第039話「実力差」

 異世界から家に帰ってきた途端、ダンジョンに行った雫を追いかけて欲しいと空に言われた時は驚いた。友達と一緒に行ったらしいし、流石に心配しすぎだろうとは思ったが、念のため、跡を追って来て正解だった。


 ギリギリのところで間に合ったようだが、もし俺があと数秒遅れていたら、手遅れになっていたことだろう。弟には感謝しないとな。


 俺は雫を背中に庇うようにしながら、目の前のクズを睨みつける。天道は俺の視線に、一瞬怯んだような表情を見せたものの、そんな自分を誤魔化すように口角を上げ、引きつった笑みを浮かべた。


「はっ、顔に似合わず随分と乱暴な言葉を使うじゃねーか。ガキが、調子に乗んなよ。俺のレベルは77だぞ? お前みたいなメスガキが勝てると思ってんのか?」


「……レベル77?」


 雫に視線を向けてそう問いかけると、彼女はコクリと頷いた


「ダンジョンで人間を殺すと、凄い経験値が入るんだって。それで殺人鬼はどんどんとレベルが上がっていくらしいの」


 なるほどな、そういう事か。魔核を埋め込んで、水神の涙まで持ってる雫がそう簡単に敗れるはずがないとは思っていたが……。


 今の雫のレベルは20ちょっと。流石にレベル77相手では分が悪い。


「ふん、今更怖気づいても遅ぇよ。もう逃がさねぇ。……言葉遣いは汚ねぇが、顔と体は極上なメスガキだしな。お前は殺す前にたっぷり可愛がって――」


「あっそ」


 ――ドゴォ!!


「ぐえええぇぇぇーーーーッ!?」


 クソ野郎が何か言ってる間に、一瞬で距離を詰めると、腹部に右拳をめり込ませてやった。


 天道は醜い悲鳴を上げながら吹っ飛んでいき、ダンジョンの壁へと激突した。そして腹を押さえたままのたうち回ると、口から大量の胃液を吐き出す。


「レベル77ねぇ? で、それがどうした?」


 異世界アストラルディアの魔王軍や、強力なモンスター共と比べれば、こんな身体能力が多少強化されただけの素人なんて、ゴミみたいなもんだ。


「へ? お兄ちゃんいつの間にそんな所まで移動したの!? 全然見えなかったんだけど!」


 雫が驚愕の表情で俺を見てくる。今の雫の実力じゃ、例え数秒先を予知できたとしても、本気を出した俺のスピードは捉えられないか。びっくりさせて悪いな。


 まあ、今はそんな事より……こいつをどう料理しようかな? 俺の大事な妹をボコって泣かせた罪は重いぞ?


「待って! 待ってお兄ちゃん! その前にこっちに来て! 友達が重傷なの! お願い、助けてあげて……!」


 俺が壁際に転がってる天道に一歩近づいた時、雫が慌ててそれを制止してきた。


「そういや空が友達と一緒に行ったって言ってたな……。どこに居るんだ?」


「小さな家の中に入れてるの! 1人はすぐに治療しないと死んじゃう! お願い、琴音は私を守って戦ってくれた大切な友達なの! お兄ちゃんなら助けてあげられるでしょ!?」


「わかった! わかったから落ち着け! ほら、早く小さな家から友達を出すんだ」


 雫の頭を優しく撫でながら、なるべく優しい口調でそう促す。すると雫は、すぐに小さな家の中から、その少女を連れ出してきた。


「……これは、酷いな……」


 俺は思わず顔を顰めた。彼女の顔面はぐちゃぐちゃになっており、原形を留めていなかった。全身傷だらけで、もはや生きているのが不思議なくらいの重体だ。これは確かにヤバいな……。


「ねえ! 治る!? ねえ!」


 雫が泣きそうな顔で、俺の服をグイグイ引っ張ってくる。俺は安心させるように笑みを浮かべると、彼女の頭にポンと手を置いた。


「問題ない。治るよ」


 おそらく中級ポーションでも元には戻らないレベルの傷だろうが、俺は異世界でも一二を争う神聖魔法使いだ。これくらいならどうってことないさ。


 俺は両手に魔力を込めて、彼女の全身を優しく包み込むように魔法を唱えた。


「天なる光よ、全てを癒す奇跡となれ――"パーフェクトヒーリング"」


 慈愛の聖衣を装備していない状態では、天に住まう神々の力を借りることは出来ないので、ゴッドブレスは使えないが、この"パーフェクトヒーリング"は、通常の神聖魔法最大レベルの回復力を誇る。


 俺の魔力によって生み出された優しい光は、琴音と呼ばれていた少女を包み込むと――あっという間にその傷を癒した。


 そして数秒後、まるで嘘のように跡形もなく傷が消えてなくなり、彼女は意識を取り戻したようだ。目をパチクリさせながら、不思議そうな顔で周囲を見回している。俺は、彼女の頭を優しく撫でてやった。


「雫を守ってくれたんだってな。ありがとう、助かったよ」


「あ、あ、あの、貴方は……? 貴方が治してくださったんですか……?」


 彼女は困惑した様子で、俺の顔を見つめながら問いかけてくる。俺は小さく微笑みながら答えた。


「ああ。俺は……まあ、あれだ。雫の遠い親戚でソフィアっていうんだ。琴音ちゃんだったかな? もう大丈夫だからな?」


 再び頭を優しく撫でてやると、彼女は顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯いてしまった。


「そ、ソフィアさん……。なんて素敵な方なんでしょう……。お姉さまとお呼びした方がよろしいでしょうか……」


 彼女は小声で何か呟いていたが、よく聞き取れなかった。ま、まあ別にどうでもいいか……。とりあえず、これで一安心だな。


「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! もう1人怪我してる子がいるんだけど!」


 振り返ると、そこにはもう1人、小学生くらいに見える少女が倒れていた。両足が切断されているようだが、琴音ちゃんよりは軽傷っぽいな。回復魔法をかけてくっつければ特に問題はないだろう。


「なんだ、未玖じゃないか。こいつも一緒に来てたのか」


 未玖は山田家の隣に住む徳山家の娘だ。よし坊の妹なので、当然俺もよく知っている少女である。前世の俺のことをモブ顔だの、モテなそうだのと、散々馬鹿にしやがった失礼なクソガキだが、隣人のよしみとして、しょうがないから治してやるか。


「ほら、雫。俺は触るの嫌だし、お前が未玖の足首を持ってきてくれ」


「な、なんかお兄ちゃん未玖の扱い雑じゃない?」


 雫が呆れた表情をしながら、未玖の足を拾い上げた。そして俺に手渡してきたので、それを傷口とくっつけて回復魔法を唱える。すると、瞬く間に未玖の足が繋がり、元通りになった。


「全く、こんな状況だってのにぐっすり眠りやがって……。どうせこいつがあの男にホイホイついて行ったんだろ」


「「…………」」


 雫と琴音ちゃんは何も答えず、なんとも言えない表情で未玖を見つめた。どうやら図星だったようだ。


「まあ、積もる話は後で聞くとして、まずはあのクソ野郎を叩きのめすとするかね」


 俺が天道に視線を向けると、奴はフラフラしながら立ち上がり、憤怒の表情で俺を睨みつけてきた。


「て、てめー! 俺にこんな真似しやがって、只で済むと思うなよ! くらえ! カマイタチ!!」


 天道が両手を前に突き出した瞬間、風の刃が俺めがけて飛んできた。俺はそれをただ無言で見つめると――無造作に手を振るう。


 ――バシュッ!!


 風の刃はそれだけであっさりと掻き消され、霧散していった。まるでそよ風に吹かれたかのように、俺の前髪がふわりと揺れる。


「はぁ!? な、なんでだよ! 俺はレベル77だぞ! 俺のカマイタチが、こんなメスガキに防げる訳がねぇ!!」


 天道は信じられないといった表情で、口をパクパクさせている。そして、今度は連続で風の刃を放ってきたが、それも全て素手で弾き飛ばした。


「ふ、ふざけんなぁ!? こ、これならどうだぁ!! 全力全開――特大カマイタチッ!!」


 天道の両手から巨大な風の刃が出現し、俺めがけて放たれた。それはダンジョンの天井を削りながら、凄まじい速度でこちらに近づいてくる。


「お、お兄ちゃんッ!」


 雫が焦ったような表情を浮かべながら、琴音ちゃんと一緒に俺の後ろに隠れてくる。しかし俺はその場から一歩も動かず、小さく溜め息を吐いた後、右手を前に突き出した。


 ――バシュッ……。


 巨大な風の刃は、俺の腕に触れた瞬間、跡形もなく消え去った。手のひらがぱっくりと切れて血が流れ出すが、すぐに再生して元通りになる。


「は、はぁぁ!? おかしいだろ!? 一体どんな能力使ってやがんだ!? ユニークスキルか!? それとも何か恩寵の宝物ユニークアイテムでも持っていやがるのかぁ!?」


 天道は訳が分からないといった様子で、混乱したように叫び声を上げる。


「能力? アイテム? 俺の魔力によるガードをお前の攻撃力じゃ突破できなかった、ただそれだけの話だよ。まあ、最後の攻撃は中々の威力だったぞ? 流石レベル77だな」


 俺はそう言ってニヤリと笑いかけてやると、天道は顔を真っ青にさせて後ずさった。だが、逃すつもりはない。そのまま歩いて距離を詰める。


 すると、天道は突然踵を返して逃げ出そうと走り出したが――一瞬で追いつき、その背中を蹴り飛ばす。


「ぐああぁぁっ!?」


 地面を転がり、絶叫を上げる天道。俺はゆっくりと近づいていくと、奴の土手っ腹を蹴り上げた。


「がふッ!?」


 天道は血反吐を吐きながら地面を転がり、壁に激突して止まる。そして、這いずるように起き上がりながら、懐から何かを取り出したので、素早く近付き、その手首ごと踏み砕いた。


 ――グシャ……!


 鈍い音と共に、天道の右手がひしゃげて潰れる。


「ぎぃぃやあああぁぁーーッ!?」


 絶叫を上げる天道の手元から、粉々になった青い宝石の欠片がこぼれ落ちた。あれは帰還の宝珠だろうか? どうやらこれを使って逃げる気だったらしい。


 右手を抑えながら、地面にうずくまる天道だったが、俺は無言のまま、容赦なく奴の髪を鷲掴むと、無理やり顔を上げさせる。


 そのまま右拳を顔面に叩き込んだ。天道の鼻が潰れ、鼻血が飛び散った。構わず左フックを頬に打ち込み、鳩尾に膝蹴りをぶち込む。奴が気絶しない程度の強さで、何度も何度も何度も……。


「ごほっ!? が、はぁ……! や、やめ――ぐぼぉッ!?」


「やめろ? お前は自分にそう言ってきた人達に、どういった仕打ちをしてきた? 一度でも耳を傾けたか?」


 そう言いながら、今度は右の拳を奴の腹へとめり込ませた。天道は身体をくの字に曲げて悶絶し、口から大量の胃液を吐き出す。


「や、や、やめろ! これ以上はっ! 本当に……し、死ぬ、死んじまう……!」


「それは大変だな、せめて地獄に行けるように、祈ってやるよ」


 俺は神に祈りを捧げるように手を組んでみせると、それをそのまま奴の顔面に叩き込む。地面に倒れた天道は、恐怖に顔を歪めながら、大声を張りあげた。


「こ、この……この――――人殺しぃぃぃぃーーーーっ!!」


「…………は?」


 何言ってんだこいつ……? 散々他人を傷つけ殺しておいて、自分が殺されるとなると被害者ぶるのか?


 俺は怒りに任せて右拳を振りかぶるが――


「お、お兄ちゃん……。それ以上は本当にそいつ死んじゃうよ……」


「そうです、彼には法の裁きを受けさせましょう」


 雫と琴音ちゃんが俺の腕を摑み、悲しそうに訴えてきた。俺は歯を食いしばりながら、ゆっくりと拳を下ろす。そして、大きく息を吐いた。


「…………そう、だな」


 ここは異世界ではなく地球の……日本なんだ。


 この国は法治国家であり、どんなクズであろうと法律によって裁かれるのが当たり前だ。つい、異世界と同じ感覚で殺してしまいそうになったが、2人の言葉で冷静さを取り戻すことが出来た。


 俺は天道の髪から手を離して立ち上がった。そして踵を返すと――


「はぁ、はぁ……。お前ら、絶対に許さないからな! 外に出たらどんな手を使ってでもお前らとその家族をめちゃくちゃにしてやる! 俺を怒らせた事を死ぬほど後悔させてやるぜ!!」


「あんたね……。外に出たら逮捕は確実だし、絶対に死刑でしょ。もう私達に手を出す事なんて不可能なんだけど?」


 天道が負け惜しみのような事を喚き散らしてくるが、雫は呆れたように肩を竦めるだけだ。俺も全く同じ意見である。


「へ、目撃者はお前らだけだ。証拠も何もない。俺の気を引きたいストーカー女達が俺を貶めようとでっち上げたとでも証言すればいい」


「そ、そんな言い分が通用するわけありません!」


 琴音ちゃんが憤慨したように叫ぶが、天道は醜悪な笑みを浮かべてみせた。


「俺の価値はお前らとは違うんだよ。事務所は芸能界でも最大手だし、金もある。業界の重鎮達も俺の味方だ。俺を擁護してくれるファンも数えきれないほどいる。そんな中、小娘達が俺を殺人鬼だなんて言い出したところで誰が信じると思う? 映像も、音声も、何一つ証拠がないのによ!」


「お、お兄ちゃん……」


 雫が不安そうな表情を浮かべながら、俺の手を握ってきた。琴音ちゃんも怯えたような表情で、俺の服の裾を掴んでくる。俺は安心させるように2人の頭を優しく撫でてやった。


「お前……本当に救えないな」


 やれやれ……。これは西方の奴に喰らわせてやろうと思って温存してたけど、仕方ない。ここで使ってやるか。


「価値ねぇ……。それと数えきれないほどのファンだったか? 残念ながらそれは今日でお終いだ」


「……あ? どういう意味だ……?」


 天道が訝しげな表情で睨みつけてくるが、俺はそれを無視して右手に魔力を集中させる。


「雫、琴音ちゃん。俺から離れろ、決して近づくな」


 2人はコクリと頷き、後方に下がった。俺は右手を天高く掲げて一気に魔力を解き放つ。



『――――保管するストック左手とアンド解放の右手リリース



 次の瞬間、俺の右手から禍々しい漆黒の煙が噴き出した。

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