第034話「予期せぬ同行者」

「えいや!」


 未玖が両手に持ったナイフで、飛び掛かってきたゴブリンの首を斬りつける。ゴブリンは首から血を噴出させながら、その場に倒れた。


 ここは立川ダンジョンの第7層だ。


 私達は今、ゴブリンの集団を相手取って戦っている。今日のゴブリン達はやけに数が多い気がする……。まあでも、私達ならどうってことないけどね。


「――水刃ッ!」


 私は水神の涙から水の刃を生み出して、それをゴブリン達に向けて射出する。水の刃は真っ直ぐに飛んでいき、次々とその体を細切れにしていった。


 ふと、琴音の方を見ると、彼女の周りには無数のゴブリンの死体が転がっている。


 琴音の動きには一切の無駄がない。まるで踊っているかのような華麗な動きで、木刀を振るい、次々とゴブリン達を仕留めていく。


 そして、リーダーと思われる、ひときわ大きなゴブリン――ホブゴブリンの懐に潜り込むと、その顔面に強烈な一撃をお見舞いした。


「グギャァァアアア!?」


 ホブゴブリンは断末魔の叫びを上げながら、その場に崩れ落ちる。


 琴音って本当に強いなぁ……。流石Bランクだよね。


 今の彼女のレベルは45。私や未玖よりも20以上高い。その上、琴音は剣道の有段者で、元々のスペックが私達とは全然違うのだ。


「ふいーっ! 何かめちゃくちゃ湧いた時はびっくりしたけど、私達の敵じゃなかったですねー」


 未玖が額の汗を袖で拭いながら、こちらに歩いてきた。


「まあ、ゴブリンは弱いからねぇ」


 レベルアップ能力がない人でも倒せるくらいなのだ。私達は全員レベル20以上だし、群れていようが問題ない。


「それにしても雫、その武器凄くないですか? もしかして恩寵の宝物ユニークアイテムですか?」


「そうそうそれ!? 私折角ゴブリンナイフを2本も手に入れたから自慢しようと思ったのに、雫姉ぇの武器が凄くてそれどころじゃなかったんだけど! 何なのそれ!」


 未玖は興味津々といった様子で私の水神の涙を見ている。


「ふふん、いいでしょー? 親戚のソフィアちゃんに貰ったんだ。多分激レアの恩寵の宝物ユニークアイテムだよ!」


 私は腰に手を当てて、ドヤ顔でそう言った。


 本当は異世界産のマジックアイテムで、この世界のダンジョンから手に入れた物じゃないけどね。でもまあ、似たようなもんでしょ。


「ほれほれ、こんなことも出来るよ~」


 水球を出して、それをくるくると回転させる。そして、それを壁に向かって発射すると、水球は弾丸のように勢いよく飛んでいった。


 壁にぶつかった瞬間、水球はその衝撃で破裂し、辺りに水を撒き散らす。


 おおー! と未玖が声を上げて拍手をしていた。


「飲み水にもなります」


 私は再び水球を作り出して、それぞれ未玖と琴音の手元の上に移動させる。すると、2人はその水の球をゴクゴクと飲み始めた。


「つめたっ! おいしー!」


「凄いですね……。まるで冷蔵庫で冷やした水みたいです」


 ふふんっ、そうでしょうとも。しかもそれ、私の魔力が続く限りいくらでも生み出せるからね! いやー、やっぱり水神の涙はチート武器だね!


「ずるい、ずるい、ずるい~~! 私もそれ欲しい~!」


 抱き着いてポカポカと胸を叩いてくる未玖。なんかデジャヴあるなこの光景……。


 だが、これは魔力がないと使えないのだよ、残念だったな!


「ちなみにこんな物もあります!」


 私は調子に乗って小さな家も2人に披露した。おおー、と再び感嘆の声を上げる2人に気分を良くしながら、人気のない場所に移動して、皆で一緒に、小さな家の中に入る。


 その後、小さな家の中で、3人でまったりお茶を飲みつつ談笑した後、再びダンジョン探索を再開した。




「いやー、私達最強じゃないですかー?」


「私達じゃなくて琴音が強いだけでしょ……」


「そんな事ないですよ。2人も思った以上に成長してると思います」


 10階まで上って来た私達は、モンスターを倒しつつ、雑談を交えながら探索をしていた。


 確かにここまで全く苦戦することなく進んで来れたし、これなら10階のボスであるストーンゴーレムだって楽勝だろう。


「どうしますー? 20階まで行っちゃいます? 琴音先輩なんて、30階のボスまで倒したことあるんでしょ?」

 

 未玖が問いかけると、琴音はう~ん、と少し考え込んだ後、首を横に振った。


「いえ、今日は10階まででやめておきましょう。不穏なニュースもありますし、雫もお母さんに内緒で来たんでしょう? あまり帰りが遅いと心配させてしまいますよ」


 ふわぁ、冷静だなぁ……。ほんと琴音って大人びてるよね。同じ中学生とは思えないよ。スタイルも高校生顔負けだし。


 でも、琴音の言う事はもっともなので、今日は10階までで探索を切り上げ、ダンジョンから出ることに決めた。


「じゃあ、ちゃちゃっとボス倒して帰りましょー!」


「ええ、そうですね」


 私達はボス部屋へと続く道に向かって歩き出した。



 しばらく歩いていると、前方から戦闘音のようなものが聞こえてくる。近づいてみると、そこにはモンスターと戦っている若い男性探索者の姿があった。


「あ、誰か戦ってますねー」


 未玖がその男性探索者を見てそう言う。私も目を凝らしてよく見てみると、どうやら相手はゴブリンナイトのようだ。成人男性より一回り大きな体軀。その手には、鈍らではあるが剣も握っている。10階まででは一番の強敵である。


「助けた方がいいかな?」


「いえ、必要なさそうですよ」


 私が未玖と顔を見合わせながら言うと、琴音がそう答えてきた。


 すると、次の瞬間、ゴブリンナイトが持っていた剣で斬りかかった。男性探索者はそれを最小限の動きで躱すと、ゴブリンナイトの懐に入り込み腹に思い切り蹴りを入れる。


 そして、怯んだところに素早く近づき、首元にナイフを突き立てた。ゴブリンナイトはそのまま絶命し、地面に倒れ伏す。


 おおー! 凄い!! 強いなこの人。もしかしてCランク、いや……琴音と同じBランクかもしれない。


 男性探索者はふぅー、と大きく息を吐くと、私達の存在に気がついたようで、こちらへと歩いてきた。徐々にその顔が見えてくる。


 ……あれ、この人どっかで見たことあるような……?


「どうも、こんにちは」


「こんにちは~。……って、え!? お兄さんって、もしかして天道皇児くん!?」


「おや? 俺のこと知ってるの? 光栄だなぁ」


「当たり前じゃないですか! うわぁ……やっぱり本物だ! 握手してください!」


 未玖が嬉しそうにきゃいきゃい騒ぎながら声を掛けると、男性探索者はニコッと爽やかな笑みを浮かべて、彼女に向かって手を差し出した。


 天道皇児――アイドルのBランク探索者だ。今やメディアに引っ張りだこで大活躍中の有名人である。前に一度ギルドのエントランスで会った記憶があるけど、まだ立川ダンジョンにいたんだね。


「あれ? 君は確か前に会ったよね? 妹さん……いや、あっちがお姉さんだっけ? 今日は一緒じゃないの?」


 ああ、この人お兄ちゃんを狙ってる感じだったし、妹の私の事も覚えてたんだ。


「今日は友達と一緒に潜ってるので……。それじゃあ私達はこれで失礼しますね」


 あまり絡んだら面倒臭い事になりそうだし、さっさと退散しよう。私は彼の横を通り過ぎようとしたのだが――。


「待ってよ、せっかくだし一緒に探索しない? 最近は何かと物騒なニュースも多いし、女の子3人じゃ不安でしょ?」


 彼は爽やかな笑顔を浮かべたまま、私に向かってそう言うと、勝手に隣を並んで歩き始めた。


「いえ、こっちの琴音はBランクなので、心配しなくても大丈夫ですよ」


「はい、せっかくのお誘いですが、今日はそろそろ帰る予定なので……」


「へ~、君……中学生? 美人だね~。しかもその歳でBランクなんだ! 凄いなぁ」


 琴音に話しかけながら、天道は馴れ馴れしく彼女の肩に触れる。琴音も流石に困った顔をしていたが、絶妙にセクハラにならない程度に、ナチュラルにボディタッチをしてくるものだから、強く拒絶も出来ないようだった。


 正直勘弁して欲しい。私は早くこの場から逃げ出したかったのだが――。


「え~、いいじゃないですかぁ……。皇児くんと冒険なんてそうそうできないですよ? ちょっとの間なんだし一緒に行きましょうよ~!」


 未玖が天道に同調し、私の背中を押して来る。


 こいつミーハーなところあるからな……。アイドル相手にテンション上がっちゃってるっぽい。


「どうだい? これも何かの縁だしさ。ちょっとの間だけだし、一緒に冒険しようよ?」


「そうだよー! それにBランクの皇児くんと一緒なら、強いモンスターが出てきても安心だし!」


 未玖が目を輝かせながら、天道に同意する。


 琴音は私の表情を窺いながら、小さく溜め息を吐いたあと口を開いた。


「ストーンゴーレムを倒すまでですよ? 私達は今日はそれで帰る予定なので」


「OKOK、それでいいよ。いやー、君達みたいな可愛い子と一緒に探索できるなんて、お兄さんテンション上がっちゃうなぁー!」


 天道はとても嬉しそうな表情を浮かべると、私達の先頭に立って歩き始めた。

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