第067話「俺が鑑定してやるよ」

「せえぇぇい!!」


 気合いのこもった掛け声と共に、琴音が神聖樹の木刀を振り下ろす。その一撃はストーンゴーレムの頭部を粉砕し、巨大な体躯をその場に崩れ落ちさせた。


「琴音! 退いて! これで決める!」


 雫が水神の涙に魔力を流し、水刃を発生させた。ぐんぐんと伸びていく水の刃は、まるで鞭のようにしなりながら、その鋭さと勢いを増していく。


 琴音がその場から素早く飛び退くと、雫は大げさな動作でジャンプしながら、水刃を振り抜いた。


「くらえ――――"水刃一刀"!」


 雫が叫ぶと同時に、巨大な水の刃がストーンゴーレムの身体を真っ二つに切り裂いた。水刃はそのまま地面まで到達し、床を深く抉りながら霧散していく。ストーンゴーレムはその巨体を光の粒子へと変えながら、消滅していった。


 地面に降り立った雫は、ツインテールを手で後ろに払うと、こちらへと振り向いてドヤ顔を浮かべる。


「いや、お前カッコつけすぎだろ。わざわざジャンプする必要とかあった? 今のシーン。何が『これで決める!』だよ。普通に倒せよ」


「おに――ソフィアちゃんだって、『神の鉄槌"トールハンマー"!!』とか言って、めちゃくちゃカッコつけてたじゃん! 人のこと言えないでしょ!?」


 俺達がぎゃーぎゃー言い合いをしていると、琴音は苦笑し、未玖はケラケラと笑い出した。


「あははは。ソフィア先輩と雫姉ぇって姉妹みたいだよね。息がぴったりというか、何と言うか」


 未玖の言葉に、俺と雫はお互いに顔を見合わせると、揃って肩をすくめた。


 みたいというか魂の兄妹だしな。未玖は知らないけど。どうやら隠していても、そういった雰囲気というのは、滲み出てしまうものらしい。


「それより、魔法陣が出てますよ。まずはアイテムを回収しませんか?」


「あー! アイテムガチャ私が引きたい!」


 琴音の言葉に、未玖が元気よく手を挙げて返事をする。


「お前何もしてないじゃん。少しは遠慮しろよ」


「私のナイフはストーンゴーレムには通らないんだから、しかたないじゃないですかー! ねえ、いいでしょー?」


 未玖が駄々をこねるように、俺のキャミソールの肩紐を引っ張ってくる。


 おい、やめろ! ブラの紐まで一緒に引っ張るんじゃない! 大事な部分がぽろりしちゃうだろうが! ああ! ピンク色の部分がちょっと見えてる!


「――調子にのんな!」


「ぐえ!」


 柔術の要領で、相手の力を利用して投げ飛ばすと、未玖は間抜けな声を上げて地面に叩きつけられた。


「たく……。まあ、お前は生物系特化だからしょうがないか。11階からは動物系モンスターも増えるし、21階からはアンデットエリアだから、お前の光輝のナイフが活躍する機会は多いだろう。……仕方ない、今回は譲ってやるか」


「やったー! ガチャはゲームでも外せない楽しみだもんねぇ!」


 未玖はくるりと回転しながら跳ね起きると、スキップで魔法陣の方へと向かって行った。そして、その中に片足を突っ込む。すると――


 ――コロコロ……。


 ピンポン玉くらいの大きさの、銅色をした球体が床を転がる。未玖はそれを拾い上げると、少しがっかりした様子で溜め息を吐いた。


「銅の魔石……外れかぁ」


「9割が銅の魔石なんだから、そんなもんだろ。どれ、俺が鑑定してやるよ」


「――――へ?」


 俺が未玖から魔石を受け取ると、雫が間抜けな声を上げて固まった。


 だが、俺は構わず魔石を切り裂いて、中から現れた飴玉のような宝珠を指先でつまむと、鑑定を発動する。




【名称】:ストーンゴーレムの宝珠


【詳細】:魔力を溜め込んだ石。使うと中にある魔力が解放され、使用者の魔力を少量回復する。一度使うと砕けて消滅してしまうため、使い切りの消耗品。




「……これは」


 なんてことはない、ただの消耗品だ。だが、わかってる奴が使えば、もしかしてこれでもダンジョンの外でスキルを使用できるんじゃないのか?


 俺が思っていたよりも、案外この世界は、危ういバランスで成り立っているのかもしれないな。


「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉぉーーっ! おにい――ソフィアちゃんなんで鑑定使えるの! 前は鑑定の能力持ってなかったじゃん!」


 雫が慌てた様子で俺の肩を掴み、ゆっさゆっさと揺さぶってくる。


 やっぱり突っ込んでくるか、めんどくせえ……。だが、お前には悪いが、正直に全てを話すつもりはないぞ。いくら大の仲良しの妹でも、流石にスキルコピーの条件を知るとドン引きするだろうからな。


 ……特にこの能力は、どうしても……どうしても欲しかったせいで、普段なら手を出さないような相手と、ごにょごにょして、強引に手に入れてしまったものなのだ。


 事が終わったあと、我に返って自分でも壁に頭を打ち付けたくなったわ。このことが雫に知られたら、当分口を聞いてもらえなくなること間違いなしだろう。


「俺は日々進化してるんだよ。ちょっと前までの俺と一緒と思わない方がいいぞ」


 雫は「何それ、意味わかんないんだけど!」と言いながら、俺の瞳をじーっと覗き込んだ後、大きな溜め息を吐いた。


 何となく、俺が言いたくないことを察したんだろう。こいつはそういう奴だ。本当に触れて欲しくないことには、ズカズカと踏み込んでこない、肝心なところではちゃんと空気を読んでくれる。


「まあいいじゃないですか、雫。ソフィアさんにだって秘密はありますよ。それより先は長いんですし、そろそろ行きましょう」


 琴音が雫の肩に手を置くと、諭すように語りかけた。雫は仕方がないといった様子で頷く。


 俺達はボス部屋の奥の扉をくぐって、セーフティーエリアへと入る。そこは少し広めの空間で、どこか神聖な空気で満ちていた。ここにはモンスターが一切入ってこられないので、探索者達にとっては、身体を休める為の貴重な場所だ。


「さ、40階まで行くんだから、ここは素通りしてサクサク進んでいこうぜ」


 休憩している他の探索者達を尻目に、俺はさっさと奥の螺旋階段へと向かう。3人も慌てて俺の後を追いかけてきた。


「ところでお前ら、親御さんに泊まりの連絡はして来たのか? 40階まで上るとなると、流石に日帰りは難しいぞ」


 階段を上りながら、俺は後ろをついてくる3人に向かって声をかけた。


 雫はいいとして、一応中学生の娘さんを預かる身としては、親御さんの許可を取らずに外泊させるのはまずい。


「ソフィアさんと一緒なら大丈夫だろうと、お父様もお母様も言っていました」


「私も雫姉ぇの家に泊まるって伝えたら、全然いいよ! だってさ!」


 琴音に続き、未玖が元気よく答える。なるほど、それなら問題ないか。では、さっさと次の階層に進みますかね。


 そのまま螺旋階段を更に上っていくと、ようやく11階へと到達した。この立川ダンジョンは塔型の構造をしているので、風景は代わり映えしないのだが、階層が変わると出て来るモンスターは変わってくる。


 11階から20階は、動物系や亜人系が多く、21階から30階はアンデット系や不定形系などのモンスターが多くなってくる。ちなみに、ゴブリンはどこの階層でも現れるモンスターだが、上に行くほど上位種が現れるようになっていく。


「おっ! オークがいるぞオークが、ほら、おめぇの出番だぞ未玖! 気合い入れていけ!」


 俺は未玖の背中を押しながら、前方にいるオークを指差した。


 オークは身長2メートルを超える巨体で、手には木の棍棒を持っている。その緑色の肌に豚のような顔をした姿は、まさにファンタジーの代名詞と言えるだろう。


 未玖はオークを視界に捉えると、自信ありげに頷き、そのまま一直線に駆けていく。


「よーし! 行くぞ! くっ、殺せ!」


 なんでいきなり殺される気満々なんだよ……。やっぱこいつアホだろ……。


 だが、アホな発言をしながらも、未玖は忍び足で気配を殺して、オークの背後まで回り込むと、暗黒のナイフを抜いて、その背中から一気に心臓を貫いた。


「ブヒィィッ!」


 オークは断末魔の悲鳴を上げると、その場にバタリと倒れ伏す。


 うーむ、こいつ結構俊敏だな。気配を消すスキルもあるし、不意打ちに向いてる。真正面からの戦闘だと決定力に欠けるけど、暗黒のナイフのデバフ効果との組み合わせが絶妙に噛み合ってて、意外と使えるな。


 未玖は暗黒のナイフに付着した血を振り払うと、こちらに振り向きながらVサインをする。


「雑魚すぎワロタ! どうよ! オークくらい余裕でしょ!」


「ああ、思ったより動けてるな。正直お前は20階で帰らそうと思ってたんだけど、これなら40階まで連れて行ってもいいか」


「何で私だけ20階で帰らされそうになってたの!?」


 いやだってさぁ、琴音は普通に強いし、雫は魔核を持ってるからな。お前だけ一般人に毛が生えた程度の強さだから、40階とか危ないじゃん。天道とのバトルの時も、1人だけ一撃でやられてたみたいだし。


「それよりほら、またオークが現れたぞ。今度は3体いるから、雫も一緒に戦ってやれ」


「ええー、私達だけでやるの? ソフィアちゃんと琴音は?」


「俺と琴音は20階までは見学だ。40階までついてきたいって言うのなら、この辺の雑魚モンスターくらい2人で倒して見せろよ」


 未玖は渋々といった様子で、暗黒のナイフを構える。雫もしょうがないと言った様子で、水神の涙に魔力を通した。


 ……


 …………


 ………………


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。ザ、ザコも積もればなんとやら……」


「はぁ……、や、やっと20階のボス部屋、ついた……。も、モンスターハウスくらい手伝ってくれてもいいじゃん……」


 ボス部屋の手前まで辿り着くと、未玖と雫は肩で息をしながら、その場に座り込んだ。2人とも汗びっしょりで、疲労困憊と言った様子だ。


「驚きました。2人とも随分強くなりましたね。私達が一度も手助けすることもなく、ここまで来れるなんて。今もモンスターハウスに突っ込んだのに、殆ど無傷だったじゃないですか」


「これくらいやって貰わないと、40階までついてくる許可なんて出せないからな。ほら、水を飲んで少し休憩したら、ボスを倒して上に行くぞ。今日中に30階のセーフティーエリアまで行きたいからな」


 俺は未玖と雫に、水魔法で水球を作って渡してあげる。2人は勢いよく水を飲むと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


「かー! 冷たい水が体全体に染み渡るー!」


 未玖はおっさんみたいな声を上げて、気持ちよさそうに伸びをすると、地面をゴロンゴロンと転がった。

 

 おいおい、こんな固い地面で寝たら、身体痛めるぞ。


「まったくしょうがないな……。水よ、安らぎをもたらす揺り籠となれ――"ウォータークッション"」


 俺が呪文を唱えると、地面に水でできた柔らかいクッションが出現した。未玖と雫は勢いよくそれに飛びつくと、寝転がって体を休め始める。


「うわ! なにこれ! めちゃくちゃ気持ちいい!」


「あ゛~~、疲れが抜けていく~~」


 2人はだらしない顔で、ウォータークッションの心地良さに身を委ねている。それを見た琴音が、俺の耳元へ顔を近づけて、こしょこしょと耳打ちしてきた。


「あ、あの……お兄さん。私にもあれ、やって欲しいです」


 琴音は顔を赤くしながら、俺の服の裾を引っ張る。


 うーん、こいつもいつの間にか甘え上手になっちゃってまあ……。でも、お兄ちゃんとしては、甘えてくる年下の美少女がいたら、すぐ優しくしたくなっちゃうんだよなぁ。


 俺は琴音にもウォータークッションを作ってやると、彼女は嬉しそうにそれに飛び込んで、気持ちよさそうに目を閉じた。


「こ、これは人を駄目にするクッションですね……。もうここから動けないかもしれません」


「ほら、人が来たから向こうに移動するぞ」


 ボスに挑戦するパーティがやって来たので、俺は3人を乗せたまま、ウォータークッションを操作をして、部屋の隅まで移動させる。


 彼らはそんな俺達の様子を、少し怪訝そうな目で見つめていたが、すぐ興味を失った様子でボス部屋に入っていった。




 その後、たっぷり休憩を取った俺達は、ようやくボス部屋の扉を開く。


 中は小さめの体育館ほどの広さで、部屋の中央には、牛頭をした人型のモンスターが佇んでいた。


 ――20階のボスモンスター、ミノタウロスだ。


 身長は2メートル超で、筋骨隆々の肉体は鎧のような筋肉で覆われており、その頭部には巨大な角が生えている。手には、その体格に見合う大きさの、禍々しい戦斧が握られていた。


「う、うわ……強そう。おに――ソフィアちゃん、琴音、よろしく~」


「やばぁ……聞いてたより迫力ありますね。ソフィアせんぱ~い、琴音せんぱ~い、お願いしま~す!」


 未玖と雫は、ボス部屋に入った途端、俺の後ろに隠れてブルブルと震え始めた。だが、俺はそんな2人の肩を掴むと、グイッと前に押し出す。


20階まで・・・・は俺と琴音は見学だって言ったよな? あいつもお前ら2人だけで倒せよ」


「「ええー!?」」


 未玖と雫は、声をハモらせて不満の声を上げた。俺は2人の尻を蹴飛ばすと、無理やりミノタウロスの前に立たせる。


「ミノタウロスは40階では一般モンスターさんだぞ。こいつを倒せないようなら、ここで帰ってもらう。なぁに、即死でもしなけりゃ俺が治してやるよ。安心していってこい」


 万が一即死しても、一回だけだったら、逆行する世界タイムリワインドで時間を戻して、なかったことにできるしな。


 未玖と雫はお互いに顔を見合わせると、諦めたように武器を構えた。


「しょうがない! 未玖、行くよ!」


「はぁー、鬼と言われるゆえんがわかったわ。雫姉ぇの親戚、顔に似合わずめっちゃスパルタじゃん……」


 おいコラ、聞こえてんぞ。誰が鬼だ。鬼じゃなくてお兄ちゃんだからな!


 未玖は暗黒のナイフを手に持つと、ミノタウロスに向かって駆け出す。雫もそれに続き、水神の涙を魔力で輝かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る