第072話「ブースターエッグ」★
「
未玖が男性に詰め寄って、答えを急かす。男性はそんな彼女に圧倒されながらも、首を縦に振った。
「ああ、間違いなく特殊個体だった。……それと、俺はまだ28歳だ! おじさんではない!」
「28歳って……おじさんでしょ?」
男性の言葉を聞いた未玖が、不思議そうな表情を浮かべて首を傾げるのを見て、彼はがっくりと肩を落とした。
まあ、中学2年生から見たら、アラサーなんておじさんにしか見えないだろうからな……。それにこの人は、顎髭も生やしていて、実年齢より上に見られがちな風貌だし、仕方ないだろう。どんまい、おにーさん。
「うーん、でもおじさん。何でそんな確信を持って特殊個体だって断言できるんですか? たまたまおじさんが見たことのないモンスターだったっていう可能性もあるんじゃ……」
雫が顎に手を当てながら男性に質問する。
確かに、雫の疑問はもっともだ。普通なら、初めて見るモンスターだとしても、それが特殊個体だと断定するのは難しいだろう。
「あの……、おじさんじゃなくて山本って呼んでくれないかな? あんまりおじさん連呼されると、流石の俺も凹むから……」
「はい、わかりました。山本さんですね。それで山本さんは、どうしてそのモンスターを特殊個体だって断定できたんですか?」
琴音の問いかけに、山本と名乗る男性は、その理由を話してくれた。
「ああ、俺のスキルは"モンスター鑑定"だからな、じっくりとモンスターを見てやれば、そいつの詳細――――」
「モンスター鑑定ぃぃぃぃーーっ!?」
「うわ!? びっくりした! どうしたのさ、ソフィアちゃん。いきなり大声だして?」
いやだって、モンスター鑑定だよ! 俺がめっちゃくちゃ欲しかった能力じゃん! こ、これは是非とも山本さんからスキルをコピーさせてもらうしかない!
俺はズイッと山本さんに迫ると、彼の手を取って、胸の辺りに引き寄せると、わかるかわからないか程度に軽く接触させる。
そして、上目遣いでジッと山本さんの瞳を見つめると、甘い声で囁いた。
「あの、山本さん。私、ソフィアと申します。"モンスター鑑定"……とても興味深い能力ですね。そのスキルのことをもっと詳しく知りたいので、もしよろしければ、後日、2人きりでお食事でもしながら教えていただけないでしょうか?」
山本さんは、そんな俺に対して一瞬鼻の下を伸ばしたが、ハッと我に返ると首をブンブンと横に振って、俺の手をそっと振りほどいた。
あ、あれー? なんで? 普通の男ならこれでイチコロのはずなんだけどなー?
「す、すまん嬢ちゃん。かみさんが怖いんで、勘弁してくれ……。俺は、生まれたばかりの娘もいる父親なもんでね……」
ぐっ!? 山本さん、既婚者で子持ちかよ!? マジか……。せっかくの"モンスター鑑定"持ちが……。
いや、でも奥さんがいたところで、一回くらいは別に平気だろ? 一回ぐらいならバレないって。うん、大丈夫。いけるいける、問題ない!
「…………」
いやいや、何考えてんだよ俺は……。もうやべー女は卒業するって決めただろ? 妻子持ちの相手を惑わすような真似なんてしたら、人として駄目だろう。
……いや、でも"モンスター鑑定"かぁ~、欲しいなぁ……。
「ソフィアさん? さっきから百面相して、どうしたんですか? 何かありました?」
「あ、いや……何でもない。……おほん! それで山本さん、その特殊個体は一体どんな奴だったんですか?」
琴音が怪訝そうに尋ねてくるが、俺はそれを誤魔化すように咳払いをすると、山本さんに話の続きを促す。
「ああ、見た目は卵みたいなやつでな。ダチョウの卵よりさらに大きいサイズで、それに手足が生えたような姿形をしていた」
「えー、何それ? 特殊個体なのに全然強そうじゃないねー」
「実際に戦闘能力は低そうだったな。ただ、異様に素早くてね。しかも近づくとすぐに逃げるから、俺じゃとても捕まえられそうもなかったよ」
未玖の質問に山本さんが答える。だが、今の説明では、この階層に現れた上位種達の出現理由が分からないので、俺はさらに質問を重ねる。
「それで、先程のゴブリンジャイアントとその特殊個体にはどんな関係があるんですか?」
「うん、俺の鑑定によると、あの特殊個体は――――ああ! あいつだ! あのモンスターだよ!?」
突如、山本さんが大きな声をあげながら、正面の通路の奥を指差した。
その方向に目を向けると、そこにはてくてくとコミカルな動きをしながら歩いている、卵のような形をしたモンスターの姿があった。体長は1メートルほどで、山本さんの言ったように、手足が生えている。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330669191306815
「そ、ソフィア先輩! 特殊個体ですよ、特殊個体! 捕まえましょうよ! 恩寵の魔石、
涎を垂らさんばかりに目を輝かせながら、未玖が俺のキャミソールの肩紐をぐいぐいと引っ張る。
何でこいつはわざわざここを引っ張るんだよ……。今は男の山本さんもいるんだから、マジでやめてほしいんだけど……。
「よし、速攻で倒してくるわ! お前らは固まって辺りを警戒してろ!」
俺はそう言い放つと、肩紐を掴む未玖の手を払いのけて、特殊個体に向かって猛ダッシュする。そして、一気に距離を詰めると、勢いよく跳び上がり、空中で身を翻してそいつの背後に着地した。
「――!? !!!!」
――が、特殊個体は身体をビクッとさせると、目にも留まらぬ速さで、一目散に逃げ出した。
ちょ!? はっ、速い!? いや、速すぎだろ!? 俺が魔力全開で追いかけても追いつくか微妙なほどの速度だぞ!
駄目だ、ここで無理に追いかけたら、雫達と距離が離れすぎて、合流するのに時間がかかっちまう。その間にあいつらが上位種に襲われないとも限らないし……。仕方ない、ここは諦めるか。
俺はそう判断すると、特殊個体を追いかけていた足を止めて、踵を返して雫達の元へと戻る。
「山本さんが速いとは言ってたけど、まさかここまでとは思わなかったわ……」
「いや、君も十分早かったと思うけど……。本気で追掛け回せば、君なら捕まえらそうだね」
たぶん、やろうと思えばできるだろうな。でも、今はこいつらを護衛するのが最優先だし、あんまり無茶はしたくない。
「それより、先程の話の続きなんですが……」
「ああ、あの特殊個体の名前は"ブースターエッグ"と表示されていた。どうやらあいつはモンスター達を強化する能力を持っているみたいなんだ」
「それは!? 少々、厄介な能力ですね……。つまり、あの特殊個体がこの階層のモンスターを強化して回っている、ということですか?」
「……おそらくそうだろうな。今、この階層は最上階の50階どころじゃないほど強力な魔物で溢れかえってると思うよ」
山本さんは顔をしかめながら、俺達にそう語った。
なるほどな、道理でこのダンジョンには存在しないはずの、上位種の魔物があんなにも沢山いたわけだ。
「それは、早く討伐しないとちょっとマズそうだな。このままだと何も知らない探索者が、今この階層にやってきたら、普通に死ぬぞ」
「俺と一緒にパーティを組んでここまで登ってきた奴らがいたんだ。そいつらとも逃げる途中ではぐれてしまってな……。特殊個体の情報は伝えたが、彼らが無事に下の階まで逃げ帰っていたとしても、他の探索者達に情報が届くのは少し時間がかかるだろうな……」
山本さんの仲間が、無事30階のセーフティーエリアまで逃げのびたとしても、そこからギルド職員を経由して、探索者全体に情報が伝わるには、やはりそれなりの時間が必要なはずだ。
それまでにこの階層に足を踏み込んだ、何も知らない探索者が死亡する可能性はかなり高いだろう。
「……倒すしかないな」
「やるの!? ソフィア先輩!」
「ああ、だがその前に、まずは40階のボスである、サイクロプスを倒して、山本さんとお前らを転移陣でダンジョンから脱出させる。その後、俺がこの階層の上位種を一掃すると同時に、ブースターエッグも探し出して討伐する」
それしかないだろう。メガタウロスやゴブリンジャイアントみたいなモンスターが大量発生したら、Bランクの琴音ですら危険だからな。
俺の意見に、皆は納得してくれたのか、反対意見が出ることはなかった。
「雫、先読みの魔眼を発動させて、ヤバい奴が近寄りそうになったら、俺に教えてくれ」
「おっけー! 任せておいて!」
雫がグッと親指を立てて、カッコいいポーズを取りながら、左目を赤く光らせる。
そんな彼女の様子に苦笑しながら、俺達は40階層のボス部屋へ向けて歩き出した。
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