第055話「大浴場」★

「へくちっ!」


 脱衣所で服を脱ごうと上着に手をかけた瞬間、不意にくしゃみが出た。


「ソフィアちゃん寒いの~?」


「いえいえ、きっと誰かが私の噂でもしてるんでしょう」


 ルルカが心配そうに顔を覗き込んでくるが、俺は首を横に振って上着を脱いだ。俺の美しい裸体が露わになると、隣にいたフィオナが、ぼそっ、と呟く。


「相変わらず無駄にデカいわね……」


 フィオナもスレンダーでめちゃくちゃ綺麗な身体してると思うんだけどな。やっぱ女の子ってのは胸の大きさを気にするんだろうか?


 でも俺は鈍感系やデリカシーのない女じゃないので、「え~、こんな脂肪の塊、邪魔なだけで得なんてないですよ~(笑)」なんて言葉は口にしなかった。実際俺は自分の巨乳を結構気に入ってるし。


「ねえねえ! フィオナちゃん、ソフィアちゃん! 早く行こうよ!」


 既にすっぽんぽんになって待機していたルルカが、その場でぴょんぴょん飛び跳ねながら急かしてくる。


 俺はそんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、脱衣所から風呂場へと移動した。


「風呂だー!」


「おふろだー!」


 俺とルルカの声が風呂場に響き渡る。兼ねてより製作していた大浴場が遂に完成したのだ。


 ルルカは早速大理石でできた床を駆け回ると、浴槽の縁によじ登った。それを見たフィオナが、慌ててルルカに注意する。


「ルルカ、はしゃぎすぎよ! お風呂場で走ったら危ないんだから!」


「ごめんなさいー! ……ねえ、ソフィアちゃん。お湯がまだ入ってないよー?」


 ルルカが浴槽をぺちぺちと叩きながら尋ねてくる。確かに、彼女の言うとおり風呂にはお湯が張られていなかった。


 まだ貯水タンクや発電機が届いてないので、水道や給湯器なんかのインフラ系が整っていないのだ。もちろん、これからちゃんと整備していく予定ではあるが、今はまだ魔法で何とかするしかない状況だ。


「ええ、まだ完全には完成してないので、お湯は私達が手動で入れるんです。さあ、ルルカ。私と一緒に水魔法で浴槽を満たしましょう」


 そう言って、俺はルルカと手を繋ぐ。それから2人で水魔法を唱え始めた。


「「水よ、我が呼びかけに応え、清き恵みを与えたまえ――"アクアボール"!」」


 大量の水球を浴槽にぶちまけると、徐々に水が溜まっていく。それを見て、俺とルルカはお互いの顔を見つめ合ってハイタッチする。


「「いえーい!」」


 雨雲の指輪を装備しているとはいえ、ルルカの水魔法は日に日に精度が増している。8歳でこれなら将来有望だな。


 俺はルルカの頭を優しく撫でながら、フィオナの方へちらり、と視線を向けた。


「フィオナ」


「ええ、わかってるわ」


 フィオナは手に持った灼熱炎刃をくるくる回すと、魔力を込めて刀身に炎を纏わせた。そして、浴槽に向かって剣先を向ける。すると、刃の先端から火球が放たれ、浴槽の中に放り込まれた。一瞬でお湯が沸騰し、浴場内が湯気で満たされる。


「おお、灼熱炎刃の使い方が随分上達しましたね。これなら一流の火魔法使いにも引けをとりませんよ」


「ふふん、魔法のギフトを持ってなかったから、魔法の修行はしてこなかったけど、昔から魔力だけなら自信はあったからね。最近は料理だけじゃなくて魔法の勉強もしてるし、毎日コツコツ練習してた甲斐もあってか、結構扱えるようになってきたわ」


 誇らしげな笑みを浮かべるフィオナに、俺は拍手を送ると、早速浴槽に足を入れる。


「あづっ! 熱すぎですよ! 料理じゃないんですから、もう少し温めに調節してください!」


「ご、ごめんなさい……」


 どや顔だったフィオナの顔が、一気にしょんぼりしたものに変わる。案外おっちょこちょいなところあるんだよな、このエルフ娘は。


 俺は苦笑いを浮かべながら、魔法で氷を生成して浴槽にぶちこみ、温度を調節する。そして、適温になったところで、ゆっくりと肩まで浸かった。


 ルルカも俺の真似をして、恐る恐るお湯に足を入れる。フィオナは灼熱炎刃を、浴場の隅に置かれた棚の上に置いてから、俺の隣に入った。


「「「ふぃ~」」」


 俺達3人は並んで足を伸ばすと、心地良いお湯の温もりに思わず溜め息を漏らす。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330668315455734


 しばらく無言のまま、お湯の暖かさがじんわりと身体に染み込んでいくような感覚に浸っていると、フィオナがぽーっとした顔をしながら話しかけてきた。


「それにしてもあっさりと八鬼衆を倒しちゃうとはねー。強いのは知ってたけど、流石に驚いたわ」


 彼女は湯船に浸かりながらリラックスしており、その美しい金髪がしっとりと濡れて肌に張り付いていて、とても色っぽい。


 ルルカは気持ちよさそうに目を細めながら、ぶくぶくとお湯の中で息を吐いて遊んでいた。


「はふ~……。まあ、あまり気分のいい戦いではなかったですが……。今は、こうして平和を取り戻すことが出来ただけでも良しとしましょう」


 湯舟に浸かりながら、俺はうーん、と背伸びをする。やはり風呂は素晴らしいな。命の洗濯とはまさにこのことだ。


 浴場の天井を仰ぎ見ながら、ぼんやりと考える。アックスは俺がこれから大きなうねりの中心になっていくだろうと言っていた。ようやくのんびりスローライフが出来ると思っていたのに、どうしてこうなったんだろうか……。


「ソフィアちゃんやっぱりおっぱい大きい~。ねぇねぇ、触ってもいい?」


「む~、ちょっとだけですよ~」


「わーい! わーい!」


 ルルカが無邪気に俺の胸を揉みしだく。俺は特に抵抗することなく、そのスキンシップを受け入れた。


 まだ8歳なのに、母親を早くに亡くしているせいか、やたらと甘えん坊なのだ。まあ、俺は小さい子を甘やかすのは好きなので、こうして懐いてくれるのは凄く嬉しいのだが。


「それ、お湯に浮いてない? やっぱり大きいと浮くものなの?」


「まあ、そうですね……。ちょっと浮いてる感じはあります」


 フィオナまで俺の胸をふにふにと揉みながら尋ねてくる。確かにお湯に入ると、少しふわっと軽くなる感じがするんだよな。浮力が働いてるんだろう。


「ふむ……。ニュートンはりんごが木から落ちるのを見て、万有引力の存在を知ったとされていますが、浮力を発見したのはおっぱいの大きな女性だったのかもしれませんね……」


 いや、絶対そうだわ。我ながら名推理すぎる……。


 フィオナは「ニュートンって誰よ……」と呆れたように呟くと、俺の胸を揉んでいた手を放して、今度は自分の胸に手を当てて、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ところでソフィア。王様が爵位くれるって言ったのに断ったんですって?」


「断りましたよ~。だって~、貴族とかめんどくさいじゃないですか~」


 俺はぶくぶくと湯舟に沈みながら答える。正直言って、貴族なんかになっても困るだけだしな。俺は基本的に自由に生きていきたいのだ。


「でも、代わりにまた土地を貰えましたよ。ミルテの森の南一帯に広がる平野の一部をいただきました」


「へ~、エルフの森に続く広大な平野ね。確かあそこは肥沃な土地だと聞いたわ。作物がよく育つって。農業には最適な土地ね」


 ミステール王国の南には何もない広大な平野が広がっており、その先には人類との交流がないエルフの森しか存在しない。そのため、土地は大量に余っているが、開発は殆ど進んでいないのだ。


「でも、これ以上農場を広げようと思ったら、沢山の人手が必要になっちゃうんですよね……。私は元々、人の上に立つのはあまり得意ではありませんし、管理が大変になるので、それは嫌なんですよ」


「そんなこと言っても、あんた今、王都でなんて言われてるか知ってる? "救国の英雄"よ? 最近はソレル農場で働きたいって人も殺到してるらしいじゃない」


 そうなんだよなあ、俺が八鬼衆ベイルを倒したタイミングが、それはもう絶妙に国の危機を救う結果に繋がったらしく、それがバレてから、王都の人達がめちゃくちゃ俺を崇め始めちゃったんだよな。そのせいで農場には連日、人が殺到しており、大変なのだ。


 しかも、中には貴族や商会の人達までいて、出店なんかも出ている始末だ。農場周辺はちょっとした町みたいになってきてしまっている。


 でも、俺はあくまで美味い飯を食ったり、だらだらと過ごすスローライフを送りたいのであって、人の上に立つような仕事はしたくないのだ。


 だけど、これだけの人を上手く使えたら、農場で美味い野菜を栽培して、この世界に美味い料理を広める計画も早く進むかもしれないし……。


 うーむ、悩ましい問題である。誰か俺の代わりに人の管理してくれる有能な人物がいればいいんだが……。


「う~ん……。きゅ~……」


 俺が頭を悩ませていると、突然、隣からルルカの可愛らしい寝息が聞こえてきた。どうやら長湯をしすぎて逆上せてしまったらしい。


「あらら、ルルカ逆上せちゃったみたいね。まあ、これだけ温かいお湯に浸かってれば無理もないか。私もまさか大きなお風呂がこんなに気持ちいいとは思わなかったわ。これはハマっちゃいそうね」


「そうでしょう? 私が大浴場を作りたいと言い出した理由がわかったでしょう?」


「ええ、確かにこれは必要ね。毎日入りたいくらいだわ」


 俺とフィオナは顔を見合わせて笑い合う。やっぱりお風呂に浸かりながらの語らいは最高だな。フィオナともっと仲良くなれた気がする。


「さて、そろそろ上がりましょうか? ルルカも逆上せちゃってますし」


「そうね、それでこのお湯はどうするのよ?」


「まだ排水設備が整っていないので――――こうします!」


 俺は右手を浴槽に突っ込むと、魔力を流す。すると、お湯はふわりと空中に浮かび上がり、一ヵ所に集まっていく。やがてそれは巨大な球体となり、静止した。


 それを窓からにゅるん、と逃がすと、そのまま天高く上昇させていった。


 ――パチン!


 そして、俺が指を鳴らした瞬間、巨大球体は一気に弾け、雨となって農場に降り注いだ。


「……とてつもない魔力操作の精度ね。私も結構魔力の扱いには自信があった方だけど、まだまだね……」


「ふふ、私達には長い時間があります。フィオナもいずれはこれくらいは出来るようになりますよ」


 俺はそう言って微笑むと、ルルカを抱っこしながら浴場を後にしたのだった。

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