第074話「ヘイトマン」★
迫り来る無数の手を、軽やかに躱していく。やはり、かなりのスピードとパワーを兼ね備えているようだが、本気を出した俺からすれば、避けられないほどではない。
俺はヘカトンケイルの腕を蹴りつけて、大きく後ろに飛び退くと、右手を掲げて魔力を集中させた。
すると、俺を中心に凄まじい熱量が発生し、周囲の気温が一気に上昇する。そして、手のひらに凝縮された強大なエネルギーの塊は、やがて眩い光を放ち始めた。
「これだけデカいと、いい的だぜ! ……星の輝きよ、全てを焼き尽くす業火となれ――"スーパーノヴァ"!」
右手から放たれた膨大なエネルギーの奔流は、まるで宇宙戦艦から発射された波動砲のように、轟音と共に一直線にヘカトンケイルへと襲いかかる。
並のモンスターなら跡形もなく消し飛ぶ威力の攻撃だ。が、しかし――
『ルオオォオォォォオオォン!!』
ヘカトンケイルは、無数の手の中から、ひときわ大きい光り輝く手を突き出すと、俺の放った魔法――"スーパーノヴァ"を受け止めたのだ。
「マジかよ!? ――ってうおぉぉ!?」
それだけに留まらず、ヘカトンケイルは"スーパーノヴァ"を「むんず」と掴むと、俺のいる方向に投げ返してきた。
予想外の反撃に一瞬焦ったが、すぐに冷静さを取り戻して回避行動に移る。スーパーノヴァは、ジャンプした俺の真下を、凄まじい速度で通過していき、背後の壁にぶつかって大爆発を起こした。
――ドゴォオオォン!!
凄まじい爆風が吹き荒れ、ボス部屋全体が激しく揺れる。その衝撃で天井の一部が崩れて瓦礫が降ってくる中、俺は空中で体勢を整えて着地した。
「危ねぇ!? 調子こいて、発動後に若干の硬直がある大魔法を使わなくてよかったぜ……」
しかし、魔法反射系かよ。八鬼衆のベイルといい、【サウザンドウィッチ】の活躍の場を潰す奴らばかりだな。俺が魔法無双をする機会は、一体いつやってくるんですかねぇ?
心の中で悪態をつくと、再びヘカトンケイルに向き直る。魔法が効かないとなると、やはり次に得意な体術で戦うしかなさそうだ。
「まあいい。拳王の力……見せてやるよ!」
俺はそう叫ぶと、地面を蹴って走り出した。ヘカトンケイルは、無数の手を駆使して俺を捕まえようとするが、するりするりと華麗に避け続ける。そして、そのまま接近して、その巨大な足に向かって、強烈な蹴りを放つ。
『ルオォンッ!?』
「まだまだぁっ!」
バランスを崩したヘカトンケイルの足に乗り、駆けあがっていく。そして、太もも、腹部、胸部と、蹴りや拳を連続で叩き込みながら、上へ上へと進んでいく。
そして、肩を踏み台にして、勢いよく跳躍すると、足に魔力を集中させながら、天井近くまで飛び上がる。そのままくるりと向きを変えて天井を蹴り飛ばし、勢いを付けて一気に急降下した。
「南天流――――"
流星の如く、凄まじい速度で放たれた俺の右足が、ヘカトンケイルの頭部に直撃する。すると、頭部が砕けて陥没し、巨大な体がぐらりと揺れた。
だが、これで終わりではない。俺は空中で体勢を立て直すと、そのままの勢いで、奴の光り輝く手がある場所に向かって、魔力を込めた右の拳を突き出した。
「砕け散れ――――"
俺の拳から放たれた巨大な黒い魔力の奔流が、ヘカトンケイルの手と腕を吹き飛ばしていく。そして、その一撃はそのままヘカトンケイルの体を貫通して、後方の壁を破壊した。
ガラガラと壁が崩れ、轟音と共に砂埃が舞い上がる。そして、俺が地面に着地した瞬間――ヘカトンケイルの巨体が音を立てて倒れ伏した。
「ふ……、ダンジョン配信でもしてたら、今日だけで100万再生は間違いなしなくらい、華麗なフィニッシュだったな」
大きな胸を張り、サラサラの黒灰色の髪を、ふぁさーっ……とかきあげてから、ドヤ顔でカメラ目線を決める。
誰も見てないけどな! 俺が、1人で勝手にドヤってるだけですけどね!
「さて、このままブースターエッグも始末して、さっさと雫達を呼ぶか――」
『ルオォォォオォォン!!』
部屋の隅に隠れているブースターエッグに向かって歩き出そうとした瞬間、背後から凄まじい雄叫びと殺気を感じた。慌てて振り向くと同時に、俺目掛けて無数の手が襲いかかってくる。
「うおっ!? まだ生きてんのかよ!?」
咄嗟に飛び退いて、紙一重で回避する。見ると、ヘカトンケイルの体が徐々に再生を始めていた。しかも、頭部や腕が復活するだけでなく、新しい手まで生えている。
うわぁ……。こいつ、魔法反射だけじゃなくて、再生能力まで持ってんのかよ。能力は一人一個が鉄則だろ! 複数能力持ちとかズルじゃん!
そんなことを考えているうちに、ヘカトンケイルの体は元通りになってしまった。大魔法も使えないうえに、ちょっとやそっとの攻撃じゃ死なない、こいつを攻略するには――
「まあ、ベイルの時のように、特殊能力系のギフトが封じられてるわけじゃないし、いくらでもやりようはあるわな」
俺は、次元収納の中に手を突っ込むと、中から一本の大鎌を取り出した。
《オオオオォ……怨怨怨怨怨怨怨怨……》
その大鎌は、禍々しい形状をしており、刃の部分は血で染まったように赤く、まるで死神が持つような出で立ちをしている。そして、カタカタと音を立てながら、不気味な声を発し続けていた。
「ヘイトマン、42の呪物の一つ――"
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330669290083060
かつて、アストラルディアに1人のアイテム師がいた。
その男は、生まれた時から酷く醜い外見をしており、さらには喋れば声が裏返り、まともに会話もできないような人間だった。
故に、彼は物心ついた頃から周囲から蔑まれ、馬鹿にされながら育ってきた。そして、いつしか"モンスター"というあだ名までつけられ、遂には両親からも捨てられてしまう。
女神に与えられたアイテム化というギフトも、何故か一度も使用することが出来ず、碌に金を稼ぐことも出来なかった彼は、いつしかスラム街でゴミを漁って生活するようになった。
そんなある日――彼の人生を変える転機が突然訪れる。
いつもの様に、ゴミ捨て場で食料を探していた彼は、そこでゴブリンの死体を発見する。試しにその死体をアイテム化しようと試みた男だったが、やはり発動することは出来なかった。
しかし、その時、ゴブリンの死体の傍に、人間の死体もあることに気づいたのだ。男は、ふと思いついて、その人間の死体にも同じようにギフトを使用してみた。
すると――何ということだろうか! 今まで一度も発動しなかったギフトが、その死体をアイテムへと変えてしまったのである。
――ああ、そういうことか……。俺にとってモンスターとは、人間のことだったのだ! だから、魔物相手にはギフトが発動しなかったのだ!
男はそう解釈すると、その日を境に、人間を変換して作り出したアイテムを使い、殺人を繰り返すようになる。そして、その死体をアイテムへと変えて、コレクションとして保管するようになった。
数年後、彼が冒険者に捕縛された時、人間の死体で作ったアイテムは、実に42個にも上っていた。その全てが、禍々しい魔力を放つ呪われたアイテムであり、それを見た誰もが恐れ慄き、彼のことをこう呼んだ――
――人間を憎む者"ヘイトマン"、と。
だが、そのアイテムは呪われていると同時に、凄まじい力を持っていため、世界中に熱狂的なコレクターが生まれた。
その結果、今ではヘイトマンのアイテムはコレクターの間で高値で取引され、一つ手に入れるだけで、一生遊んで暮らせるほどの大金を手に入れることができるとすら言われている。
「くそっ! 大人しくしろ!」
ヘイトマンズコレクションNo.31――"
《オオォ怨怨怨ォ……》
相変わらず気持ち悪い武器だぜ……。おいこら! 胸にまで絡みつこうとするんじゃない!
びしりとデコピンで弾いてやると、触手は大人しく引っ込んだ。まったく……、油断も隙もないぜ。
「さて、いくら俺の魔力が膨大でも、この変態鎌に吸われ続けたら、あっという間に干上がっちまうからな……。早めに決着をつけさせてもらうぜ!」
俺は、大きく鎌を振り上げると、迫りくるヘカトンケイルに向かって駆け出し、思い切り振り下ろす。奴はその攻撃を、無数の手と腕が受け止めようとするが――。
――スパァアァァンッ!
まるで豆腐でも切るかのように、巨大な腕が、いとも容易く切り裂かれていく。ヘカトンケイルはすぐさま腕を元に戻そうと試みるが、何故か再生が始まらない。
「
俺はニヤリと笑うと、大鎌をくるくる回しながら、再び駆けだした。そして、無数の手を一個、また一個断ち切っていく。再生が間に合わないヘカトンケイルは悲鳴のような声を上げるが、俺は容赦せず鎌を振るい続けた。
やがて、「百の手」が全て切り落とされると、ヘカトンケイルは怯えたように後退り始めた。
「さて、そろそろケリをつけさせてもらうぜ!
両手を広げてそう叫ぶと、鎌から出ている黒い触手が喜び勇んで飛びかかってきた。そして、俺の全身ににゅるにゅると巻き付いてくる。
《オオオォ……怨怨怨オオォ……おっぱ……》
服の隙間から無理矢理潜り込んできて、再び俺の巨乳に絡みつこうとするが、もちろんそんな真似は許さない。がしりと鷲掴みにして引き剥がす。
「腕と太ももで我慢しろや!? てか今お前、おっぱいって言った?」
《オオォ! オオ……怨怨怨ォォォオォ……イッテナイ……怨怨怨オオォ……》
こいつ……。絶対自我が残ってるだろ……。
ヘイトマンズコレクションは、人間を基にして作られているので、インテリジェンスアイテムの類も非常に多い。こいつは男相手だとうんともすんとも言わない駄鎌に成り下がるらしいので、間違いなく生前はおっぱい好きの男だな……。
そうこうしている間にも、
俺は大きくジャンプすると、体を捻って回転し始める。そして、徐々に速度を上げながら、回転の勢いを利用して大鎌を振り抜いた。
「これで、終わりだっ! ――"デスサイス・サイクロン"!!」
風属性の魔法を付与させた大鎌から放たれた巨大な風の刃が、ヘカトンケイル目掛けて放たれる。それはボス部屋の壁や天井を削り取りながら、真っ直ぐに突き進んでいき、その胴体を真っ二つに切り裂いた。
断末魔の叫びを上げる間もなく、切り離された巨体は大きな音を立てて地面へと倒れ込んだ。
「ふいー……。終わったな」
《オオォ……怨怨怨……ゴホウビ……オオ怨怨ォ……オッパ――》
腕に絡みついている
ちかれた……。俺以外の奴がこれ使うと、1分も持たずに魔力が枯渇して死ぬだろうなぁ……。
ヘカトンケイルは、上半身と下半身が分断されたまま、しばらくの間ビクビクと痙攣していたが、やがて動きが完全に止まり、体が光の粒子となって消え始めた。
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