第037話「奮闘」★

 判断を誤った! 


 琴音なら勝てると、何の根拠もなく思い込んで、彼女を1人で戦わせたのが間違いだった。


 私が参戦しても、足手まといにしかならなかったのはわかってる。なら、最初から2人で協力して逃げるべきだったんだ。私の水神の涙と先読みの魔眼。それと琴音の魔装があれば、レベル77の相手であっても、逃げるだけなら可能だったかもしれないのに!


「へ、綺麗な面がもう見る影もねーな」


 倒れた琴音を見下ろしながら、天道が嘲るように笑う。彼女の体は傷だらけで、夥しい量の血が地面に流れ出していた。ぴくぴく痙攣していることから、かろうじて生きていることがわかる。


「さて、憂さ晴らしも済んだことだし、そろそろ終わらせるとするか」


 天道はそう言うと、右手を大きく振り上げた。そして――


「これでトドメ――――」


「――水刃!」


 天道に向かって、水の斬撃を飛ばした。だが、彼は咄嗟に後ろに飛び退くことで回避する。水刃は壁に直撃すると、水飛沫をあげて霧散した。


「琴音!」


 その隙に、私は琴音の元に駆け寄った。天道は忌々しそうに舌打ちをすると、こちらを睨み付けてくる。


 酷い……。執拗に顔だけを狙って攻撃したんだろう。琴音の綺麗な顔はズタズタに切り裂かれており、見るも無惨な状態になっていた。


 だが、奴のその嗜虐的な性格が逆に幸いしたとも言える。魔装の解けた状態の琴音なら、簡単に殺せたはずなのに、わざと長引かせて苦痛を与えたことで、一命を取り止めることが出来たのだから。


 未玖の足もだが、生きてさえいればお兄ちゃんが戻ってくれば、絶対に元通りに治してくれるはずだ。


 小さな家から、低級ポーションを取り出して、琴音の全身に振りかける。すると、傷口がみるみるうちに塞がり、出血も収まっていく。しかし、すぐに再び傷は開き、血が流れ始めた。


「だめだ……。低級ポーションじゃ、傷が深すぎて回復が追いつかない……」


 表面の傷なら低級ポーションでも回復出来る。でも、琴音の傷は骨や内臓まで達している。回復させるには、最低でも中級ポーション以上でないと……。


「……お前、水魔法使いか? それに、もう1人のガキはどこに行った……?」


 天道は部屋の入り口を塞ぐようにして立ち、私のことを注意深く観察している。


 水神の涙を使って水の斬撃を飛ばしたことと、琴音との戦闘中に未玖を小さな家に入れたことによって、私の能力が何か分からずに警戒しているんだと思う。


「……し、ずく。にげ、て……」


 琴音が掠れた声で呟く。私はその言葉に首を横に振ると、琴音の体を抱きしめた。彼女の体は冷たくなっており、体温を感じられなかった。意識も混濁しているのか、目の焦点があっていない。血を失いすぎたことで、命の灯火が消えかかっているのだ。


 ……やるしかない。琴音を救える可能性があるのは、私だけだ。


 倒す必要はない。あいつは殺人鬼だが、それが発覚するのを恐れている。だからこんな人気のない場所におびき寄せて殺そうとした。あいつは有名人だ。だから人のいる場所まで逃げ切れれば、私達を殺すことは出来ない。


 幸いにしてここは10階。この場所は滅多に人がこないが、少し移動すればボス攻略に来た探索者達がいるはずだ。そこまで走ればきっと助かる。


 だが、この部屋から脱出するためには、天道が塞いでいる出口を通り抜ける必要がある。そして、その後に続く長い一本道を走り抜けなければならないのだ。天道のレベルは77。今の私のレベルでは、仮に奴の横をすり抜けられたとしても、簡単に追いつかれて殺されてしまうだろう。


 ……なら、倒すとは言わないまでも、せめてすぐに追いかけてこられないような状態にするしかない。


 私は琴音を小さな家の中に入れると、ゆっくりと立ち上がり、天道を睨んだ。


「なるほど……。収納系のアイテムか。人まで入れられるとは、随分とレアな物を持ってるじゃねーか。帰還の宝珠でも隠し持っていたのかと思って焦ったぜ」


 小さな家の存在を看破された。だが、琴音をここに置いていくわけにはいかないので、仕方がない。


「てことは、てめーのスキルは水魔法か? 確かに魔法使いはレアな存在だが……お前、さっきの奴より大分レベル低いだろ? じゃなかったら、最初から2人がかりで向かって来てたはずだしな?」


 天道は楽しそうに笑いながら、一歩ずつこちらに近づいてくる。私は覚悟を決めると、水神の涙を構えて応戦の構えをとった。


「水刃――」


「おせぇよ!」


 だが、天道は私の水刃をあっさり躱し、逆に右手からカマイタチを飛ばしてきた。


 速い! 腕を振る動作すら視認できない!


 カマイタチは無情にも私の体に迫り、その右手と右足を切断する――――ヴィジョンが見えた。瞬間、私は咄嗟に左へ飛び退き、その攻撃を回避する。


「――ッ!」


 しかし、続けざまに着地地点で両足が切断されるヴィジョンがよぎり、慌てて水弾を飛ばし、反動で空中へと飛び上がり、なんとか難を逃れる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 文字通りレベルが違いすぎる。もし、私に先読みの魔眼がなかったら、10秒もかからずに死んでいただろう。


「……何だお前? 勘がいいのか?」


 天道は信じられないといった表情で私を見た。私のスキルが水魔法だと思っているあいつにとって、今の回避は予想外のものだったんだろう。すぐに警戒を強めたようで、もう一歩も近づいてこようとしない。私の隙を窺っているようだ。


 これほどレベル差があるっていうのに、思った以上に用心深い性格のようだ。伊達に、ずっと殺人を隠蔽し続けてきたわけじゃないらしい。


「水弾乱舞」


「――チッ、めんどくせぇ!」


 私は牽制のために水の弾丸を大量に撃ち出した。天道は鬱陶しそうに舌打ちをすると、カマイタチによる風の刃を飛ばしてそれを相殺する。


「それがいつまで続くかな!? 魔法使いは消費魔力が普通のスキルとは段違いだからな! それに、お友達の命はもう消えかけてるぜ!」


 挑発だ。落ち着け、惑わされるな。


 このまま作戦通り、水弾をばらまき続ければ、天道の精神力が先に尽きるはず。何故なら、魔核を持ってる私は、半永久的に魔力の自動回復が出来るからだ。


 私は天道の言葉に耳を貸さず、ひたすら水弾を撃ち続けた。時折カマイタチによる反撃が飛んで来たが、先読みの魔眼のおかげで何とか回避に成功する。


「くそ、しつけーな! いい加減うぜえんだよ! ならば――」


「――っっ!?」


 正面から突っ込んでくる!


 カマイタチではなく、レベルに物を言わせた物理攻撃で来るつもりだ!


「でも、それを待ってたんだよね――――"特大水球"!!」


「――直接ぶんなぐってやらぁあああ!!」


 未来視で天道の突進を見た瞬間、私は目の前に巨大な水球を生み出し、それをその場に置いて後ろに大きく飛び退いた。


 それは何の効果も付与していない、ただの水の塊。だが――


 高いところから海に飛び込んだ時に、水面はコンクリート並みの硬さになると聞いたことがある。同じようにレベル77のスピードと、質量を持った水の塊が衝突すれば――――


 ――ドッパァアアアアン!!


「ぐああぁぁ!!」


 案の定、私の生み出した水球の中に突っ込んだ天道は、その圧力で大きく跳ね飛ばされた。巨大な水の塊は弾け、周囲に飛び散る水飛沫で視界が塞がり、辺り一面に霧が立ち込めるようになる。


 しかし、この程度で仕留められるとは思っていない。全ては私が次の一撃を確実に当てるための布石なのだ。


「……くっ、このクソガキ――」


「おっと、天井を気にした方が良いんじゃない?」


 私は天道の悪態を無視して、上空を指差す。そこには、天井近くを浮遊している大量の水弾があった。


 先ほどまでの水弾乱舞は、あいつに攻撃を当てることが目的じゃない。天井に大量の水弾を集め、天道の頭上で待機させておくことが目的だったのだ。



「水よ刃となって降り注げ――"水刃豪雨"!!」



 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330667395976543


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