第068話「金の魔石」

「ブモォォッ!」


 ミノタウロスが雄叫びを上げ、巨大な戦斧を振り回す。その迫力に一瞬怯んだ未玖だったが、すぐに気配を消し、ミノタウロスの後方へと回り込んだ。


「ほら、牛さんこっちだよー」


 雫が注意を引くように、ミノタウロスに向かって正面から水弾を飛ばす。ミノタウロスはそれを戦斧で破壊するが、その隙を狙って後ろから未玖が暗黒のナイフで斬りかかった。


「よっと!」


 未玖はミノタウロスの表皮を浅く切り裂いて、すぐに距離を取る。ミノタウロスは振り返りざまに、再び戦斧を振りかぶるが、ターゲットを見失ったのか、攻撃の手が止まり、キョロキョロと辺りを見回した。


「おっ! これは暗闇が入ったかなー! もうらくしょ〜だわ、これ!」


「油断しないの! ミノタウロスは咆哮で相手を一瞬硬直化させたり、斧を投擲してくることもあるんだから気を付けてよ、未玖!」


「へーき、へーき! それくらいは分かってるって!」


 軽口を叩きながらも、未玖はちゃんと警戒はしているようで、ミノタウロスの正面には立たずに、常に側面や背後から攻撃を行っている。雫も未玖がうまく攻撃できるように、水弾でミノタウロスの注意を逸らしていた。


「へー、あいつらすげー連携とれてんじゃん」


「家がお隣同士の幼馴染なんですよね? 昔からよく一緒に遊んでいるって言ってましたし、それが戦闘にも活きてるのかもしれませんね」


 俺と一緒にその光景を見守っていた琴音が、感心するように呟く。


 まあ、確かに雫は俺や空より未玖と遊ぶ方が多かったからな。年も近い同性だし、お互い気兼ねなく接することができるのだろう。


 ……というか琴音さん、さっきから近いんですが? 腕を組むのはいいとして、おっぱいを肘に当てる必要はないだろ。まあ、嫌じゃないから言わないけど……。


「麻痺と毒も入ったかな? こいつ、結構ちょろいじゃん!」


 ミノタウロスは、ふらりふらりと千鳥足で、体をよろめかせている。その隙を狙って、未玖は暗黒のナイフで何度も斬りつけた。


「確かに思ったよりも弱いかも……。もう倒しちゃっていい?」


「いいよー、私のナイフだと破壊力足りないから、雫姉ぇトドメお願い」


「ほいきた」


 雫が水神の涙に魔力を流し込み、水の刃をミノタウロスに向かって飛ばす。多数のデバフ効果でまともに動けないミノタウロスは、それを避けることもできずに、その首を胴体から切り離された。


 ボトリと地面に転がったミノタウロスの頭部は、その身体と共に光の粒子となって消えていく。それとほぼ同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がった。


「「いえーい!」」


 未玖と雫は、ハイタッチを交わして勝利の余韻に浸っている。俺と琴音はそんな2人の元にゆっくりと歩いて行った。


「お疲れさん。それじゃあ、アイテムを回収してさっさと上の階に行くか」


「ソフィアちゃん、ちょっと淡泊じゃない? ミノタウロスを倒したんだよ? もうちょっと褒めてくれてもよくない?」


「そうですー! もっと私達を褒めてくださいー!」


「お前らなぁ……。そんな激レア武器を持ってて負ける方が難しいっての。……まあ、でもよく頑張ったよ」


 俺が2人の頭に手を乗せて、わしゃわしゃと撫でてやると、彼女達は嬉しそうに目を細めた。その様子を琴音が羨ましそうに眺めていたので、手招きをして呼び寄せる。


「……琴音、暇だったろ。お前がアイテムガチャ引いていいぞ」


「いいんですか? ではお言葉に甘えて……」


 琴音は少し遠慮しながら、魔法陣に足を入れてガチャを引く。その結果は――。




【名称】:ミノ舌


【詳細】:ミノタウロスの分厚い舌。とても柔らかく、食べるとクセになる旨さ。




「お、ミノ舌じゃん。銅の低レアだけど、これめちゃくちゃ美味いんだよな。今日の夕飯は焼肉にするか」


 ミノタウロスは低レアでも、ミノ肉やミノ舌などの非常に美味い食材を落とすので、人気のボスモンスターだ。店に並んでもすぐに売り切れてしまうので、一般人はなかなか食べられないレアな食材である。


「やったー! 私ミノ舌食べたことないんですよねー。超楽しみ!」


「小さな家の中に、焼き肉用のセットとか色々揃えておいたのって、このためだったんだ……!」


「ああ、ミノ肉かミノ舌のどっちかが出たら、すぐに焼肉にしてやれるようにな。野菜も他の肉も大量に仕入れてあるから、好きなだけ食えよ」


 俺がそう言うと、未玖と雫は目を輝かせて喜んだ。琴音はそんな2人の反応を見て、楽しそうに笑っている。


「それじゃあ、30階までサクサク進むぞ!」


「「「おー!」」」


 そうやって俺達は、意気揚々と上の階へと足を進めたのだが――。


 ……


 …………


 ………………


「ぎゃーーーー! お兄ちゃん倒してーー!」


「臭いっ! むりむり無理! こんなの触れないって!」


「お、お兄さん! お願いします……!」 


 悪臭を放つゾンビの群れを前に、雫達は俺の後ろに隠れた。


 21階からはアンデットが出現するのだが、その腐臭と見た目のグロさで、女性にはかなり人気のないエリアである。


 てか、お兄ちゃん言うなや……。未玖も混乱してるから気づいてないみたいだけどさ。


「しょうがねーなぁ……。光よ、邪悪なる者を祓いたまえ――"ホーリーライト"!」


 呪文を詠唱し、ゾンビの群れに向かって神聖魔法を放つ。すると、聖なる光によってゾンビ達は一瞬で浄化されていった。


 アンデット相手には火魔法でもいいのだが、焼け焦げたゾンビの匂いが臭いので、あまり使うのはおすすめしない。


 その後も、小娘達はあまり役に立たないので、俺が先頭に立ってゾンビやスケルトンを次々と蹴散らしていく。まったく、これじゃあこいつらのレベル上げにならないじゃねーか……。


 結局30階までの道のりは、俺1人で無双し続ける、という非常につまらない展開となった。


 そして――。


「あいつはお前らだけで倒せ。いいな?」


 ボス部屋の中央には、魔導士のような格好をした、大きな杖を持ったアンデットモンスターが待ち構えている。


 ――30階のボスモンスター、リッチだ。


 その周囲には、無数のスケルトンやゾンビ、空中にはゴーストと呼ばれる半透明のモンスターが飛び交っている。その姿はまるで軍隊のようで、ここを攻略するには相当な戦力が必要になる。


 だが、この3人なら十分倒せるはずだ。


「わかりました、ソフィアさん。やってみます。雫は水魔法でゾンビの数を減らして、未玖は光輝のナイフでゴーストをお願い。リッチは私が相手します」


「おっけー! 琴音のフォローは任せて!」


「りょうか~い! さっさと倒してミノ舌食べましょー!」


 2人は元気よく返事すると、それぞれの役割に向かって駆け出す。雫は広範囲に水弾の雨を降らせてゾンビ達の足を止めると、未玖は素早い動きで光輝のナイフを振るい、次々とゴースト達を倒していく。


 そして、兵隊を削られて丸裸になったリッチに向かって、琴音は一直線に突っ込んでいった。


「――――"魔装展開"!」


 琴音の身体を桜色の光が包み込む。すると、いつの間にか着ていた袴が消え去り、代わりに桜の紋様が描かれた、美しい着物に変化していた。


 魔装を纏って身体能力が向上した琴音は、凄まじい速度でリッチに接近すると、そのまま上段から強烈な一撃を叩き込んだ。


「ギギャアァァァ!」


 リッチは苦悶の悲鳴を上げ、手に持った杖で魔法を放とうとするが、横から雫の水弾が直撃して阻止される。その隙を見逃さず、琴音は次の一撃をリッチの脳天に振り下ろした。


 ――ドゴォンッ!


 鈍い音が部屋中に響き渡る。リッチは地面に叩きつけられ、まるでボールのようにバウンドすると、壁に激突して動かなくなった。


 やがて、リッチの体は周りのゾンビ達と一緒に、光の粒子となって消えていく。琴音はそれを確認すると、魔装を解いて、ふぅと一息ついた。


「神聖樹の木刀、凄い威力です……。前にもリッチは倒したことはありますが、その時とは比べ物にならないくらい、楽に倒すことができました……」


「まあな、軽いし見た目は木ですげぇ地味に見えるけど、魔力を通すとすげー硬くなるんだよ。魔力の伝導率がめちゃくちゃいいから、魔力操作の練度が上がるほど威力も上がっていくぞ」


 俺はそう言うと、琴音の頭をぽんぽんと撫でる。彼女は少しくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「今まではダンジョンの中でしか、魔力操作の訓練は出来なかったと思うが、その剣さえあれば外でも魔力を使えるから、これからは毎日練習するといい。ただ、ある程度残量は残しておけよ? 外でも何があるかわからないからな」


「はい、ありがとうございます。お兄さんのお役に立てるよう、これからも頑張りますね」


 琴音は神聖樹の木刀を胸に抱きながら、小さく頷いた。


 ダンジョンの外でもスキルを使える奴がいることがわかった以上、警戒するに越したことはない。もし外で襲われたとしても、こいつなら大丈夫だとは思うが……。


「よわよわでしたねー! 30階とか楽勝じゃないですかー!」


「琴音が強いからそう見えるけど、私達だけじゃ多分無理だからね。あまり調子に乗るとまた酷い目に遭うよ……」


 未玖と雫がこちらに駆け寄ってくる。2人とも怪我をしている様子はないし、初めての30階攻略にしては、上出来だろう。


「はいはーい! 私にアイテムガチャ引かせてくださいー!」


 未玖が元気よく手を挙げてアピールする。だが、ここは順番なので我慢してもらおう。


「お前は10階で引いただろう。ほら、雫。今回はお前が引けよ」


「うん! ようやく私の番だね! いいアイテムが出るといいなー」


 雫はウキウキしながら魔法陣の中に足を踏み入れる。こいつは結構運がいいから、もしかしたらまた銀の魔石とかを引き当てるかもしれないな。


 そんな風に思いながら、彼女がガチャを引くのをぼーっと眺めていると――。



 ――コロンッ。



 雫の足元に、何かが転がり出てきた。それは、金色に光り輝く球体で――。


「「「「……え?」」」」


 俺達は揃って間抜けな声を出しながら、地面に落ちた金色の物体を凝視するのだった。

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