第032話「内緒のダンジョン探索」

※お兄ちゃんは全裸待機中なので、ここから数話は雫視点になります。

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「やっと宿題終わったー!」


 最後の難関である、読書感想文をようやく書き終えた私は、ぐでーっと机の上で伸びをした。


 ほんと夏休みの宿題って何のためにあるのさ。勉強する時は勉強する、休む時はしっかり休む、メリハリが大事でしょ。何事も中途半端は良くないんだよ。だから宿題なんてなくしてしまうのが一番だと私は思うね、うん。


 そんな風に心の中で愚痴りながら、椅子の背もたれをギコギコと鳴らして、だらしなく脱力する。


「それにしてもお兄ちゃん遅いな~。あっちで何か面倒くさいことに巻き込まれてないといいけど……」


 お兄ちゃんが異世界に旅立ってから、今日で5日目となる。向こうではこっちの12倍の時間が流れるらしいから、すでに2ヶ月ほどは滞在している計算だ。


「早くお兄ちゃんと一緒にダンジョン行きたいな~」


 最近はダンジョンに行くのが楽しくてしょうがない。


 お兄ちゃんが死んだって聞いてからの2年間は、まるで私の中から、生きる気力と楽しさがごっそりと抜け落ちてしまったようだった。何をするにも無気力で、ただ惰性で生きていただけの空っぽの2年間だったと思う。


 だから、お兄ちゃんが異世界から帰って来た時は本当に驚いたし、心の底から嬉しかった。何だか凄い美少女に生まれ変わっちゃってたけど、お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだった。


 話してるだけで、傍にいるだけで、魂で理解出来るんだ。この人は私のお兄ちゃんだって……。兄妹って不思議だよね。


 ――ブーッ、ブーッ、ブーッ……。


 と、そんなことを考えていたら、机の上のスマホが振動した。


「お、未玖からじゃん。……なになに、今からダンジョン行かないかって?」


 隣に住む幼馴染の、徳山とくやま未玖みくからのメッセージだ。よし君の妹で、1つ年下の後輩である彼女からのお誘いに、私はうーんと頭を悩ませる。


 確かにここ数日はダンジョンに行ってないし、そろそろ行きたいとは思っていたんだけど……。お兄ちゃんがいないのに行ってもいいのかな? お母さんにはお兄ちゃんと一緒じゃないと駄目だって釘を刺されてるし。


 でも未玖とダンジョンに行くのも楽しそうだしなー。うーむ……。


 私が悩んでいる間にも、スマホはブーッ、ブーッと振動を続けている。どうやら未玖は焦れて電話まで掛けてきたようだ。


「はいはい、こちら雫ちゃんですよーっと」


《あ、雫姉ぇ? 既読ついてるのになかなか返信ないから電話しちゃったよ。兄貴から聞いたけど、またダンジョン潜れるようになったんでしょ? 私、今からダンジョンに行こうと思ってたんだけど、一緒にどう?》


 未玖が電話越しに、早口で捲し立ててくる。


 はいはい、落ち着きなさいな。相変わらずせっかちなんだから。


「あー、ちょうど宿題も終わったし行きたいのも山々なんだけどさ。ダンジョンに潜ってもいいけど、親戚の子と一緒じゃないと駄目ってお母さんに言われてるんだよね……」


《ええー、なにそれ。ちょっと過保護過ぎない?》


「しょうがないじゃん……。うちのお兄ちゃんダンジョンで死んじゃったんだから……」


《あー、そっか……。ごめん、無神経だった……》


 未玖は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。


 や、別にいいんだけどね。その人、美少女に転生してうちに帰って来てるし……。


《そうだ、じゃあその子も一緒に連れてくればいいんじゃない? 雫姉ぇもその方が安心できるでしょ》


「それが、ソフィアちゃん……。あ、居候してる親戚の子ね。今ちょっと留守にしてるんだよね。数日で戻ってくるって言ってたんだけど……」


《ええー、そうなんだ……》


 未玖の残念そうな声が電話口から聞こえてくる。私としても未玖と一緒にダンジョンに行きたい気持ちもあるんだけど、こればっかりはしょうがない。


《じゃあさ。琴音先輩も誘って行こうよ。あの人がいれば、流石に問題ないでしょ?》


 私のクラスメイトで友人の雨ヶ谷あまがい琴音ことね。彼女は剣道部の主将であり、全国大会でも上位に食い込むほどの実力者だ。


 その上、勉強も学年トップクラス。更には家もお金持ちのお嬢様で、容姿端麗にスタイル抜群という、非の打ち所がない完璧超人さんでもある。


 極めつけには、なんと中学生にしてBランク探索者の資格を持っているという、これまたチートじみた存在なのだ。


「まあ、確かに琴音が一緒なら大丈夫かも……」


《でしょー? じゃあ時間も勿体ないし、さっそく琴音先輩に電話してみるねー》


 行動速いなぁ、こいつ。でもそこが未玖のいいところでもあるんだけどさ。


 数分もしないうちに、未玖から再び電話が掛かってきた。


《もしもし、雫姉ぇ? 琴音先輩行けるって! てことで、1時間後に立川ギルドで待ち合わせね!》


 それだけ言い残すと、未玖はさっさと通話を切ってしまった。私まだ返事してないんですけど……。


 あー、もう! しょうがないなぁ未玖は!!


 お母さんとの約束は破ることになっちゃうけど、こうなったらもうしょうがないよね? だって友達とダンジョン行きたいもん。


 手早くダンジョン用の服に着替えると、小さな家の中にぽんぽんとアイテムを放り込んでいく。


「いやー、これほんと便利だよね。お兄ちゃんさまさまだよ」


 小さな家に、水神の涙。異世界のチートアイテムを2つも所持している私は、まさに向かうところ敵なしだ。


 私はいそいそと忘れ物がないか確認をすると、勢いよく部屋を飛び出した。


「あれ? 姉ちゃんどこか行くの?」


「あ~、空。ちょっと友達とダンジョン潜ってくるから。お母さんには内緒にしといてね?」


 廊下ですれ違った弟に、私はそう言って片手をあげる。すると空は、心配そうな表情で私を見上げた。


「ダンジョンに行くの? でも、兄ちゃんと一緒じゃないと潜っちゃ駄目だってお母さんが……」


「だから内緒で行くの。大丈夫、危ないことはしないし、めちゃくちゃ強い友達も一緒だからさ。晩御飯までには帰ってくるから、それまでお母さんに何か聞かれたら適当にごまかしといてくれる?」


 空は何か言いたげな表情をしていたが、私は構わずに手を振って、足早に玄関へと向かった。


 よし! それじゃあ久しぶりのダンジョンにレッツゴー!!




◆◆◆




 雫が玄関から出て行った後、空は心配そうにその後ろ姿を見守っていた。


「姉ちゃん……。大丈夫かな……?」


 最近は物騒な事件も多い。特に、ダンジョンは何が起こるか予想がつかない場所でもあるし、もし大切な姉が危ない目に遭ったらと思うと、気が気じゃなかった。


 リビングに移動して、ソファに座りながらテレビをつける。


《続いてのニュースです。近頃、東京都内のダンジョンで多発している連続失踪事件ですが、捜査の進展はなく、被害者は未だ見つかっていません。日本探索者協会の発表によりますと、特殊個体ユニークモンスターの仕業である可能性と、人為的な犯行、両方の線で捜査を進めているとのことですが、ダンジョンの特性上、早期解決は難しいと――》


 ダンジョン内には、カメラやスマホと言った電子機器を持ち込めない。


 アリス・アークライトのように、映像を記録できるダンジョン産のレアアイテムを持っている者もいるが、それはとても貴重であり、所持している探索者は世界でもごく僅かだ。

 

 だから、ダンジョン内部で起こった事件は、その現場を直接目撃しなければ、詳細を把握することが難しい。


「兄ちゃん、早く帰って来てくれないかな……」


 テレビから流れるニュースをぼんやりと見つめながら、空は小さく呟いた。

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