第043話「シャイニングレイン」★

 着ていたキャミソールワンピースを脱ぎ、下着姿になる。そのままベッドに腰かけ、今度はブラのホックに手を伸ばす。すると、それを見ていた雫が頰を赤く染めながら尋ねてきた。


「お兄ちゃんさぁ、何でベッドで脱いでるの?」


「いや、今までは転移を使うために立って精神集中してたけどさ、よく考えたらベッドに寝ながらでもよかったなって思って」


 質問に答えながら、俺はブラを外し、ついでにショーツも脱ぐ。全裸になった俺は、ベッドの上に寝転びながら瞑想を始めた。


「うわぁ……。やっぱお兄ちゃんの体エッチすぎでしょ……。体全体は小さいくせに胸だけは大きいし、それでいて手足は細くてしなやかで真っ白。なんかもう芸術品みたいだよ。こんなの男の人に見せたら一瞬で理性崩壊するんじゃないかな?」


「うるさいなぁ……このエロ妹は。ジロジロ見るなよ。いくら家族で同性でも、そんな舐めるように見られたら恥ずかしいだろ」


 雫が感心したように見つめてくるので、俺は恥ずかしそうに身を捩りながら文句を言った。集中できないだろうが……。


 だが、雫は気にした様子もなく、それどころか興味深そうに俺の体を観察してくる。


「そ~……」


「ふん!」


「ああっ!」


 そっと手を伸ばして、俺の生乳を触ろうとする雫の手を払い除けながら、俺は布団を被って身を隠した。服さえ着てなければ、布団の中に入っていても転移は可能だと確信したからだ。


「このエロガキ! お前のせいで集中できないだろ! 向こう行ってろ!」


「ちぇ~、わかったよ~」


 俺が怒鳴ると、雫は渋々といった感じで部屋を出ていった。全く……弟も妹も俺の裸体に興味持ちすぎだろ……。


 溜め息を吐きながら、俺は静かに瞑想を続ける。やがて、全身が淡い光に包まれ始めた。




◇◇◇




 目を開けると、見慣れたミルテの森の自宅の天井が見えた。俺は上体を起こし、大きく伸びをすると、次元収納から下着と服を取り出し、素早く身に着けていく。


「…………?」


 妙だな。家の周辺に、大量の人間の魔力を感知できる。しかも、フィオナやエルク達は近くにいないようだ。


「もう少し魔力の探知範囲を拡大して……ん?」


 なんだこりゃ、農場全体に人間が大勢いるぞ。明らかに農場建設のために雇ってる冒険者や大工達の数を超えている。


 急いで家の外に出ると、月明りに照らされた農地に、沢山の人影が見えた。あちこちに剣や槍、弓矢などが突き刺さっており、畑は踏み荒らされ、建設中の建物からは火の手が上がっている。


「…………は?」


 何だこれ、一体何が起こってんだよ……!?


 5日間も留守にしていたから、こっちでは1ヶ月も時間が経ってることになる。その間に何があったのかと俺が混乱していると、一匹の子犬がこちらに向かって走ってきた。


『ワン! ワン! ワフ~ン!!』


「おお、ポメタロウじゃないですか! 無事だったんですね、良かった……」


『ワフ! ワンワンッ!』


「え? ついてこい? 分かりました、案内してください」


 ポメタロウに急かされ、俺は彼の後をついていくことにした。道中、ゴロツキと思われる奴らが襲い掛かってきたが、ワンパンで蹴散らして先を急ぐ。


「あれは……ウェイン!」


 しばらく進むと、チャラ男――もといウェインがゴロツキ共と対峙しているのが見えた。相手は5人ほどで、全員が剣や槍などの武器を握りしめている。


 だが、流石は元1級冒険者パーティ"栄光の戦斧"のメンバーと言うべきだろうか。俺が雇っている、他の戦闘力がそこまで高くない冒険者達と比べたら、ウェインの剣捌きは段違いだった。5人相手でも全く引けを取っていない。


「おっと、のんびり見てる場合じゃないですね。ウェイン! 助太刀しますよ!」


「おお! ソフィアちゃん帰って来たのか! よっしゃー! これでもう安心だぜ!」


 俺の登場に、ウェインは顔をほころばせた。俺は飛び掛かってきたゴロツキの1人の顔面を殴り飛ばすと、そのまま残りの4人に向かって駆ける。


「おいおい、すげー上玉だな! こいつは高く売れるぜ!」


「へへ、ボスにいい土産ができたぜ!」


「そ、その前に俺達で味見してもいいよな!?」


「うるさい、くたばれ――"ウインドカッター"」


 下劣な笑みを浮かべながら、油断していた盗賊風の男3人の首と胴が離れ離れになる。俺は残る1人に向かって距離を詰めると、剣を抜く暇すら与えずに、その心臓を貫いた。


「す、すげー……。やっぱ半端ねぇな、ソフィアちゃん……」


 ウェインが感嘆の声を漏らすのを聞きながら、俺は周囲に他の敵がいないことを確認すると、戦闘モードを解除して一息つく。


「それで? 一体何が起こったんですか? ウェイン、説明をお願いします」


「ああ、実はこの間、盗賊がこの農場にやってきてよぉ。最初は俺とフィオナちゃんで追い払ったんだが、奴らは仲間を大量に引き連れて戻ってきたんだ。最近この農場は王都からも大勢の冒険者が来ているし、新たなフロンティアって噂が広まっているから、金や食料がたんまりあるって思ったんだろうな……」


 ウェインが悔しそうな表情で説明してくれる。


 なるほど、それで俺という抑止力がいない間に、奴等は大規模な襲撃を仕掛けてきたのか。


「そうだ! こんな悠長におしゃべりしてる暇はねえぞ! 俺のギフト"虫の知らせ"でよぉ、何か嫌な予感がしたから、非戦闘員はドラスケの所に避難させたんだけど、敵の数が多すぎるんだ! 逃げ遅れてる奴もいそうだし、早く助けにいかねえと!」


「ドラスケの所に? それはいい判断です! ウェイン、よくやりました!」


 その辺の夜盗やゴロツキなら、束になってもドラスケには歯が立たないだろう。あいつの元なら確実に安全だ。


「へへ、じゃあ今度、お礼に一晩だけでいいから付き合ってくれ――って、嘘嘘! 冗談だから怒らないでくれよ!」


「――考えておきましょう!」


「…………え? マジで!? 今のってオッケーってこと!?」


 俺はウェインを置いて走り出した。後ろでウェインが何か言っているような気がするが、今はそれどころではない。急いで農場の状況を確認せねば……。


「ポメタロウ、先にドラスケの所に戻って、私が帰って来たと伝えてください」


『ワフ!』


 ポメタロウをドラスケの元に向かわせ、俺はそのまま農場の中を駆け抜けていく。だが、夜の闇で全貌を把握するのは難しい。ならば――


「風よ、空を駆ける力を我に――"ウインドボール"」


 風魔法で足場となる空気の塊を作り出し、それを蹴って宙を舞う。高く、高く、空高く舞い上がり、月明かりに照らされた農場を俯瞰して状況を確認する。


 盗賊の数は100人以上。主に倉庫やフィオナの食堂を襲撃しているらしい。


 非戦闘員は既に殆どがドラスケの後ろに避難していて、無事のようだ。エルクとルルカもそこにいるようで、一安心だ。


 そこから少し離れた場所では、フィオナが1人の男と戦っている。灼熱炎刃を持った彼女に勝てる奴など、そうそういないはずだが、相手の動きは中々に俊敏だ。おそらくあいつが盗賊達のボスだろう。フィオナと殆ど互角の戦いを繰り広げている。


 ポメタロウがドラスケの元へとたどり着いたようで、他の冒険者達も続々と避難しているようだった。しかし、未だに逃げ遅れてる人も見える……。


「時間もないし、ここから一気に仕留めさせてもらいますよ」


 大人数の敵を仕留めるには、レイン系の魔法で広範囲を攻撃するのが一番だが、火魔法のフレアレインでは周囲への被害が大きすぎる。だから、味方を巻き込まずに盗賊達だけを殲滅するには――――


「光よ、悪しき者を滅する力を我が手に――」


 俺は両手を天にかざし、光属性の魔力を解放していく。すると、手のひらの上に大きな光の球体が出現した。


 それは、まるでもう一つの月のように、周囲の闇を明るく照らし出す。闇夜の中に突然現れた光球に、農場にいる全ての人間が上を向き、視線を奪われる。


 そして――



『光よ! 悪を貫く矢となりて、降り注げ――"シャイニングレイン"!!』


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330667710787078


 俺が両手を振り下ろすと同時に、光球は拡散し、無数の光の矢となって地上へと降り注いだ。それはまるで夜空の星々のように美しく輝き、その一つ一つが、闇夜に潜る悪人達を容赦なく貫いていく。


 逃げ惑う冒険者達や、農場の従業員を避けるように、的確に盗賊のみを狙い撃ちにした光の矢は、瞬く間に100人以上の敵を屠り去った。


 天から降る光の雨は、一瞬の輝きと共に、跡形もなく消えさり、後に残されたのは、無数の屍と血溜まりだけだ。


 盗賊のボスは、咄嗟に危険を察知したのか、直撃を避けたようだ。しかし、その隙をフィオナが見逃すはずもなく、灼熱炎刃の一撃がボスを捕らえる。だが、流石は盗賊団を束ねる者といったところか。致命傷には至っていないようだ。


 俺はゆっくりと地上に降り立つと、その男の元へ向かう。男は全身血塗れで満身創痍のようだが、その瞳にはまだ、敵意と殺意が宿っていた。


「ソフィア! 戻って来てたのね! びっくりしちゃったわよ、今の魔法はあなたでしょう?」


「ええ、フィオナもよく頑張りましたね。大丈夫ですか?」


 駆け寄ってきたフィオナを抱きしめ、頭を撫でてやる。彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。


 盗賊のボスは俺を睨みつけながら、震える手で剣を構える。だが、もはや戦う力など残っていないだろう。放っておいてもじきに死ぬだろうが、一応とどめを刺しておくか……。


「ま、待て……。俺を殺す気か!? 俺はディスペア盗賊団団長、バドマールだぞ!? 俺は魔王軍"八鬼衆"ベイル様の部下なんだ! 俺のことを殺せば、ベイル様が黙ってないぞ!」


「…………」


 またベイルか。一体どれだけ俺の邪魔をすれば気がすむんだ? 本当に鬱陶しい奴だ……。


 俺が苛立ちを募らせていると、ドラスケやウェイン達もぞろぞろと集まってきた。皆、俺の挙動を固唾を飲んで見守っている。


 はぁ……そうだよなぁ。いくら農場を作ろうって思っても、ここまで国の治安が悪化してるんじゃどうしようもないよなぁ。またこいつらみたいなゴロツキが、農場で暴挙を働くことだってあるだろうし……。


 俺はバドマールと名乗った男に近づいていく。バドマールは恐怖で顔を歪ませたが、最早逃げる気力すら残っていないようだ。


「や、やめろぉ! 殺さないでくれぇ! もう悪いことはしないからぁ! 何でもするから命だけはぁぁ!!」


 俺は怯えるバドマールの頭を鷲掴みにした。そして、そのまま魔力を流し込んでいく。


「神聖なる光よ、この者の傷を癒せ――"エクストラヒール"」


「……へ?」


 バドマールが間の抜けた声を出す。周りの人間達も、何が起こったのかわからずに呆然としていた。


「ちょ、ちょっとソフィア! 何やってるのよ! 何でそんな奴を回復してるの!?」


 フィオナが慌てて駆け寄ってきた。他の皆も、彼女の後に続いて集まってくる。


 俺は困惑するバドマールを見下ろしながら告げた。


「何でもするっていいましたよね? 私をあなたのボスの元に案内しなさい」


「……そ、ソフィアちゃん、まさか!?」


 ウェインが驚愕の表情で叫ぶ。他の冒険者達もざわつき始めた。


 俺はバドマールの首根っこを掴むと、そのまま引き摺っていく。彼はまだ状況が理解できていないのか、目を白黒させていた。



「――――"八鬼衆"ベイルを始末する!!」



 俺がそう宣言すると、皆は一瞬固まった後、歓声を上げた。

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