第059話「夢の中で……②」★

「はあぁああっ!!」


 西方は軽快な動きで、東条の光の盾を足場にして空高く舞い上がると、スカイドラゴンの首筋目掛けて剣を振りかぶった。


 ――ガキンッ!!


 しかし、その攻撃はスカイドラゴンの固い鱗によって弾かれてしまう。西方は地面に着地するが、その表情に焦りは一切見受けられない。どうやら予想通りの結果だったようだ。


「やはりかなり固いな。だが、貫けないほどではなさそうだ。森下さん! 井上! 俺にスキルを使ってくれ!」


「ええ――――"金剛力"!!」


「よっしゃー! まかせろ――――"超加速"!!」


 地味系女子の森下もりした日菜ひなさんと、お調子者の井上いのうえ太陽たいようが、それぞれ身体強化のスキルを西方にかける。


 森下さんのスキルは"金剛力"で、文字通り筋力を増強する能力だ。井上のスキルは"超加速"で、敏捷性や反射神経を上げる能力である。どちらも補助に特化したスキルで、これが元々ハイスペックなステータスを誇る西方と組み合わさると――


「うおおぉぉぉっ!!」


 ――ザシュッ!

  

 西方の強烈な斬撃が、スカイドラゴンの鱗を斬り裂く。大ダメージとは言えないが、確実に鱗に傷を刻むことに成功した。


 そして、そこにすかさず他のクラスメイト達が攻撃を加える。彼らは遠距離スキルを持っている者達だ。彼らの放つ矢や銃弾が、スカイドラゴンの鱗を少しずつ削り取っていく。


 攻撃手段のない俺は、後方で戦況を見ながら、回復アイテムを皆に渡したり、必要な道具を準備するサポートに徹していた。


「行けるぞ皆! 大西、仕上げを頼む!」


「まかせんしゃい! ――――"鎖縛"!!」


 大柄な男子生徒である大西おおにし勝利かつとしのスキル――"鎖縛"は、彼の体から強靭な鎖を出現させるスキルだ。その鎖は自在に操作することができ、相手を拘束したり、捕縛したりすることに特化している。


 大西がスキルを使うと、彼の体から無数の鎖が伸びていき、スカイドラゴンの体を雁字搦めに縛り上げた。だが、スカイドラゴンは激しく暴れて、鎖の拘束から逃れようとする。


「遠距離攻撃を持たないメンバーは、全員大西の鎖を掴んで、地面に引きずり下ろすのを手伝ってくれ!」


 俺は西方の指示通りに、大西の鎖に飛びつくように掴んだ。そして、他のクラスメイト達も次々と加勢する。その間にも西方はスカイドラゴンに斬り掛かり、鱗を更に削っていく。


 そして――――


 ………………


 …………


 ……



 ――ドガァーンッ!!



 数分後、遂にスカイドラゴンが地面に叩きつけられた。その衝撃で激しい土煙が舞い上がり、俺達の視界を奪う。


「皆! 油断するな! ここからが本番だ! 全員で一気に畳みかけるぞ!」


「「「おおっ!!」」」


 地面に落ちたスカイドラゴンに向かって、全員で総攻撃を仕掛ける。空中戦に特化しているスカイドラゴンは、地上ではあまり素早く動けないようで、俺達の攻撃を次々と受けていく。


 皆の連携によりスカイドラゴンの体には無数の傷ができ、そこからは大量の血が溢れ出していた。


「行ける! 行けるぞ!」


「ま、マジか! これは勝てるんじゃないか?」


「ここまでスカイドラゴンにダメージを与えたのって、絶対俺達が初めてだろ!」


「どうしよう! ダンジョン攻略の初回報酬ってもの凄いアイテムなんでしょ? も、もしかして一生遊んで暮らせちゃったりとかするんじゃない!?」


 クラスメイト達が勝利を目前にして盛り上がり始める。俺も内心ではかなり浮足立っていたのだが――


 ――ゾクッ!!


 突如、背筋に凄まじい悪寒が走った。他の皆も何かを感じ取ったのか、一斉に動きを止めて、地面に横たわるスカイドラゴンを見つめる。


『グルル……グオォオオッーー!!』


 次の瞬間、咆哮と共にスカイドラゴンの身体が眩い光に包まれた。俺達は全員、そのあまりの光量に目が眩み、思わず顔を手で覆う。


 数秒後、光が収まり視界が開けると――そこには金色に光り輝くスカイドラゴンの姿があった。そして、周囲には赤と黄の二色の、謎の球体がフワフワと浮いている。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330668564460722


「な……まさか! 形態変化!」


 西方が焦ったように叫ぶ、その様子を見るに、彼にも予想外の出来事だったようだ。


 形態変化とは、特定のモンスターが追い詰められた時に稀に見せる、パワーアップ形態のことだ。主にボスモンスターが使用すると聞いたことはあるのだが、スカイドラゴンが使うという情報はなかった。


「今まで、ここまでスカイドラゴンを追い詰めた探索者はいなかったから、情報がなかったんだ! 西方、どうするんだ! 撤退した方がいいんじゃないか!?」


 俺がそう言うと、西方は苦々しい表情を浮かべた。


「いや、しかしここまできて……。くっ、少し様子を見ながら攻撃してみるしかない」


「に、西方! 嫌な予感がするんだ、すぐに撤退した方が――――」


「いいから黙ってろ山田! もう少しで倒せそうなんだ! お前は何もしてないんだから――」


『グオォオオッーー!!』


 俺と西方が言い合いをしていると、スカイドラゴンが突如凄まじい咆哮を上げた。ビリビリとした振動が大気を伝わり、俺達全員が耳を塞ぐ。


 すると、スカイドラゴンの側に浮いていた赤色の球体が、クルクルと回転しながら輝きだした。そして、次の瞬間―――



「グギャギャギャー!!」


「ブモォォオオー!!」


「グルルッーー!!」



 ――何もなかった部屋に、突如モンスターの大軍・・・・・・・・が出現した。



「……は?」


「え……? きゃーーーーっ!!」


「な、なんだこれ!? こんなの勝てるわけないって!」


「やばいよ! 早く逃げないと!!」


 クラスメイト達の間に動揺が広がる。俺もあまりの光景に言葉を失った。


 何もなかった大部屋に、さっきまではいなかったはずの魔物達が、所狭しと並んでいるのだ。


 その種類は多岐にわたり、ゴブリンやオークはもちろん、ミノタウロスやサイクロプスなどの階層ボスモンスター、さらにはワイバーンや小型の火竜など、本来このダンジョンに出現しないような強敵も混じっている。


 スカイドラゴンも形態変化してより凶悪になっているし、これはもう絶体絶命だ。というか、この数の魔物をどうにかできるわけがない。


「もう無理! 私、帰還の宝珠を使うからね!」


 クラスのアイドルである舞園まいぞのくるみさんが、泣きそうな声でそう言った。西方は、苦虫を嚙み潰したような表情をしながらも、流石にそれを止めるような真似はしない。


 そして、彼女は帰還の宝珠を掲げて、その能力を発動させたのだが――



 ――パキィンッ!



 今度はスカイドラゴンの側に浮いていた黄色の球体が光り出したかと思うと、舞園さんの持っていた帰還の宝珠が粉々に砕け散った。


「え? え? な、なんで?」


 舞園さんが困惑した表情で、砕け散った宝珠を見つめる。それを見た南雲さんの顔が真っ青になった。


「も、もしかして……。あの赤色の球体がモンスターを召喚する効果を、そして黄色の球体がアイテムの無効化効果を持っているのかもしれないわ……!」


 南雲さんの言葉を聞いて、皆が一斉に絶望に染まった。


 こんな数のモンスターに勝てるわけなんてないし、帰還の宝珠も使わせてもらえない。もはや完全に詰んでいる状況だった。


「階段から脱出するしかねぇ!! おそらく下の階までアイテム無効化の効果が続くってこたぁねえだろ! 階段は塞がってるわけじゃねぇから、あそこまで辿り着ければ逃げ切れるはずだ!」


 東条が光の盾で周りを囲みながら声を張り上げる。


 だが、絶対にここから逃がさないとでも言わんばかりに、階段周辺にはより一層モンスターが密集しており、とてもじゃないが突破できそうもない。


「いくらなんでも、あそこを強引に突破するのは無茶よ! 西方くんや東条くんみたいに、戦闘能力が高い人は何とかなるかもしれないけど、間違いなく少なくない犠牲者が出るわ!」


 南雲さんが焦ったように叫ぶ。皆もそれを理解しており、悲壮な表情を浮かべたまま動こうとしなかった。



「……誰かが囮になるしかない」



 西方がボソリと呟いた。彼は覚悟を決めたようにクラスメイト達を見回すと、大きく息を吸ってから話し始める。


「石神の"ヘイトコントロール"で、誰かに敵意を集中させる。そいつが階段周辺のモンスターを可能な限り引きつけている間に、他の全員で階段へ滑り込む……これしかない」


 確かにその方法なら、逃げ切れるかもしれない。ただし、囮になった一名を除い・・・・・・・・・・、の話しだが……。


 ざわざわと皆が騒ぎ出す。当然だろう、誰だって囮になんてなりたくない。しかし、誰かがやらなければならないというのもまた事実であった。


「お、俺は"ヘイトコントロール"を自分にはかけられないんだ! だ、だから他の誰かを……」


 俺と同じ平凡男子の石神いしがみ悠太ゆうたが、恐怖感からか早口で捲し立てる。すると、東条が前に出てきて、石神の肩をポンと叩く。


「わかってるよ、他の誰かにやらせればいいんだろ? ちなみに俺は光の盾で皆を守る役目があるから出来ないぜ?」


「俺も周りのモンスターを蹴散らす役目があるから無理だ……」


 東条と西方がそう言うと、今度は他のクラスメイト達が次々と声を上げる。


「お、俺だってここまで結構役に立っただろ? 囮なんて別のやつにやらせてくれよ!」


「そ、そうよ! 私は40階のボス戦で活躍したわ!」


「僕もここまで沢山スキルを使って、皆を援護してきたよ!」


「あたしだってそう! ねぇ、西方君! あたしは役に立ってたわよね!」


 誰もが自分の身を犠牲にしたくないようで、口々に自分が囮に適していないとアピールし始めた。俺はその様子を黙って見つめていたのだが――――



 ――山田って何か役に立ったっけ?



 誰かがボソリとそんなことを言ったのを切っ掛けに、全員が俺の方を向き始めた。そして、その視線はどんどん非難めいたものへと変わっていく。


「そういや、山田だけ何もしてなくね?」


「山田くんって全く役に立たないスキル持ちだもんね」


「ほんとだよ、マジで何しに来たんだって感じ」


「もしかして、何もしないでダンジョン攻略報酬のおこぼれだけ貰おうとしてたんじゃねーのか?」


「うわ、最低……」


「お前なんか囮にピッタリじゃん!」


「そ、そうだ! 山田にやらせようぜ!」


 それはまるでスイッチでも切り替えたかのように突然だった。先程まで自分の命を失うかもしれないという恐怖に震えていたというのに、今では自分が助かるために他人を蹴落とすことを考えている。


「ま、待ってくれ! お……俺は確かにクズスキルしか持っていないけど――」


「石神、"ヘイトコントロール"を山田にかけてくれ」

 

 西方が冷たい声で石神に指示を出す。彼の声には有無を言わせない迫力があった。俺は喉をカラカラにしながら、必死に言葉を紡ごうとする。


「に、西方……なんで? ……俺達、友達だろ?」


「すまない、山田……。これはクラスの総意なんだ。俺達の為に囮になってくれ」


 誰もが自分可愛さに俺を犠牲にしようとしている。もはや、まともな話し合いが出来るような状況ではなかった。


 俺は……俺は本当はこんな場所に来たくなかったんだ! なのに……西方、お前が強引に連れてきたんじゃないか! 絶対に勝てるからって! スキルは役に立たないかもしれないけど、友達なんだし皆で一緒に攻略しようぜって! そう言ったじゃないか!


 だから……! だから……! だから、俺は――――


 石神はゆっくりと俺に近づいてくると、"ヘイトコントロール"を発動させたようだ。俺はその様子を、まるで他人事のように眺めていた――。

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