第075話「強化の書」
「おっと! まだ消えるなよ!」
地球のダンジョンのボスは、倒すと跡形もなく消えてしまう。俺は急いでヘカトンケイルの体に近づくと、ギフトを発動させた。
「――アイテム化!」
これだけレアなモンスターを倒したんだ。アイテム化しなければ勿体ないぜ!
マキナの奴にアイテム化してもらったら、きっとかなりレアなアイテムが誕生しただろうけど、今はそんな暇はない。俺のアイテム化はあいつほどの精度はないが、こいつくらいレアなモンスターなら、そこそこのアイテムが生まれるはず。
ヘカトンケイルの体は、ぐにゃりと歪みながら、徐々に形を変えていく。
そして――
――カラン、カラン……
ボス部屋の床の上に、シンプルなデザインの腕輪が一つ転がった。
俺はそれを手に取って、鑑定をかけてみる。
【名称】:百腕巨人の腕輪
【詳細】:強大な魔力を秘めた腕輪。これを身につけていると、魔力が自然に回復する(魔力自動回復、中)。
おお! これはなかなか良いアイテムだぞ! 俺が作ったにしては、かなり上出来な部類だ!
雫かフィオナ……どっちかにあげようかな?
……うーむ、フィオナに渡すか。
彼女は最近、灼熱炎刃を使って魔法の修行を頑張っているし、元々膨大な魔力を持っているエルフのフィオナが魔力自動回復を身に付けたら、かなりの戦力アップになるだろう。
それに、もし彼女を日本に連れてこれる手段が見つかった時、魔素のない地球でも魔力欠乏症に悩まされる心配がなくなる。
「うん、それがいいな。フィオナもきっと喜ぶぞ」
俺は百腕巨人の腕輪を次元収納にしまうと、ボス部屋の隅であたふたしている、ブースターエッグの元へと近づいていく。
ブースターエッグは、俺の姿を確認すると、大慌てで逃げるが、ここは袋小路のボス部屋だ。入口の外には雫達がいるし、奥のセーフティーエリアには流石に特殊個体といえど入ることはできまい。
「ここが年貢の納め時ってやつだな! さあ、大人しく
「!! !? !!!!」
部屋の隅に追い詰められたブースターエッグは、ブルブルと身体を振るわせるが、俺は腰を落として拳を構えると、容赦なくそれを奴の体に叩き込んだ。
「南天流――――"卵割り"!!」
――バリィィン!
けたたましい音を立てて、粉々に砕け散るブースターエッグ。やはり魔物を強化するという特殊能力は強力だが、こいつ自身の戦闘力はそれほど高くなかったようだ。
砕け散った破片が宙に舞うと、地面には、漆黒に輝くバスケットボールくらいの大きさの魔石が転がった。
「おお! 恩寵の魔石! 俺も初めて見るぞ!」
この中には、異世界ですらなかなか手に入れることのできないレベルのレアアイテムが眠っている。俺はワクワクしながら、早速中身を確認しようと、それを拾い上げる。
「このサイズだと武器ではないかな? いや、ナイフくらいだったらあり得るかもな。いやー、それにしてもこの瞬間はガチャみたいで興奮するよなー! どれどれ、中身はなんだろな~?」
期待に胸を膨らませながら魔石を切り開いていくと、中からは古めかしい本が現れた。
「……これは、魔導書か何かか? まあ、鑑定してみれば分かるか……」
俺は鑑定をかけて、本の能力を確認する。
【名称】:強化の書
【詳細】:スキルを一段階強化することができる本。ただし、ユニークスキルは強化することはできず、一度使用すると消滅する。
「うおおおおっ! これは大当たりだぞ! ユニークスキルを強化できないのは残念だけど、それでも十分素晴らしいアイテムじゃないか!」
いや、待て。落ち着こう。ダンジョンのスキルだけじゃなく、女神のギフトまで強化できるとは限らない。まずは確認をしないと……。
俺は強化の書を開き、適当な女神のギフトが強化できないか確かめてみることにした。
【能力名】
【詳細】
世界の時間を10秒ほど巻き戻す。その際、カッコいいポーズを決めることが発動条件となる。一日に一度しか使用できない。
↓
世界の時間を30秒ほど巻き戻す。その際、カッコいいポーズを決めることが発動条件となる。一日に二度しか使用できない。
強化しますか? ――【YES/NO】
おお、やった! 女神のギフトも強化できるぞ!
しかもかなりパワーアップするみたいだ。これはどの能力を強化するか慎重に選ばないとな。
「まあ、それは後でじっくり考えるとするか」
とりあえず強化の書を次元収納にしまうと、部屋の入口から、雫の声が聞こえてきた。
「ソフィアちゃーーん! 凄い音したけど、もうボス倒したのぉーー?」
「ああ! ボスもブースターエッグも倒したし、もう入ってきていいぞー!!」
俺が大声で応えると、雫達がボス部屋の中へ入ってくる。そしてめちゃくちゃに崩壊した部屋の惨状を目の当たりにして、全員が驚きの声を上げた。
「いやー、それにしても信じられないね! まさかあんな怪物を1人で倒してしまうとは!」
山本さんが興奮気味に話しかけてくる。だが、未玖はそんなことはどうでもいいとばかりに俺に詰め寄ってきた。
「それよりソフィア先輩! あの卵も倒したんでしょう!?
キャミソールの肩紐をぐいぐい引っ張りながら、目を血走らせて聞いてくる未玖。俺の巨乳がぽろりしそうになり、山本さんが横目でチラリと視線を送っているのが分かった。
お前いい加減にしろよ。そろそろ腹パンで分からせるぞコラ。
「ほら未玖、ソフィアちゃんが困ってるでしょう? いい加減にしなさい!」
「でも、私も気になりますね。恩寵の宝物を見るのは、流石に初めてですから」
未玖だけじゃなく、なんだかんだで雫や琴音も気になるらしい。特に秘匿するような代物でもないので、俺は次元収納から先ほどのアイテムを取り出した。
「なーんだ……ただの本じゃん。伝説の武器かと思って期待してたのに……」
「はぁ……お前じゃ分からないか。このアイテムの凄さは」
まったく、ガキは分かりやすい派手な剣とかを欲しがるもんだよな。このアイテムの価値が分かるのは、異世界を生き抜いてきた俺のような大人だけってことか。
「まあ、ソフィアくんが倒したんだから、それは君が使えばいいんじゃないかい? それより、ボスアイテムは回収しないのかな?」
「あ、そうでしたね」
すっかり忘れてたぜ。部屋の真ん中には、輝く魔法陣が「早く乗れ」とばかりに光を放っていた。
俺は魔法陣に足を踏み入れると、ドロップアイテムを出現させる。
「ぷぷぷー! 銅の魔石じゃないですかー! ソフィア先輩ダッサー!」
お前も銅の魔石だったよね?
こいつ段々遠慮がなくなってきてるな。元々身内にはこんな感じの奴だったが、このメスガキには、近いうちにちゃんと上下関係を叩きこんでやった方が良さそうだ。
まあ、とりあえず今はドロップアイテムを確認してみよう。
「中級ポーションだな。ふむ、流石に40階ともなると、銅の魔石でもそれなりの物が出るか。ほら、雫。お前が持っておけよ」
「いいのー? ありがとー!」
雫は嬉しそうにポーションを受け取ると、それを小さな家の中にしまった。
「……それでは、私達はここで帰還することにしましょうか。これ以上はソフィアさんの足を引っ張ることになりそうですし」
「うん! これ以上は絶対無理ですね! 最上階まで連れて行って、とかデカいこと言ってスイマセンッしたー!」
「そうだねー。残念だけど……ソフィアちゃん、私達はお先に失礼するよー!」
「うむ、俺もギルドにここで起こったことを報告せねばならんしな。後はソフィアくんに任せてもいいかい?」
「はいよー。俺は取り残されてる探索者がいないか確認しながら、40階の残りの上位種をついでに潰しておくから、みんなは先に帰還してくれ」
俺が帰還用の転移陣に乗るように促すと、山本さんを始めとして、雫達も次々と乗っていく。最後に残った俺は、皆が乗ったことを確認すると、上位種討伐のために、部屋を出るのだった。
……
…………
………………
「ふう、これで全部倒したか」
40階のボス部屋の奥のセーフティーエリアで、俺は汗を拭いながら呟いた。慎重にフロアの隅々まで確認して回ったから、思っていたより時間がかかってしまったな……。
だが、本番はこれからだ。俺は今から50階まで上り、ダンジョンボスのスカイドラゴンを倒さなければならない。
「さぁ! 気合い入れて行くか!」
俺は頬を両手で軽く叩いて気合を入れると、上に階に続く螺旋階段に足をかけた。
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