第071話「不穏な気配」
その後、俺達は順調にダンジョンを進んでいき、ついに40階へと辿り着いた。
40階は、これまでの階と比べても圧倒的に広くなっており、道も迷宮のように入り組んでいる。モンスターの強さも一段と強くなっており、20階までのボスが、通常モンスターとして普通に徘徊している。
「ここからはマジで気を抜くなよ? 現状の雫と未玖じゃ、勝てないレベルの魔物も何体か居るからな。これまで以上に警戒を怠るんじゃないぞ」
「ひぇー、なんか急に難易度上がりましたねー」
「まあ、この階で私達は帰るんだから、最後にひと踏ん張りしようよ。ソフィアちゃんと琴音が一緒なんだし、大丈夫だって」
未玖が俺の服の裾をぎゅっと握り、雫は緊張した面持ちではあるが、笑みを浮かべていた。
やがて、少し広い部屋に辿り着くと、そこには牛の頭を持つ巨漢の怪物、ミノタウロスが3体待ち構えていた。
「ミノタウロスですね。3体ですが、今の未玖と雫なら倒せるんじゃないですか? 2人だけでやってみますか?」
「そうですねー。ミノタウロスなら20階で簡単に倒せたし、いけそうな気はしますけど……」
「やろうよ! あれくらい倒せないと、いつまで経っても上には行けない気がするし!」
雫がやる気に満ちた表情を浮かべると、未玖もそれならば、といった様子で頷く。2人は武器を構えると、ミノタウロスに向かって駆け出そうとしたが――
――ガシッ!
その行く手を、俺が遮った。
「ソフィアちゃん? 一体どうしたの?」
「よく見ろ! 真ん中の奴、普通のミノタウロスと少し色が違うし、一回り大きいだろ!」
「……あ。言われてみると確かにそうですねー。なんかちょっと赤い? それに、他の2体と比べて、若干ですけど身体も大きい気が……」
未玖は通常のミノタウロスと赤いミノタウロスを見比べながら、首を傾げて呟く。
「……琴音。あれ、何だかわかるか? あんなモンスター、この立川ダンジョンに出現するなんて情報、俺は聞いたことがないぞ?」
「あれは……、たぶんミノタウロスの上位種の"メガタウロス"ですね。でも、私も初めて見ました……。モンスター大全でも、エルドラドや並木野ダンジョンの下層にしか居ないと書かれています」
並木野ダンジョンとは、この立川ダンジョンの近くにある、日本で最大と呼ばれるダンジョンだ。
地下100階まであるとされており、攻略は不可能だとさえ言われてたが、去年、来日したアリス・アークライトと、その仲間の魔法少女のような恰好をした謎の女の子によって、完全攻略されてしまった。
その時の様子は、アリスの動画チャンネルにアップされており、その再生回数は驚異の100億回を超えている。異世界から帰還したばかりの俺でも、その動画を視聴したことがあるくらいだ。
俺達が話している間も、メガタウロスは微動だにせず、ただこちらをじっと睨みつけていたが、やがて痺れを切らしたのか、咆哮を上げると真っ直ぐに突進してきた。
「ブモォオオッーー!!」
「琴音! 雫と未玖を頼む! 俺があいつを始末する!」
「わかりました! 2人は私の後ろに隠れていて下さい!」
「う……うん」
「ぐええ! メガタウロスとかアリスの動画に出てきた奴じゃん! リアルで見たら、超怖いんですけど!」
メガタウロスは巨大なこん棒を振り上げると、俺に向かって振り下ろす。
――ドゴオォオンッ!!
凄まじい轟音とともに、大理石でできた床が陥没し、破片が周囲に飛び散る。俺は跳躍してその攻撃をかわすと、空中で回転しながら踵落としを喰らわせてやった。
「ブモォッ!?」
メガタウロスはその衝撃でバランスを崩し、前のめりに転倒する。俺はその隙を逃さず、倒れ込んだ奴の顔面に向かって、魔法を放った。
「この手から放たれるは、全てを焼き尽くす灼熱の炎――"イグニッション"!」
炎の渦が、メガタウロスの顔に纏わり付くと、奴の絶叫が室内に響き渡る。必死に火を消そうと暴れ回るが、この魔法はしばらく燃え続けるため、そう簡単には消えない。
俺はメガタウロスの背後を取ると、背骨目掛けて魔力を込めた拳を振り抜く。ゴキリという鈍い音と共に、骨が砕ける感触を感じた。
ドシンッ、と大きな音を立てて倒れたメガタウロスは、ビクビク痙攣しており、完全に白目を剥いている。普通の探索者にとっては、上位種であるメガタウロスは死を覚悟するような相手だろうが、俺にとってはその辺の雑魚と何も変わらない。
「琴音ーー! そっちは大丈夫かーー!?」
「大丈夫ですーー! こっちも終わりましたー!」
見ると、琴音の足元に2体のミノタウロスが倒れていた。流石琴音だ。どうやら、もう倒し終えたらしい。
俺はメガタウロスに向き直ると、倒れ伏す奴の無防備な首を、風魔法で刎ね飛ばし、トドメを刺してやった。
「それで、一体どういうことなんですかー? 何でメガタウロスがこの階に出現したんですかー?」
俺がメガタウロスの魔石を回収していると、未玖が不思議そうに首を傾げながら聞いてくる。それは雫や琴音も同じ気持ちだったようで、皆、俺の言葉を待っているようだった。
「いや、それは俺にも分からないな……。こんな上位種の魔物は、この立川ダンジョンでは50階まで登っても現れないはずなんだが……」
「何か、私達の知らないところで、異常事態が起きているってことなんでしょうか?」
「ソフィアちゃんでも分からないのなら、さっさとボスを倒して脱出したほうが良さそうだね……」
雫の言う通りだ。今ここで考えても答えは出ないのだから、さっさとボスを倒して、こいつらは帰してやんねーとな。
そう思って歩き始めたところで、遠くから男性の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「ソフィアさん!」
「ああ、誰か襲われているみたいだな。急ごう」
俺達は急いで現場に向かうと、そこには巨大なゴブリンから必死に逃げている男性の姿があった。彼は俺達の姿を見つけると、縋り付くように助けを求めてきた。
「き、君達! た、助けてくれーー! ゴブリンジャイアントだ! ゴブリンの最上位種なんて、俺じゃ倒せない! 頼む、助けてくれ!」
男性の背後では、通常ゴブリンとは比べ物にならないほどの巨躯を誇るゴブリンジャイアントが迫っていた。こいつも当然ながらここには出現しないはずのモンスターだ。一体どうなってやがる?
まあとにかく、今はこいつを何とかしないとな。
「琴音達はそこで他のモンスターが来ないか見張っていてくれ!」
俺は男性とゴブリンジャイアントの間に割って入ると、腰を抜かしている男性を背中に庇いながら、ゴブリンジャイアントに立ち向かう。
ゴブリンジャイアントは、折れたダンジョンの柱を両手で握り、俺に向かって叩きつけてきた。俺はそれを身を反らして避けると、その柱の上を駆け上がりながら奴の頭部に掌底を叩き込んだ。
「グギャッ!?」
「ほら! ご馳走してやるよ! たんと喰らいな!」
掌底をくらって、思わず口を開けたゴブリンジャイアントの口の中に、俺はファイアボールを数発プレゼントしてやった。そして、そのまま顎を蹴り上げて、反動で距離を取ると、体内に入った火球を爆発させる。
――ドガァアアン!!
爆裂音が鳴り響き、ゴブリンジャイアントは断末魔の叫びをあげる間も無く、その身体を爆散させる。周囲に肉片が散らばり、酷い臭いが漂ってくるが、それはすぐにダンジョンが吸収してくれるだろうから、勘弁願いたい。
俺はふぅ、と息をつくと、後ろで呆けたように座り込んでいる男性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。助かったよ、ありがとう。しかし君、とんでもない強さだな。しかも今のは魔法かい? もしかしてAランク探索者だったりする?」
男性がそう聞いてくるが、俺はそれには答えず、逆に質問を返した。
「そんなことより、あのゴブリンジャイアントはどこから現れたんですか? ここには出現しないはずのモンスターですよね?」
俺がそう尋ねると、男性はハッとした表情になり、慌てて説明を始めた。
「そ、そうだ……! 出たんだよ!」
「出たとは、何がですか?」
琴音が尋ね返すと、男性は興奮した面持ちで叫び声を上げる。
「――――
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