第042話「仮説」
「それで、ソフィアさんに頼まれていた物ですが、大体用意することが出来ました」
「おお、マジで!? 流石琴音だわ」
談笑が一段落ついた頃、琴音が鞄の中から資料を取り出し、手渡してくれた。俺はそれを受け取ると、パラパラと捲りながら内容を確認する。
「ただ、大型の貯水タンクと発電機は少し時間がかかりそうです。近日中には用意できるとの事ですが、それで宜しいでしょうか?」
「ああ、十分だ。助かるよ、ありがとう」
俺は資料をテーブルに置くと、琴音に礼を言って微笑みかけた。彼女は少し頬を赤く染めて、照れた様子で顔を伏せる。
今、琴音が持ってきたのは、俺が異世界に持っていくための物資のリストだ。
琴音はお金持ちのお嬢様であり、実家は様々な事業を展開している。その財力を活かして、俺の異世界生活に必要な物を揃えるべく協力してくれているのだ。
彼女の両親も、娘をダンジョンで助けてくれたお礼をしたいと言ってきたので、俺は遠慮なくその申し出を受けることにした。
「後ほど、トラックで商品が運ばれてきますので、お手数ですがご確認ください」
俺は琴音の言葉に頷くと、興味津々といった感じで資料を覗き込んでくる、雫と未玖に向き直る。
「いいなー、ソフィア先輩って実は異世界人なんでしょ? 私も異世界に行ってみたいですー」
未玖が羨ましそうに呟くと、雫も同調するように頷く。その気持ちはよく分かるが、今はどうしようもないんだよなぁ。
「雫にも前々から言われてるけど、今は方法がなくてなぁ、いずれ何らかの手段を見つけようとは思ってるから、それまで待っていてくれよ」
こいつには俺が雫の兄が転生した姿だとは伝えてないが、会話の都合上、異世界人であることは話してしまっているので、こうして異世界の事について聞いてくるのだ。
「それに、あっちの友達も日本に来てみたいって言ってるしな」
「え~、どんな子? 私も会ってみたいな~」
「ほら、見せてやるよ」
雫が興味深そうに見てくるので、俺はスマホを操作して写真を見せてやった。そこにはエルフのフィオナと、エルク、ルルカ兄妹が映っている。
「うわ! エルフだ!! めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「え! エルフ!? 私にも見せてくださいー!」
未玖が興奮気味にスマホを覗き込んできた。2人は、わーきゃー騒ぎながら写真を食い入るように見つめている。
俺はそんな2人の様子を微笑ましく思いながら、ペットのドラスケやポメタロウも写っている他の写真も見せてやった。すると、今度は琴音も混ざってきて、皆でワイワイと騒ぎ始める。
「とりあえず物資が届いたら、俺は一度異世界へ戻る予定だ。お前ら、その間はあまり無茶するなよ? 天道の他にもまだ殺人鬼が潜んでいる可能性があるからな」
「え~、でもソフィアちゃんがいない間ずっとダンジョンに潜れないのも、それはそれで退屈だよ~」
俺の注意を聞いて、雫が不満そうな顔をする。俺はそんな妹の頰を軽く突いた。
「いや、別にダンジョンに潜るなとは言ってないだろ。今回の件もお前らがイケメンにホイホイついて行ったのが原因だろ? ダンジョンの中だろうが外だろうが同じだよ。知らない人について行っちゃ駄目だって、小学生の時に教わらなかったのか?」
「「「うぐ……っ」」」
俺が窘めるように言うと、未玖だけではなく雫と琴音もバツの悪い顔をして俯く。
「まったく……。レベルアップ能力持ちのダンジョン探索者っていうのは、どこか自分は特別な存在だと思っちまうものなんだ。真面目なお前ですらそうさ、琴音」
「わ、私はそんなことは……」
「本当に思ってないと言えるか? もしこれがダンジョンの外だったら、未玖が知らない男についていこうとしたら、お前は何が何でも止めたはずだ。だが、ダンジョンの中ではそうしなかった。それは何故だ?」
「そ、それは……」
「ダンジョンの中なら何とかなる。例え大人の男だろうと自分が負けることはないだろう。心の奥底でそう思ってなかったか?」
「…………」
琴音は俯き、黙り込んでしまう。俺は彼女の頭を優しく撫でながら言葉を続けた。
「もっと危機感を持って行動するんだ。知らない人間もモンスターと同じように警戒してれば、3人パーティで行動している限り、そうそう危ない目には遭わないさ」
「はい……。すみませんでした、おに……ソフィアさん」
琴音は反省したようにシュンと項垂れた。すると、隣に座っている雫が、何やら難しい顔で俺を見つめてくる。
「何かおに……ソフィアちゃんって琴音にだけ優しくない?」
「そうか?」
「そうだよ! 私の頭も撫でてよ!?」
雫がズイッと頭を突き出してくる。俺は苦笑しながら妹の頭を撫でた。
まあ、確かに琴音に対しては、無意識のうちに目を掛けてる節があるかもな。だって俺のお兄ちゃんセンサーがビンビン反応するんだ。この娘は皆の前ではしっかりしてるけど、本当は誰かに甘えたい妹系の性格だって。だから、お兄ちゃんとしては放っておけねーんだ。
「ねえ、鬼のソフィアせんぱーい。私はぁ~? 頭撫でてくれないんですかぁ~?」
未玖が不満そうに頬を膨らませながら、頭を突き出してきた。仕方ないので、俺は綺麗なおみ足で、その頭をグリグリと踏みつけてやる。
「何で私だけ足!?」
「俺の手は2本しかないからだ。それにこうすると喜んでくれる人が多くてな? お前も嬉しかろう?」
「喜ばんわ! どこのどいつだ、そんな変態は!?」
未玖がギャーギャー騒ぐので、俺は笑って彼女の頭をふみふみしてやった。
こいつには俺のお兄ちゃんセンサーが全く反応しないので、妹は妹でも、おそらく兄を兄とも思っていない、メスガキ系妹だろう。なので、俺が甘やかしてやる必要は皆無なのだ。
こうして俺は3人娘と戯れながら、しばらく時を過ごした。こいつらはやはりまだ中坊で、精神的にも子供っぽいところがあるから、ついつい兄貴面してしまう。
「ほら、琴音。お前にはこれをやる」
次元収納の中から、一振りの木刀を取り出し、琴音に向けて放り投げる。彼女は驚きながらも、しっかりとそれをキャッチして目を見開いた。
「こ、これは……。普通の木刀ではない? 何か不思議で神聖な力を感じます。これは一体……?」
「ああ、それは"神聖樹の木刀"だ。異世界アストラルディアのエルフの森に生えている、神聖樹と呼ばれる巨大な木の枝を、一流の鍛冶屋に加工して貰ったものだ。その木刀には高い魔力吸収効果があってな、魔力の貯蔵庫としての役割を果たす。魔力が枯渇した状態でも、その木刀から魔力を吸収すればすぐに回復するだろう。魔装使いのお前には、うってつけのアイテムだと思うぞ?」
俺が得意げに説明すると、琴音は受け取った木刀を大事そうに胸に抱え、嬉しそうに微笑んだ。
「す、凄い……。力が溢れてくるようです。まるで、ダンジョンの中にいる時と似たような感覚……。ありがとうございます! ソフィアさん、一生大事にします!」
「おお、そうか。喜んでもらえて良かったよ」
琴音がとても喜んでくれたので、俺も嬉しくなって笑顔を浮かべる。その時、雫が何かに気付いたようにポンと手を叩いた。
「あのさ、ダンジョンと同じような状態ってことは、もしかしてその木刀を持ってたら外でも魔装、使えるんじゃない? ほら、本来は外では魔力を使えないけど、それから魔力を体に供給したら……」
「……………………」
雫の発言に、俺は思わず黙り込んだ。
確かに、それは盲点だったかもしれない。神聖樹の木刀に魔力を溜めて置いたら、それを電池のように魔装のエネルギー源として使うことが可能なのでは?
だとしたら――
「琴音、ちょっとやってみてくれ。それには十分魔力が溜まってるはずだから」
「は、はい……」
俺が指示を出すと、琴音は真剣な表情で木刀を構えた。そして目を閉じ、精神を集中させていく。すると彼女の周りに光が集まり始め、やがて美しい着物のような衣装へと変わっていく。
「で、出来ました!」
「………………」
これは、少々まずい事になったかもしれないな。俺の考えが正しければ――
「雫、先読みの魔眼を発動して見ろ」
「え? ソフィアちゃん。魔装は魔力を媒介にして発動するけど、魔法系以外のスキルは精神力のステータスがないと発動できないよ?」
「いいから試してみろ」
俺は少し焦りながらも、雫に先読みの魔眼を使うように促す。すると彼女は首を傾げつつも素直に従った。そして驚いたような表情で呟く。
「え? 使えた! 何で? ダンジョンの中じゃないから精神力のステータスはないはずなのに……」
やっぱりか。これでほぼ、仮説の裏付けが取れたな。
「おそらく、ダンジョンのスキルを使うために必要な、精神力という項目は、魔力で代用することができるんだよ。もしかしたらこの2つは本質的には同じものなのかもしれない。いや、精神力だけあっても雫が水神の涙が使えなかったことから、精神力は魔力の下位互換なのかもしれないな」
魔力は魔法を使ったり、身体能力を強化したり、マジックアイテムの発動に使ったりと、あらゆる力の根幹となるエネルギーだが、精神力はダンジョンのスキルを使うためだけに設けられた、ダンジョン限定のおまけ的なステータスなのだろう。
俺は考察を話しつつ、軽く頭を掻いた。雫は納得したように頷いている。
「とにかく、だ。ステータスのバフはダンジョン内でしか乗らない。だが、スキルは魔力さえあれば、ダンジョンの外でも使えるということだ」
俺が異世界アストラルディアでスキルコピーの能力を使えたのも、俺が魔力を持っていたからなのだろう。
だとすると、結構ヤバいな。何故なら、神聖樹の木刀や魔核のように、外で魔力を扱う手段さえあれば、誰でもダンジョンの外でスキルが使えるということだからだ。
この世界にはダンジョンボスのレアアイテムや
もし、それらの中に魔力を溜めこむ事ができるアイテムがあったとしたら、その魔力を使ってダンジョン外でスキル発動が可能になるということであり、それは即ち、俺みたいにダンジョン外でも無双できる奴らが存在するということに他ならない。
特に、俺の復讐対象である西方が、ダンジョンの外でもスキルが使えるのであれば、かなり厄介な事になる。あいつのユニークスキルは、いくら俺が最強無敵の美少女でも、対処に苦労するようなものだ。もし、俺の知らないところで奴が暗躍しているとしたら――
「ねえねえ! ソフィアせんぱーい! 私にも何かないの!? 琴音先輩ばっかりずるいよー!」
俺が考え事をしていると、未玖が横から抱きつきながらそんなおねだりをしてきた。ほんとこいつはしょうがない奴だな。
「しょうがないな~、未玖太くんは」
俺はミラクルボイスで、未来から来た青タヌキロボットの声真似をしながら、次元収納の中に手を突っ込むと――
「ちゃらららん♪ 暗黒のナイフと光輝のナイフ~~~~♪」
効果音を口ずさみながら、漆黒と光輝く2つのナイフを取り出して見せた。
「何故に旧ドラ!? てかめちゃくちゃ似てるな!? どっから出してんのその声!?」
雫が驚いたようにツッコミを入れてくる。流石俺の妹だ、期待通りの反応でお兄ちゃん嬉しいぞ。
あとはもう一つ、某大御所声優の声で「〇〇のことか──っ!!」と叫びながら、光魔法で髪を金色に輝かせて、風魔法で逆立てるという、とっておきの一発芸があるのだが、これはまた今度お披露目してやろう。
「ほら、受け取れ。暗黒のナイフの方は、刺した相手に毒、麻痺、眠気などのデバフ効果がランダムで付与される。光輝のナイフの方は、刺した相手に治癒と状態異常回復の効果を与えるものだ。それとアンデット系のモンスターには絶大な効果があるぞ」
俺がそう言って暗黒のナイフと光輝のナイフを手渡すと、未玖は嬉しそうに目を輝かせた。
「お、おお! めちゃくちゃカッコいいじゃないですかー! ありがとうソフィア先輩!」
「間違っても暗黒のナイフで自分や味方を刺すなよ? まあ、光輝のナイフがあれば回復できるから大丈夫だとは思うが。あと、どちらもそこまで効果量は高くないから、過信はするなよ? 暗黒のナイフは耐性が高い奴には効果が薄いし、光輝のナイフも低級ポーション程度の回復力しかないからな」
「あはは、大丈夫ですよー。そんな間抜けなことしませんって~」
未玖は嬉しそうに2本のナイフを天にかざしてクルクル回し始めた。なんか、そのうち暗黒のナイフを自分に突き刺しそうだなこいつ……。
「よし、お前らに渡したアイテムさえあれば、ちゃんと気を付けて行動すれば、ダンジョンに潜っても問題ないだろう。でも、くれぐれも無茶はするなよ?」
俺が念押しすると、3人は力強く頷いた。
その後、琴音が手配したトラックが到着し、俺は異世界に行くための準備に取り掛かるのだった。
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