第035話「袋小路」
「へー、そうなんだ。未玖ちゃんと雫ちゃんは幼馴染なのか。それで仲が良いんだね」
「そうなんですよぉ~。雫姉ぇとは家が隣同士でぇ~。琴音先輩も中学校に入ってからずっと仲良くしてもらっててぇ~」
天道の言葉に、未玖はデレデレとした表情で答える。さっきからずっとこの調子だ。
まあ、天道皇児はイケメンで女の子に大人気だし、気持ちは分かるけど……。どうしてか私はこの人が苦手だった。どうやら琴音もそうらしく、さっきからずっと無言で歩いている。
「それより君達知ってる? 実はこの10階に
天道が急に話題を変えてそんなことを言ってきた。私と琴音は顔を見合わせる。
「いえ、聞いたことないです……」
「私も知らないです」
特殊個体なんて本当に稀にしか現れないし、現れたなら話題にならないはずがないと思うんだけど……。
「ボス部屋と真逆の方向に、袋小路になった小さな部屋があるだろ? そこで見たって奴がいるんだってさ。今日の朝、ギルドに報告があったばかりだから、まだ知らない人の方が多いだろうけどね」
天道がそう言うと、未玖が目を輝かせたのが分かった。
しまった……。こいつがこういう話題に食いつかないはずがなかったか……。これは厄介なことになってきたかもしれないぞ……。
「ええー!? そうなの!? 琴音先輩、雫姉ぇ、行ってみようよ!」
ほら、言わんこっちゃない。
未玖が私と琴音の腕を掴んでグイグイと引っ張っていく。天道もそれについてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ未玖! 本当に特殊個体がいたら危険でしょ! 探索者になる時の講習で、散々特殊個体の危険性について習ったじゃない!!」
「大丈夫ですって! 琴音先輩に、皇児くんまでいるんだよ? それに私と雫姉ぇのスキルを使えば、ヤバそうな奴だったら逃げるくらいはできるでしょ?」
たしかに未玖の言う通り、私達のスキルがあれば、格上の魔物相手でも逃切れる可能性は高い。けど、それでも危険な事に変わりはない。そう言いたいのだが――
「俺だって特殊個体の危険性は理解してるよ。大丈夫、もしヤバそうな奴だったら命に代えても君達を守るから安心してよ」
「おお! 皇児くん頼りになる~!!」
「それに俺、実は帰還の宝珠も持ってるんだよね。一つだけだけどさ、万が一のことがあったら、これを君達の誰かに使えるように準備しておくから」
そう言って天道が小さな青い宝石のような石を取り出した。帰還の宝珠という、ダンジョン内でのみ使用できるアイテムで、効果は使用者を一瞬にしてダンジョンの外へとワープさせてくれるものだという。
「あ、本当ですね。私も常々一つは持っておきたいと思ってるんですが……」
「あれ? Bランクの琴音ちゃんでも持ってないんだ?」
「はい、最近は市場にも滅多に出回らないみたいで……。思うに、相当の権力者が、宝珠を独占して市場に出さないよう圧力を掛けているんじゃないでしょうか? 天道さん、それはどこで手に入れたんですか?」
「あ~、うん。ちょっと知り合いから貰ってね。……あ、ほら! あの細い通路の先が例の部屋みたいだよ」
どうやら天道は宝珠の出処は知られたくないらしい。適当に誤魔化して話題を変えてきた。……まあ、別に私はそれほど知りたいわけでもないし、どうでもいいけど。
「ねえ行こうよ~! 私、特殊個体見てみたいよ~!!」
「未玖ちゃんもこう言ってるし、ちょっとだけ覗いてみようよ。危なそうだったら、俺が足止めをしてでも君達を先に逃がすからさ」
天道がそう言って、頼むからと手を合わせる。私は助けを求めるように琴音を見るが、未玖が引きそうにもない事を悟ったらしく、彼女も諦めの表情を見せた。
「はぁ、チラっと見るだけだよ? ヤバそうな奴だったら即逃げるからね?」
未玖がやったー! と大はしゃぎしながら、小走りで通路を進んでいく。私達は慌ててその後を追いかけた。
しばらく細長い通路を歩いていると、前方の突き当りに小部屋が見えてきた。私達は壁に張り付きながら、そーっと部屋の中を覗き込む。
「……何もいないようですね」
琴音の言う通り、部屋の中には何もなかった。テニスコートより少し広いくらいの空間で、天井も高く、物陰になりそうな場所もない。
「おかしいな? やはり噂はただの噂でしかなかったのかな? うーん、でもせっかくだし、ちょっと奥まで見に行こうか」
私達は天道の提案で、警戒しながらも小部屋の中へと足を踏み入れる。だが、やはりそこには何もなかった。
「やっぱ何もないねー。琴音、未玖、天道さん、戻ろうか?」
私はそう言って踵を返したのだが――。
いつの間にか天道が、部屋唯一の入り口を塞ぐようにして立っていた。にやにやとした笑みを浮かべて、私達の事を見ている。
一体どういうつもりだ……。この人のこの表情、何か企んでる……?
琴音は部屋の奥を調べているから、天道の行動に気付いてないみたいだ。未玖は天道の近くにいるけど、特に警戒している様子はない。
一応先読みの魔眼を発動しておいた方がいいかな、とスキルを発動した瞬間――天道が未玖に向かって右手を振り上げた。
「未玖!! 避けてえええぇぇーーーーッ!!」
咄嗟に大声で叫ぶ。その声に驚いたのか、未玖はビクッと肩を震わせた。
「うわ! 雫姉ぇ!? いきなり叫んでどうし――ッ!?」
突如、どさりと大きな音をたてて、未玖が床に崩れ落ちた。彼女は何が何だか分からないといった様子で、自分の足元に視線を向けている。
未玖が視線を向けた場所には、
「――へ? あ、ぎゃああああぁぁぁーーーーッッ!?」
自分の両足がなくなっていることに気付いた瞬間、未玖は痛みと恐怖から悲鳴を上げる。
「雫! 未玖をお願い!」
一瞬遅れて事態に気が付いた琴音が、私の横を凄い速さで駆け抜けていく。そして、木刀を構え、天道へと斬りかかった。
「おおっと、危ない危ない」
しかし、琴音の攻撃を受ける前に彼は後ろへ飛び退いた。着地と同時に、再びニヤリと笑みを浮かべる。
未玖はショックで気を失ってしまったようだ。足元からはどくどくと大量の血が流れだしている。
マズい、早く治療しないと手遅れになる。まずは切断面を塞ぐしかない。低級ポーションなら小さな家に入れてあるけど、足をくっつける程の回復力はない。
私は即座に低級ポーションを傷口へと振りかける。すると、なんとか出血は止まったようだった。
「はは! お友達もう歩けなくなっちゃったね! マジウケる!」
「あなたは! 特殊個体がいるなんて嘘だったんですね! 最初から私達を嵌めるのが目的だったんですか!?」
琴音は心配そうに未玖を見やりながら、再び天道へ斬りかかった。しかし、彼はそれをひらりと躱すと、距離を取ってナイフを構える。
「落ち着いて琴音! 未玖なら後で治せる当てがあるの! だから今は集中して!」
「……!? 本当ですか! わかりました、ここは雫を信じます」
私の言葉に、琴音は冷静になってくれたようだ。木刀を構え直し、天道を睨む。
「へ~? 家に高級ポーションでも置いてあるのか? だけど、残念ながら君達はここでゲームオーバーだよ。家に帰ることはもう出来ない」
「あなたは……。何故こんなことをするんですか? 容姿にも恵まれ、アイドルとして大活躍。お金も名誉もあるあなたが、ここまでする理由が私には分かりません」
琴音が鋭い目つきで睨みつけながらそう言った。天道はやれやれといった様子で肩を竦めると、ナイフをくるくると回し始める。
「何故って? 楽しいからに決まってるじゃないか。俺はさ、昔から何かを切り裂くのが好きだった。小さな頃は昆虫とか小動物を解体してたなぁ……。ダンジョンに潜るようになってからは最高だった! 初めてゴブリンの首を刎ねた時は、もう興奮しまくりでさぁ!」
恍惚とした表情で天道は語り始める。ナイフの切っ先を琴音へと向けると、嬉しそうに目を細めた。
「だけど、直ぐに物足りなくなっちゃってね。モンスターを切り裂いても、得られる快感には限界があるんだ。もっと、もっと刺激が欲しい……。そんなある日、モンスターにやられて死にかけの探索者を見つけた。そいつを見た時、俺の本能が囁いたのさ。こいつをここで殺しても誰にもバレないんじゃないかってね!」
天道は狂気じみた笑顔で、早口に捲し立てている。その瞳は、まるで夢見る少年のような輝きを宿していた。
「ダンジョンにはカメラや録音機は持ち込めない。死んだ人間は、ダンジョンに吸収されて死体も残らない。殺人をするのに、これほど都合の良い場所はない。俺はその場でそいつをナイフで切り裂いたのさ! そしたらもう……、天にも昇る気持ちだったよ!! 今まで感じたことのない快感が俺の全身を駆け巡ったんだ!! それからはもう病みつきさ!」
「ああ、そうですか。要するにあなたは人殺しが好きなクズの変態だったわけですね」
琴音が冷たい声でそう言った。だが、天道はそれを聞いてもヘラヘラ笑っている。
「ここ最近の行方不明事件も、あなたの仕業だったってことですね」
「さて、なんの事か分からないなぁ」
「まあいいです。このままあなたをギルドに引き渡し、然るべき罰を受けてもらいます」
琴音が木刀を構えた。それを見た天道はニヤッと笑みを浮かべると、天を仰いで狂ったように笑いだす。
「くくくくくく……。あははははは!!」
「何がおかしいのですか?」
「やはりお前のような女がいい。きゃーきゃー喚くだけの馬鹿女じゃ、物足りない。お前のような女が! 泣き叫んで命乞いをする姿こそが! 俺に最高の快感を与えてくれるんだよぉおおッ!!」
「……クズめ。もう言葉を交わすだけ無駄ですね」
琴音の言葉を聞いた天道の目が、スッと細くなる。そしてナイフを構えると、一直線に彼女へ向かって駆け出した。
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