第033話「特殊個体とステータス」★

「おーい、雫姉ぇ! こっちこっちー!」


 立川ギルドのエントランスに足を踏み入れると、元気な声が聞こえてきた。声のした方へと視線を向ければ、そこにはぶんぶんと手を振っている未玖の姿があった。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330667192958950


 相変わらず元気いっぱいだなぁ、未玖は……。


 お兄ちゃんと同じくらいの小さな体躯に、お兄ちゃんとは違って年相応……いや、それ以下のおこちゃまボディ。もう中学2年生だというのに、小学生の頃から殆ど成長していないように見える。


 私は未玖に向かって手を振り返すと、彼女の下へと駆け寄った。


「おっそいよー、雫姉ぇ! もう集合時間過ぎてるじゃん!」


 あれ? おかしいな……。ちゃんと間に合うように家を出たはずなんだけど……。


 ギルドの壁にかかっている時計に視線を向ければ、時刻は集合時間の10分前を指している。うん、全然遅くないね!


「全然時間通りでしょ? むしろ10分前行動とか、私めっちゃ偉いじゃん!」


「えー、でも私15分前からいたんだけど……。だから雫姉ぇ、遅刻だし」


 未玖が不満げに頬を膨らませる。


 まためちゃくちゃな理論を振りかざしてきたな、こいつ……。


「雫、久しぶりですね。今日は何だか、いつもより元気そうじゃないですか」


 未玖と言い争っていると、横から琴音が声を掛けてきた。相変わらずお淑やかな感じで、凛とした表情をしている。ぱっつんと切り揃えられた、腰まで伸びた黒髪は、まさに大和撫子って感じだ。


「琴音、久しぶり。うん……夏休み中にちょっといい事あってさ。最近はずっと元気がなかったかもしれないけど、これからはもう大丈夫。だから心配かけてごめんね」


 琴音はお兄ちゃんが死んで塞ぎこんでた私を、ずっと気にかけてくれてた。そのことを申し訳なく思いながらも、私は笑顔で応える。


「え~? そうですか~? いつもとあんまり変わらないと思いますけど? それより3人揃ったんだから早くダンジョン行きましょうよ!」


 お前はもうちょっと私の心の機微を感じ取れや!! まあ、こんな未玖のマイペースっぷりに助けられたことも多々あるんだけどさ……。


 未玖に背中を押されながら、受付で手続きをし、3人揃ってダンジョンゲートを潜る。



 第1層の大広間に降り立つと、未玖は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「あれ~? 何だか今日、いつもより人少なくないです~?」


 未玖の言うとおり、今日は普段に比べて人の数が少ない気がする。準探索者制度が実装されてから、ダンジョンは連日大賑わいだったはずなのに。


「もうそろそろ夏休みも終わりだし、宿題に追われてる人が多いんじゃない?」


「え~? 宿題とか普通もう終わってるでしょ? この時期に慌ててやってるとか、余程計画性のない奴ぐらいですよ~」


 こいつ……。適当そうな性格の癖に、意外と頭がいいから腹立つんだよなぁ……。


「いえ、学生だけじゃなくて、大人の方も少ないように見えますし、もしかしたらあの事が関係してるかもしれませんね……」


「あの事ってー?」


 琴音の呟きに未玖が食いつく。


「2人共ニュースを見てないのですか? 最近ダンジョンで行方不明になる人が急増しているらしいですよ」


 へ~、そうなんだ。私はあんまりニュース番組とか見ないから全然知らなかったや。


「そうなんです? でもどうせアホな人が分不相応に"特殊個体ユニークモンスター"に挑んで殺されたとかそんなんでしょ?」


 未玖は興味なさそうにそんなことを言う。


 特殊個体ユニークモンスターとは、ダンジョン内でごく稀に出現する突然変異的モンスターの事であり、通常ではありえない特性を持った個体の事を指す。


 例えば、体が異常に大きいとか、やたら素早いとか、空を飛ぶだとか、カラフルな色をしているだとか……。とにかく一目でわかるほど、通常の魔物とは圧倒的に異なる姿形をしているのだ。


 特殊個体は、体内に恩寵の魔石という特殊な魔石を宿しており、その魔石の中には、まさに神の恵みと言ってもいいほどの能力を持った、"恩寵の宝物ユニークアイテム"と呼ばれる、世界にたった一つしか存在しない貴重なアイテムが眠っている。


 恩寵の宝物の中には、物語の中に登場するような伝説の武具、金を無限に生み出す釜、不老不死の薬……などなど、まさに夢のアイテムが多数存在しているという噂で、故に特殊個体は探索者の間では、"歩く宝箱"とまで称され、それを狙う者も少なくないのだ。


 しかしその一方で、彼らは非常に危険な存在でもある。ボスモンスターよりも強い個体もざらにいるし、特殊な能力を秘めていることも珍しくはない。


 更に、普通なら弱いモンスターしか存在しない階層やダンジョンに出現したり、階層間を自由に移動したりする個体もいるので、彼らに遭遇して死亡してしまう探索者が後を絶たないのである。


 分不相応に特殊個体を狙って返り討ちにされる者。不幸にも特殊個体と遭遇し、為す術もなく殺される者。ダンジョン探索者の死亡原因の実に5割以上が、特殊個体との戦闘によるものだとすら言われている。


「そうでしょうか……。それにしては行方不明者が多い気もしますが……」


 琴音は顎に手を当てて思案顔を作った。


 ふむ、確かにそれは私も引っかかるね。琴音の話によると、結構色々なダンジョンで行方不明者が出ているらしいし、それらが全て特殊個体の仕業だってのはちょっと考えづらい気がする。


「気にしすぎですよー。仮に格上のモンスターと遭遇しても、私の"忍び足"と雫姉ぇの"先読みの魔眼"があれば、逃げるくらい簡単じゃないですか! そうでなくても琴音先輩はめちゃくちゃ強いんだし!」


「それは……まあそうですね……。少し過敏に反応しすぎたかもしれません……」


「ですよー! ほら、早くモンスター狩りに行きましょうよ!」


 未玖は琴音の背中を押して、ルンルンとスキップしながら大広間の奥へと進んでいく。


 ……まあ、確かに未玖の言う通り、私達なら特殊個体や未知のモンスターが現れても、逃げるくらいなら余裕か。


 未玖の"忍び足"は自分を含めた近くにいるパーティメンバーの気配を消して、モンスターから気づかれにくくするスキルだし、私の"先読みの魔眼"は、数秒間先の未来を見ることで、敵の攻撃を事前に察知できる。そして琴音は単純に強い。


 うん、そこまで悲観的に考える必要はないのかもしれない。


「あ……そういえば、雫姉ぇレベルいくつまで上がったの? ここ最近ずっと親戚の子とダンジョン潜ってたんでしょ? レベル4のザコからちょっとは成長できましたかぁ?」


 未玖が私の方に振り返って、シシシと笑いながら尋ねてくる。


「えーと、ちょっとまってね――ステータス、オープン!」



名前:山田雫

レベル:22/99

職業:中学生、Dランク探索者

体力:120/120

精神力:100/100

魔力:0/0

攻撃力:23

防御力:23

速度:45

運:100

スキル:先読みの魔眼

称号:淫乱聖女の妹



 おお、結構上がってるじゃん! ちょっと前までレベル4だったことを考えると、1ヶ月足らずで18レベルも上がったことになる。これはなかなか凄いんじゃないかな?


 レベルはダンジョン内でモンスターを倒すと、経験値が貰えて上がっていく。当然強い敵を倒した方が貰える経験値は多い。通常は99が最大と言われているが、限界突破する方法があるとかないとか。噂レベルだから本当かどうかはわかんないけどね……。


 大体Fランクが1~10、Eランクが11~20、Dランクが21~30、Cランクが31~40、Bランクが41~50、Aランクが50以上って感じで、レベルが10も違えば、ステータスに大きな開きが出る。


 50以上になったらなかなかレベルを上げるのが大変らしく、限界までレベルを上げた人なんて、それこそ世界探索者ランキングの一桁ナンバーくらいしかいないらしい。


 それで、ステータスの見方だけど――――



名前:その人の本名が表示される。

レベル:その人のレベルが表示される。

職業:その人の職業が表示される。

体力:ダメージを食らうと減っていく。0になると死ぬわけではないが、回復するまではステータスが消失し、レベルアップ能力の恩恵が得られなくなる。

精神力:スキルを使うと減っていく。0になるとスキルが使えなくなる。

魔力:魔法系のスキルを使うのに必要。肉体に魔力を帯びることで、身体能力を上昇させることも可能。

攻撃力:武器や素手での攻撃時に補正がかかる。

防御力:物理・魔法攻撃のダメージを軽減する。

速度:走る速さや反射神経に補正がかかる。

運:詳細不明。

スキル:所持しているスキルが表示される。基本的に1人1つのみ。

称号:その者の称号が表示される。稀にステータス上昇等、特殊な効果を与えるものもある。



 大体こんな感じかな?


 ちなみに、私の魔力がゼロな理由だけど、魔力は魔法系のスキルを持っている人じゃないと、レベルアップしてもゼロから一切上がらないからだ。


 え? 私には魔核があるじゃないかって?


 うん、それなんだけど。お兄ちゃん曰く、このステータスというのはダンジョン限定のバフ魔法みたいな物らしくて、私本来の能力は反映されてないんだって。


 つまり、例を挙げるならこんな感じだね――――



【例1】

名前:山田雫(ダンジョン内で表示されるステータス)

精神力:100/100

魔力:0/0

攻撃力:23

防御力:23

速度:45

運:100


名前:山田雫(本来の能力)

精神力:0/0

魔力:100/100

攻撃力:1

防御力:1

速度:1

運:1


名前:山田雫(ダンジョン内での総合的な強さ)

精神力:100/100

魔力:100/100

攻撃力:24

防御力:24

速度:46

運:101



【例2】

名前:ソフィア・ソレル(ダンジョン内でレベルアップ能力なし)

精神力:0/0

魔力:0/0

攻撃力:0

防御力:0

速度:0

運:0


名前:ソフィア・ソレル(本来の能力)

精神力:0/0

魔力:9999/9999

攻撃力:999

防御力:999

速度:999

運:999


名前:ソフィア・ソレル(ダンジョン内での総合的な強さ)

精神力:0/0

魔力:9999/9999

攻撃力:999

防御力:999

速度:999

運:999



 こんな風に、その人本来の能力に、このステータスというバフが上乗せされたのが、ダンジョン内での総合的な強さらしいのね。だから、魔核を持ってて魔力を使える私は、表示されるステータスの見た目よりはずっと強いってことだね。


 ……というか、いつの間にかステータスの最後に何か変な称号ついてるんだけど! バッドステータスじゃないよねこれ!


 はぁ……後でお兄ちゃんに聞いてみよ……。


「レベル22だねー。結構上がったよ」


「げぇ!? 私、レベル24なんだけど! もう少しで追いつきそうじゃん! 雫姉ぇのくせに生意気~!」


 未玖は悔しそうな顔をしながら、私の腰のあたりをこちょこちょしてくる。


「ちょ、ちょっと! やめ……! くすぐったいからぁ~!」


「君がッ! 泣くまで! こちょるのをやめないッ!!」


「ひょわぁああ!! 琴音助けてぇええ!!」


「ふふ、相変わらず仲良しですね」


 私と未玖がじゃれついているのを見て、琴音は楽しそうにクスクスと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る