第048話「マッスルキングダム」

「うおらぁぁぁぁ!!」


 雄叫びを上げながら、巨大なバトルアックスを振り下ろすベイル。


 俺は横っ飛びでその攻撃を回避すると、バトルアックスは地面にめり込み、洞窟内を大きく揺らした。天井からは崩落した岩が降り注ぎ、大量の砂埃が舞い上がる。


 先日戦った、天道とは比べ物にならない程のスピードとパワーだ。まともに喰らえば、例え全身を膨大な魔力で覆われた俺でも、ただでは済まないだろう。


 ならば──


「申し訳ないですが、遠距離から一方的に攻撃させて貰いますね」


 バク転でクルクルと回転しながら後退した俺は、右手を掲げて魔力を集中させる。


 いくらとてつもない膂力を持っていても、当たらなければ意味はない。バトルアックスの射程は他の武器よりは長いが、所詮は近接武器。魔法攻撃に比べれば圧倒的に短い。であれば、相手の攻撃を避けながら遠距離から魔法を撃ち込むのが最善策だ。



「爆散せよ──"フレイムバースト"!」



 火属性の爆裂魔法。


 俺が右手をベイルに向けて翳すと、そこから灼熱の業火が放たれ────


 …………


「……あれ?」


 いつまで経っても、炎弾は発射されない。そうしている間に、ベイルは懐から小型トマホークを取り出し、俺に向けて投擲してきた。


「──ちょ」


「おらぁあ!!」


 慌てて回避した瞬間、凄い速さでベイルが突っ込んできた。その巨体に加え、重量のある武器を持っているとは思えぬ速度で肉薄し、バトルアックスを横薙ぎに振るってくる。


「ふっ!」


 足に魔力を込めて天井まで跳躍する。パンツが見えそうになるくらいにめくれあがったスカートを、片手で押さえつけながら体を回転させ、天井に足をつけると、再び魔法を放った。



「風よ、敵を切り裂く刃となれ――"ウインドカッター"!」



 …………が、やはり魔法は発動しない。


 何故だ? 魔力の流れは問題ないはずなのに……。


「どうした! さっきから逃げてばかりじゃねえか!」


 予想外の事態に困惑していると、ベイルは地面に落ちている岩の塊を、バトルアックスでゴルフボールのように打ち上げてきた。俺は舌打ちをしつつ、天井を強く蹴って地面へと飛び移った。そしてベイルと距離を取るために後ろへ跳ぶ。


「水よ、我が敵を穿つ槍となれ──"ウォーターランス"!」


 しかし、魔力を込めた右手はうんともすんとも言わなかった。その隙をついて、ベイルはバトルアックスで地面を穿ち、次々と石礫を飛ばしてくる。


「だらぁぁ!!」


「何で魔法が発動しないんですか!? ちょ、ちょっとたんま!?」


「待つわけねぇだろ!! オラァァ!」


「くぅぅっ!!」


 振り下ろされるバトルアックスを、寸での所で回避する。完全に相手のペースだ。このままじゃマズい。一旦冷静にならないと……。


 俺は相手の攻撃を躱しながら、必死に頭を回転させる。魔力が尽きた訳ではない。まだまだ十分過ぎるほどに残されている。なのに、何故魔法を使うことができないのか?


「ちぃ! 流石に素早いな! だが、いつまで避けられるかな!?」


 巨大なバトルアックスを軽々と振り回しながら、ベイルは攻撃を続けてくる。その速度は凄まじく、風圧だけで皮膚が切り裂かれそうだ。


「────次元収納」


 右手を翳し、異空間への入り口を出現させようと試みる。だが、何も起こらない。


「……っ! なるほどっ! おそらくっ! 封印系か無効化系のギフトですねっ! あなたの能力はっ!」


 ベイルの猛攻を必死に回避しながら、俺は推測を口にする。


 女神のギフトの中には相手の特殊能力を封印する効果を持つ物がある。もしそのギフトを持っているのであれば、魔法や次元収納が発動しなかったのも納得がいく。


「へ、流石に察しがいいな! そうさ、俺と戦闘状態に入った相手は、全ての"魔法系"と"特殊能力系"のギフトが使用不可になる! これこそ俺のギフト────」


 どしんと音を立て、地面にバトルアックスを突き立てながらベイルはニヤリと笑う。



『────"力だけが全ての世界マッスルキングダム"だ!』



 そう叫ぶと同時に、バトルアックスを引き抜いたベイルは、目にも留まらぬ速さで斧を振り回す。俺は冷や汗を流しながらも、必死にその攻撃を躱し続けた。


「俺の"力だけが全ての世界マッスルキングダム"の前では、誰しもが鍛え抜かれた己の肉体と、磨き上げた技のみで戦わなくてはならない! 魔法が十八番の【サウザンドウィッチ】が魔法を封じられた状況でどこまで戦えるかな!」


「……あまり私を甘く見ないでいただきたいですね」


 魔法は使えない。次元収納にしまっている特殊なアイテムを取り出して使用することもできない。


 だが、それがどうした。


 ちらりと部屋の隅に視線を向ける。そこには、まるで捨てられているかのように、剣や槍など、いくつもの武器が乱雑に転がっていた。


 俺はベイルの斧の攻撃をジャンプして躱すと、空中で回転しながらその武器の山に着地した。そして、その中から2本の剣を蹴り上げると、ベイルに向かって走り出す。


 くるくると弧を描きながら宙を舞う2本の剣。それらは、吸い込まれるように、俺の両手に収まった。


「右手に宿るは一陣の風。左手に宿るは雷鳴の輝き。この身に宿るは月光の加護────」


 左右に握る2本の剣を、風と雷に例え、その一撃を以て敵を屠る。かつて二刀流で名を轟かせた、剣聖ライガ・フウラン直伝の双剣剣術────



「風雷月光流────"双月"」



 風のように素早く、雷のように鋭く、月のように美しく。俺はベイルの懐に飛び込み、そのまま流れに身を任せるように体を回転させながら、2本の刃を高速で振るった。


「ぐ、お……っ!」


 俺の剣技を受け止めることができず、ベイルの身体から鮮血が噴き出す。よろめいた隙だらけの巨体に、俺は更に追撃を仕掛けた。


「────"雷月"」


 2本の剣を逆手に構えて跳び上がり、ベイルの頭上で一回転しながら、天から落ちる雷のように剣を振り下ろす。


「ぐ、ぉぉおお!?」


 なんとかバトルアックスで受け止めるものの、その威力を受け止めきれずに態勢を崩すベイル。俺は着地と同時に、逆手から順手に持ち替えた2本の剣を横薙ぎに振り抜いた。


「────"雪月花"」


 双剣が描いた軌跡は、まるで月夜に舞い散る花弁のように美しく、見る者の心を魅了する剣の舞。だが、その美しさとは裏腹に、その一撃には凄まじいまでの破壊力が内包されている。


「ぐぁああああっ!!」


 胴体を切り裂かれたベイルが、そのまま後方に吹き飛ばされる。飛び散る鮮血は、まるで赤い花弁のように洞窟の中に咲き乱れた。


「これで終わりです!」


 トドメの一撃を放とうと、俺は2本の剣をクロスさせながら走り出す────が、その瞬間、何か嫌な気配を感じ取り、慌てて足を止めた。


「……くくく、くく」


 壁に叩きつけられたベイルは、血塗れの上半身を起こすと、不気味な笑い声を上げながら俺を睨み付けてきた。


 今のを喰らってまだ動けるのか。まさかここまで強靭な肉体を誇っているとは、正直予想以上だ。これは一筋縄ではいかないな。


 それでも俺が万全の状態であれば、このまま押し切れたかもしれないが、俺の魔核は依然完全には回復していない。おそらく、本来の力と比較すると、大体5割から6割ってところだろうか。


「流石は特級冒険者だ。お前、魔法だけじゃなくて剣まで使えるのかよ……。しかも風雷月光流の使い手で、その腕は達人並みと来たもんだ。ふざけやがって……。本当に、本当に──」


 ──ぞくり、と。背筋に悪寒が走る。


 ゆらりと立ち上がったベイルは、両足でしっかりと地面を踏みしめ、力を開放するように雄叫びを上げた。


「ガアアアァァァァアアアア!!!!」


 洞窟内が震えるほどの咆哮と共に、ベイルの胸の辺りが輝き始める。


 すると、皮膚の下に隠れていた筋肉がどんどん隆起していき、はち切れんばかりに膨れ上がった。上半身の衣服が弾け飛び、その肉体が露わになる。


 そして、その筋肉で覆われた上半身に刻まれた"刻印"を見て、俺は驚愕に目を見開いた。


「それは──まさか、王印! あり得ないっ!」


 魔族は長い寿命と膨大な魔力、そして圧倒的な身体能力を持つ。中には"魔術"という、魔法や女神のギフトとも異なる特殊能力を使う者すら存在する。


 だが、その反面として、彼らは一切の女神の力に嫌われる。女神のギフト、王印、神聖魔法による回復効果や浄化効果、そして神器や強力な武具などの神の加護を受けた物は、一切使用することができず、触れることも出来ない。


 だからこそ、人類は魔族に対して今まで多くの犠牲を払いながらも、互角に戦うことができていた。


「いや、そもそも最初からギフトも使えていたのがおかしかったんです。女神のギフトも魔族には使えないはずなのに……」


「くくく、これがグリムリーヴァの作り出した、"魔人の角"の恐ろしいところよ。こいつを埋め込まれた人間は、女神のギフトや王印の加護を失わないまま、魔族の力を行使できる、半魔族となるのさ! 魔族と人間のいいとこどりの、最強生物の誕生だ!」


 全身の筋肉が大きく盛り上がり、文字通り鬼のような風貌になったベイルが斧を構える。その肉体から放たれる威圧感は、もはや先程の比ではない。


「どうだ! 素晴らしいだろう! この力を得てから、俺はあっさりと今代の斧王をぶっ倒して、王印を奪った! 魔族の力! 相手の特殊能力を封じるギフト! そして王印まで手に入れた俺は無敵だ! もう誰にも俺を止められねぇ!」


 まるで獣のように雄叫びを上げると、ベイルはバトルアックスを横薙ぎに振るった。それだけで、凄まじい衝撃波が発生し、俺に向かって飛んでくる。


「く……っ!?」


 咄嗟に全身に魔力を纏い、防御力を高めるが──


 ──パキン、という乾いた音とともに、俺の2本の剣が砕け散った。


 衣服が破れ、身体中に裂傷が走る。なんとか直撃は避けたものの、凄まじい威力だ。まともに喰らっていれば、大ダメージは免れなかっただろう。


「へ、中々いい恰好になったじゃねーか?」


 着ていた服はボロボロになり、ふとももや下着が露わになってしまう。皮膚からは血が流れ、その美しい白い肢体に赤い模様が彩られていく。


 だが、すぐに傷は塞がり、出血も止まった。身体強化系のギフトである超再生は発動しているようだ。これなら回復魔法は使えないが、軽傷であれば自然治癒でなんとかなる。


「……あなたは、そういう下劣な物言いはしない人だと思っていましたが?」


「ふん、魔族になるとあらゆる欲望を我慢できなくなるんだよ。人間は皆我慢してるだけだ。そんないい体してる女に男が何も考えてねーわけねーだろ? 次はその下着も引き千切って、中身もたっぷり拝んでやるよ」


「男が皆スケベなのは承知の上ですが、私はオープンスケベより、女の前ではカッコつけるむっつりスケベの方が好みですね。紳士的な男性は素敵ですから。以前のあなたはそうだったのに、残念です。今のあなたは、正直私の好みではありませんね」


「はっ、そんな減らず口を叩けるのも今のうちだぜ。さぁ、第二ラウンド開始といこうじゃねぇか!! 血と肉が舞う最高のショーを魅せてくれよ!!」


 王印を光らせながら、再びバトルアックスを構え、襲いかかってくるベイル。俺は覚悟を決めると、迫りくる巨体に対して身構えた。

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