第070話「危ない君」

 翌日――。


 準備を整えた俺達は、早速31階へと続く螺旋階段へと向かった。だが、そこでギルド職員に呼び止められてしまう。


「失礼します。ここから先はDランク以下の探索者は、立ち入り禁止となっておりますので、申し訳ありませんが、ギルドカードを拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


 あ、そうだったわ……。


 調子に乗った低級探索者が、無謀なアタックをして、死んだりすることが多いので、危険なダンジョンや階層には、ランク制限がかけられているんだった。


「え~、私と未玖はまだDランクだから、これ以上は進めないの?」


「マジで!? 朝からテンションだだ下がりなんですけどー!」


 雫と未玖は不満そうに唇を尖らせるが、職員は規則ですから、と申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「大丈夫ですよ。パーティの平均がCランク以上なら、ランクに達していないメンバーがいても、一緒に上の階層へ上がることが出来ます。ですよね?」


「はい。ええと……。こちらのソフィアさんと、琴音さんがCランクとBランクですか。……ふむ、これならギリギリ大丈夫でしょう」


 正確にはDDCBなので、平均はCには若干足りてないけど、四捨五入したらCになるパーティなら、ギリギリ足りてると判定されるらしい。


「それでは行ってらっしゃいませ。ですが、ここから先は魔物も強くなりますので、十分にご注意ください。少しでも危ないと感じたのなら、すぐに戻ってきてくださいね」


 俺達はぺこり、と職員に頭を下げてから、螺旋階段を上っていく。


 31階に到着すると、道幅も広くなり、天井までの高さもかなり高くなっていた。さらに、壁や床は綺麗に磨かれた大理石のような素材で出来ており、まるで神殿のような雰囲気だ。


「お~、何か雰囲気が変わったね」


 雫が辺りを見回しながら、感心したように呟く。未玖も興味津々といった様子で、あちこちを見回していた。


「気をつけろよ? ここから先はモンスターのレベルが跳ね上がるからな。ギルドが定めたCランク以上ってのは、順当なラインだし、油断してるとあっさり死ぬぞ?」


「あとは、罠も結構ありますから、足元や壁なども、よく注意して進みましょう」


「わかってますって~。ちゃんとソフィア先輩と琴音先輩から離れないからさー」


「……いきなり怪しい壁を触ったりしてフラグを回収するなよ? 特に転移の罠で1人だけ飛ばされるとか、マジでやめろよ? いくら俺が強くても、そういうのされると普通に助けられないからな?」


 早速壁に手をつこうとしていた未玖が、ぴたり、と動きを止めて、誤魔化すように笑みを浮かべた。


 ……こいつ、注意しておかないとマジでやりそうだから困るわ。


「お……ソフィアちゃん! そこの曲がり角からモンスターが来るよ!」


 先読みの魔眼を発動した雫が、俺達に向かって叫ぶ。


 そこから現れたのは、人型をした赤い肌の魔物だった。筋骨隆々の巨体に、額には禍々しい角が2本生えており、鋭い牙と爪を持ったその姿は、まさに鬼と呼ぶに相応しい。


「オーガだな。オークと同じような体格だが、こいつの方が素早く、頭も良く、力も強い。……琴音、2人に見本を見せてやれ」


 雫と未玖は、オーガの容貌に少し怯えているみたいなので、琴音の戦いぶりを見せておくことにしよう。


「わかりました。雫、未玖、オーガは外見は恐ろしいですが、今のあなた達なら十分倒せる相手です。冷静に対処すれば問題ありません。見ててくださいね」


 そう言いながら、琴音はオーガに向かって駆け出すと、一瞬で距離を詰める。


 そして、腰に差した神聖樹の木刀を抜くと、そのまま流れるような動作で、オーガの太い首筋に向かって一閃を叩き込んだ。


 と、思った次の瞬間――。



「あぶなぁぁぁぁーーーーいッ!!」



 突如、曲がり角から現れた小太りの男が、オーガに向かって体当たりをかました。


 琴音はその男に木刀を叩きこみそうになり、慌てて攻撃を中断すると、男はオーガに抱きついたまま地面に転がる。


「危なかったね、お嬢さん! だが、僕が来たからにはもう大丈夫だ! さぁ、早く僕の後ろに隠れなさい!」


 その小太りの男は、琴音に向かってキメ顔で叫びながら立ち上がると、オーガの正面に立ち塞がる。そして、右手にキラキラと光る剣を構えて、オーガと相対した。


「くらえ! 必殺! エタァァーーナル・フォーース・スラァァッーーシュ!!」


 男は派手に叫びながら、大げさな動作で、オーガに向かって輝く剣を振り下ろした。それはただの上段切りにしか見えなかったが、その威力は十分であり、オーガの首が宙を舞う。


 そして、男は琴音に向かって振り返ると、「にちゃり」と効果音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた。


「ふひひ。大丈夫だったかい、可愛いお嬢さん? どうだい? 僕、カッコよかっただろう?」


「え、ええ……。どうも……」


 どんな相手でも分け隔てなく接する琴音だが、この男に対しては、流石に若干引き気味の様子だった。


「…………」


 ……こいつ、何でこんな場所に1人でいるんだ?


 俺はその小太りの男に見覚えがあった。身長は170センチに満たず、無駄に肉の付いた身体に、油ぎった肌と髪の毛。見るからにオタクっぽい風体をした少年――。


「北村……」


 前世の俺のクラスメイト――北村琢夢だ。……俺が死んだ原因の1人である、クソ野郎だ。


「あれって"危ない君"じゃない?」


 俺の思考を遮るように、雫が小声で話しかけてくる。


「"危ない君"って何だよ……?」


「あれ? ソフィア先輩知らないんですかー。ネットの立川ダンジョンのスレじゃ結構有名なヤバい人ですよー。女の子だけのパーティがモンスターと戦ってると、『危なーい!』って言って乱入してくるんだって。おめぇの方が危ねぇよって話だよね。でも結構強いらしくて、あっという間に倒しちゃうんだってさ。それでその後、『配信とかしてない?』とか聞いてくるらしいですよー」


 未玖が解説してくれる。あいつ、"危ない君"とか呼ばれてんのかよ……。


「何だよ配信って、何でわざわざそんなこと聞いてくるんだよ」


 俺が尋ねると、未玖は呆れたように溜め息を吐いた。


「そんなの女の子を助けてるところを、全世界の人に見てもらって目立ちたいからに決まってるじゃないですかー」


「??? 何でわざわざ他人の配信に映らなきゃいけないんだよ? そんなに目立ちたいなら、自分で人助けをするところを配信すればいいじゃん」


 まあ、ダンジョンに持ち込める映像記録系のアイテムは、激レアだから、そう簡単には手に入らないだろうけどさ。


 それでもそこまで目立ちたいのなら、配信アイテムを持ってるか分からない相手を待ち構えるより、何とか映像系のアイテムを入手して、自分で配信する方が確実だと思うんだが。


 そのことを口にすると、未玖はやれやれ、と肩をすくめるような仕草をする。


「自分で配信って、そんなことしたら目立ちたいみたいじゃないですか」


「いやいや! だから目立ちたいんだろ?」


 こいつが何を言ってるのか全く分からん。俺が首を傾げていると、雫が諭すように語りかけてきた。


「あのね? ソフィアちゃん。あの手の人は、ただ目立つだけじゃダメなんだよ。自分は目立ちたくない、目立たないように力を隠している。だけど、自分があまりにも凄すぎるものだから、どんなに隠そうとしても周りが放っておいてくれない。美少女は自分を追いかけてきて、世界中の人達が自分を称賛する……みたいな感じじゃないと満足できないんだよ。あくまでも自分から目立とうとして目立つんじゃなくて、周りが勝手に称賛する、みたいなスタンスが大事なの。分かった?」


 な、なるほど……? 微塵も共感はできないけど、言いたいことは分かった気がする。ようするに自己顕示欲が天井を突破した結果、こんな変態みたいな行動を取るようになったってことか……。


 俺はドン引きしながら、"危ない君"こと北村琢夢を見る。するとその視線に気づいたのか、北村はこっちを向いて、にちゃあ、と気持ちの悪い笑みを浮かべた。


 しつこく「配信してない?」と聞いてくる北村に、琴音も困ってるみたいだし、そろそろ助け船を出そうかな。


 俺はゆっくりと北村の側に歩いて行くと、にっこりと微笑みかけた。


「こんにちは」


「……お、おひょ! か、かわいいぃぃい! は、はじめまして! 僕の名前は北村――」


「あの、口が臭いんでそれ以上喋るのをやめてもらっていいですか?」


「……え?」


「というか体臭も臭すぎますね。ちゃんとお風呂入ってます? その服、随分汚いですけど、何日洗ってないんですか? あ、もう少し離れてもらえますか? ちょっと貴方の近くに居るだけで、私まで臭くなってしまいそうな気がしますので。それと、初対面の人にいきなり話しかけてきて馴れ馴れしいので、もう少し距離感というものを考えた方がいいと思いますよ? さっきから何を言っているか全く分からないです。というか、よくその見た目でナンパとかしようと思いましたね? どうして成功するって思っちゃったんですか? 生まれ変わってイケメンになってから出直してきてくれません? あ、それと、その剣めちゃくちゃダサいですね。技名もセンスの欠片もありませんし、何というか……もう何もかもが最悪ですね。はっきり言って貴方みたいなクソ野郎、視界に入れるのも嫌なんですよ。とっとと私達の前から消えてくれません? 目障り極まりないので」


 慈愛の笑顔を作って、優しい口調で辛辣な言葉を浴びせかけてあげる。


 すると、北村はこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべ、セーフティーエリアの方へ向かって、ふらふらした足取りで歩いて行った。


「うわぁ……、ソフィアちゃんこわ」


「ソフィア先輩って見かけに寄らず毒舌ですよねー。先輩くらい可愛い人からあんなこと言われたら、あの人、再起不能になっちゃうんじゃないですか?」


 雫と未玖がドン引きしているが、特に気にする必要もないだろう。あんな奴、あれでも足りないくらいだからな。


 情報源としてちょろいから、泳がせてはいるが、何やら怪しげな行動をしているみたいだし、雫達がいなかったらここで仕留めても良かったくらいだ。


「でも助かりました、ソフィアさん。正直、かなり困っていたもので――」


「――待てっ! 皆そこから動くな!」


 琴音がお礼を言いかけたところで、俺は咄嗟に声を上げる。そして、拳を構えると、周囲に鋭い視線を走らせた。


「ソフィアちゃん? 一体どうしたの? 魔物も人も見当たらないけど……?」


「……しっ! 静かに……」


 俺は幽霊や不可視の存在が見えるようになる、"霊視"のギフトをオンにして、周囲の様子を隅々まで確認する。そして――



『南天流――――"魔光拳"!!』



 魔力を込めた拳を、何もない左前方に向かって、思いっきり撃ち抜いた。


《ぶげぁぁぁあッ!!》


 すると、俺の拳が当たった場所から、何かが弾け飛ぶような音が響き、同時に不気味な悲鳴が響き渡る。


「え? ええ!? 何、今の声!? 幽霊!?」


 未玖が驚いた声を上げる。他の2人も、突然の出来事に、驚愕の表情を浮かべていた。


「幽霊と言えば幽霊だな。随分とブサイクな霊だが」


《な、何で!? 幽体になった僕の姿は誰にも見えないはずなの!? それに、幽体を殴るなんて、そんなの反則だろうっ!》


 南天流の秘拳の1つ――"魔光拳"。


 それは、武神ガーライルが、「幽霊とかも拳一貫でぶっ倒したくねー?」というアホな考えのもと編み出した必殺技である。


 魔力を光の属性に無理やり変換して、アンデットやゴーストのような実体のない敵も殴ることができるというものだ。ちなみに、高い魔力操作の練度は必要だが、光魔法のギフトがなくても、修行を積めば使うことはできる。


「危ない君! 女の子に憑依して、いたずらしようなど、万死に値する! 覚悟しろっ!」


《や、やめ――ぶぎゃらっぱぁあッ!!》



 ――ドガドガドガドガッ!! ボコボコボコォッ!!



 魔光拳で、現れた北村の霊をタコ殴りにする。壁をすり抜けて逃げようとしたので、アイアンクローで捕まえると、蹴りも交えて、徹底的にぶちのめした。


「これで終わりだっ!」


 ――ズギャアアッ!!


《ぎょえぁぁぁぁああぁぁあッーー!!》


 最後に霊体の股間を、魔力を込めた足で思い切り蹴り上げてやると、北村の霊は断末魔の叫びを上げながら消えていった。


「ふぅ、悪は滅びた……」


 霊を消し去った俺は、すっきりとした顔で額の汗を拭う。


 だが、トドメを刺す前に、一瞬早く能力を解除して自分の身体に戻ったな。完全に消滅させた感触がなかった。


 でも、あの様子だとすぐには復活できなさそうだし、しばらくは大丈夫だろう。もし、また悪さをしようとすれば、今度こそ消滅させてやる。


 俺が決意を新たにしていると、琴音が少し緊張した様子で話し掛けてきた。


「ソフィアさん、今のは一体……」


「ああ、何でもないよ。ちょっとキモい霊が見えたから、追い払っただけさ。さあ、先を急ごうか」


 ……しかし、北村のやつ、あれほど憑依の射程距離や制限時間が長かったか? 


 憑依は驚異的な能力だが、その分、制約も厳しい。だからダンジョン内でおいそれと使えるものじゃなかった。今もおそらく、安全なセーフティーエリアから幽体離脱したのだと思われるが、昔はそれほどの距離は幽体のまま移動できなかったはずだ。


 それに、オーガを一撃で仕留めたのも気になる。あいつは直接的な戦闘能力は、そこまで高くなかったはずなんだが……。


 念の為、あとで北村の能力と所業を、ギルドに報告しておいた方がいいかも知れないな。何故あいつが西方のパーティを離れてこんなことをやっているのかは知らないが、どうせ碌な目的ではないだろう。


 ともあれ、今はダンジョンを攻略する方が優先だ。北村の件は一旦保留にしておこう。


 俺は琴音達に目配せをすると、再び上を目指して歩みを進めるのであった。

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