第053話「ミステール王国」★

 ──ミステール王国の王城、玉座の間──



「陛下! ネラトーレル王国から再三の救援要請が届いております!」


 臣下からの報告に、ミステール王国国王──ユリアス・ミステールは険しい表情を浮かべる。隣に立つ王妃や貴族達も、困惑した様子で顔を見合わせていた。


「……救援は不可能だ。我がミステール王国軍と魔王軍八鬼衆ベイルの部隊は、依然として膠着状態。ここで兵を動かせば、我等の防衛線は容易く崩れ去るだろう」


 ミステール王国は大陸東部最大の国家であり、その兵力は強大だ。だが、魔王軍八鬼衆の1人であるベイルの部隊との決戦で、甚大な被害を受けており、現在は防衛ラインを維持するので精一杯の状態である。


 強大な兵力に加え、敵の大将であるベイルが何故か前線に出てこない影響もあって、正直言って他国と比べるとかなり優位に戦えていた。


 しかし、ベイルが王都周辺のならず者をまとめ上げてしまった影響で、国内の治安は悪化の一途を辿っており、兵を割いて他国に救援へ向かわせるほどの余裕まではない状態であった。


「陛下! ですが、八鬼衆ミリアムの部隊がすでに王都グヘヘを取り囲んでおり、籠城も長くは保ちそうにありません! このままでは近いうちにネラトーレル王国は陥落してしまいます!」


「ぬ、ぬうう……」


 ネラトーレル王国はミステール王国の西に隣接する友好国であり、魔王軍に対して共に戦ってきた盟友だ。その隣国が今まさに陥落寸前という報告に、国王ユリアスは頭を悩ませる。


 援軍を送る余裕はない。しかし、もしネラトーレル王国が陥落してしまった場合、西から八鬼衆ミリアムの部隊が攻め込んでくる。そうなれば、八鬼衆の部隊に挟み撃ちされたミステール王国は滅びるだろう。


 しかも、ネラトーレル王国の王都にあるグヘヘ大聖堂には、末の娘であるアリエッタが聖女の修行のために滞在している。万が一、八鬼衆ミリアムが王都を攻め落とすようなことがあれば、娘の命も危うい。


「くそ! こんな事になるのなら、リステル魔法学園の神聖魔法学科に入学させておくのだった!」


 臣下達の前だというのに、ユリアスは思わずそう叫んでしまう。


 アリエッタは神聖魔法のギフトを授かっていた。本来ならば、リステル魔法王国に留学させ、聖女の修行を積ませる予定だったのだが……。


 ネラトーレル王国の国王ラオチャが「なあ、ユリっち。うちのグヘヘ大聖堂の方がリステル魔法王国より設備が整ってっからさぁ、うちでアリエッタちゃんに神聖魔法の修行させね? 隣国だし、そっちの方がよくね?」と、急に提案してきたのである。


 王子のリヤンチも「アリエッタちゃん、めっちゃ美少女じゃん? 市井の学園に行かせるのは危ねーって。俺らが責任もって預かるからよぉ、ユリアスのオッサンも安心してくれや」という謎の気概を見せた為、信じて娘を送り出したのだ。


 それにしてもネラトーレル王国人の言葉遣いはどうにかならんのか……。友好国ではあるが、これだけはどうしても慣れん。


 ともあれ、今思えば、グヘヘ大聖堂の設備が整っていようがいまいが、リステル魔法王国に行かせるべきだったのだ。


 グヘヘ大聖堂は聖女を輩出した事もある、由緒正しき大聖堂だが、今は昔のような威光はない。あそこに保管されていたという、かつての聖女が残したとされる遺物、天衣五宝の一つ、慈愛の聖衣も、今では存在しないと聞く。


 それに、安全性の面でもリステル魔法王国の方が上なのは明白であった。


 あの国は国土は小さいが、周りの国が防波堤になって、魔王軍の侵攻からは無縁だし、何より世界最強クラスの魔法使い達が集まっている。魔王軍八鬼衆ですら、リステル魔法王国の王城には一歩も近づけまい。


 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。どうにかしてネラトーレル王国の救援を行わなくては……。しかし、兵を動かす余裕はない。八方塞がりの状況だ。


「陛下……ご決断を」


 側に控えた宰相が、そう促してくる。ユリアスは頭を抱えたまま、沈黙を続けた。


 賢王でないことは自覚している。だが、それでも凡才なりに国を思い、国王として必死に努力してきたつもりだ。しかし、ここで判断を誤ればミステール王国は滅びるだろう。


「親父、俺が行く」


 思考の渦に飲まれていると、息子のエヴァンが名乗りを上げた。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330668212632953


 第3王子のエヴァンは、"全武解"という、あらゆる武器に秘められた力を解放するギフトを授かっている。そして、容姿端麗にして文武両道。かと言って驕ることもなく、実直で正義感溢れる性格だ。


 更には18歳にして、すでに1級冒険者という、どうして自分のような凡人から、このような息子が生まれてきたのかと、神の采配を疑う程の存在である。


 当然女性からは大人気であり、我が国だけではなく、他国からも縁談の申し出が山のように届いているのだが、エヴァンはそれらを全て断っている。


 というのも、エヴァンはとある平民の娘に心を奪われて以来、彼女しか見えなくなってしまったからだ。だが、平民と言っても王族ですら一筋縄ではいかない相手であり、エヴァンの恋は前途多難であった。


「エヴァン、お前の力は認めるが、これは戦争なのだ。たった1人の力ではどうにもならん」


 ユリアスは彼を諭すようにそう言った。しかし、エヴァンは決意のこもった瞳で父を見つめる。


「そんな事はわかってるよ。だが、このままだと確実にネラトーレル王国は滅びる。そうなれば、次は我が国の番だ。なら、行くしかないだろう? 俺と親衛隊の少数精鋭で王都へ向かい、あわよくば八鬼衆ミリアムを暗殺でもしてみせるさ」


「し、しかしだな……」


「それに、あそこにはアリエッタがいるだろう? ならば、せめてあいつだけでも救い出してやりたい」


「エ、エヴァン……」


 ユリアスは目に涙を浮かべた。自分の息子は、死を覚悟してまで、国を、そして妹の事を想ってくれている。


「なに、俺は独り身で婚約者すらいない身軽な王族だ。王位なら2人の兄貴達がいるし、最悪、俺が死んでも後継ぎには困らない。ならば、国の為に喜んで死地に行こうじゃないか。それに、俺は数年前に水神ヴァルガリスと戦った時に、一度は死んだ身だ。……彼女によって一命を取り留めたがな」


 水神ヴァルガリス──それは神代の時代に生まれたと言われる、原初の魔物の1体であり、数年前にミステール王国を襲い、人々を恐怖のどん底へと突き落とした災厄である。


 エヴァンは討伐隊の一員として懸命の死闘を繰り広げたが、力及ばず敗北してしまう。


 しかし、彼が死を覚悟した瞬間、突如として現れた1人の少女が、絶体絶命の窮地から救ってくれたのだ。それ以降、エヴァンはその少女にぞっこんで、彼女に恩を返そうと躍起になっている。


「彼女に恩を返せないまま、死ぬのは心残りだが……。まぁ、こうなってしまった以上、仕方がないさ」


 エヴァンは寂しげな笑みを浮かべてそう言った。


 ユリアスはそんな彼の覚悟に胸を打たれたのか、目を瞑り深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開けると、真剣な表情で息子に向き直った。


「あいわかった。ミステール王国国王として命ずる、我が息子エヴァンよ! ネラトーレル王国の救援へと向かい、見事八鬼衆ミリアムを討ち滅ぼ────」


「陛下あぁぁぁぁ! 大変です!! 冒険者ギルドから報告がぁ!!」


 しかし、ユリアスの言葉は玉座の間の扉を荒々しく開けて飛び込んできた兵士によって掻き消された。その尋常ではない様子に、何事かと身構えるユリアスとエヴァン。


 このタイミングで新たな報告とは、まさか王都グヘヘが陥落したとでもいうのだろうか。ユリアスの背に冷や汗が流れる。兵士が口を開くのを耳を塞いでやり過ごしたくなってきたが、そうもいかず言葉を待つ。


 しかし、兵士の口から発せられた言葉は────


「は、八鬼衆ベイルが討伐されました!!!」


「な、なんだとぉ!?」


 その報告に、ユリアスは思わず玉座から立ち上がった。まさかの事態である。玉座の間は騒然となった。ユリアスは困惑しながら、隣に立つ宰相に視線を向けると、彼もわけが分からないといった様子で首を振る。


 エヴァンも驚愕に目を見開きながら、兵士へ詰め寄った。


「それは間違いないのか!?」


「はい! 冒険者ギルドのギルドマスター、ガイオンからの確かな報告です。事実、前線の魔王軍の部隊には動揺が走り、統率が取れておらず、とても戦えるような状態ではないとのことです。一部では逃走も始まっているようです」


 兵士は興奮気味に捲し立てる。どうやら、本当に八鬼衆ベイルが討たれたらしい。


 しかし、数多の討伐隊が返り討ちにされたという八鬼衆の一角が、どうしてこうもあっさりと討ち取られたというのか?


 ユリアスは疑問に思い、伝令の兵士に聞いてみることにした。


「それで、一体何者がベイルを倒したというのだ? 他国から勇者パーティでも到着したとでも言うのか?」


 すると、兵士は首を横に振りながら、 嬉々とした表情で答えた。


「八鬼衆ベイルを討伐したのは──特級冒険者の【サウザンドウィッチ】だそうです!!」


「なっ──」


「ほ、本当か!? それは誠なのか!?」


 エヴァンは驚きのあまり言葉を失い、ユリアスもまた信じられんとばかりに兵士に詰め寄った。近衛騎士や文官達もざわめいている。


 サウザンドウィッチ──それは3年前からミステール王国を拠点に活動している特級冒険者の少女である。


 だが、彼女は自由気ままな性格をしており、やりたくないことは絶対にやらない。特に魔王軍との戦いには一切の興味を示さなかった。その彼女が何の気まぐれか、八鬼衆ベイルを討ち取ったという。


「おお! 3年前に水神ヴァルガリスを倒したあの少女か!」


「魔王軍四天王のイヴァルドを倒したのも彼女らしいですぞ!」


「た、確かに彼女なら八鬼衆のベイルにも勝てるかもしれん!」


「冒険者ギルドからの報告と言ったな? 彼らは安易な嘘をつかないし、討伐したのが特級冒険者ともなれば、信憑性が高いだろう!」


 玉座の間に集まっていた、他の貴族達からも歓声が上がる。絶体絶命の危機に、突如現れた希望の光に、皆一様に興奮した様子だ。


 ユリアスは息子のエヴァンに振り返った。彼は唖然とした様子で固まっていたが、ユリアスの視線に気がつくと、すぐに我に返り、興奮気味に口を開いた。


「彼女だ! 彼女がまた俺達の国を助けてくれたんだ! 親父、今が最大の好機だ! ベイルの部隊を追い返し、そのままネラトーレル王国の救援に向かうぞ!」


 エヴァンは拳を握り締め、まるで英雄に憧れる子供のような瞳でそう言った。彼の言う通り、この機を逃すわけにはいかないだろう。


「うむ、皆の者、聞け! これより、我らは全軍を率いて八鬼衆ベイルの軍を蹴散らし、ネラトーレル王国へ救援向かう! 我らの勝利は揺るがぬ! 皆、勇気を振り絞って戦い、我らが領土と民を守り抜くのだ!」


 ユリアスの力強い言葉に、玉座の間の貴族や兵士達は一斉に立ち上がった。皆一様に雄叫びを上げ、己を奮い立たせている。先程までの悲壮感漂う雰囲気はなくなり、代わりに希望に満ちた空気が玉座の間を包んでいた。


 こうしてミステール王国は、ユリアス王の指揮の下、八鬼衆ベイルの部隊を追い返すことに成功する。そして、その勢いのまま、ネラトーレル王国への救援に向かうべく、軍勢を率いて進軍した。


 到着したミステール王国軍の救援部隊により、後ろを突かれた八鬼衆ミリアムの軍勢は、退却を余儀なくされる。その結果、陥落間際だったネラトーレル王国は救われ、大陸東部の2国に再び平穏が訪れたのだった。

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