第三章 TSクソビッチ、学校に通う
第058話「夢の中で……①」★
「ふあ~……、おはよぉ~……」
眠たい目を擦りながら、下着にキャミソールという姿で、俺はリビングに顔を出した。テーブルには既に家族全員が揃っており、朝食を食べ始めている。
俺は欠伸をしながら席に座ると、目の前のトーストに齧りついた。香ばしい匂いと共に、サクッとした食感が口内に広がり、眠気を吹き飛ばしてくれる。
「高雄! あんたまたそんな恰好して! お父さんと空もいるんだから、少しは恥じらいを持ちなさい!」
「んあ~? 家族なんだから、これくらい別にいいじゃんか~。なぁ、父ちゃんと空もそう思うだろ?」
母ちゃんがテーブルを叩きながら俺のことを叱ってくるが、俺は気にせずトーストを齧り続ける。
「い、いや~。僕はもうちょっと、ちゃんとした方がいいと思うけど……」
父ちゃんはチラチラと俺を見ながら答える。その視線は俺の露になった太ももや胸元に向けられており、どこか落ち着かない様子だった。
空は無言で俺の体を凝視していたが、俺と目が合うと慌てて視線を外した。
「エロ過ぎるんだって、お兄ちゃんの体はさぁ~。うちの草食系の男達だってこうなんだからさ。歩く18禁ってやつなんだからちゃんと服着なよ」
「歩く18禁ってなんだよ……。まぁ、そこまで言うならちゃんと着るかぁ」
俺は気怠げに返事をしながら、ソファーの上に置いてあったカーディガンを羽織る。これで露出も減ったし、母ちゃんも雫も文句はないだろ。
「結局なに着てもエロいよね。太ももとか丸出しだし、おっぱいもボタンが弾けそうな感じで強調されてるし」
「うるさいなぁ……。てかお前、今日早くね? いつもはこの時間はぐーすか寝てるじゃん」
最近は昼過ぎまで爆睡してることだって多かったというのに、今日は随分と早起きだ。俺が怪訝な表情で問いかけると、雫は呆れた様子で溜め息を漏らした。
「そりゃ、夏休み終わったんだから当たり前じゃん。私はニートのお兄ちゃんと違って学校があるの。ほら、制服着てるでしょーが」
「……ああ。学校か」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330668512209695
懐かしい響きだ。俺も前世では高校に通っていたが、結局半年通っただけで死んでしまったからな。当時は学校なんて面倒くさいと思っていたけど、今になってみると、また通いたくなるから不思議なもんだ。
「俺もまた学校行ってみようかな~」
「お兄ちゃん戸籍がない異世界人なんだから、無理に決まってるじゃん」
「そこはほら。お前、なんか特殊な権力とかで俺を学校に通わせることとかできない?」
雫はにやにや笑いながら、俺の肩をばしばしと叩いた。
「漫画、アニメあるあるだね~。家族とか親戚が謎の権力を持ってて、戸籍なしのヒロインを主人公のクラスに転入させるやつ。先生以上の権力を持ってる生徒会と同じくらいよくある設定だよね!」
「それそれ、お前そんな感じのチート妹になれよ」
「残念ながら私は普通の妹なので。異世界転生したお兄ちゃんとは違うのだよ」
そう言って妹はケラケラと笑った。
どうやら俺は、家族の謎権力で学校に通うことは不可能なようだ。まあ、別にそこまで学校に行きたいわけじゃないからいいけどさ……。
雫達は朝食を食べると、それぞれ通勤と通学のために家を出て行った。
俺は母ちゃんと一緒に朝食の片付けを済ませると、1人ベッドに寝転んでスマホをいじり始める。だが、すぐに飽きてしまい、ゴロゴロとベッドの上でローリングしながら、物思いに耽った。
「暇だな~、また異世界にでも行くか? それとも1人でダンジョンに潜るか?」
何だか、最近連続して戦闘続きだったので、気持ちが高ぶっている気がする。せっかく平和な日本に帰ってきたはずなのに、俺は一体どうしちゃったんだろうか。ずっとこの環境を望んでいたはずなのに……。
「あー! やめやめ! 精神集中でもして気持ちを落ち着かせよう!」
俺は頭をぐしゃぐしゃと掻いた後、ベッドの上で座禅を組んだ。
まずは目を閉じて、呼吸のリズムを意識する。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それを繰り返していくうちに、次第に気持ちが落ち着いてくるのを感じた。
次に自分の心臓の音に集中するように意識する。ドクンドクンという鼓動が身体の内側に響き渡り、それと同時に心地よい温かさに包まれるような感覚を覚えた。
「よし、せっかくだし、このまま魔力の鍛錬もしよう」
今度は、体の中心から魔力を集めるイメージで、ゆっくりと練り上げていく。
魔力とは生命力の塊のようなものである。それを使い尽くすまで吐き出し続けると、人間は死に至る。だが逆に、意識的にその残量を把握して上限ギリギリまで使い続けると、魔力量を飛躍的に上げることができるのだ。
魔力量というのは単純に魔力の総量を表すだけでなく、魔法の威力にも影響してくる。なので、魔法使いにとって魔力量の向上は必須事項といえよう。
「ふー……」
俺は全身から魔力を放出するようにイメージしながら、体全体に行き渡らせるように意識を集中させた。そして、その範囲を徐々に拡大させる。
体から部屋全体へ。部屋から家全体へ。家全体から敷地内へ。更には敷地外へ。その全てに魔力を張り巡らせるように、イメージを膨らませていく。
「カ、カァ~!」
「ニャア~!」
「ワンワンワンワンッ!」
電柱からカラスが飛び去り、犬や猫が逃げ去る。庭の木から小鳥が羽ばたき、家周辺の木々からは一斉に蝉の声が消え去り、静寂が訪れた。
だが、俺は気にせず魔力を放出し続ける。額からぽたぽたと汗が流れ落ち、心臓の鼓動がどんどん早まっていくのを感じた。
「まだだ……。まだ……」
俺は膨大な魔力を、全て絞り出すように、体内の魔力循環を限界まで加速させていった。そして――
――徐々に"死"の感覚が近づいて来る。
あと少し、もう少し、と自分に言い聞かせながら、俺はひたすら魔力を流し続けた。ぞくぞくとした感覚が身体中を駆け巡り、脳髄まで痺れるような感覚に襲われる。"死"が間近に迫る恐怖に、涙や鼻水が溢れだし、全身がガクガクと痙攣した。
――だが、それでも俺は魔力の放出を止めなかった。
そして、これ以上続けると確実に死ぬ、というところまで来た時――
「――ぜぇ! ぜぇ! はぁ……! はぁ……! はぁ~……」
魔力が底を尽く寸前のところで、ようやく俺は大きく肺に空気を送り込み、魔力循環を止めた。
全身から力が抜けて、そのままベッドに倒れ込む。着ていた服は汗や色々な体液でびしょ濡れになっており、ベッドのシーツにも大きな染みができてしまっていた。
「俺は……一体何をしているんだ……」
いつもこうだ。死にたくない、安全に、平和に暮らしたい。そう願っているのに、こうして、一歩間違えたら死ぬような行為に及んでしまうことが、多々ある。
「……やっぱり、俺はどこかおかしいのか?」
認めたくない。だが、前世の俺はこんな無茶な行動をする人間ではなかったはずだ。もっと臆病で、慎重で、石橋を叩いて渡るタイプだったはず。
「人間が、転生する前の記憶がないのには理由があるのかもしれない……」
確実に"死"がトラウマになっている気がする。"死"の記憶はあまりにも強烈で、あれを体験したまま記憶を持って転生するなど、人間にとっては耐え難い苦痛に違いない。だから、皆記憶を失う。
バタンと、そのままベッドの上に仰向けになり、天井を見つめた。
「俺は……ただ、幸せに生きたいだけなのに……」
そう呟いて瞼を閉じる。心地よい疲労感と倦怠感に身を任せていると、徐々に意識が遠退いていくのを感じた。
……
…………
………………
***
……………………
「――だ! おい、山田! どうしたんだ? ボーっと突っ立って」
気が付くと俺の目の前には、クラスメイトの
ここは、ダンジョンの中か?
「……ん? あれ? 何で俺はダンジョンの中に?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。俺達は今から最上階のスカイドラゴンに挑むんだぜ? 準備は万全にしてきたが、下手すると死ぬことだってあり得るんだ。気を引き締めておけよ」
そう言って、西方は俺の肩を叩いた。その周りには、クラスの仲間達全員が勢揃いしており、皆緊張した面持ちで武器を構えている。
「あ、ああ……。そうだったな、悪い」
「まったく、慎重なお前らしくもないな。まあ、これから危険度Sのモンスターと戦うんだ。緊張するのも分かるが……」
西方はそう言うと、螺旋階段の真上を見つめた。
そうだ、俺は西方の提案で、夏休みに立川ダンジョンの最上階にいる、スカイドラゴンを討伐するという計画で、この場に居るんだ。
始まる前は心配だったが、クラスメイト達の連携で、49階まで誰一人欠けることもなく、順調に攻略が進んだ。そして、俺達はいよいよスカイドラゴンを討伐すべく、最上階の50階へと足を踏み入れようと、階段を登っているのだ。
「へへ、無理もねぇだろ。この俺だって緊張してるんだ。なにせ、未攻略のボスモンスターに挑むんだからよぉ~。山田がビビるのも無理ねぇよ」
東条が金髪を搔き上げながら、俺に向かって笑いかけてきた。強張っていたクラスメイト達の表情が少しだけ緩んだ気がする。
彼はチャラいが、ムードメーカー的な役割も担っていて、こういう時に場の空気を和らげるのが上手い。
「まあ、ここまで来たからには行くしかないわよね。西方くん? ちゃんと倒す算段はついているんでしょうね?」
「南雲さん。おそらく行ける……と思う。が、まだ誰も倒したことのないモンスターだから、正直どうなるかはやってみないと分からない。だから、皆は万が一に備えて、帰還の宝珠を手放さない様にしてくれ」
「そうね、安全第一よ。皆、絶対に無理はしないでね」
南雲さんがクラスメイト達に向かってそう言うと、皆は深く頷いた。流石はクラスの委員長なだけあって、こういう場面でも安心感を与えてくれる。
「よし、皆準備はいいな? 行くぞ!」
西方の声に応えるように、俺達はスカイドラゴンが居るであろう最上階へ、一歩ずつ階段を登っていく。
――そして遂に、50階へ足を踏み入れた。
そこは何もない空間だった。塔型である立川ダンジョンは、ここまでは複雑なフロアが続いていたが、この階はただ、ひたすらに広い空間が広がっているだけだ。
ダンジョン内であるはずなのに、上空には何故か空が広がっており、風が優しく吹き抜けていく。
「な、何もないんだな。こ、これが立川ダンジョンの最上階なのか?」
「ああ。立川ダンジョンの最上階は部屋全体がボス部屋になっていて、モンスターはスカイドラゴン一体のみだ」
落ち着かない様子の北村に向かって、西方が説明をする。事前に色々調べてくれていたらしく、スカイドラゴンに関する知識を補足してくれた。
「スカイドラゴンは、全長20メートルを超える巨体を誇る空飛ぶ龍だそうだ。西洋のドラゴンというより、日本や中国の龍に近い見た目をしているらしい。攻撃手段は、口から吐く火球と爪による斬撃。特に厄介なのは空を飛ぶことによる三次元的な動きができることで――――むっ! 来るぞ!」
西方の警告と共に、上空の遥か彼方から何かが近づいて来る気配を感じる。
――次の瞬間、凄まじい風圧と共に、俺達目掛けて巨大な火球が飛来してきた。
「やらせるかよっ! ――――"光の盾"!!」
東条がそう叫ぶと、彼の目の前に光り輝く巨大な盾がいくつも展開される。そして、東条は左手を横に振ると、その盾は横一列に並びながら宙を浮いて移動し、後方のクラスメイト達を火球から守った。
――ドガアアアンッ!
爆発音が響き渡り、火球が炸裂する。東条の盾は無事役目を果たしたようで、俺達は皆は無傷のまま、スカイドラゴンの先制攻撃を防ぐことに成功した。
彼はオラオラ系の性格とは裏腹に、防御系のレアスキルである"光の盾"の使い手だ。この盾は、東条の精神力が尽きるまで、いくつも作り出すことができる。更には、自在に操ることが可能であり、その防御力も折り紙付きだ。
『フシュルルルル……!』
火球の飛んできた方向を睨んでいると、そこには巨大なドラゴンが宙を浮いていた。全長は20メートルを超えており、全身が真っ黒な鱗に覆われている。鋭い爪と牙、長い尻尾はまるで鞭のようにしなやかにうねっている。
「あ、あれがスカイドラゴン……」
俺はその威容を見て、思わずごくりと喉を鳴らした。正直、怖い。足がガクガクと震えだす。他のクラスメイト達も同じ気持ちなのか、皆顔が引きつっている。
だが、西方はそんな皆を鼓舞するように、声を高らかに張り上げた。
「大丈夫だ! 俺達なら勝てる! 皆、いつも通り連携して戦うんだ! 東条! お前は常に俺達の盾になれ!」
「おうよっ!」
東条が前方に出ると、その体を大きく包み込む程の大きな光の盾を展開する。そして、後方の俺達を守るように仁王立ちした。
「遠距離攻撃手段のある奴らは、東条の後ろから援護射撃をしてくれ!」
西方の指示に従い、俺達は一斉に陣形を組む。彼のリーダーシップのお陰で、皆落ち着きを取り戻せたようだ。
「俺が何とかあいつを地面に引きずり下ろす! そこを全員で総攻撃しよう! 行くぞ!」
「「「おおっ!!」」」
俺達の返事と共に、西方は腰の剣を抜いてスカイドラゴンに向かって走りだした。
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第三章開始しました! 皆さん引き続きお付き合いくださいませ。
冒頭3話ほど、前世の主人公の最期の話なので、ややシリアス&胸糞シーンがあります。苦手な方はご注意ください!
クズは後に因果応報の展開が待ってると思うので、それまで我慢していただけるとありがたいです。
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