第076話「スカイドラゴン」★

 カンカンカン、と巨大な螺旋階段に俺の足音が響き渡る。


 41階から49階までのフロアを一足飛びに駆け抜けた俺は、50階のボス部屋へと続く長い階段を上っていた。


「もう、24年も前のことなんだな……」


 一歩一歩上るごとに、遠い過去へ遡っているような気がしてくる。


 俺は自分が死んだ日のことを思い出す。あの日は、クラスメイト達と一緒にここまで来たんだったな……。


「思い返せば、俺にも悪いところがあった」


 ついクラスメイト達が俺を囮にして逃げた恨みだけに囚われてしまいがちだが、俺にも非はあったと思う。


 だって、40階の時点で俺は、自分が何の役にも立っていないことを自覚していたんだ。当然、50階のボス戦でも、俺が役に立てないことは分かりきっていた。だから、その前にパーティを離脱する選択肢だってあったんだ。


 あの時は皆も気分が高揚していたし、40階のセーフティエリアで「俺はこれ以上はついて行けそうにない」と、はっきり言えば、おそらくそれほど反発はされなかっただろう。


 だけど、俺はそうしなかった。


 ……正直に言おう。俺も楽しかったんだ。


 クラスの皆と一緒にダンジョンボスを倒して、最後にレアアイテムをゲットする。そんな夢のようなイベントに、俺も参加したいという気持ちが強かった。だから、役に立たないと分かっていても、40階で離脱することを言いだせなかった。


 その結果、パーティが予期せぬピンチに陥った時、一番無能だった俺が囮役に選ばれるのは必然だった。


 それに、もし仮に俺が囮に選ばれなかったとして、その時俺はどうしただろう? 俺の代わりに囮に選ばれたクラスメイトを、命がけで助けたりしただろうか?


 わからない……。今となってはわからないけど、俺だってそのクラスメイトを見捨てて逃げたかもしれない……。


「……だからと言って、俺が囮にされて殺されたことを許せるか、というとまた別問題だけどな」


 階段の上に明かりが見える。どうやら、ようやく50階のボス部屋に到着したようだ。俺は気を引き締めると、残りの階段を一気に駆け上っていった。




「懐かしいな。ダンジョンの中だって言うのに、こんなにも綺麗な空が拝めるなんて」


 何もない広大な空間と、どこまでも続く青い空。前世の俺が死んだ場所――立川ダンジョン50階は、そんな美しいフィールドだった。


「……む、おいでなすったか」


 穏やかな空気をかき消すように、空の彼方から飛来してくる巨大な影。それは、ゆっくりと俺のすぐ手前の上空に静止し、俺を見下ろすように滞空していた。


『グルルルルル……ッ!』


 立川ダンジョンのダンジョンボス――スカイドラゴンは、俺を威圧するかのように唸り声をあげると、大きく息を吸った。そして――


 ――ゴァアアアッ!!


 その口から、巨大な火球が放たれる。だが、俺はその場から一歩も動かず、迫りくる巨大な炎をただじっと見つめていた。


 魔力の流れを見極める。大きさはかなりのものだが、何の特殊効果も付与されていない、火属性100%のただの火球で間違いなさそうだ。標的に当たると爆散するタイプだな。


 ならば――


 右足に同じく火属性100%の魔力を纏わせると、身体を回転させながら、飛来する炎の塊を下から蹴り上げる。


「南天流――――"蹴魔天脚バウンスバックシュート"!」


 蹴り上げられた火球は、まるでブーメランのように弧を描きながら、スカイドラゴン本体の元へと返っていくと、その身体に直撃し、激しい爆発を引き起こした。


 蹴魔天脚バウンスバックシュート――それは、武神ガーライルが「こっちは己の肉体のみで戦っとるのに、遠距離から魔法ばっかり撃ちよってからに……」という、愚痴から始まり、長年の研究の末に完成させた南天流の秘奥義の1つである。


 相手の放った魔法をよく分析し、己の足にそれと全く同じ属性の魔力を纏わせることで、その魔法をまるでサッカーボールのように蹴り返すことが出来るのだ。


 もちろん精密な魔力コントロールと分析力がなければ、ただ攻撃を喰らうだけの諸刃の剣でしかないが、俺やガーライルくらいの達人になれば、ああいう単純な魔法ならば、ほぼ確実に蹴り返すことができる。


 ちなみに、普通は自分が持ってる魔法属性の魔力しか纏わせることが出来ないのだが、あの爺さんはどういうわけか、修行で魔力をあらゆる属性に変換出来るようになったらしい。どうなってんだろうね、あの人?


『フシュルルル……』


 爆発の煙を搔き分けるように、スカイドラゴンが姿を現す。流石はダンジョンボスだ。あの程度の攻撃では大したダメージを受けていないようだった。


 スカイドラゴンは上空から急降下し、鋭い爪を振り下ろしてくる。俺はその攻撃をひらりと躱すと、懐に潜り込み、ガラ空きになった胴体に向けて掌底を叩き込んだ。


 ――ドゴンッ!!


 鈍い音と共に、スカイドラゴンの身体が大きく吹き飛ばされる。だが、まだ攻撃は終わっていない。


 着地地点に先回りしていた俺は、飛んできたその巨体に向かって踵落としを喰らわせる。激しい衝撃と共に、黒鱗が砕け散り、スカイドラゴンの身体が地面にめり込んだ。


「せぇぇぇいっ!!」


 畳みかけるように、今度は連続で拳を打ち込む。俺の拳が当たる度に、黒鱗の破片が飛び散り、スカイドラゴンは跳ねるようにのたうち回った。


『グルル……ッ! グオォオオオオッーー!!』


 怒りの咆哮を上げ、身体が眩い光に包まれると、スカイドラゴンは遂に第二形態へと進化を遂げた。


 全身は金色に輝き、先ほどまでとは比べ物にならないくらいの威圧感を放っている。周囲には赤と黄の球体がフワフワと浮かんでおり、まるで衛星のようにスカイドラゴンの周りを漂っていた。


「おー、おー、ようやく本気を出しやがったな。さあ、モンスターの群れを召喚してこいよ」


 挑発するように右手をくい、くい、と動かすと、スカイドラゴンの周囲に浮かんでいた赤色の球体が、クルクルと回転しながら輝きだす。


 そして――――


「グギャギャギャーー!」


「ブモォオオッ!!」


「グォオオオッ!!」


 何もない広大な空間が、あっという間にモンスターの群れで溢れかえった。


 ゴブリンやオークといった低級モンスターから、サイクロプスやストーンゴーレムなどの階層ボスモンスターレベルまで、多種多様の魔物がひしめいている。


「ふふ、あは、あははははっ!」


 笑いがこみ上げてくる。前世ではあれほど絶望した状況だと言うのに、今は何故かとても楽しい気分だった。


 高揚する感情に身を任せるように、俺は拳を構えると――――群れを成して襲い掛かってくるモンスターの大軍に向かって、一直線に駆け出した。


 近くにいたサイクロプスが巨大な戦鎚を振り下ろしてくる。俺はそれを片手で受け止めると、もう片方の拳に魔力を込めて、敵の右腕に向けて突き出した。


「前世の俺の右腕の仇だ。たっぷり味わいやがれ」


 こいつだったかわからないが、50階のサイクロプスに右腕を潰されたトラウマは、今もなお俺の心に深く刻み込まれている。


 ――グシャアアッ!


 魔力を纏った拳がサイクロプスの巨大な右腕を、潰すだけではなく、胴体から完全に分断させる。千切れ飛んだ右腕は、背後のゴブリンやオーク達を巻き込みながら、遥か遠くへ吹き飛ばされていった。


「次はどいつだぁぁーー!?」


 地を蹴り、モンスターの群れの中に飛び込むと、手当たり次第に殴り飛ばし、蹴り飛ばす。そのたびに、俺の身体には大量の返り血が付着していった。


 俺の片目を抉り取ったワーウルフの頭部を前蹴りで粉砕し、トロールの巨大な足を手刀で切り落とし、体長20メートルを超えるジャイアントスネークの首を捻じ切る。


 次々と押し寄せるモンスター達を一匹たりとも逃さず、一撃のもと、その命を奪い去っていく。


「うらぁああーーっ!!」


 天高く跳躍すると、上空から魔物の群れ目掛けて、大量の魔力を込めた踵落としを繰り出す。それだけで巨大な衝撃波と共に、大地が陥没し、数十匹のモンスターが一瞬にして肉塊へと変わり果てた。



 ――長い、長い年月が流れたんだ……。



 泣いて、命乞いをして、糞尿を垂れ流しながら、命からがら逃げ回った、あの地獄の50階フロア。ただの一匹の魔物すら倒すことが出来ず、失意の末に命を落とした、あの苦い前世の記憶。


「こんなにも……こいつらは弱いモンスターだったのか……」


 魔力を纏って殴るだけで、いとも容易くモンスター達は死んでいく。


 もっと爽快なものだとばかり思っていた。チートともいえるほどの圧倒的な強さを手に入れて、襲い来るモンスターを次々と薙ぎ倒し、無双する。


 だけど、俺はつくづくそういった類の人間ではなかったようだ。最初こそ、高揚感に酔いしれていたが、時間が経つにつれて気分がどんどんと沈んでいき、今ではただただ虚しいだけだった。


「もう、終わりにしよう……」


 俺は小さく呟くと、大きく空中へ飛び上がり、モンスターの群れの真上に滞空する。そして、両手を天高く突き上げると、そこに巨大な炎の渦を生み出していった。


「我が前に立ち塞がる敵よ! 天より降り注ぐ火焰に抱かれ、その魂すらも灰燼と帰すがいい!!」


 詠唱と共に炎の渦は徐々に肥大化していき、まるで太陽のような熱量を周囲に放ち始めた。両手が真っ赤に燃え上がり、その熱が極限まで高まった瞬間――俺は腕を振り下ろした。



『爆散せよ――"イクスプロォーージョンッ"!!』



 俺の両手から放たれた爆炎が、巨大な渦となって部屋一面に広がっていく。炎はモンスター達を飲み込みながら、ダンジョンの床に激突すると、激しい爆発を引き起こした。


 ――ドゴォオオンッ!!


 吹き荒れる爆風に、視界を埋め尽くしていたモンスターの群れが一瞬で消し飛ばされる。残火が揺らめく中、爆心地には巨大なクレーターが出来上がっていた。


 その光景を目にして、ようやく心が落ち着いていくのを感じる。もうこれで、邪魔者は誰もいない。後はボスモンスターであるスカイドラゴンを倒すだけだ。


「さあ、決着を付けようか」


 俺はクレーターの中心に降り立つと、空中に佇んでいるスカイドラゴンに視線を向けた。そして、魔力を足に纏わせると、一気に加速する。


「風よ、空を駆ける力を我に――"ウインドボール"」


 空気の塊を空中にいくつも作り出し、それを足場にして空を駆ける。俺は空中を縦横無尽に跳び回りながら、スカイドラゴンの背後へ回り込んだ。


 突然、視界から消えた俺を探して、スカイドラゴンが周囲をキョロキョロと見回す。だが、もう遅い。俺は上空のウインドボールを蹴り飛ばすと、一気に急降下し、その巨大な頭部に跳び蹴りをぶち込んだ。


「南天流――――"落下星フォーリングスター"!!」


 スカイドラゴンは凄まじい勢いで地面に叩きつけられると、ダンジョンの床を大きく陥没させた。土煙が舞い上がる中、俺はとどめを刺すべく奴の元へと向かう。


「こぉぉーー……はあぁぁぁ……」


 ゆっくりと深呼吸しながら、精神を集中させる。全身から溢れ出す魔力がオーラのように立ち昇り、俺の両手を包み込んでいった。


 それは、かつて武神ガーライルが、「巨大なドラゴンとかも拳一貫でぶっ倒したくねー?」というアホな考えのもとに編み出した必殺拳――



『南天流、秘拳――――"滅竜破撃ドラゴン・ブレイク"!!』


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330669395440820


 腰を捻り、大きく振りかぶって、両手を重ねるように前に突き出す。


 突き出した拳の先から、竜を形取った巨大な魔力の奔流が飛び出し、スカイドラゴンの巨体が真っ二つになるほどの大穴を穿つ。滅竜破撃はそのままダンジョンの床を激しく削りながら、遥か遠く、空の彼方へと消えていった。


『グ、グル……ォ……』


 真っ二つになったスカイドラゴンは、弱々しい鳴き声を上げると、その巨体を光の粒子に変え、静かに消滅していった。


「……終わったな」


 前世の俺の命を奪ったスカイドラゴンだったが、一応はその復讐を果たすことは出来た。


 だが、思っていたほど心は晴れなかった。所詮はモンスター、こいつは俺に悪意を持って襲い掛かってきた訳じゃない。ただ自分のテリトリーに侵入してきた異物を排除するための行動を取ったに過ぎない。


 そう考えると、少し複雑な気分になった。まあでも、これで前世のけじめをつけることが出来た訳だし、今はこれで良しとしておこう。


「おっ! クリア報酬の魔石が出てるじゃん!」


 いつの間にか部屋の中央には、帰還用の転移陣と、その隣に虹色に輝く大きな魔石が出現していた。


 ダンジョンは初回クリア時に限って、この虹色に輝く魔石を必ずドロップする。これはクリア報酬と呼ばれており、中には恩寵の宝物ユニークアイテムに匹敵するレベルのアイテムが入っていることもあるという。


 2回目からは、ボスを倒しても通常のボス部屋と同じような、金、銀、銅の3種類の魔石しかドロップしない。なので、探索者にとって、未攻略のダンジョンでクリア報酬の虹の魔石を手に入れることは、一種のステータスとなっている。


 俺はゆっくり魔石の元まで歩いていくと、虹色に輝くその石に手を伸ばした。





──────────────────────────────────────

Q.何故ソフィアはスカイドラゴンをアイテム化しなかったの?


A.ダンジョンボスをアイテム化すると、バグってクリア扱いにならなかったりするんじゃないかという懸念を覚えたためです。

それに、スカイドラゴンはヘカトンケイルと違って50階まで上れば何度でも戦えますしね。

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