第078話「億万長者」
「どういうことだよ門倉さんよぉ!?」
西方瑛佑は、立川ギルドの支部長室に怒鳴り込むなり、支部長の門倉が座っているデスクに思い切り拳を叩きつけた。
「ちょ、ちょっと落ち着きたまえ西方くん! 冷静になるんだ!」
「冷静になれ? ふざけんなっ! これを見てみろよ!」
そう言って、西方はスマホを操作して、SNSのY『ワイッター』を見せてくる。そこには、"立川ダンジョン"や"西方瑛佑"がトレンド入りしており、彼に関するコメントが大量に書き込まれていた。
:西方ダサすぎワロタwww
:僕が立川ダンジョンを攻略するのは、神の意志なのかもしれません(笑)
:最後の西方の顔めっちゃウケる
:あのタイミングで先に攻略されるとかギャグかよw
:え、瑛佑くんってこんなアホっぽいキャラだったっけ?
:俺、前々からこいつ気に食わなかったんだよねー
:芝居がかってるし何か胡散臭いんだよこいつ
:西方ってアレ小さそう
:Aランクをフォーカスするなら羽子さまと莉音ちゃんをもっと出せよ。西方ばっかりテレビに映すな
:西方調子に乗っててウザかったから気分爽快で草
:おいおい、俺達の瑛佑様をディスるなよwww
そこには西方を馬鹿にするコメントが大量に並んでいた。門倉は、それを目にしてバツが悪そうに目を逸らす。
「あんたに言っておいたよなぁ!? 俺以外のAランクがダンジョンをクリアしないように、しっかり見張っておいてくれって! どうなってんだよこれは!?」
西方は憤怒の表情を浮かべながら、門倉の胸ぐらを掴んで激しく揺すった。すると門倉は焦った様子で弁明する。
「き、君の言ったように、Aランクは通してないんだ! そ、それどころかBランクの強豪パーティもダンジョンに入らないように、しっかりと言い含めておいたんだよ!」
それを聞いて、一瞬、西方の動きが固まる。しかしすぐに怒りが再燃したのか、門倉を思い切り睨みつけた。
「じゃあ、何でダンジョンをクリアされてんだよっ!?」
再びデスクに拳を叩きつける西方。その衝撃でデスクは真っ二つに割れ、上に乗っていた書類の束が床に散乱した。
その光景に、門倉は青ざめた表情で叫ぶ。
「クリアしたのはCランクの探索者だったんだよ!? こんなの予想できるはずもないじゃないかっ!」
「……Cランク探索者だって?」
当時Bランクだった自分でも、撤退を強いられた立川ダンジョンのボスを、Cランクの探索者が倒した? にわかには信じがたい話だった。
「一体どこのどいつだよ、この俺に恥をかかせやがったクソ野郎は!? 今すぐにそいつをここに連れて来いっ!」
西方のパーティが立川ダンジョンを攻略しようと計画していたことは、日本では有名な話だった。最近は連日テレビでも大々的に報道されていたため、新聞やネットニュースを閲覧する人なら誰でも知っている話だ。
それを邪魔したということは、自分達に喧嘩を売ったも同然。西方は、その探索者の名を聞き出して、必ず報復するつもりだったのだが――
「そ、それが……。ダンジョンをクリアしたのは、外国人留学生なんだよ……」
「……何だと? 海外の探索者、なのか……?」
外国人となると話は変わってくる。自分は日本ではかなりの影響力を持っている探索者だが、下手に外国人に手を出すと、後で面倒なことになる可能性があった。
「しかも、ダンジョンの本場エルドラドからやってきたらしくてね。更に厄介なことに、何と国王と関わりの深い探索者らしいんだ……」
「……っ。エルドラドの国王だと……!?」
エルドラドには世界探索者協会(WEA)の本部があり、エルドラドの国王は、そこでも圧倒的な発言権を持っている。バックにそんな人物がついている相手に喧嘩を売れば、国際問題に発展しかねない。
「エルドラドには、本格的なダンジョン探索者の養成機関があるらしくてね。今はまだ有名じゃなくても、将来のAランク候補と言われる人材がゴロゴロいるそうだよ。おそらく、彼女もそんな実力者の一人なのだろうね」
西方はそれを聞いて唇を強く嚙む。
要するに、だ……。
Aランク級の実力を秘めていたCランクの留学生が、偶然自分のいる街に留学してきて、偶然自分が攻略しようとしていたダンジョンを、先にクリアしてしまったというわけだ。
外国人なので、西方が友人の仇討の為にダンジョンボスを倒そうとしているとか、地元の人間がダンジョンを攻略すべき空気だとか、そういった忖度は一切通用しない。
ダンジョンというのは、本来誰がクリアしても問題ないものだ。それを、西方は自分が最初に攻略するために、支部長の門倉に圧力を掛けて、他の上級探索者がダンジョンに入らないよう監視させていた。
ここで西方が文句をつけたとしても、その外国人留学生は、何も知らずに未攻略のダンジョンを普通にクリアしただけなので、責められることは何一つなく、逆に西方の方が恥をかくことになる。
……つまりは、完全に打つ手なしだ。
「くそったれが……! ふざけやがって……」
怒りの行き場をなくした西方は、だだ、その場に立ち尽くして悪態をつくことしかできなかった。
◆◆◆
「「「いただきまーすっ!」」」
山田家の食卓には、美味しそうな料理の数々が並んでいた。
高級寿司をメインディッシュに、鶏の唐揚げやフグの刺身に、野菜や天ぷらなども用意されており、とても食べ応えがありそうだ。
今日は立川ダンジョン攻略のお祝いということで、金に糸目を付けずに豪勢な料理をたくさん買ってきたのだ。もちろん費用は全部俺持ちである。
未玖と琴音とは、また今度ゆっくりお祝いをしようということで、今回は家族水入らずでの夕食だった。
「おいしー! このお寿司、前にテレビで紹介されてたとこのだよね!?」
「おおよ! 今回は奮発して、この辺りで一番高いお寿司屋さんで注文してきたんだ。めちゃくちゃ美味いだろ!」
興奮しながら寿司を頬張る雫の姿に、自然と頬が緩む。
「ふんっ! あたしの料理ほどじゃないけど、なかなかの美味さじゃないの」
「うん、お母さんの料理もいいけど、たまにはこういうのもいいよね」
母ちゃんも文句を言いながらも、美味しそうに料理を食べており、父ちゃんもご満悦の様子。俺はそんな皆の様子を微笑ましく眺めながら、箸を動かした。
「ほら、空。イクラ好きだろ? いっぱい食べていいぞ」
「ありがとう兄ちゃん!」
空の取り皿の上に、イクラをたっぷりとよそってやる。すると雫が、それを見て羨ましそうに声を上げた。
「私もイクラもっと食べたいなー! ねえ空、ちょっと頂戴よ」
「お前は来年高校生なんだから、もっと大人な食いもんを食えよ。ほら、フグの刺身でも食ってろ」
「え~……私もイクラが良かったのに――もごっ!? …………あっ、めっちゃ美味しい!」
不満そうな雫の口に、無理矢理フグの刺身を突っ込んでやると、途端に表情が明るくなる。
ふふん、フグの美味さに感動したか。こんなの異世界人が食ったら、感動で気絶するレベルだぞ。
「ところで高雄くん、これ随分高かったんじゃないかい? こんなに沢山買っても大丈夫だったの?」
「平気平気。俺、今日だけで1億円以上稼いだし」
「「「…………」」」
俺の言葉に、一同が絶句した。
一流の探索者の稼ぎは、一般人とは比べものにならない。特に今日は、40階で普通なら出現しないレベルの上位種を大量に狩って、魔石や素材を全部回収してきたうえに、恩寵の魔石や虹の魔石の欠片も獲得したから、その換金額は凄まじいものになっていた。
受付に提出した時は、職員のお姉さんも顔が引きつってたな。
俺がダンジョンをクリアしたって聞いたのか、支部長のおっさんが血相変えて飛び出して来て、俺にあれやこれやと質問してきたが、「Oh~、にほんごよくワカリマセ~ン。ワタシなにかやっちゃいましたデスか~?」とかいって適当に誤魔化してやった。
シスター・ソフィアとして一度会ってるはずだが、慈愛の聖衣の認識阻害の効果は凄まじく、同一人物だと気付かれる気配は全くなかった。名前も同じなのに不思議だね。
「はぁ……。聞いてはいたけど、一流の探索者ってのは凄いものだねぇ。一家の大黒柱としての自信がなくなってきたよ」
「ふんっ! いくらお金が稼げても、死んじまったら意味ないよ! お父さんみたいに安定して稼げる職業に就いた方がよっぽどいいさね」
父ちゃんが嘆息すると、母ちゃんが鼻を鳴らしながら父ちゃんを立てる。
うむ、我が親ながら実に夫婦円満な関係を築いているようだ。子供として嬉しい限りである。
「兄ちゃん凄いなー。僕も探索者になっちゃダメ?」
「うーん、兄としては弟にあまり危ないことはして欲しくないなぁ……。まあ、何にせよ、それを考えるのは中学生になってからだな」
正直言って、空には何か特別な才能がありそうな気がする。だけど、まだダンジョンに潜らせるのは時期尚早だろう。
「それよりさ、お兄ちゃん次の更新で、世界探索者ランキング入りするんじゃない? 新種のモンスター、ヘカトンケイルの討伐でしょ? 特殊個体、ブースターエッグの討伐でしょ? それに立川ダンジョンのクリアでしょ? もう本物のライセンスも持ってるんだし、これらの査定が加味されれば、世界ランク入りは確実じゃん!」
雫が興奮して言うが、俺は首を大きく横に振った。
「マイケル国王に、あまり目立ちたくないから、いきなりランキング入りはやめてくれってメッセ送っておいたから、それはないな。たぶんBランクまでだろ」
まあ、それでもいずれはランキング入りしちまうだろうけど、しばらくは騒がれるのは勘弁して欲しい。
「ふーん……。ってマイケル国王とメッセのやり取りしてんのかよ!?」
だってあいつ、結構話の分かる奴なんだもん。普通に友達になっちまったよ。
スマホを取り出すと、マイケル国王とのメッセージのやり取りを雫に見せてやる。大げさなリアクションで驚く妹の姿を肴に、俺は寿司をぱくつき始めた。
その後、しばらく家族水入らずで会話に花を咲かせた後、それぞれが思い思いの時間を過ごし始めたので、俺は風呂に入ることにした。
「らららららー♪ おっふろーおふろっ、おっふろ~♪」
ご機嫌に歌を口ずさみながら、脱衣所でブラとショーツを脱ぎ、自慢の裸体を鏡で確認。うむ、今日も美少女だぜ。
そしてタオルを片手に、浴室のスライドドアを開くと――。
「「あっ!」」
そこには湯船に浸かっている空の姿があった。空は一瞬固まった後、顔を真っ赤に染める。
「あ、悪い……入ってたんだな。もう寝たとばかり思ってたから……」
「う、うん……。今日はまだお風呂に入ってなかったから……」
空は恥ずかしそうに俯きながら、チラチラとこちらの様子を窺っている。俺は、慌てて扉を閉めようとしたが――。
「あ、あの……。兄ちゃん……。今日は、その……一緒に、入らないの?」
「……えー、あー、じゃあ入るか……?」
うん、まあ……。大丈夫だろ? 空だし。
兄と小学生の弟が一緒に風呂に入るくらい、何も問題ないはずだ。何か……こう、とてもマズいことをしているような気がしないでもないけど、きっと気のせいに違いない。
結局、俺は深く考えることを放棄して、空と一緒に入浴することにしたのだった。
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