第036話「魔装」★
天道皇児と対峙した琴音が最初に思った事は――
――この人、素人だな。
というものだった。確かにナイフを構える姿は様になっているし、速度も中々のものだと思う。だが、それだけだ。幼い頃から剣道を習っていた琴音から見れば、天道の技量など素人と大差なかった。
Bランクなだけあって、戦闘経験は豊富なのだろう。しかし、それはレベルアップ能力という圧倒的な力で、モンスターを蹂躙してきただけにすぎず、人間相手の戦いも、このような卑劣な手段を用いて、殺人を行ってきたに違いない。
つまるところ、おそらくこの男は、まともな対人戦の経験は乏しいと推測できる。
(……ですが、油断は禁物ですね)
普通の人間は、人を傷つけることに抵抗を感じるものだ。しかし、目の前の男からはそういった様子が全く感じられない。
むしろ、まだ小学生にすら見える未玖の足を、躊躇なく一瞬で切り落としたことからも、彼は人を傷つけることが大好きな異常者なのだという事が窺えた。
「おらああぁぁーッ!」
雄叫びをあげながら向かってくる天道。かなりのスピードだが、琴音からすればまだ遅い。相手の懐に飛び込むように接近して、一撃で仕留めるつもりだ。
「琴音! 気を付けて! 未玖の足を切断したのはそのナイフじゃない! おそらく風魔法か、それに似た能力を持っているはず!」
後方から雫が叫ぶ声が聞こえて、咄嗟の判断で横に跳ぶ。すると、自分の真横を何かが通り抜けたのを感じた。
それは、後方の壁に向かって一直線に進んでいき、そのまま衝突すると、石の壁にスパっと切れ目が入った。まるで、鋭利な刃物で切り裂いたような痕だ。
「なるほど、ナイフに注意を向けさせて、本命はそっちというわけですか」
「は、はは! よく見破ったじゃないか。だが、いつまで避けられるかな?」
天道は余裕の表情でナイフをくるくると回している。その顔は、この状況が楽しくて仕方がないといった様子だ。
だが、能力のタネが割れた以上、もはや脅威ではない。このまま戦えば、必ず仕留められるだろう。
(……とはいえ、未玖は重傷だし、雫もこの男と戦うにはまだレベル不足。ここは全力を出して一気に終わらせるべきでしょう)
琴音は覚悟を決め、静かに魔力を練り上げ始めた。すると、徐々に彼女の体の周りに光り輝く粒子が浮かび上がってくる。
「魔装展開――――"桜花守護紬"」
次の瞬間、彼女の体を桜色の光が包み込んだ。やがてその光が収束すると、そこには美しい着物を纏った琴音の姿があった。
着物には桜の花があしらわれており、その華やかなデザインは、彼女のイメージにぴったりだ。風に靡く長い髪は、魔力を纏ってきらきらと輝いており、その周辺を桜の花びらが舞っている。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330667344872345
魔装展開――それは、魔力で織り上げた特殊な衣を身に纏うことで、戦闘能力を大幅に上昇させるスキルだ。
ユニークスキルではないが、使い手によってその形状が変化するため、同じ魔装は世界に一つとして存在しない。故に、ユニークスキルにも匹敵する能力として広く知られている。
琴音の"桜花守護紬"は、自身の身体能力を飛躍的に上昇させる効果を持つ。それだけではなく、周囲を舞う花びらは鋼鉄並みの強度を誇り、死角からの攻撃すら、自動で防御するという優れものだ。
「ヒュー!? 魔装使いか! 面白い、ますます楽しめそうだ! やっぱ狩りってのはこうでなくちゃなぁ!!」
天道はペロリと舌なめずりをすると、持っていたナイフを投げ捨てて、右手を振るった。すると、その手から風の刃が放たれる。
「遅い!」
しかし、琴音は風の刃を軽々と避けた。魔装を纏った彼女の速度は、通常の人間を遥かに超えている。天道の攻撃など、止まって見えるほどに。
「やるな! ならば、これならどうだ!?」
今度は、両手をクロスさせて、それぞれの手から風の刃を連射してきた。その数は全部で4つ。だが、琴音はそれら全てを軽やかな身のこなしで躱していく。
「なるほど、どうやらあなたのスキル、風魔法ではありませんね? その風の刃を飛ばすだけ、それだけのスキルでしょう?」
「だったらなんだってんだ? 俺のスキル――"カマイタチ"は切り裂くことに特化した能力! その威力は下手な風魔法よりも上だぜ?」
「だからどうしたというのです? 当たらなければどうということはありません。その程度の速度では――」
「琴音! 後ろ!」
雫の悲鳴のような声が聞こえた瞬間、琴音は背後に気配を感じた。振り向くとそこには、先程避けたはずの風の刃が迫ってきているのが見えた。
「――――ぐぅっ!?」
風の刃を桜の花びらが防御し、ガキンッと、甲高い音が響き渡る。
桜花守護紬の自動防御機能により、琴音へのダメージはゼロだった。しかし、風の刃を防ぐ際に衝撃までは殺せなかったのか、彼女は苦悶の表情を浮かべる。
「へ、油断したな? 俺のカマイタチはどこかにぶつかるまで、どこまでも追いかけてくるんだよ! そら、もう一発!」
再び風の刃が迫る。今度は四方八方から同時に襲い掛かってきたため、回避行動を取ろうとするが間に合わず、花びらの自動防御で何とか防ぐ。
「琴音、大丈夫!?」
「……ええ、この程度なら問題ありません。雫はもう少し離れていてください」
Bランク同士の戦いは、一般人からすれば目で追えないほどのスピードで進行する。いかに魔核を持つ雫といえど、現状ではレベルの差が大きすぎるため、参戦しても足手まといにしかならないだろう。
「ちぃ、中々厄介な魔装だな。だが、魔力は永遠には続かない。そのうざったい花びらの防御もいつまで続くか見物だな」
天道は嗜虐的な笑みを浮かべながら、カマイタチの準備を始める。すると、琴音もそれに呼応するかのように笑った。
「ええ、確かに魔力はいずれ尽きます。ですが――その前に、あなたを倒せば済む話です」
琴音はそう言うと、木刀を構えて天道に向かって駆け出した。天道は、彼女の行動を読んでいたかのように、無数の風の刃を生成し、一斉に放つ。
――だが、琴音はそれを避けることもせずに、最短距離を突っ切って天道へと肉薄していく。
「な!? 自棄になったか!?」
「魔装であなたの攻撃を防げることは分かりました。ならば、避けない方が楽だと思っただけです」
花びらが迫りくる風の刃を防ぎ、琴音を守る。そのお陰で天道との距離を詰めるのは容易かった。
「はぁぁっ!」
そして、琴音は裂帛の気合いと共に木刀を振り下ろす。天道は咄嗟に後方に飛んで躱すが、完全には避けきれず、左肩に切っ先が掠ってしまう。
「ぐおっ!?」
「まだです!」
琴音は追撃を止めず、さらに一歩踏み込むと、次々と木刀による攻撃を叩き込んでいく。天道はカマイタチを出して対抗するが、花びらがそれを防いでしまった。その間も琴音の猛攻は止まらず、天道の体には次々と傷が増えていく。
「せいっ! やぁっ!」
「ぬぐうっ!?」
怒涛の連続攻撃に、天道が苦悶の声を漏らした直後、琴音は思い切り大上段から木刀を振り下ろした。
「ぐあぁあああぁぁっ!!」
天道は咄嗟に腕をクロスさせてガードしたが、その威力は凄まじく、大きく後ろへ吹っ飛んだ。そのまま床をバウンドしながら転がっていき、壁に激突してようやく止まった。
「す、すごーい! 琴音、やったね!」
雫は興奮したように飛び跳ねながら勝利を確信し、琴音の元へ駆け寄ろうとする。しかし――
「雫、下がって! まだ終わってません!」
琴音が鋭く叫び、雫はビクッとして立ち止まった。すると次の瞬間、壁際で倒れていた天道は、ゆらりと立ち上がった。
「ああ……いてぇなあ……。お前、よくもやってくれたなぁ……?」
天道はゆっくりと顔を上げ、血走った目で琴音を睨み付けた。端正な顔は怒りで歪み、鬼のような形相になっている。
(おかしい……。それまでの攻撃はともかく、最後の一撃は確実に骨を砕くほどの威力があったはず、何故何事もなかったかのように立っていられるのです?)
琴音は疑念を抱きながらも、油断なく構えを取る。すると、天道が不気味な笑みを浮かべていることに気づいた。
「くくく……。解せないって顔だな? 何でこんなにダメージがないんだって、そう思ってるだろ?」
「…………」
「いいぜ、冥土の土産に教えてやるよ。それはだな――――」
天道はそこで言葉を切ると、大きく息を吸い込んだ。そして、足に力を集中させるかのように、体を前傾させる。次の瞬間、彼の姿が視界から消えたかと思うと、琴音の目の前に現れた。
「こういうことだ!!」
「――なッ!?」
琴音は咄嗟に反応して、大きく後ろに跳ぶ、しかし――
「おせぇよ。俺はここだぜ?」
琴音が躱した先に、天道は先回りしていた。そして、そのまま彼女の脇腹に蹴りを叩き込む。花びらがその蹴りを防ごうとしたが、天道の蹴りはそれを容易く貫通し、彼女の腹に深々とめり込んだ。
「――かはっ!?」
想像以上の衝撃に、琴音の体がくの字に折れ曲がる。そのまま数メートルほど吹き飛ばされてしまい、ドサッと音を立てながら地面に倒れ込んだ。
「う……くぅ……」
「琴音! 大丈夫!?」
「い、一体、何が……?」
琴音は腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。その表情は苦悶に満ちており、額からは汗が流れ落ちている。
「くくっ! 無様だなぁ? さっきまでの威勢はどこいったんだぁ?」
(どうして……!? 私の魔装が破られた? それに、さっきの蹴りの威力……。まるで、遥か格上の相手と戦っているかのような圧力を感じました……)
痛みを堪えながら、必死に思考を巡らせる。だが、いくら考えても答えは出ない。
その様子を見て天道はゲラゲラと笑い出す。その顔はまるで獲物を嬲る肉食獣のようであった。
「はははは! 教えてやるよ。答えは単純明快、ただの身体能力の差だよ。俺のレベルはな――――77なんだよ!!」
「レベル77!? まさか……、そんな……!?」
「あ、あり得ないっ!? そこまで高レベルな人間なんて、世界探索者ランキングの50位以内に入っているような人しかいないはず!」
天道の告白に、琴音と雫は絶句してしまう。まさか、それほどまでの高レベルな人間が自分の目の前に現れるとは思いもしなかった。
「驚いたか? お前ら、ダンジョンで最も経験値の多い相手って知ってるか? 知らねーよなあ……」
天道は愉快そうに笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。琴音は警戒を強めながら後ずさりするが、すぐに壁際まで追いつめられてしまった。
「それはなぁ! 人間だよ! 人間を狩ると大幅にレベルが上がるんだ!! そいつらが今まで溜め込んでいた経験値が一気に流れ込んで来るんだ! レベルを上げるにはダンジョンでボスモンスターを倒すよりも、人間を狩った方が遥かに効率が良いんだよ!!」
「そ、そんな話、聞いたことがありません!」
「そりゃそうだろ? こんな話が漏れたら、人を殺してでもレベルを上げようとする奴がわんさか湧いてくるだろうからな。ギルドが秘匿してんだよ。まあ、
「……俺ら?」
「おっと、喋りすぎたな。まあいいや、そろそろ続きといこうぜ?」
天道はそう言うと、腕を振るって風の刃を放った。琴音は咄嗟に魔装を起動し、その攻撃を防ごうとする。だが――
「ぐぅううっ!」
風の刃は魔力の花びらを砕き、そのままの勢いで琴音を切り裂いた。花びらの防御で威力が殺されたので、傷はそれほど深くはなかったが、彼女の頬からは血が流れ出している。
「琴音!」
「雫、下がってください!」
琴音が叫んだ直後、さらに風の刃が迫る。いくつかは防ぐことが出来たが、全てを躱すことが出来ず、またしても顔に細かい傷が刻まれていった。
(は、速過ぎるし、威力が高過ぎる……! これがレベル77の力だというの!?)
レベルは10も違えば、その身体能力に大きな隔たりが生ずる。それが、30も差があれば、例え魔装を起動させている時であっても、その攻撃を防ぐことは至難の業であった。
「そら、まだまだ行くぜ!」
天道は執拗に琴音の顔面を狙い、風の刃を放ち続ける。琴音は必死に躱し続けるが、徐々にその顔が切り刻まれて血が滴り落ちていく。
「う、ぐううっ! はぁ、はぁ……」
「おー、おー、不細工な面になってきたじゃねーか? でも、安心しろよ。お前はここで死ぬから、その顔を他の人間に見られることはねーからよ!」
(……本当に、このままではマズイです。どうにかしてこの男を倒さないと……! 雫や未玖まで死んでしまう!)
「…………」
「お? どうした、何か策でも浮かんだか?」
琴音は無言で天道を見つめると、大きく深呼吸をした。そして――
「――――魔装開放」
そう呟くと、琴音の体を纏っていた桜色の魔力が一気に霧散した。そして、その全てが彼女の持つ木刀へと集まっていく。その刀身は桜色に輝き、凄まじい魔力を放っている。
「舞えよ桜吹雪、散りゆくは儚き桜の命。咲き誇れ、我が魂の桜花! その美しさを以て、全てを散らせ!!」
琴音は流麗に言葉を紡ぎながら、両手で木刀を腰に構えて腰を落とす。そして――
『奥義――――"桜花一陣"!』
爆発的な魔力の奔流と共に、目にも止まらぬ速さで放たれたその一撃は――空気を切り裂きながら真っ直ぐに天道へと向かっていった。
それはまさに、桜の花びらの嵐と呼ぶにふさわしい光景だった。視界を埋め尽くすほどの花びらが、舞い踊りながら、凄まじい速度で突き進む。
「ぐおぉおおぉっ!?」
天道は驚愕の表情を浮かべながら、攻撃を躱そうと後ろに下がるが、逃げ場などどこにもなかった。吹き荒れる花びらが、彼の体を一瞬にして包み込み、その身を切り刻んでいく。
やがて、花びらの嵐は徐々にその勢いを弱めていき、数秒後、完全に消え去った。
そして、その中心に立っていた天道は、服がボロボロになり、全身の至る所に、無数の傷跡が刻み込まれていた。
だが――
「ふう、危ねぇな。咄嗟にカマイタチを全身から放って、ガード出来たから、致命傷は避けられたが……。くそ、顔から血が出てるじゃねーか」
「……そ、そんな!? 桜花一陣を防ぎきるなんて!!」
琴音は絶望の表情を浮かべながら、後ずさる。天道はニヤリと笑うと、ゆっくりと彼女に近づいてきた。
「今のが全身全霊の攻撃だったみてーだな。もう魔装も展開できねーみたいだし、これで終わりだな」
そう言って天道が手を翳すと、風の刃が放たれた。琴音は咄嗟に木刀でガードしようとするが、間に合わない――。
(ごめんなさい、雫、未玖……。私は貴女達を守ってあげれなかった……)
ざくりと、風の刃が木刀を真っ二つし、琴音の体を斜めに切り裂いた。傷口から大量の鮮血が噴き出し、彼女の体がぐらりと揺れる。
「琴音ぇええーーーー!!」
雫の悲痛な叫び声が響く。
だが、天道は攻撃を止めることはなく、さらに風の刃を放つ。琴音の体は何度も切り裂かれ、全身から血を流しながら地面に崩れ落ちた――。
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