第041話「スローライフは難しい」★
《続いてのニュースです。近頃、ダンジョンで発生していた行方不明事件ですが、先日、殺人の容疑でアイドルの天道皇児容疑者が逮捕されました。逮捕された天道容疑者は、殺人の発覚しにくいダンジョンで、繰り返し犯行を行っていたとみられています。天道容疑者は探索者協会と警察の取り調べに対し、意味不明の供述を繰り返しているとの事ですが、彼に襲われたと証言する複数の探索者からの情報もあり――》
俺はリビングでテレビのニュース番組を眺めながら、大きな欠伸をした。
あの日俺は、慈愛の聖衣を身に着けたまま、天道をギルドまで運び、奴の凶行を証言した。受付嬢は最初、俺の話を胡散臭そうに聞いていたが、俺が巷で話題のシスター・ソフィアだと知ると、途端に態度を変えて、支部長室まで案内してくれた。
支部長によると、実はギルドの諜報部も、天道を行方不明事件の容疑者の1人としてマークしていたらしく、近日中に本格的な捜査を行うつもりだったらしい。
俺が支部長と対面している間に、雫と琴音も受付で、天道に襲われたという証言をしてくれていたようで、奴の犯行は公然の事実となり、逮捕に至ったという訳だ。
その後、支部長のオッサンが、俺についてあれこれ聞いてきたが、適当にはぐらかしたあと、トイレに行くと言って、そのまま転移で家まで帰ってきた。
《いやー、全く持って驚きましたねぇ。まさかアイドルの天道くん……いや、天道容疑者が殺人犯だったなんて。最近の行方不明事件は全て彼の犯行だったという事でしょうか?》
《いや、それにしては行方不明者の出ている範囲が広すぎる気がしますね。彼1人では到底不可能です。他の共犯者がいる可能性が高いと思われます》
《なるほど、となると……その共犯者とは?》
《そこまでは分かりませんが、少なくとも複数人いると考えられます。しかし、天道容疑者は情報を引き出せるような状態ではないらしく、取り調べも難航しているようですね》
テレビのコメンテーター達が意見を交換し合う中、俺は頭をガシガシと掻きながら、溜め息を吐き出した。
「お兄ちゃんがあいつの頭を痴呆老人みたいにしちゃったからじゃん! あの人、もうまともに会話できないらしいよ?」
「う、うぐ……。まさかあんな事になるとは思わなかったんだよ……」
雫が半眼になって俺を責めてくる。頭皮を老化させるついでに脳味噌まで腐らせてしまったのはまずかったか……。
「確かに仲間がいるような意味深な事を言ってた気がするしさー、警察もギルドも捜査が捗らなくて困ってるみたい。どうする、お兄ちゃん?」
そう言うと、雫は俺の膝に頭を乗せて横になった。俺は妹のさらさらな黒髪を優しく撫でながら考える。
うーむ……殺人鬼の仲間ねぇ……。はぁ、せっかく平和な日本に帰ってきたのに、また面倒くさい事に巻き込まれそうだなぁ。
のんびりのんきに暮らせると思ったのに、そういったスローライフを送るというのは、なかなかどうして難しいものである。
「……あ、そうだ雫。それよりさ、本当に俺が異世界に滞在してた日にちって、5日間なんだな?」
「そうだよ。だからお兄ちゃんは向こうで2ヶ月ほど過ごしてたと思ってたんだけど、違うの?」
「いや、それが俺が向こうにいたのは、1ヶ月だけなんだよな……」
雫の話が正しければ、やはり異世界とこっちの流れる時間は、6:1ということになる。最初に戻ってきた時だけ、12:1だったのは一体どういうことなのだろうか?
そのことを雫に話すと、彼女は少し考えてから答えを出した。
「お兄ちゃんが転生したタイミングで、過去にタイムスリップでもしたんじゃない? 向こうの世界の12年前にタイムスリップして、そこから24年間過ごしたら、こっちではちょうど2年間で計算が合うし」
「過去にタイムスリップってお前なぁ……。何で転生したら過去にタイムスリップしなきゃいけないんだよ」
「や、それは知らんけど」
雫はそう言うと、ふわぁ、と大きな欠伸をした。どうやら真面目に考えるのが面倒臭くなってきたようだ。
――ピンポーン。
俺が頭を悩ませて唸っていると、不意に玄関の呼び鈴が鳴る。
「あ、琴音と未玖が来たんじゃない? 私が行ってくるね」
雫はそう言って、俺の膝から起き上がると、パタパタと玄関まで向かっていった。しばらくすると、琴音と未玖の声が聞こえくる。リビングまでやってきた彼女達は、俺を見て頭を下げた。
「おに――ソフィアちゃん、琴音と未玖が遊びに来たよ~」
「おに――ソフィアさん、こんにちは、遊びに来ました」
「鬼? ソフィア先輩って鬼なの? 実は怖かったりするの?」
雫と琴音が言い間違えそうになり、未玖が不思議そうに首を傾げる。俺は苦笑いを浮かべながらも、軽く手を振って答えた。
「いらっしゃい、みんな。お菓子を用意してあるから適当に座ってくれ」
俺がそう言うと、3人はテーブルに置かれたお茶菓子を食べながら、楽しそうに談笑し始めた。
◆◆◆
「それで? あんたはその少女をトイレに行かせて、みすみす取り逃がしたってわけか?」
立川ギルドの支部長室で、黒髪の少年が支部長の
親子ほども歳が離れているにも関わらず、目の前の少年に、門倉は逆らうことが出来なかった。何故ならば、彼は日本にたった4人しか存在しないAランク探索者であり、バックには内閣総理大臣がいるとも噂されているからだ。
「い、いやぁ……。それがだね? 西方くん。我々もちゃんと監視していたんだよ? でもね、女子トイレの中まで踏み込むわけにもいかないじゃないか。それでも1時間も出てこないものだから、女性職員に様子を見に行かせたんだけどね? そうしたら……」
「そうしたら?」
威圧するような目で睨みつけてくる少年に、支部長の門倉は冷や汗を流しながらも必死に弁解していた。
「忽然と消えていたのだよ! トイレの中には誰もいなかった! 出入り口にはちゃんと職員が2人立っていたし、誰も通らなかったと証言しているんだ!」
「監視カメラは? 映像は残ってないのか?」
「う、うん、そうだね。映像も見てもらった方が早いだろう。これを見てくれたまえ」
門倉はそう言うと、パソコンを操作して監視カメラの映像を見せる。その映像には確かに、少女が女子トイレの中に入っていく姿が映っていた。
「何だこれは? モザイクがかかったように少女の顔が見えなくなっているが……」
「専門家の話によると、どうやら高度な認識阻害系のアイテム身に着けているようだ。人の目だけじゃなく、こうしたカメラの映像すらも誤魔化せる代物らしい」
門倉の言葉に、少年は苛立たしげに舌打ちする。とんでもない美少女だという噂を聞いたから、その顔くらいは拝んでやろうと思っていたのだが、これではどうしようもない。
「確かにトイレに入ったままでてこないな……」
「だろ? 私は悪くないだろう!? きっと、転移系の激レアアイテムでも持っていたんじゃないかな。いやー、参った参った」
黒髪の少年――
「と、ところで西方くん! 君は何故この少女――シスター・ソフィアを探しているんだい?」
門倉の質問に、西方は端正な顔をにちゃり、と歪めて楽しそう答えを返す。
「いやだって、回復魔法使いだぜ? 回復魔法使いってさ、やっぱ
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330667608695745
テレビで見せる爽やかな笑顔からは、想像もできないような下衆い笑みを浮かべて、下品極まりない発言をする西方。だが、これが彼の本性であることを理解している門倉は、何も言わずにただ黙って頷くことしかできない。
「……そ、そうだね~。うん、確かに彼女となら、そういう楽しみ方もありかもねぇ~」
「お、門倉さんわかってんねー。最近は普通の女子とやっても、物足りなくなってきたんだよ。やっぱさ、こういう特別な感じの美少女じゃないとね~。あー、早く会ってヤりてぇー」
その後もしばらく、西方の下品な会話は続いた。門倉は早く帰ってくれないかなぁと思いながらも、必死に笑顔を作って相槌を打つ。ここで彼の機嫌を損ねては、自分の身が危ないからだ。
やがて、一通り言いたいことを言い終えたのか、不意に西方は真面目な顔に戻る。
「ところで門倉さんよ。俺達のパーティ――"ウエストグローリー"は来月か再来月に、再び立川ダンジョンの攻略を始めようと思っているんだが、あんたも当然協力してくれるよな?」
「も、もちろん協力させていただくとも! 我が立川ダンジョンの攻略は、私の悲願でもあるからね!」
「まあ、そう言うと思ってたよ。あんたは俺達が50階に挑戦するまで、他所からAランクのパーティが来て、先にダンジョンを攻略されないように、しっかりと監視してくれるだけでいい。Bランク以下の奴は、どうせスカイドラゴンを倒すなんて無理だろうしな」
「あ、ああ……。君以外のAランクがここに現れたら、何かと理由をつけて追い返すよ」
「頼んだぜ? くくくく……、今度こそあの忌々しいスカイドラゴンを俺の手で葬り去ってやる!」
少年はそれだけ言い残すと、踵を返して支部長室を出て行く。門倉は、その後ろ姿を見つめながら、大きくため息を吐いた。
「やれやれ……。件の少女もやっかいな男に目をつけられたものだ。まぁ、でも……正直、彼女と西方くんは相性が悪いだろうなぁ……」
シスター・ソフィア――認識阻害の効果で詳細な容姿は思い出せないが、噂に聞いた通りのとんでもない美少女だったと思う。
だけど、少し会話をした印象では、その清楚で可憐な容姿とは裏腹に、芯の通った、男らしい性格をしていた。彼女はきっと西方にアプローチされても、毅然とした態度で断ることだろう。
だが、西方がそれで引くとも思えない。彼は欲しいものはどんな手を使っても手に入れるような男だ。
「頼むから、トラブルを起こすなら、せめて他のダンジョンでやってくれよ……」
これから起こるであろう面倒事を想像し、門倉は憂鬱な気分になるのだった――。
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