第062話「日本始まったな」★
「ぐで~、ごろごろ……」
俺はリビングのソファーに寝っ転がり、テレビを点けてダラダラと過ごしていた。
雫の夏休みが終わってしまったので、あいつが学校から帰ってくるまでは、ダンジョンに行けなくて暇なのだ。
まあ、昼間は異世界に行ってることもあるが、ちょうど昨日行って戻ってきたばかりなので、今日は自重している。あまり頻繁に行き来していると、時間の感覚がおかしくなりそうだからな。
時間の流れの関係上、どうしてもあっちの世界では、俺がいない時間が増えてしまうが、農場はエヴァンの手腕で順調に運営されているようだ。
フィオナやエヴァン、そしてエルク、ルルカ兄妹には本当に申し訳ないが、俺としては少しでも長くこっちの世界にいたいから、こればっかりは仕方がない。
クラスメイト達への復讐については、一旦保留することにした。あいつらへの恨みが消えたわけではないが、なんというか、やっぱり俺は暴力で相手をいたぶったり、人を殺したりするのは、好きじゃないと、雫に言われて気づいたのだ。
雫が言ったように、やりたくないことはやらない。それで、いいんじゃないかと思う。もちろん、家族や俺の幸せな生活を脅かす奴には、容赦しないけどね。
あいつらにも、ただ怒りのままに暴力を振るったり、殺害したりするのではなく、俺は俺のやり方で、いずれ落とし前を付けてやればいいのだ。
他の復讐者達からすれば、さっさと殺さないなんて生ぬるい奴だと言われるかもしれないが、それでも俺は、自分自身の幸せを優先させようって、そう決めたんだ。
《本日、エルドラドのマイケル国王が、来日されます。日本とエルドラドの友好を深め、より強固な関係を築くため、両国の交流を目的とした訪問となります。到着後は首相官邸で会談が行われ、その後、天皇陛下との面会が予定されています》
テレビから流れるニュースに耳を傾けながら、俺はソファーの上でゴロゴロと寝返りを打つ。そこに、母ちゃんがおやつを持ってやってきた。
「あら、マイケル国王じゃない。彼、イケメンよねぇ~」
パリポリと煎餅を食べながら、テレビに映る金髪の青年に見蕩れる母ちゃん。
俺の分の煎餅とジュースをテーブルの上に置くと、自分もソファーに座り、一緒にテレビを見始める。
《たった今、マイケル国王が東京国際空港に到着した模様です。空港には、多くの取材陣が詰めかけており、大変な騒ぎになってます》
テレビに映し出されたマイケル国王は、20代後半くらいに見える、金髪碧眼のイケメンだった。彼はカメラに向かって爽やかな笑顔で手を振ると、SPに囲まれながら車に乗り込んでいく。これから首相官邸へ直行するようだ。
「確かまだ30歳くらいだっけ? エルドラドの王様。随分若いよな」
「ああ、あんたはまだ子供だったから、詳しい事情を知らないんだっけ? 彼、当時は"少年M"と呼ばれていて、凄い有名だったのよ?」
――それは、この世界にダンジョンゲートが出現して、数ヶ月後の出来事だった。
アメリカ人の"少年M"が、ヨットで太平洋を単独横断している最中に、とある無人島に空間の裂け目を発見した。それが未発見のダンジョンゲートだと気づいた彼は、驚くべきことに、島に上陸して、たった1人でそのダンジョンの探索を始めたのだ。
インタビューで「当時は若く、怖いもの知らずだったね」と、苦笑いしながら話していた彼だったが、結果的にその行動が世紀の大発見となった。
何とそのダンジョンは、入る度に地形が変わるという、これまで発見されていなかった新たなタイプの、かつ世界最大規模のダンジョンだったのだ。
しかも、少年Mが突入した時の地形は、そこら中から石ころのように金塊が溢れ出てくる、夢のような地形で、彼はそこから大量の金塊を持ち帰ったという。
そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、その島は新たなフロンティアとして注目され、世界中の探索者や企業がこぞって押し寄せてきた。
そして、やって来た人々は、島を開拓し、周りに人工島を幾つも作り上げ、様々な施設を建設していった。
それから、その島は――"黄金郷エルドラド"と名付けられ、世界最大のダンジョン都市として、急速に発展していくことになり、遂にはたったの数年で世界経済の中心となるほどの、大国へと成り上がったのである。
「それで、今では世界一のお金持ち国家ってわけよ」
母ちゃんがエルドラドという国が、どういった経緯で誕生したのかを掻い摘んで教えてくれた。
「まあ、ダンジョン資源は、ダンジョンが出現する前の石油なんかよりよっぽど金になるからな。しかも、それが尽きることなく、いくらでも出てくるってんだから、そりゃもうウハウハだろ」
「街は未来都市みたいだし、海は綺麗だし、食べ物も美味しいって噂だし、一度行ってみたいわねぇ」
「あそこはWEAの本部もあるし、世界最大のダンジョン産レアアイテムのオークション会場なんかもあるから、確かに一度は行ってみたいよな」
エルドラドのダンジョンには、
母ちゃんと並んで煎餅を食べながら、俺はテレビの画面を見つめた。映像はスタジオに切り替わり、コメンテーター達がエルドラドについて熱く議論を交わしている。
その様子をのんびり眺めていると、玄関の方からガチャリと音が聞こえてきた。
「ただいまーーっ!」
「お? 雫が帰ってきたな」
ドタバタと慌ただしくリビングにやって来た雫は、ソファーの上にダイブすると、う~ん……と猫のように伸びをした。
「こら! 雫! 手を洗って、うがいをしてからくつろぎなさいっていつも言ってるでしょ! それに制服もしわになっちゃうから、着替えてからこっちに来なさい!」
「ふわーい」
母ちゃんに怒られ、面倒くさそうに洗面所に向かう雫。しばらくすると、部屋着に着替えて戻って来た。
「お、イケメンのマイケル国王じゃん。今回の来日は、実は子供の病気を治すためなんじゃないかって噂だよね。パリポリ」
「おい! 勝手に俺の煎餅食べるなよ!」
俺の隣に座って煎餅を食べ始めた雫に、抗議する。だが、妹は知らん顔でもう1枚の煎餅を口に放り込んだ。
「子供の病気って何よそれ? お母さん、知らないよ!」
母ちゃんが興味津々といった様子で身を乗り出すと、雫は煎餅を食べながら説明を始めた。
「もぐ……マイケル国王には、子供が2人いて、下の子の方が不治の病なんだってさ。アメリカの"聖女様"ですら治せなかったから、今度は日本の"巫女姫様"に会いにきたって、もっぱらの噂だよ」
「ふ~ん、不治の病ねぇ……」
「でも、たぶん無理なんじゃないかなぁ。聞いた話だと、先天性の脳腫瘍みたいなやつらしくてさ、回復魔法で何とかなるものじゃないし、手術でも取るのは危険過ぎるんだって」
雫が煎餅を食べ終わり、テレビに映る国王を見ながら言った。
確かに回復魔法は、元の健康な状態に戻すことはできるが、生まれた時から存在する、腫瘍のようなものを消すようなことはできない。生まれた時からあるのなら、それがその人の普通であり、身体の一部だからだ。
テレビでは、首相官邸に到着する様子のマイケル国王が映っていた。SPを引き連れた彼は、警備員に誘導されて建物の中に入っていく。
「そういや、今の日本の総理大臣って誰なの? 2年前は毒島総理だったけど、確か病気だって言ってたろ?」
俺は日本で最後に見た総理大臣の姿を思い出しながら、母ちゃんに聞いてみた。
「今も毒島さんだよ」
「へ~、病気治ったんだ。そりゃよかったな」
――日本ダンジョン党代表、
彼は、この世界にダンジョンが出現した際、いち早くその重要性に気付き、"日本ダンジョン党"という、ダンジョンと共存共栄を図ることを掲げた政党を立ち上げた人物だ。
当初は、くだらない政党だと、世間から相手にされなかったが、結果はご存じの通り、ダンジョン資源は石油に代わる、世界で最も影響力のあるエネルギー資源となり、彼の読みは大当たりした。
その功績が認められて、日本ダンジョン党は次々と議席を増やし、遂には与党となり、彼は総理大臣にまで上り詰めた。そして、日本はダンジョン先進国として、急速に発展していったのである。
だが、毒島総理は如何せん高齢であり、俺から見てもお爺ちゃん総理といった感じだったので、病気になったと聞いた時は、そのまま引退もやむなしと思っていたのだが――。
《毒島総理とマイケル国王が握手をし、再会を喜び合いました。2人はこの後、首相官邸で会談を行い、そのまま夕食を共にするようです。以上、現場からの中継でした》
テレビには金髪のイケメンであるマイケル国王と、
「…………」
なんぞこれ? 何故ネコミミ幼女が、首相官邸でマイケル国王と握手をしているんだ? 明らかにおかしいだろ。
「……何かネコミミのロリっ子が映ってるんだけど、あれ何?」
俺が困惑しながら母ちゃんに聞くと、彼女はあっさりと衝撃的な事実を告げた。
「あれが毒島総理だよ」
「毒島総理ぃぃ!? 総理って小太りのお爺ちゃんじゃなかったっけ!?」
俺は我が目を疑い、画面に映るネコミミ幼女を凝視した。どう見てもネコミミのロリっ子にしか見えないが、あれが本当に総理大臣だというのだろうか?
「
雫が解説をしてくれた。どうやら毒島総理は、病気の治療と引き換えに、ネコミミロリっ子になってしまったらしい。
テレビの中では、ネコミミロリが、マイケル国王と談笑しており、「また会えてうれしいのじゃ」などと、可愛らしい声で話している。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330668713488720
「しかも、のじゃロリ!?」
確かに毒島総理は、「ワシ」とか「のじゃ」とか、そういった口調の爺さんだったが、まさかのじゃロリに変身しているとは……。
「総理大臣がネコミミのじゃロリなのかよ……。日本始まったな!」
俺は何とも言えない思いを感じたが、ネコミミ幼女になった総理大臣は、その可愛らしい容姿とロリババア口調のギャップがウケて、意外にも国民から大人気らしい。
そして、彼のダンジョンに関する数々の政策は、日本に未曽有の好景気を巻き起こし、今や内閣支持率は脅威の95%越えを誇っているとか……。
「それよりお兄ちゃん、今日も夕飯前にサクッとダンジョンに行って、ストーンゴーレム倒してこようぜぇ~」
「学校から帰って来たばかりなのに、お前元気だなぁ」
「学生は活力に満ち溢れてるからね~、ニートのお兄ちゃんとは違うのだよ」
「ふーむ、活力かぁ。俺も若さを補給するために、やっぱ学校に通うかなぁ……」
肉体は若いけど、あまり怠惰に過ごしていると、精神が老けてしまうからな。学校に通うことも検討してみようか……。
「だからお兄ちゃん戸籍もない異世界人なんだから、学校に通うなんて無理でしょ」
「そこをお前、何とかできない? 実は校長の弱みを握ってるとかでさぁ……」
「校長の弱みを握ってる程度じゃ、戸籍なしの異世界人を公立中学校へ入学させるなんて、無理に決まってるでしょ。王様じゃあるまいし、そんな無茶な要求なんて聞いてもらえるわけないじゃん」
俺の無茶な要望に、雫は呆れるように溜め息を吐いた。彼女は煎餅の最後の1枚を口に放り込むと、ソファーから立ち上がって背伸びをする。
「……いや、待てよ。そうか! 悪い、今日のダンジョン攻略は中止だ。俺はちょっと用事を思い出したから、出かけてくる」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」
雫が何か言いかけたのを無視して、俺はリビングを飛び出して玄関に向かって駆けだした。
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