第056話「農場を発展させよう」

「ちょ、押すな押すなー! ほら、ちゃんと列を作って並べやー!」


 ワイワイと大勢の人達が農場の入り口に集まっている。ウェインが汗だくになりながら誘導している様子を、俺は少し離れた場所から眺めていた。


「今日は一段と人が多いわね……」


「ええ、そろそろ何とかしないとまずいかもしれません……」


 俺は隣で顔を引き攣らせているフィオナと、どんよりとした表情で見つめ合う。


 連日、王都から見学や就職希望の人達が、大量に押し寄せてきているのだ。このままでは、農場の仕事に支障が出てしまう。


「見ろよ! あれが特級冒険者のペットのドラゴンだぜ! あんなのがいるんなら、魔王軍やモンスターも易々と攻めてこれないだろうし、ここで働くのは安全でいいかもな!」


「私はご飯がとても美味しいって聞いたわ! 楽しみ~!」


「ここの経営者である、特級冒険者の少女はやたら可愛いらしいぞ! 手取り足取り、色んなことを教えてもらいたいもんだ」


「安いよ安いよ~、今なら串焼きが半額だよ~!」


 ガヤガヤと大騒ぎする人達。農場の外には屋台も勝手に立ち並んでおり、ちょっとしたお祭り会場みたいになっていた。


「ちょっとソフィア。いい加減、本当に何とかしなさいよ」


「しょうがないですねぇ~」


 俺はやれやれと肩をすくめると、ウインドボールを使って上空へと舞い上がり、集まった人に向けて声を張り上げた。


「皆さん注目してください~!」


 すると、騒がしかった集団がピタリと動きを止めて、一斉にこちらに視線を向ける。下からジロジロと無遠慮に眺められるのは少し恥ずかしいが、今日はスカートじゃなくて短パンだし、まあ問題ないだろう。


「うお! あれが特級冒険者のソフィアちゃんか! 噂には聞いてたけど、めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!」


「へへ、短いズボンを穿いてるから、綺麗な太ももが丸見えだぜ……たまらねえ」


「…………」


 スカートだろうが短パンだろうが、結局ジロジロと見られるのは変わらないようだ。俺は男共の視線に辟易しながらも言葉を続ける。


「こほん……。えー、皆さまお集まりいただきありがとうございます! 只今より、農場の就職希望者の方々の面接を始めます! 就職希望の方は、あちらの建物の前に集合してください!」


 俺が大声で宣言すると、集まった人々は一斉に動き出し、建物の中へとゾロゾロと入っていった。


「見学希望の方は、後ほど職員が案内しますので、しばらくお待ちください!」


 建物の入り口の前では、ウェインが大声で案内をしてくれている。これでひとまずは大丈夫だろう。


 俺はふわりと地上に降りると、フィオナと一緒に建物の中へと入っていった。





「次の方どうぞ~」


 俺が声を発すると、面接希望者と思しき女性が入室してくる。年齢は10代後半くらいで、素朴そうな町娘といった風貌だ。


「こちらにお掛けください」


 俺が促すと、女性はちょこんと椅子に腰かけた。向かいには面接官として俺とフィオナ、ついでにウェインの3人が座っている。


 ちなみにウェインは、うちの農場の力仕事や警備担当として就職することに決まっている。なので今日も俺達と一緒に面接官をしてくれているのだ。


「では、自己紹介をお願いします」


「はい、王都ミルテに住む、ニーナと申します。特技は料理と裁縫です。ここの食堂で働けないかと思って、応募しました」


 ニーナと名乗った女性はそう言ってペコリと頭を下げる。


 年齢は17歳で、フィオナの食堂で働きたいというのが志望動機のようだ。先日、ここの食堂で食べた料理がとても美味しかったので、自分でも作ってみたいとのことだった。


「いいんじゃないの? 私も最近、食堂の人手が足りてないと思ってたのよね。お客さんが増えすぎて、料理人はもちろんだけど、給仕とか清掃とか、やることが山ほどあるんだから」


 フィオナが俺の方を見ながら、そんな意見を述べる。


 確かに最近、フィオナの食堂は大繁盛で、猫の手も借りたいほどの忙しさだ。ルルカにも手伝ってもらっているが、彼女はまだ子供なので、長時間の労働は無理なのだ。


 ニーナさんは料理もできると言っているし、若くて健康そうでもある。この人材を逃す手はないかもしれない。


 俺はフィオナの意見に同意するように頷いた。


「そうですね。うちは人手不足なので、ぜひ働いていただきたいです。いつから働けそうですか?」


「あ、明日からでも大丈夫です! よろしくお願いします!」


 そう言って勢いよく頭を下げたニーナさん。俺は彼女の顔写真をスマホで撮影すると、面接用紙にマルをつけて、次の人を呼んだ。




「俺の名はマイルズ。この農場の警備員を希望してる。特技は剣技と槍も少々使える。あんたから見たら、中年のおじさんかもしれないが、力もまだまだ衰えてないし、体力には自信がある。どうか雇って欲しい」


 次に現れたのは、40代半ばくらいの、体格の良い男性だった。


 いかにも戦士という感じの鋭い眼光に、鍛えられた筋肉。身長も高くて威圧感があるが、どこか優しそうな雰囲気も感じる人だ。


「冒険者をやっているのですか? 階級は?」


「3級だ。だが、俺もそろそろいい年だからな。妻も娘もいるし、安定して働けるならそっちの方がいいと思ってな」


「なるほど。安定性、それは大事ですね」


 俺はマイルズと名乗った男に好感を持った。家族を養うために危険を冒すことは少ない方がいいし、3級冒険者とそれなりに成功しているのに、高望みしない姿勢は好ましい。


「いいんじゃねぇか? これから農場をもっと広げるんだろ? 警備も力仕事も俺だけじゃ全然足りねぇし、戦える奴がいるのは大歓迎だ」


 ウェインもマイルズさんに対しては好印象を抱いたようだ。俺はコクリと頷くと、面接用紙にマルをつけて彼の顔写真を撮影した。




「それでは次の方どうぞ~」


 俺が呼びかけると、次の面接希望者が入室してきた。


 真っ赤な髪と、鋭い目つきが特徴的な男で、入ってくるなりニヤニヤと笑みを浮かべている。俺がまだ何も言っていないのに、彼は勝手に椅子に座ると、偉そうに足を組みながら自己紹介を始めた。


「俺はリネトーってもんだ。ここで可愛い子が仕事を募集してるって聞いてよぉ。わざわざネラトーレル王国から来てやったぜ。よろしくな、子猫ちゃん」


 リネトーと名乗った男は、俺の胸を凝視したあと、フィオナの顔にも視線を向けて舌なめずりをした。正直もうすでに採用したくないのだが、一応面接の建前上、俺は彼に質問をする。


「それで希望の職種は?」


 俺がそう尋ねると、彼は自信たっぷりに腕を組みながら答えた。


「へへ、俺は夜の仕事専門だ。あんたらも若いし色々と溜め込んでるだろう? そこを俺がスッキリさせてやるってわけよ。まあ、俺は床上手だし、あんたらも満足させてやれると思うぜ?」


「「…………」」


 左手でグーを作りながら、右手の人差し指を左手の穴に入れて卑猥なジェスチャーをするリネトー。俺とフィオナは無言で顔を見合わせると、そっと面接用紙にバツをつけた。


「それではお帰りください」


「な、何だと!? おい、ちょっと待てよ! 一回体験してみればわかるって! 俺のテクにあんたら、絶対ハマるから!」


 椅子から立ち上がり、こちらに詰め寄ってくるリネトー。そして、俺の胸に手を這わせようとした瞬間――――


『ワフーーーーッ!!!!』


「ぐえぁーーーー!?」


 突如、茶色い毛玉がリネトーに体当たりして、彼を部屋の外へと弾き飛ばした。大きな音を立てながら転がっていったリネトーは、壁に激突して白目を向いて気絶している。


「ポメタロウ! よくやりましたね! わしゃわしゃしてあげましょう!」

 

 俺はリネトーを撃退したポメタロウの頭を、思いっきり撫で回してやる。すると、ポメタロウは気持ち良さそうに目を細めながら、甘えた鳴き声を出した。


「ポメタロウ随分強くなったわよね……。見た目は小さな子犬から全く変わってないのに、凄い力だわ」


「毎日特級冒険者である私が魔力を注いでますからね。フィオナもこっそり魔力を上げてるでしょう?」


「う……。あのつぶらな瞳でおねだりされると、ついついあげちゃうのよね……」


 フィオナはバツが悪そうな表情でポリポリと頬を搔いている。まあ、ポメタロウは可愛いからしょうがないな。


 とにかく、俺やエルフであるフィオナがガンガン魔力を与えている影響で、ポメタロウは短期間で驚くほど成長していた。今の体当たりも、その辺のゴロツキ程度なら軽くノックアウトできる威力だろう。


「では、次の方どうぞ~」


 気を取り直して、次の面接希望者を呼ぶ。こうして、俺達は面接を続けていった――――。




「ふぅ……、ようやく次で最後ですね」


「疲れたわねー。でも何人かはいい人材が来てくれたんじゃない?」


「でもよぉ……。また明日もこんな感じで人が集まるんじゃねぇか? 俺達以外に誰か管理職ができるやつを雇わねぇとまずいぞ」


 俺達は面接官用のテーブルに突っ伏して、疲れた身体を休めながら話をする。確かに、このままでは毎日がこんな調子になってしまいそうだ。


 人材がいないから俺達3人が面接をしているが、本来は皆、現場の人間なのだ。ウェインの言う通り、管理職ができる人間が欲しい。


 そんなことを考えていると、最後の面接希望者らしき人物が入室してきた。


 非常に整った顔をした青年だ。農作業をするような恰好をしているが、まるで似合っておらず、どこかの王子様と言った方がしっくりくる。そして、その顔に俺は見覚えがあった。


「あなた……エヴァンじゃないですか。こんなところで何をやっているのですか?」


 王子様のような風貌どころか、本物の王子様だった。この国の第3王子であるエヴァンだ。


 彼は俺の姿を見つけると、嬉しそうな笑みを浮かべてこちらへと歩み寄ってきた。


「やあ、ソフィア。何をやってるって、当然面接希望だよ。この農場で働きたいと思ってね」


「…………」


 俺は天を仰いで、大きく溜め息を吐いた。王子がこんなところに就職希望とか、何考えてるんだこいつは。


「無理に決まってるでしょう。あなたは王族ですよ。そもそも、農場は平民の集まりのような場所です。あなたに相応しい職場ではありません」


 当然俺は彼を追い払うように手を振るのだが、エヴァンは全く気にした様子もなくニコニコと笑いながら椅子に座る。そして、信じられないことを口にした。


「王族の身分なら捨ててきたよ。俺はもう王子ではなく、ただのエヴァンさ」


「はぁぁ!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。この男は何を言っているんだ。


 こいつはこのミステール王国では、国民からの人気が最も高い王子だ。容姿端麗にして文武両道、その上性格も良く、誰に対しても公平で優しい。王位継承権は兄達より下だが、彼に次期国王になって欲しいと願う国民も多いと聞く。


 そんな彼が、身分を捨てて農場で働きたいと言い出したのだ。正気の沙汰とは思えない。


 だが、エヴァンは本気のようで、真剣な眼差しで俺に語りかけてきた。


「俺は、君に二度も命を救われた。一度目は水神ヴァルガリスに殺されそうになった時。二度目はつい先日、八鬼衆の軍勢との戦いの時だ。君がベイルを倒してくれなかったら、俺は確実に死んでいただろう」


「そんなの……ただの偶然ですよ」


「だとしても……だ。俺は君に恩を返したい。俺は独り身で婚約者すらいない気軽な身だし、王位は2人の兄がいるから、俺がいなくなっても問題ない。親父には最初反対されたが、俺が本気だと知って、国の英雄である君の下で働くためならと、最後は許可を出してくれた。だから頼む……俺をここで働かせてくれ」


 そうやって頭を深々と下げるエヴァン。あまりの真剣さに、俺は何も言えなくなってしまった。


「なあ、ソフィアちゃん。いいんじゃねぇか? 俺も男だからわかるよ。何もかもを捨ててでも、命を救ってくれた女の為に働きてえって気持ちはさ」


 ウェインが真面目な顔で俺にそう語りかけてきた。こいつは普段はチャラいくせに、こういう時だけまともになるから困る。


「私もいいと思うわよ。エヴァン王子は有能だって街でも評判だし、彼がいれば農場はきっと発展するわ。それは美味しい物を食べたいっていうソフィアの願いにも繋がるんじゃないかしら?」


 フィオナも賛成なのか、笑顔でそんなことを言ってくる。


 確かにエヴァンは有能だが……。こいつが俺の部下になるのか……?


「頼む! 仕事なら何でもする! 農作業でも力仕事でも、雑用でも何でもいいから働かせてくれ!」


 机に頭を擦り付けるように懇願するエヴァン。だが、こいつに雑用なんてやらせるわけにはいかない。


「農作業も、力仕事も、雑用も必要ないですよ」


 俺がそう言うと、エヴァンはガックリと項垂れてしまった。フィオナとウェインも困惑したように俺を見つめている。


「……管理職が足りていないんです。あなたには農場の代表代理として、働いてもらいます」


 エヴァンはバッと顔を上げると、嬉しそうに涙を浮かべて俺の手を握りしめた。



 こうして――俺達の農場に、新たな仲間が加わることになったのだった。

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