すると、池輝先生は真面目な表情で、俺に語り掛けてきた。


「ブルマーさえ穿いていれば完璧だったよ。ソフィアくん、君は実にブルマーが似合いそうだからね」


「…………」


「これを君に進呈しよう。これは昭和の時代に、この学校でも実際に使用されていたブルマーだよ。新品だし、サイズも君にぴったりのはずだから、是非とも穿いてくれたまえ」


 そう言って池輝先生は、教卓の上にブルマーの入った袋をそっと置いた。


「はぁ……。ありがとうございます……」


 何故サイズを把握しているのか、という疑問はあるが、俺は差し出されたブルマーを、複雑な心境で受け取った。まあ、何かに使う時が来るかもしれないし、一応もらっておこう。


「せんせーい! それってセクハラだと思いまーす!」


 雫がツッコミを入れると、教室内にドッと笑いが巻き起こった。

 

 う~ん、キモデブ教師だと完全に事案だけど、爽やかイケメンの池輝先生だと、何故か笑い話で済まされる不思議。これがイケメンの特権というやつか……。


「セクハラだなんてとんでもない! いいかい? そもそもブルマーとは、解放運動家のエリザベス・スミス・ミラーが、自由度の少ない女性の下着に疑問を持ち、女性解放の象徴として、動き易さを追求して生み出されたものなんだ。つまり、ブルマーは全ての女性の味方であり――(以下略)」


 池輝先生が何やら熱く語り始めたので、俺は勝手に席に戻ると、スマホを操作して電子書籍の漫画を読み始めた。他の生徒達も慣れたもので、我関せずでそれぞれ好きなように過ごしている。


 結局、池輝先生は授業終了を知らせるチャイムが鳴るまで、延々とブルマーの素晴らしさについて語り続けたのだった。





「えー、近頃、この近辺で変質者と思われる人物が多数出没しています。えー、特に女子生徒の皆さんはくれぐれも注意して登下校して下さい。えー、以上です」


 担任の江口先生は帰りのホームルームでそう告げると、そそくさと教室を後にした。先生がいなくなるや否や、クラスメイト達はわいわいと騒ぎ始める。


「ソフィアちゃん帰ろー」


 雫が琴音と一緒に、俺の席へとやって来た。俺は教科書を鞄にしまいながら、2人に向き直る。


「おうよ、一緒に帰るか」


「ソフィアさん、言葉遣い、素の口調にしたんですね」


「まあなー、段々清楚系美少女を気取るがめんどくさくなっちまってさ」


 転入当初は、クラスメイトの期待に応えるために、丁寧口調で猫を被っていたのだが、最近はその演技がどんどん雑になってきていた。でも、それがむしろ親しみやすさにつながるのか、クラスメイト達からは好評だった。


 池輝先生とかもそうだが、外見チートだと、何をやっても許される感があるからいいよな。


 3人で雑談しながら、昇降口へと向かう。


「江口先生が言ってた変質者の話だけどさ、これが結構謎なんだって」


 昇降口に着いて靴を履き替えていると、ふと思い出したように雫が話を切り出す。


「謎って……変質者の何が謎なんですか……?」


「それがね――――」


 雫の話によると、変質者による被害報告はいくつも上がっているそうだが、そのどれもが意味不明なのだと言う。


 まず、変質者は美男美女や社会的に成功している人が多く、彼らは何故か、普段は絶対にしないような行動をとるらしい。


 例えば、真面目な男性が、女性の前で急に裸になったり、夜の街で奇声をあげながら走り回ったり、強盗をしたり、子供や小動物を虐待したり。


 清楚な美少女が、卑猥な格好をして繁華街をうろついたり、歩いている女の子に突然キスしてきたり、ネットに自分のエロい動画を投稿したり……。


 とにかく、急に頭がおかしくなったのではないかと疑われるような奇行を、次々と行うのだそうだ。


 しかも、加害者が元の性格に戻った時、彼らは皆口を揃えて言うのだそうだ。急に意識が朦朧として、気がついたらそんなことをしていたと。記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。


 もしこれが演技だとしても、そんなことをして何のメリットがあるのか分からず、警察も頭を抱えているのだとか。


「……それは、気になる話だな」


 雫の話を一通り聞いた俺は、腕組みしながら考え込んだ。


 これは所謂、精神干渉系のスキルによるものではないだろうか? それもかなり強力なやつだ。例えば俺が知ってるあいつ・・・なら、躊躇なくこんな真似をしそうなものだが……。


 だが、あいつはダンジョンの外でスキルを使う方法なんて知らなかったはずだ。誰かに教わった……?


「神聖なる光よ、邪なる闇から我らを護りたまえ――"ホーリープロテクション"」


「うわっ! びっくりした! 急にどうしたのさソフィアちゃん」


「ソフィアさん、今のは……!?」


 俺達の身体が一瞬淡く輝いたかと思うと、雫と琴音がびっくりしたように声をあげる。


「神聖魔法の"ホーリープロテクション"だ。主に状態異常や呪い、精神攻撃から身を守る効果がある。これが破壊されたら、何らかの攻撃が仕掛けられたと思っていい。すぐに俺に知らせろ」


 俺がそう説明すると、2人は顔を見合わせてから頷き合う。


「ただ、効果は1日しかもたないから、毎日かけ直さないと駄目だけどな」


「それでも、いざという時に身を守ってくれるのはありがたいですね」


「私達以外にもダンジョンの外で、スキルを使える人がいるってこと? 何か物騒な話になってきたね……」


 例の事件が、スキルによるものだという可能性に気付いたのだろう。雫が深刻そうな表情を浮かべる。


「……そうだな。とりあえず、しばらくは出来る限り固まって登下校した方が良さそうだな」


 しかし、謎の変質者事件か……。もし仮にあいつが犯人で、ダンジョンの外でスキルを使い、このような行為を行っているなら、放置は出来ない。


「だけど、ギルドの動きがあまり活発じゃないんだよな……」


 一応、この間の"危ない君"の話はギルドにも報告し、注意喚起を呼びかけたのだが、あまり反応が良くなかった。


 ギルド――日本探索者協会は、日本政府が設立した"ダンジョン省"の管轄下にある組織で、つまり職員は公務員である。なので、いかにもお役所仕事といった感じの、危機感のない対応しかされなかったのだ。


「マイケル国王に相談でもしてみるかな……」


 日本探索者協会(JEA)ではなく、世界探索者協会(WEA)の方なら、あるいは積極的に動いてくれる可能性もある。


 この2つは非常に密接な関係にある組織だが、全く同一という訳ではない。例えば、FIFA(国際サッカー連盟)とJFA(日本サッカー協会)みたいな関係といえば、分かりやすいだろうか。


 探索者協会は世界探索者協会を頂点に、ヨーロッパ探索者協会、アジア探索者協会、日本探索者協会といった具合にピラミッド型の構造になっており、基本的に上から順に、発言権や権力が強い。


 なので、日本政府が動いてくれないようなら、WEAに直接働きかけた方が手っ取り早そうだ。WEAの方にも日本支部があるので、マイケル国王に話を通せば、協会の中枢の人を紹介してもらえるかもしれない。


「お兄ちゃんどうしたの?」


「いや、ちょっと考え事してただけだ。さあ、帰ろうぜ」


 俺は早速マイケル国王にメッセージを送信すると、2人と一緒に帰路につくのだった。

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