第051話「アックス」
「ば、馬鹿な! 魔法使いとして名高い【サウザンドウィッチ】が────"拳王"だと!?」
目の前の少女、ソフィア・ソレルが強いのは知っていた。だがそれはあくまで魔法使いとしての強さであり、肉弾戦ではそこまで脅威ではないと高を括っていたのだ。
それが間違いだったことを痛感させられたのは、ついさっきのこと。しかし、それでも鬼と化した俺ならば勝てると、そう思っていたのに。
「ふざけるんじゃ、ねぇぞぉぉ!!」
雄叫びを上げながら突進する。そして、バトルアックスを振り上げ、ソフィアに向かって振り下ろそうとした、その時──
「…………は?」
何が起こったのか理解できなかった。
目の前にいたはずの少女の体が、突然ブレたかと思うと、その姿が搔き消え、いつの間にか俺の背中に小さな手のひらが当てられていたのだ。
次の瞬間──激しい衝撃とともに、俺の体は凄い勢いで前方へと吹っ飛んでいく。
「ぐはっ!?」
顔面から壁に激突し、口から血を吐き出す。混乱しながらも顔を上げると、目の前にはソフィアが立っていた。動きを全く追いきれなかったことに驚愕する。
「ふざ──」
──ドガァンッ!!
言葉を発する間もなく──轟音と共に、俺の体は地面にめり込んだ。
まるで頭上から隕石でも落ちてきたかのような、圧倒的な破壊力。全身に走る強烈な痛みに耐えながら、俺はどうにか起き上がる。
「この、メスガキが! 調子に乗るんじゃねぇぞっ!!」
反撃をしようと、手に持ったバトルアックスに力を込める。
だが、斧を振り上げる間もなく──
十を超える拳の嵐が、俺の全身に打ち込まれる。その小さな体から繰り出される拳の一つ一つが、まるで巨大な破城槌でも叩きつけられたかのような衝撃だった。
攻撃をすることも、防御をすることすら許されず──俺は一方的に殴られ続ける。
──ズドォォンッ!!
再び鈍い音が響く。今度は横方向に吹っ飛ばされ、地面の上をバウンドしながら転がっていく。視界がぐるぐると回転し、どちらが上なのか下なのか分からない。
それでも俺は必死に立ち上がろうとするが──
今度は蹴り上げられるような感覚と共に体が宙を舞ったかと思うと、一気に天井へ激突した。土砂と岩の破片が降り注ぐ中、俺はもう何度目かも分からない地面への落下を果たす。
ふざけるな! ふざけるんじゃねぇ!! 俺は、俺は!! 全てを捨てて魔族に魂を売ったんだぞ!!
これじゃあ、あの時と全く同じじゃないか。まだガキだった頃の剣姫リリィに、為す術もなく、何が起きたかも分からずにやられたあの時と!
──ガキの女に、いいようにやられ続ける。
「がぁぁぁああぁぁあっ!!」
絶叫を上げながら立ち上がる。そして、目の前にいる少女に向かって乱暴にバトルアックスを振り下ろした。しかし───
───ガキィンッ!!
その小さな拳が、俺の斧の横っ面を捉えた。斧は明後日の方向へと弾き飛ばされ、俺は無防備に胴体を曝け出す。そして───
勢いよく突き出された拳が、俺の腹にめり込んだ。内臓が潰されるような感覚に吐き気を覚えながらも、俺は必死に反撃しようと試みる。
だが、ソフィアの拳はあまりにも早く、そして重すぎた。
──ドゴッ、バキッ、メキョッ!!
小さな拳が俺の顔面を捉え、骨が砕ける音が響き渡る。それと同時に視界が赤く染まり始めた。
もう、何度殴られたのか分からない。それでも俺は負けじと拳を振り抜いた。しかし、ソフィアの小さな手が俺の手首を掴むと、そのまま俺を地面へと投げ飛ばす。
背中から地面に激突した俺は、肺の中の空気を全て吐き出してしまった。そして、咳き込みながら起き上がろうと上体を起こすと、今度は踵落としを顔面に喰らう。鼻骨が折れて血が噴き出すと同時に、俺は再び地面に叩きつけられた。
「クソが、クソが、クソがぁあぁぁあっ!!」
「信じられないほどタフですね……。まだ立つんですか?」
「あたりめーだ! 俺は魔族に魂を売ったんだぞ!! こんな所でやられてたまるかよっ!!」
頭には生えた2本の角が赤く染まっている。魔族としての力が最大限に引き出されている証拠だ。この角がある限り、俺は無敵なんだ!
「なるほど、ならばその角をへし折って、もう二度と立ち上がれないようにしてあげますよ」
「やってみろ、メスガキがぁ!!」
バトルアックスを拾い上げると、俺は獣のような咆哮を上げながら、ソフィアに向かって突進した。だが、またも目で追うことすらできない速度で姿を消したと思ったら、次の瞬間には俺の角に激しい衝撃が走った。
「ぐぁあっ!!」
「むっ! 随分固いですね。魔力や闘気だけではなく、王印によって更に強化された私の拳でも砕けないなんて……」
そう言って拳を引くと、今度は左足で俺の脇腹を蹴り飛ばした。
骨が軋む音が響き渡ると同時に、胃液を吐き戻す。だが、頭上の角が折れる気配はなかった。角は再び光を取り戻し、俺の体の傷を無理やり癒していく。
「はあ、はあ……、ふ、ははは! この角は素手程度では折れん! 闇の力に覆われたこの角は、神聖魔法か女神の力が込められた武器じゃない限り、折ることは出来んのだ!!」
神聖魔法は俺のギフトにより封じられている。次元収納も使えないので、特殊な武器も取り出せない。だからこの女は、俺の体にダメージを与えることはできても、角を折ることは出来ないのだ。
子供のように小さな体だ。このまま戦い続けていれば、こいつは勝手に消耗する。体力が尽きたところを殺してやる!
俺が勝ち誇ったように笑っていると、ソフィアはきょろちょろと周囲を見渡し始めた。
──何をしているんだ?
そう疑問に思った瞬間、ソフィアは部屋の奥に置いてあった俺の椅子に向かって走って行った。そして椅子の裏側に手を突っ込むと、そこから一つの武器を取り出した。
「あ……」
思わず声が漏れる。それは、鞘に納められた一本の小斧で、俺のよく知っているものだった。
そして、ソフィアはその小斧を右手で持ち上げると、鞘から刃を抜き放ち、まるで雷光のごとき速度で俺に切りかかってきた。
いつからだろうか?
いつから俺はこんなに傲慢になってしまったのか、最初はなんでもねぇ、ただの田舎村のベイルだったはずなのに……。
──アックスさん、その斧使わないんですか? それって伝説の斧王が使ってた由緒ある斧なんでしょ?
──俺、あんまりこの斧好きじゃないんだよなぁ……。なんか小さすぎてしっくりこねぇっつーか……。やっぱ斧はデカイのに限るぜ! 志も大きく、斧も大きくってな!
──流石アックスさん! 男らしいっす! やっぱり斧使いたるもの、大きいのじゃなきゃダメですよね!
──ああ、そうだ。男ならデカい武器を使え。それがこの俺のような男の生き様だ!
周りに称賛され、煽てられ、持ち上げられて。
いつの間にか俺は、そんな状況に慣れてしまっていたのだろう。どんどん増長して、プライドだけが肥大化し、自分が英雄であるかのように錯覚していった。
その結果が──これだ。
ソフィアの斧が、俺の角に迫る。
さっきまで目で追うことすらできなかったのに、それはまるでスローモーションのようにゆっくりと動いているように見えた。
──ベイル、世界は広い。これから多くの困難がお前を待ち受けているだろう。だが、お前ならきっと乗り越えられるはずだ。もし、その途中で挫けそうになった時は、いつでもここへ帰ってこい。どんなに強くても、1人で乗り越えられる人間なんて、そう多くはねぇんだ。お前は1人じゃない。それを忘れるな。
先生の言葉を、今更ながら思い出す。
ああ、そうか。そうだったんだ──誰かに助けを求めること、それは恥ずかしいことじゃなかったんだ。人間は1人で生きていけるほど強くはないのだから。だから俺は──誰かを頼る勇気を、持つべきだったんだ。
あんな小娘に負けたなんて、恥ずかしくて、認められなくて、ずっと自分の内側に溜め込んで、助けを求められなくて──
例えば、今俺の眼前にある、美しい少女に頼れば──彼女はきっと笑って手を差し伸べてくれただろう。俺のパーティのメンバーだって、同じように俺の力になってくれたはずだ。
角に、斧の刃が食い込んでいく。
──ああ、俺は……、間違ったんだな……。
そう思った瞬間、頭上の角が音を立てて折れた。全身から力が抜け、俺はその場へと崩れ落ちる。
俺を見下す金色の瞳をした少女。
その手に持つ小斧の柄には──"アックス"という文字が刻まれていた。
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