第046話「真っ赤な瞳の少女①」

 俺の両親は、2人とも冒険者だった。


 といっても、どちらも下級の冒険者で、それほど強くもなかったらしい。お袋が俺を妊娠したのを切っ掛けに、2人は冒険者を引退し、田舎で農業を始めたそうだ。


 皮肉なことに、親父は冒険者よりも農業の才能があったようで、やがて、領主に大きな農場を任されるまでになった。


 俺はそんなごく普通の両親の間に生まれた、ごく普通の子供だった。両親の話す英雄譚に憧れこそすれ、特別な才能があるわけでもない自分は、そんな大人物になんてなれるわけはないと、当然のように思っていた。


 だが、俺が8歳の時、運命は突然動き出す。


 ある日、俺の住む村に1人の男がやってきた。彼は膝に大怪我を負い、引退を余儀なくされた冒険者で、両親の下で農業を学びたいと訪ねてきたのだ。


 男は近隣ではそこそこ名の知れた冒険者で、その華麗な斧捌きから、"斧使いアックス"の異名で呼ばれていた。彼は両親に農業について教わりながら、村の子供達に斧の使い方や戦い方を教えるようになった。


 男は豪快で、気さくな性格で、すぐに村の子供達に好かれた。俺も例外ではなく、毎日のようにその男と遊び、斧の振り方や冒険者としての心構えを教わった。


「ベイル、お前才能あるよ。もしかしたら俺以上に斧使いとして大成するかもしれねぇぞ」


「本当に!? 2級冒険者だったアックス先生より!?」


「ああ。いや、ボスの子供だからって贔屓してるわけじゃねえぞ? お前は本当に筋が良いよ。この調子なら、数年も鍛えれば、冒険者としてやって行けるレベルになるだろうさ」


 男はそう言って楽しそうに笑った。


 お世辞でも良い気分だった。村の子供達の中では一番体格も良く、力も強かったが、それはあくまで子供の中での話。一流の冒険者になんてなれるわけがないと思っていたからだ。


 しかし、2級冒険者である男が、自分よりも強くなれる可能性があると言ってくれたのだ。俺は夢中になって男の下で、冒険者になるための訓練に励んだ。


 そして、10歳になる頃には、俺は村では大人を含めても最強と言えるほどの実力を身につけていた。


「やはり俺の目に狂いはなかったようだな。お前はいずれ、俺を超える斧使いになるだろう」


「先生……俺、本当に強くなってる?」


「ああ。だが、まだまだだ。これからも俺が鍛えてやるから覚悟しておけよ?」


「うん!」


 先生は事あるごとに俺を褒めてくれた。村の人達も、いずれは勇者か英雄か、なんて大げさなことを言っては、俺に期待を寄せた。


 だが、それで己惚れるほど俺は愚かではなかった。ここは小さな田舎村だ。先生はいつも才能があると褒めてくれるが、やはり雇い主の息子として贔屓してる部分が大きいだろう。本当はどの程度の実力なのか、俺自身も測りかねていた。


「本当に行くのか? いや、お前ならきっと成功するだろうよ。それは俺も確信してる。だが、厳しいぞ? 冒険者は常に死と隣り合わせだ」


「わかっています。ですが、俺は自分の力を確かめたいんです」


 12歳を迎えた年の春、俺は村を旅立つことを決意した。冒険者になるために、王都へと向かうことにしたのだ。


 両親や先生は俺が冒険者になることを反対しなかった。むしろ、俺が冒険者になることを望んでいたようにも感じた。村の人達も、俺ならばきっと大成するだろう、と応援してくれた。

 

「……ベイル、これをお前に渡しておく」


「これは……先生の斧?」


「ああ。俺の師匠から譲り受けたものでな、メインで使うには少し小型だが、女神の力が込められた武器でな? かなりの業物だ。きっと、お前の助けになるだろう」


「いいんですか!? こんな大切なものを……」


「いいんだ。持っていけ」


 先生はそう言って、俺に師の形見だという小斧を渡してくれた。斧の柄には"アックス"という文字が刻まれている。


「ん? その名前か? ああ、この斧の最初の持ち主がそう名乗っていたらしくてな。斧使いでアックス、安直な名前だろ? だが、その男は斧の王印を持っていたらしい。だから、その男にあやかって、俺も斧使いのアックスを名乗ることにしたんだ」


「斧の王印……ですか」


「まあ、俺はそんな高みには到底届かなかったがな。それでも、お前ならいつか届くかもしれん。だから、そいつを大事にしてやってくれ」


「先生……ありがとうございます!」


 俺は斧を受け取り、涙ながらに頭を下げた。そんな俺の頭を先生は大きな手で優しく撫でてくれた。


「ベイル、世界は広い。これから多くの困難がお前を待ち受けているだろう。だが、お前ならきっと乗り越えられるはずだ。もし、その途中で挫けそうになった時は、いつでもここへ帰ってこい。どんなに強くても、1人で乗り越えられる人間なんて、そう多くはねぇんだ。お前は1人じゃない。それを忘れるな」


「はい! 先生、お世話になりました! 行ってきます!」


 こうして、俺は生まれ育った村を後にして、王都へと旅立ったのだった。



 数日後、王都へ到着した俺は、その威容に圧倒されていた。聞いてはいたが、やはり故郷の村とは大違いだ。


「こ、ここが王都か……!! 一体俺の力はどれくらい通用するのか……」


 期待と不安が半々だった。本当は俺なんて大したことないのではないか。いや、先生は才能があると言ってくれた。きっと大丈夫なはずだ。そう自分に言い聞かせて、俺は冒険者ギルドの門を叩いた。


「ようこそ冒険者ギルドへ。ご登録ですか?」


「ああ、俺の名は────」


 結局俺は、先生にあやかってアックスと名乗ることにした。いつか、かつてこの斧を持っていた男のように、斧王と呼ばれる存在になりたい。そんな願望が無意識のうちにあったのかもしれない。


 こうして、冒険者アックスとしての俺の人生が始まった。


 結論からいうと、先生の言った通り、俺は冒険者に向いていた。同期の中でも頭ひとつ抜けて強かった俺は、瞬く間にランクを上げていった。


 敵わない相手などいなかった。いや、それは少し語弊があるな。俺も若くまだまだ未熟だったから、時には敗北を味わうこともあった。


 だが、その敗北すらも俺を大きく成長させた。一度負けた相手にも何度も挑戦したし、そして、最終的には全ての戦いに勝つことができた。広義的な意味合いで、俺は人生の中で一度も敗北したことがない人間だった。


 そして、冒険者になってたったの5年。17歳で、俺は先生と同じ2級冒険者まで昇り詰めていた────。



「アックスさんって本当に凄いですね! 私もいつか、アックスさんみたいな強くてカッコいい冒険者になりたいです!」


「アックスは本当に選ばれた人間って感じだよな。同期の冒険者として誇らしいぜ」


「よお、アックス。2級に昇級したんだって? このままいけばすぐにでも1級。いや、お前なら特級冒険者まで上り詰めることができるかもな!」


 俺の周りは常に称賛と憧憬で溢れていた。男達は俺を英雄視し、女達は俺に熱い視線を送ってきた。


 その頃には、俺はもしかしたら本当に英雄譚に登場するような特別な存在になれるのかもしれない、と自分でも思うようになっていた。勇者とまではいかないでも、勇者の仲間の戦士として、魔王と戦うことができるだけの力を持っているのではないか。魔王を倒した暁には、俺は英雄として後世に語り継がれるのかもしれない、と。


 それから3年後。若干20歳で1級冒険者に昇級した俺は、確信をより強めていた。


 俺の力は本物だ──と。


 もう疑いようもない、俺は特別な存在なのだ。現に、今まで会った冒険者や騎士団員、魔法使いの中でも誰一人俺より強い人間はいなかった。


 先生の言っていたように世界は広い。おそらく今の俺より強い奴はいるだろうことはわかっていたが、それでもこのまま成長を続ければ、そんな奴らにも追いつき、追い越すことができるのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。



 そんな時だった。俺が"あいつ"に出会ったのは────。



「アックスさん。今年は武王祭が開かれる年らしいですよ。どうです、参加してみませんか?」


「武王祭ってーと、武国ラシームで行われる、武闘大会のことか? 武器も魔法も何でもありの大会で、死人も出るヤバい大会だろ?」


 いつものようにギルドの酒場で仲間達と飲んでいると、1人の男がそんな話題を振ってきた。


 武王祭とは、この世界の武闘大会の中でも特に有名なもので、武器も魔法も全て許容される、まさに武闘の祭りだ。世界中から猛者が集まり、国を挙げて大々的に開催される一大イベントである。


 優勝者には、武国が可能とする範囲において、どんな願い事でも叶えてもらえる権利が与えられるという。


 爵位や領地、金銀財宝。更には気に入らない貴族家の取りつぶしなど、普通なら叶えられるはずもない願いも、武王祭で優勝すれば容易く実現することができる。


 中でも特筆すべきは、優勝者は王女様と子供を作る権利を得られるという点だろう。女性からすれば酷い話と思うかもしれないが、武国ラシームはこうやって最強の男の血を取り入れることで、数百年もの間、国を繁栄させてきた歴史があるのだ。


 特に今の武国の王女様は、歴代の中でも、群を抜いた美貌を持つと言われており、今年は世界中から多くの腕自慢の男達が武闘大会にやってくるだろうとの話だった。


「へへ、アックスさんなら優勝間違いなしですよ! それに、優勝すればあの王女様を自分のものにできるんですよ? 興味ありませんか?」


「……王女様か。確かにそれも魅力的だが、それより世界中の腕自慢達と戦えるってのは面白そうだな」


「でしょう!? どうです、ついでに優勝して王女様までゲットしちゃいましょうよ!」


 女目的で武闘大会に参加するというのは、正直気が進まないが、俺の力を試すには絶好の機会だ。ここで優勝できるようなら、それ即ち、俺が本物である証明になる。歴史に名を刻む英雄として、後世に語り継がれる存在になれる。


 そう思った瞬間、俺は武王祭への参加を決断していた。


「おもしれぇ! その話、乗ってやるぜ!」


「流石アックスさん! それじゃ、早速エントリーしてきますね!」


 意気揚々と駆けて行く男の背中を見つめながら、俺は今までに感じたことがないほどの高揚感を感じていた。


(俺は本当に英雄たる器なのか、この大会で試してやるぜ──)



 そして、武王祭当日──。


 会場には数え切れないほどの観客が集まり、戦いが始まる前から熱気や興奮に包まれていた。控室には腕に覚えのある戦士達が所狭しと詰め込まれ、皆一様にギラギラとした瞳をこちらに向けてくる。


(なんだ、世界中から最強クラスの戦士達が集まってくるって聞いてたが、大したことないな……)


 それが俺の正直な感想だった。確かにどの戦士も皆強そうな雰囲気を醸し出しているが、それでも俺が敵いそうにないとまで感じる相手はいなかった。これなら、優勝するのは容易いだろう。


 事実、俺はあっさりと決勝トーナメントにまで駒を進めた。そして、ここからは8名によるトーナメント戦が始まるのだが──。


 控室で、予選を勝ち抜いた8名が集まった時、俺は自分の優勝を確信した。


 何故なら、俺以外の7名のうち6名は、過去に何度か手合わせしたことのある相手や、戦いを見たことのあった連中だったからだ。そして、そいつらは俺が万が一にでも負ける相手ではない。


 ──だが、残りの1人は初めて目にする相手だった。


(何だこいつ……? 何でこんな奴がこの大会に参加してやがるんだ?)


 それは明らかに異質な存在だった。この場には全く似つかわしくない、まるで場違いな人間。


 この大会に参加している者は、大半が王女様と子作りをしたいがために集まっている獣のような男達だ。他には国王に願い事を叶えてもらいたい者、俺のように力の証明をしたい者などもいるが……その人物は、そのどれにも当てはまらないよう思えた。



 ──そこにいたのは小さな少女だった。



 腰まで伸びた銀色の髪の毛に、真っ赤な瞳をした少女。とても美しい顔立ちをしていて、参加者ではなく、この少女が噂の王女様だと言われても違和感がない。


 しかし、着ている服はどう見ても安物の平民服で、貴族にも、そして、武闘大会に参加するための格好にも見えない。右手にはボロボロの剣を握っているが、あれで一体何をするつもりなのだろうか。ゴブリンでもゴミとして捨てそうな、そんな剣だ。


 年齢も10歳に届くかどうかといったところで、何故この大会に参加しているのか、どうやって決勝トーナメントまで勝ち進んだのか、そして、その剣と体でどうやって戦うつもりなのか。そのどれもがまるでわからず、俺は困惑した。


 他の参加者達も、皆少女の異様な雰囲気に圧倒されていた。これから命すらかけた戦いが始まるというのに、その表情はひどく穏やかで、まるで散歩でもするかのようにリラックスしているように見える。


(権力者の子供か何かか? 大会のパフォーマンスの一環か? まあ、どちらにせよ、こいつが決勝まで上がってくることはないと思うが……)



 だが、その少女が、俺の運命を大きく変えることになるなど、この時の俺は夢にも思っていなかった────。

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