第029話「アイテム師」★
「土よ、我が意に従え――"ソイルコントロール"」
地面に手をついて魔法を発動させると、雑草と石混じりの土壌が、うねるように動き出し、徐々に整地へと姿を変えていく。
俺は土魔法の中でも、特に汎用性の高いソイルコントロールで、王都ミルテと農場を繋ぐ街道を、黙々と作り続けていた。
王都ミルテから、農場のある森までは距離にして約3キロ。徒歩でも十分通える距離だし、今までこの森を訪れる人間は、狩りや薬草採取を生業とする者達くらいしかいなかったので、わざわざ馬車が通れるような道は作られていなかった。
だが、ミルテの森はこれから多くの人間が訪れることになるだろう。
街道を整備すれば、ここを訪れる商人や冒険者、農場へ通う人々の移動が楽になり、農場で採れた野菜や果物を、新鮮な状態で王都へと運べるようになる。
なので、時間がある限り、こうして魔法で整地をし続けているという訳だ。
「……ふぅ、こんなところでしょうか」
数日かけて、街道の半分ほどを整地し終えた俺は、作業用に作っていた椅子代わりの切り株に腰掛けて一息ついた。
「あとは石畳や柵なんかを作って、道を舗装したいところですね」
せっかくなのでカッコいい感じの道を造りたい。ノスタルジックで、かつ洗練された雰囲気を持つ石畳に、道幅も広く取って、馬車が通りやすいようにしたいところだ。
「ふふふ、ソフィア街道なんて名付けてもいいかもしれません」
額に浮かんだ汗をぬぐいながら、空を見上げた。もうそろそろ日が沈み始める時間だ。今日はこのくらいにして、続きはまた明日にしておこう。
俺は満足感と共に伸びをすると、農場へと戻ることにした。
◇◇◇
「大浴場を作ろうと思います!」
夕食の席で、リビングに集まった仲間達に向かって、俺は高らかに宣言した。
風呂は、日本人にとって至高の喜びだ。それは異世界人に転生したとしても変わらない。俺の日本人の魂が、風呂に入れと叫んでいる。
特に今日は労働でたっぷり汗をかいたので、唐突に大きな風呂に飛び込みたい気分になったのだ。
「もぐもぐ……。風呂ならこの家にもあるじゃんか。風呂がある家自体が珍しいのに、更にデカい風呂なんて作ってどうすんだよ?」
フィオナが作った夕食を口いっぱいに頬張りながら、エルクが怪訝そうに首を傾げた。
ちなみに現在この家に住んでるのは、俺、フィオナ、エルク、ルルカの4人だ。フィオナはマスターの許可をもらって、王都の酒場を退職。現在は、俺の元で料理人として働きながら、家のことを色々手伝ってもらっている。
「…………エルク、この家を出て行ってくれませんか?」
「突然の退去勧告!? なんでだよ!? 俺何かした!? ひでぇよソフィアの姉ちゃん!」
「だってよくよく考えたらエルクだけ男じゃないですか。女の園に男がいるのはやっぱりどうかと思うんです」
俺はエルクをビシッと指さし、断罪するように告げる。すると、フィオナが呆れたような表情でこちらを見た。
「エルクはまだ子供だし、気にしなくていいんじゃない? 妹のルルカもいるのに追い出すのは流石に可哀想でしょ……」
「でもですよ? こいつ初めて会った時、私の服をひん剥いておっぱ――」
「あー! あー! あー! あれは言葉の綾っていうか、ほら、あの時は俺も必死だったっていうか、その……」
ほんとかぁ? 実はもうすでにオスに目覚めてて、頭の中はピンク色のお花畑なんじゃないのか? 俺やフィオナの着替えを覗いたり、洗濯物の匂いを嗅いだり、風呂の残り湯をこっそり飲んだりとかしてるんじゃないだろうな……。
そんなことを思いながらジト目で睨みつけると、エルクは焦ったようにブンブンと首を振った。
「おにーちゃん……。追い出されちゃうの?」
ルルカが不安げな表情で、俺を見上げてきた。その目には、今にもこぼれ落ちそうなくらいの大粒の涙が浮かんでいる。
「い、いや、冗談ですよ、冗談。ただ、もしオスの本能に目覚めてしまったら、離れを建設してそっちに移動してもらいますからね?」
「わ、わかったよ……」
まあ、今のこいつにそんな度胸があるとは思えないが、俺だけじゃなくてフィオナも一緒に住み始めたんだから、念には念を入れておかないとな。
「それでソフィア、大浴場って本気? そんな大量の水、一体どこから持ってくる気なの? ここから川は少し遠いし、お湯を沸かすための薪だってタダじゃないんだから、現実的じゃないんじゃない?」
フィオナが当然の疑問を口にする。確かに、水道やガスの普及していないこの世界において、普通ならこんな無茶な計画は実現不可能だ。だが――――
「私とルルカは水魔法のギフトを持ってますからね!」
「もってるんです~」
ルルカと共に、ドヤ顔をしながら胸を張った。フィオナは、そんな俺達を見て納得したように頷いた。
「そういえばそうだったわね。水魔法のギフト持ちが2人もいれば、水の心配はいらないか」
まだ水道が整備されていないこの世界において、水は貴重品だ。なので風呂は贅沢な娯楽として、王侯貴族や豪商くらいしか持っていない。だが、水魔法があれば、その問題は解決するのだ。
「水の心配がないのはわかったけど、水をお湯にするのはどうするのよ?」
「私は火魔法のギフトも持ってますから」
「ルルカはもってないんです~」
フィオナの疑問に、俺とルルカが答える。俺には火魔法も扱えるし、湯沸かしくらい簡単にできる。
「ああ、ソフィアって特級冒険者の【サウザンドウィッチ】だったものね。でも、そうなるとソフィアがいる時しか、お風呂は入れないんじゃない? わざわざ大浴場を作っても、使用頻度が低いなら宝の持ち腐れだわ」
フォオナの言うことはもっともだ。俺は地球にも戻らないといけないし、毎日ここにいられる訳じゃない。下手すりゃ数ヶ月や年単位で留守にすることもあるだろうし、その間、大浴場を利用することができないなら、作る意味はあまりないだろう。
「うーん、そうですねぇ……」
俺は、フィオナ、ルルカ、エルクの3人を順に見回した。じっくり目をこらして、魔力の流れを探る。
「この中で一番魔力が多いのは……フィオナですね。流石はエルフ、魔力量だけなら1級冒険者に匹敵しそうです」
「まあね。これでも私、族長の系譜に連なる血統だし、魔力量は結構多い方よ。そんじょそこらの人間の魔法使いにも負けない自信はあるわ」
フィオナは、褒められて気をよくしたのか、得意げな表情で胸を張った。
……だが、その胸は平坦だった。
「いちいち胸を見るのやめてくれない!?」
おっといかん、ついつい目がいってしまったようだ。
「おほん、失礼しました。それで、お湯の問題ですが……。フィオナ、これを」
俺は咳払いをして誤魔化すと、次元収納の中から、1本のナイフを取り出した。赤く透き通る刀身を持つ、美しい装飾の施された短剣だ。
フィオナはそれを受け取ると、不思議そうに眺めた。
「……これって、もしかして属性系の魔道具?」
「ええ、かつて私が火炎竜ギブルィナムを討伐して入手した、"
「……ちょっと試してみてもいい?」
「はい、どうぞ」
フィオナは灼熱炎刃を鞘から抜き、魔力を込めた。すると、ナイフの刀身が、光を放ちながら徐々に赤く染まっていく。
そして、刀身が真っ赤になったところで、フィオナは空を斬るように、それを軽く一振りした。
――ゴウッ!
剣先から炎が飛び出し、宙を舞う。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330666988460825
俺はそれを、すかさず水魔法で消火した。炎は一瞬で消え、周囲には水蒸気が立ち込める。
「すげ……」
「すごーい」
エルクとルルカが、感嘆の声を上げる。
ふむ、なかなかの威力だな。これなら湯を沸かすのも容易だろう。
「ご、ごめんなさい。つい夢中になって……」
「いいですよ。それ、フィオナにあげますね。お風呂を沸かすだけじゃなくて、料理や戦闘にも使えますから、フィオナにぴったりの武器だと思います」
「いいの? これ、相当レアなんじゃない? 素材もだけど、名のある
フィオナは灼熱炎刃を鞘に収めると、恐る恐るといった感じに、テーブルの上へと置いた。
この世界の魔物は、ゲームや地球のダンジョンのように、魔石やドロップアイテム、宝箱なんかを残して消える訳ではない。魔物とは呼んでいるが、実際のところは、動物と似たような生態で生きている。
では、この世界に存在する、世にも不思議な魔道具の数々は一体どこからやってくるのか?
答えは簡単、それは"アイテム師"と呼ばれる人々によって生み出されているのだ。
アイテム師とは、"アイテム化"という特殊能力系のギフトを持つ人々のことで、彼らは魔物の死骸から様々な魔道具を創り出すことができる。
アイテム化には、魔物が絶命していること、死体の6割以上の部位が揃っていることが条件であり、それらの条件を満たすことで、その死骸をアイテムへと変えることができるのだ。
変換されるアイテムは、完全にランダムであり、素材となる魔物が強ければ強いほど、そして、アイテム師が腕の良い人物であればあるほど、レアなアイテムになる確率は高くなる。
例えばゴブリンの死骸を未熟なアイテム師がアイテムに変換すると、ただのゴミにしかならないが、一流のアイテム師が変換したなら、高品質なゴブリンナイフが創り出されるといった具合だ。
なので、俺も一応アイテム化のギフトは持っているのだが、レアなモンスターを倒した場合、トップクラスの腕前を持つアイテム師に依頼することにしている。
雫にあげた"水神の涙"や、たった今フィオナにあげた"灼熱炎刃"などは、特級冒険者のマキナって奴が変換してくれた代物だ。
あいつはこの世界で一番と名高いアイテム師で、レアなモンスターを持っていくと、ほぼ外れなく、高品質な魔道具を創り出してくれる。
ただ、物凄いアイテムキチなので、激レアアイテムが誕生した場合、その所有権を巡って血みどろの争奪戦が繰り広げられることも少なくない。
以前、俺が"水神の涙"を手に入れた時も、マキナと殺し合い寸前の喧嘩になったくらいだしな……。懐かしい思い出だ……。
「ええ、私は火魔法が使えるので必要ないですから。フィオナに有効活用してもらった方が、"灼熱炎刃"も喜ぶと思います」
俺は昔を思い出して内心苦笑しつつ、灼熱炎刃を再びフィオナに手渡すと、彼女はそれを腰のベルトに差し込み、嬉しそうに微笑んだ。
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