第077話「魔女の箒」

「お、この大きさは武器かもしれないぞ!」


 近くまで寄ってみれば、その虹色の魔石は学校の運動会で使われる大玉くらいのサイズがあった。この大きさなら、武器や鎧などのアイテムが入っている可能性が高い。


 はやる気持ちを抑えつつ、慎重に魔石を切り開いていく。すると、その中から姿を現したのは――


「……箒か?」


 それは、あまりにも予想外の代物だった。どう見ても、何の変哲もないただの掃除道具にしか見えない。まあ、ちょっとデザインは可愛らしいけど。


「武器じゃなさそうだが……。でも虹から出たアイテムだし、何か特別な力があるかもしれない」


 それほど期待せずに、箒を手に取って鑑定の能力を発動させる。




【名称】:魔女の箒


【詳細】:魔力を込めることで、自在に空を飛ぶことが出来る伝説の箒。ただし、非常に高い魔力操作の練度が必要。また、魔力の消費量もとても多いため、常人にはまともに扱うことが出来ない。




「ん、んほおおぉぉぉーーッ!?」

 

 思わず変な声を上げて、床に尻もちをついてしまう。そのまま地面にお尻を付けて、びったんびったんと飛び跳ねる。


 こ、こ、これ! 俺がずっと欲しかったやつじゃん! 俺、ずっと空を飛んでみたかったんだよ! いや、今でも風魔法でその場に浮いたりすることは出来るけどさ! やっぱ空を自由に飛び回るってのは憧れなわけで!


「んあああああーーーーっ! んおぉぉーーーー!!」


 テンションが天元突破した俺は、奇声を上げながらダンジョンの床をごろんごろんと転がり回った。


 ……


 …………


 ………………


 それから数分後、ようやく落ち着いた俺は、さっそく魔女の箒を試してみることにした。箒全体に魔力を纏わせて、宙に浮くイメージをしてみる。


「ん……? んん? おお……これマジで難しいな。俺は結構魔力操作には自信があったんだが……」


 常人にはまともに扱うことが出来ない、って説明にあっただけはある。確かにこれじゃ、ちょっと魔力が扱えるだけのレベルの人がこの箒に乗ろうとしても、すぐに墜落するだろう。


 だが、俺ならいけるはずだ! 特級冒険者【サウザンドウィッチ】の二つ名は伊達じゃないぞ!


「ぬおおおぉおおーーっ! ……おっ、おお!?」


 気合いを入れ直して、魔力操作の精度を高める。すると、少しずつではあるが、箒が宙に浮かび始めた。そのままゆっくりと、自分の手足を動かす感覚で箒を操作できるように努める。


 そうやって、試行錯誤を繰り返すこと数分。やがて、徐々にではあるが、箒が前に進み始めた。そして、さらに集中力を高めながら、一心不乱になって練習を続けた結果――


「うっひょーーっ!! 俺は今、風になっているぜーーっ!!」


 俺は見事、魔女の箒で空を飛ぶことに成功していた。


 自由に空を飛ぶ爽快感と、風で髪が激しく靡く感覚がたまらない。前世では味わったことのない、圧倒的な開放感。空を自由に駆け回るというのは、これほどまで気持ちが良いものなのか……。


 すっかり空を飛ぶことに夢中になった俺は、あまりの嬉しさに、空中でアクロバット飛行を繰り返しながら、さらに飛び続ける。そして――


「――――おげぇ!?」


 調子に乗っていたら、魔力が尽きて落下してお尻を地面に強打した。……うん、やっぱ何事もほどほどに、だね。


 説明にもあったように、本当に魔力の消費量が凄まじい。異世界でも有数の魔力量を誇っているはずの俺が、たった1時間で魔力切れを起こすとは……。


「いやー、でも楽しかったな」


 スカイドラゴンを倒しに来てよかった。やっぱり、復讐だのなんだのより、一番大事なのは楽しむことだな。こうして仲間とダンジョンに潜ったり、レアアイテムを集めたりするのって、最高に楽しい。


 あとは美味い飯でも食えれば満点だな。うん。


「ヨシ! とりあえずは腹も減ったし、地上に戻って皆と合流して、飯でも食いに行くか!」


 俺は上機嫌で転移陣に乗ると、地上へと帰還するのだった。






◆◆◆






「西方くん、遂に来月、立川ダンジョンの攻略に入るそうですね!」


 カメラのシャッター音が響き渡る中、アナウンサーの女性が興奮した様子を隠さずにそう言った。


 ここは東京都内にある、ダンジョンに関する情報を取り扱う報道番組のスタジオだ。今日は特別番組ということで、ダンジョンについて語る芸能人や専門家達が集まり、その様子はテレビで生中継されている。


 現在、インタビュアーを務める女性アナウンサーが、特別ゲストの1人の少年に、これから行われる立川ダンジョンの攻略についての意気込みを聞いているところだった。


「ええ、遂にこの時が来たって思いですね。あれから2年が経って、ようやく準備が整いました」


 そう言って微笑んだのは、日本で4人しかいないAランク探索者の1人――西方瑛佑だ。彼は端正な顔立ちに爽やかな笑顔を浮かべながら、カメラに向かって話を続ける。


「2年前、僕達の大切な友人である山田くんを死なせてしまったことは、今でも悔やんでいます。だからこそ僕は、彼の仇を討つため、立川ダンジョンのボスであるスカイドラゴンを、必ず倒して見せます!」


 大げさな身振り手振りで熱弁する西方に、スタジオの女性ファンから黄色い歓声が上がった。


「地元出身の英雄である西方くんが、ダンジョンを攻略してくれるということで、市民も喜んでいることでしょう! それに、友人の仇を討つためにダンジョンの攻略に挑むなんて、とても素晴らしい行動ですね! 彼が立川ダンジョンを攻略するのは、まさに運命と言っても過言ではないでしょう!」


 アナウンサーの発言によって、更にヒートアップするスタジオ内。そんな熱狂する観客達を前に、西方は自信満々といった表情でカメラに向かって語り掛ける。


「運命……。ふ、確かにそうですね。僕が立川ダンジョンを攻略するのは、神の意志なのかもしれません。山田くんの無念を晴らし、スカイドラゴンを討伐した暁には、僕らは更なる高みへと昇れるでしょう! 山田くん……君は空から僕を見ていてくれ。絶対にスカイドラゴンを倒して見せるから!」


 熱く拳を突き上げながら語る西方に呼応して、スタジオ全体が割れんばかりの拍手に包まれる。


「ネットでの反応も少し見てみましょう。視聴者の皆様は、友人の仇を討つためにダンジョンを攻略する英雄に、どのような期待を抱いているんでしょうか?」


 アナウンサーがそう言うと、画面上には視聴者から寄せられたコメントが表示される。そこには多くの肯定的な意見が寄せられていた。



:西方くんカッコいい! 死んでしまった友達の為にそこまで出来るなんて素敵!

:友達は無念だっただろうな。だけど西方ならきっと仇を討ってくれるはず!

:山田くんもきっと天国で喜んでるよね。西方くん、頑張ってね!

:俺ほどではないけどめっちゃイケメンだな

:山田くんを死なせたスカイドラゴンはマジで死ね!

:強くて、イケメンで、性格もいいとかもう反則!

:瑛佑くん頑張れー!

:瑛佑様! 結婚して下さいませ!



 そこには西方を応援するコメントで溢れかえっていた。彼の人気は凄まじく、この放送を見ていた視聴者からの応援メッセージが、続々と寄せられる。


 それを見た西方は、カメラに向かって満面の笑みで微笑んだ。


「ありがとうございます! 皆さん、実は僕達のパーティは、最近ダンジョン配信用のアイテムを入手したんです。立川ダンジョン攻略の際には、その様子を動画として配信する予定です。ダンジョン内の様子を生で観れる機会なんて滅多にありませんから、是非とも多くの方々に見ていただきたいですね」


 スタジオから「おおぉっ!」という歓声が上がる。ネットのSNS、Y『ワイッター』でも一瞬にしてトレンド入りを果たし、《ダンジョン配信楽しみ!》《絶対に観ます!!》といった好意的なコメントが殺到する。


 だが、その時だった――



 ――ブーッ! ブーッ! ブーッ! ブーッ!!



 突如として、スタジオ内に大きなアラーム音が鳴り響いた。このアラームはダンジョン関連で、何か重要な事態が発生した時に鳴らされるものだ。


 先程までの熱狂が嘘のように、一瞬で静まり返るスタジオ内。


 慌てた様子のスタッフが、アナウンサーの元に駆け寄ってくる。そして彼女の耳元で何事かを告げると、彼女は西方の方を何度かチラ見した後、緊張した面持ちでカメラに向き直った。


「き、緊急速報です。…………た、立川ダンジョンが、たった今、攻略されたとの……情報が入りました……っ!」


 それを聞いた西方瑛佑は、しばらくきょとん……とした表情で固まっていたが、やがて全てを理解したのか、テレビの前だということを忘れて、大声で絶叫した。



「はあぁああああーーッ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る