第064話「けじめ」

「ねえねえ! ソフィアさんって、今どこに住んでるの?」


「日本語ペラペラなんですね! すごいなあ~!」


「エルドラドってどんなところ? やっぱり黄金郷って言われてるくらいだから、金ぴかでキラキラしてる感じ?」


「か、彼氏はいますか!? どんな人がタイプですか!?」


「エルドラドってダンジョンの本場でしょ? ソフィアさんも探索者だったりしますか?」


「スタイル良すぎでしょ! 私と同い年とは思えない……。でも、小っちゃくて可愛い!」


 休み時間になった途端、俺はクラスメイト達に囲まれ、質問攻めにあっていた。


 前世では、クラスで全く注目を集めることのなかったモブキャラで、転校経験もなかったので、こういった光景はなんだか新鮮である。


 せっかくなので、俺はクラスメイト達の質問に対し、一つずつ答えていった。


「今は山田雫さんの家にホームステイさせてもらっています。実は、私と雫さんは遠い親戚なんです」


 クラスメイト達から「へ~、そうなんだ!」という声が上がる。一方、雫は「げぇ~っ!」と、嫌そうな顔を浮かべていた。


 おい何だよ、その反応は。最初にお前が考えた設定だろうが。


「母親が日本人なので、日本語は問題なく話せますよ。ふふ、むしろ英語の方が苦手かもしれないですね」


 エルドラドの公用語は英語だ。俺は前世では英語は苦手で全く喋れなかったが、今は"言語適性"という才能系のギフトを持っているので、違和感を持たれない程度の読み書き会話は出来る。


「エルドラドは、まあ……テレビで見る通りのところですね。凄く綺麗で、発展していて、賑やかな場所ですよ。皆さんも一度行ってみると良いと思います。いつか観光案内しますよ」


 俺がにっこり笑って答えると、男子は顔を赤らめ、女子はほっこりした表情になる。


 ちなみに、ぶっちゃけ俺はエルドラドなんて一度も行ったことがない! これ以上は突っ込まないでくれよ!


「彼氏はいません。……好きなタイプは優しい人です。あ、あと……珍しいダンジョンのスキルを持ってる男性には興味があります。もし、そんな方がいれば声をかけてくださいね?」


 ウインクをしながら、小悪魔っぽい微笑みを浮かべる。すると、男子達のテンションが急上昇した。


 誰かユニークスキル持ってる奴いねーかな。雫の先読みの魔眼に匹敵するような奴をよぉ。


「探索者はもちろんやっていますよ。……今はCランクです。Bランク目指して、頑張っています」


 両手でハートマークを作りながら、Cランクの探索者ライセンスを皆に見せつける。それを見たクラスメイト達が、おおーと歓声を上げて拍手してくれた。雫はぱくぱくと口を開け閉めし、「何でライセンス持ってんの!?」と驚愕している。


「スタイルは……いいですか? もうちょっと身長が欲しかったんですけど……」


 自分の胸や腰をぺたぺた触りながらそう言うと、男子達がごくりと唾を飲む音が聞こえてくる。雫はそれを見て、ぷるぷる震えながらこっちに近づいてきた。


 そして、俺の腕をガシッと掴み、教室の外へと引きずっていく。


「ソフィアちゃん! ちょっとこっち来て!」


「あ、はい。皆さん、また後で……」


 俺は雫に引っ張られるまま、人気のない空き教室に連れて行かれた。そして、俺の正面に立つと、腕を組みながら睨んでくる。


「どういうこと!? お兄ちゃん、戸籍もないのにどうやって転入してきたの!? 催眠術でも使って先生達の記憶でも改竄したの!?」


「催眠術って……俺は健全な美少女だぞ。そんなエロ漫画の主人公みたいな真似する訳ないだろ。正規の手段で転入してきたんだよ」


 次元収納の中から、パスポートと学生ビザを取り出して見せる。パスポートには俺の顔写真と名前、生年月日が記載されているし、学生ビザにはエルドラドの国籍が記載されていた。


「え? ほ、本物? 何でエルドラド国籍持ってんの!? それにさっき探索者ライセンスも持ってたよね!?」


 雫がパスポートを奪い取ってまじまじと眺める。ちなみに、偽造ではない。ちゃんとエルドラド政府から発行してもらった本物である。


「ほら、お前この間、『王様じゃあるまいし、そんな無茶な要求なんて聞いてもらえるわけないじゃん』って言っただろ? だから王様に頼んだんだよ」


 雫はしばらくぽかーんとしていたが、すぐにハッとした表情になった。


「ああーーっ!! マイケル国王の娘さんの病気治したのって、お兄ちゃんだったのーーっ!?」


「イエース! イグザクトリーーッ!」


 俺は体を斜め45度に傾けながら、ビシッとポーズを取った。


 あの日、俺はこっそりマイケル国王に会いに行き、病気の娘を治療する代わりに、俺のお願いを聞いて欲しいと交渉した。


 もちろんいきなり信用してもらえるとは思ってなかったので、様々な特殊能力を見せた上で、俺が世界で3人目の回復魔法の使い手である、シスター・ソフィアであることも明かした。


 すると、彼は俺の噂を知っていたらしく、実はこちらからも、どうにかしてコンタクトを取りたかったのだと言ってくれた。


 それからはトントン拍子で話が進んだ。俺の正体は絶対他言しないこと、治療が成功したらエルドラド国籍と、探索者ライセンスを発行してくれることを条件に、マイケル国王の娘さんの病気を治した。


 まあ、正直言って結構難しそうだったから、絶対に治せる自信はなかったけど、いくつかの能力を併用したら何とかなったから、結果オーライだ。


 俺は失敗しても逆行する世界タイムリワインドが使えるので、その点が絶対失敗できない医者との大きな違いだろう。


 娘の病気が治った彼は、俺への感謝の気持ちは一生忘れないとまで言ってくれて、エルドラド国籍と、探索者ライセンスをくれただけでなく、俺がこの世界で生活するにあたって、色々と便宜を図ってくれる約束までしてくれた。


 実際、俺が学校に行ってみたいと言ったら、面倒な手続きなんかも、即座に全部やってくれたので、あっさりと日本の学校に留学生として入ってくることが出来たのである。


 連絡先も交換したし、これからも彼の世話になることは大いにあるだろう。


「そんなわけで、今日からクラスメイトとしてよろしく頼むぜ!」


「はぁ……、戸籍まで手に入れて本当に学校に来ちゃうとは……。お兄ちゃんも大概無茶するよね」


 雫が呆れたように溜め息を吐く。だが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。


「お前が言ったんだぜ? やりたいことをやって、やりたくないことは一切やらないで生きろってさ。まあ、お前の言う通り自由にやってみるさ。異世界にも行かなきゃいけないから、学校も普通にサボるかもしれないし、もしかしたら突然辞めるかもしれない。でも、それまでは好きにやらせてもらうぜ!」


 俺はニカッと笑いながら、雫にサムズアップする。妹はそれを見て苦笑した後、小さく頷いた。


「うん、それでいいよ。今まで苦労してきた分、お兄ちゃんには楽しく生きて欲しいからね。……あ、今生のお兄ちゃんって頭良いんだっけ? せっかくクラスメイトになったんだし、宿題やったら答え教えてね」


「お前なぁ……」


 俺達は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。


 こうして、俺の二度目の中学校生活が幕を開けたのだった。





 その日の放課後――。


 俺は雫と琴音、そして授業が終わって、3年の教室にやってきた未玖と一緒に、教室で談笑していた。


「それにしても、転校生がソフィアさんだとはびっくりしました」


「でもでもー。さっきちょっと話してるところ見たけど、なんか喋り方違くなかったですかー? いつもは男っぽい喋り方してるのに。あ、もしかして可愛い子ぶって男ウケ狙ったりしてるんですかぁ?」


「清楚系の美少女転校生が、いきなり男言葉だと冷めるだろ。そこはちゃんと期待に応えてあげようと思ってな」


「おに――ソフィアちゃんって、時々よく分からないこだわりを発揮するよね……」


 でも、ちょっとあざとさを出し過ぎたかもしれない。あまり男子達にガチ恋されても面倒だし、サービスしすぎないように気を付けよう。


 ……レアスキルを持ってる奴がいれば別だけど。


「それよりさ! ソフィア先輩ってちょー強いんでしょ? ちょうど明日から連休だし、立川ダンジョンの30階とかまで行ってみません!? 琴音先輩とソフィア先輩がいれば、レベル20台の私と雫姉ぇがいても余裕でしょ?」


 未玖がワクワクした様子で提案する。まあ確かに、琴音と俺がいればこいつらを守りながらでも、30階くらいまでなら余裕で行けるだろう。


 だけど――――


「うーん……。実は俺、この連休でやりたい事あるんだよね」


「やりたい事?」


「やりたい事、というか……。けじめってやつかな?」


 首を傾げながら聞いてくる雫に、俺は真剣な面持ちで答えた。


 前世の因縁にケリをつけなければならない。そのために、一度あの場所に戻っておきたかったのだ。


「ああ、立川ダンジョンの最上階へ行って――――スカイドラゴンを始末してくる」

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