第057話「再び日本へ」

「はい、お待たせー! 今日はカレーライスよ」


 フィオナが食堂のテーブル席に座っている俺達の前に、カレーライスを運んできた。スパイシーな香りが漂って、食欲をそそられる。


「おお、カレーか! これ、めちゃくちゃ美味いんだよなぁ! 色はちょっとアレだけどよぉ」


「俺は初めて食べるが、何だか凄く良い匂いだな。見た目はともかく、とても美味そうだ」


 ウェインとエヴァンが、口々に感想を言いつつスプーンを手に取った。ルルカとエルクも席に座って、カレーライスが目の前に置かれるのを待っている。


 俺達は今、全員で食堂に集まり、夕食を食べようとしている。従業員が増えた影響で、男衆が新しく建てた別館に移ったため、食事の時はこうして食堂を使うことが多くなったのだ。


「「「いただきまーす!」」」


 全員が手を合わせて食事を始める。


 俺はカレーをスプーンで掬い、パクリと口に含んだ。すると程よい辛さと甘み、そして濃厚なコクが口の中に広がっていき、幸せで一杯になる。


 フィオナの料理の腕は日に日に上達しており、以前にも増して最高の味となっていた。まさかマズ飯しかない異世界で、こんな美味い料理が食べられる日がくるなんてな……。


 だが、この味はまだ、俺が日本から食材を持ち込んでいるから可能なのだ。いずれは異世界で生産した食材や調味料で、この味を再現できるようにならなければ。


「美味い! 何なんだこれは! 王宮の料理と比べても遜色ない……いや、それ以上の味だ!」


 エヴァンも目を見開きながらカレーライスを口に運んでいる。王族の彼でも、この味は衝撃だったようだ。相当気に入ったらしく、ガツガツと凄い勢いで食べ始めた。


 他の皆も口々に感想を言い合いながら、笑顔でカレーライスを食べ進めている。


「エルク、トマトの栽培は順調ですか?」


「ああ、エヴァンの兄ちゃんが農業の経験がある人を連れてきてくれてな。特に肥料作りが上手いから、おかげですくすく育ってるよ。夏には美味いトマトが収穫できると思うぜ」


 春にトマトの苗を植えてから、もうすぐ2ヶ月が経過する。早いもので、もう収穫の時期が近づいていた。俺は日本にも戻ってるので、余計時間の流れが早く感じる。


「エヴァンには本当に助かってますよ。管理職の重要性が、身に染みてわかりました」


「少しでも君の助けになれているのなら嬉しいよ」


 エヴァンは俺にそう言って笑いかけると、再びカレーライスを食べ始めた。


 彼のおかげで、このソレル農場は間違いなく発展している。国王から貰った南側の土地は、沢山の移住希望者がやってきて、すでに農村として形が出来上がりつつあった。


 農場で働いている人数も、今では100人を超える大所帯に成長していた。そろそろ新しい野菜や果物の栽培にも着手したいと、皆で話し合っているところだ。


 警備もドラスケやポメタロウを筆頭に、新しく雇ったマイルズら、冒険者上がりの屈強な戦士達が日々見回りをしているし、下手なモンスターや盗賊団も恐れをなすほどだ。もはや、この農場はミステール王国で最も安全な場所と言っても過言ではないかもしれない。


 エヴァンのリーダーシップに、ドラスケ達による治安維持活動。これなら俺が日本に帰って、長期間留守にしても大丈夫だろう。


『グオオオ……グオーン!』


『ワフワフワフーン!』


 窓の外を見ると、匂いに釣られてやってきたのか、ドラスケが鼻をクンクンさせながら中を覗き込んでいた。ドラスケの頭の上には、ポメタロウが乗っており、一緒に俺達の様子を覗っている。


 ドラスケとポメタロウは、ドラゴンと子犬という、体躯はまるで正反対だが、同じ日に同じ場所で生まれたゴーレムということで、兄弟のように仲良しだ。


 こうしてドラスケの頭の上に乗るポメタロウの姿は、もはや農場の風物詩となっている。


「あなた達もカレーが食べたいの? まったく、しょうがないわね……」


 フィオナが苦笑しながら、カレーライスを持って食堂の外に出ていった。そしてしばらくすると、ドラスケとポメタロウの嬉しそうな鳴き声が聞こえてくる。


「彼ら、確かゴーレムだろう? 魔力だけで生きられるはずなのに、食事もするのかい?」


 エヴァンが、フィオナに餌付けされている2匹を見て、不思議そうに問いかける。


「それが何故かするんですよ。2匹とも変わり者のゴーレムなんです。好き嫌いもしないですし、本当においしそうに食べますね」


 窓の外で美味そうにカレーを食べるドラスケとポメタロウを見て、微笑ましい気分になる。


 自然と緩む頬を抑えつつ、俺は食事を続ける。


「あ、ルルカ。口にカレーが付いてますよ?」


 隣に座っているルルカが口元にカレールーを付けながら、モキュモキュと口を動かしている。俺は慌ててナプキンで口元を拭ってあげた。


 出会った当初は栄養失調ぎみで病気がちだったルルカだが、今ではかなり健康的になり、元気いっぱいに育っている。最近は良く食べて良く寝るので、良い成長曲線を描いている感じだ。


「ありがとうソフィアちゃん!」


 俺が口元の汚れを拭くと、彼女は満面の笑みでお礼を言ってきた。彼女の頭を撫でてあげると、幸せそうに微笑む。


「はは、ソフィアはお母さんみたいだね。将来、ソフィアに子供ができたら、きっと良い母親になるんだろうな」


 俺達の向かい側に座っていたエヴァンがそんなことを呟く。すると、ルルカが目を輝かせながら身を乗り出してきた。


「ソフィアちゃん、エヴァンのお兄ちゃんと結婚するのー?」


「な、何を言い出すんですかルルカ!?」

 

 思わず声を裏返らせて答える。そんな俺を見て、エヴァンはハハハと笑い声を上げた。


「俺はそうできれば嬉しいけど、残念ながら全く相手にされてないんだ。ルルカ、君からソフィアを説得してくれよ」


 エヴァンが冗談交じりに言うと、ルルカは満面の笑みで頷いた。


「ソフィアちゃんなんでー? エヴァンのお兄ちゃん凄くカッコいいよー?」


 ルルカの純粋な視線が痛い。俺は苦笑いを浮かべながら、どう答えたら良いのか必死で考える。


 確かにエヴァンはいい奴だ。俺が出会うイケメンは、前世から何故か性格が最悪な奴が多かったから、顔がいい男にはつい警戒してしまうんだが、こいつはイケメンで有能な上に性格もとてもいい。正直、優良物件過ぎる男だろう。


 だが、やっぱり俺は心の底には男の子の魂があるわけで、未だに男と付き合うとか結婚とか考えると、どうしても抵抗感を感じてしまうのだ。


 でも実際、今生の俺は女なわけで、いずれは……いずれはその辺りの気持ちとは折り合いをつけていかねばならないのだろうとは思っているのだが、今はもう少し時間が欲しいというか……。


「だーめだめ! ソフィアちゃんは俺と結婚するんだからよぉ! この間だって今度夜の相手を――」


「あー! あー!」


 いつの間にか酒を飲んでいたのか、酔っぱらって顔を赤くしているウェインが、とんでもないことを口走りそうだったので、俺は慌てて大声を上げて彼の言葉を遮る。


「なんらよぉ! ソフィアちゃんこの前一晩付き合ってくれるって――」


「ふんっ!」


 ――ドゴォッ!!


「うげぇ!?」


 俺はテーブルの下で思い切り鳩尾に拳を叩き込んだ。ウェインは潰れたカエルのような悲鳴を上げると、その場に崩れ落ちる。そしてピクピクと痙攣し始めた。


「……夜の相手?」


 エヴァンが不思議そうに首を傾げながら聞いてくる。俺は慌てて視線を逸らした。


「よ、酔っぱらいは嫌ですね~。訳の分からないことばかり言って~。ウェイン、変なことは言わないで下さいよ~」


 まったく、子供達だっているのに何てことを言い出すんだこいつは……。手で顔をパタパタ仰ぎながら、火照った頬の熱を冷まそうとする。


 エヴァンは訝し気に俺を見ていたが、それ以上追及はしてこなかった。


 う~ん……、エヴァンから好意を向けられているのは知っているし、こいつは"全武解"というレアなギフトを持っているから、正直一晩くらいは相手しても良いかなとは思うんだけど……。


 他の奴とは違って、こいつは真面目でいい奴すぎるから、逆にそういった軽いことはしない方がいい気がするんだよな。


 俺みたいな駄目な女には勿体ないというか、もっといい相手を見つけて幸せに生きて欲しいというか……。


「はぁ……、人生とはままならぬものですね……」


 俺は小さな溜め息を漏らしながら、ルルカの頭を撫でつつ食事を進めるのだった。




 翌日――。


 俺は全裸になって部屋の中で転移の準備を行っていた。


 そろそろ日本で琴音に頼んでいた物資も届いてるだろうし、農場の運営も落ち着いてきたので、一度日本に帰ろうと思ったのだ。


「色々ありましたが、こちらでの生活も楽しくなってきましたね」


 農場はエヴァンに頼んであるので、俺がしばらく留守にしてても大丈夫だろう。ウェイン達警備の人間も、今度は絶対に盗賊やモンスターの一匹も通さないと意気込んでいたし、その点も安心できる。


「さて、空や雫も寂しがってるでしょうし、そろそろ帰りますか」


 準備を終えた俺は、目を閉じて精神を集中させる。そして頭の中で念じた。



 ――さあ、いざ日本へ舞い戻らん!



 次の瞬間、俺の全身は淡い光に包まれ始める。そして数秒後には光と共に俺の体は消えていったのだった。





──────────────────────────────────────

これにて二章は終了です。

八鬼衆を倒し、再び日本に戻ったソフィア。ようやくのんびりスローライフを送れる……と思いきや、そうは問屋が卸さないようで……。

三章も乞うご期待!


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