第028話「農場を作ろう」
――トンテンカンカン、トンテンカンカン。
トンカチの軽快な音が、リズミカルに鳴り響く。そして、それに呼応するように、人々の掛け声があちこちから聞こえてくる。
「おーい、そっちの材木、こっちに運んでくれー!」
「あいよ! ほら、いくぞー!」
屈強な男達が数人、大きな材木の山を運んでいく。そして、それを待ち構えていた大工達が、慣れた手つきで加工し始めた。
「おお、なんだか形になってきましたねー」
「思ってたより本格的なのね……。ちょっと、わくわくしてきたかも」
俺はその様子を眺めながら、隣にいるフィオナに話しかけると、彼女はとても興味深そうに、大工達の仕事ぶりを眺めていた。
エルク、ルルカ、そしてフィオナを新たに仲間に加えた俺は、ここミルテの森に、本格的な農場を作ることに決めた。そして、今はその建設作業に取り掛かっているところだ。
農場で働く人のための住居、倉庫、作業場、更には食堂や宿泊施設なども併設する予定で、かなり大規模なものになりそうだ。
「フィオナにはここの食堂で、料理を作ってほしいんです。畑で作った新鮮な食材を使った美味しい料理を。ゆくゆくは王都からも客が来るような、人気店にするつもりなので」
「ええ、でも本当に私が料理長でいいの? 私、料理人としては、まだ駆け出しもいいところよ?」
「フィオナがいいんです。マスターもフィオナの腕なら大丈夫だって、お墨付きをくれたので。それに、ここで働けば、珍しい食材や、美味しい食材を沢山扱うことが出来ますよ?」
「……それは、確かに魅力的ね」
俺の言葉に、フィオナはニヤリと笑って答えた。どうやら彼女もやる気になってくれたらしい。
王都にあるマスターの酒場にもトマトや他の野菜を卸すつもりだけど、ここでは俺が日本から持ち込んだ様々な食材や調味料を使用し、ここでしか食べられないような料理を提供できるようにしたいと考えている。
料理の才能を持つフィオナなら、その期待に応えてくれるはずだ。
そんなことを考えていると、材木を運んでいた男の1人が俺達に気付いたようで、こちらに駆け寄ってきた。
「うぇーーい! ソフィアちゃん、今日も可愛いねー! お、フィオナちゃんもいるじゃん、ちぃーっす!」
「はぁ、また来たのね……」
男が馴れ馴れしく声をかけてきたことに、フィオナはうんざりとした表情を浮かべていた。まあ、フィオナはこういったタイプは苦手そうだし、仕方ないだろう。
「チャラ男、ちゃんと仕事してくださいよ。お金払ってるんですから」
「チャラ男って……。ソフィアちゃんひでーな、俺の名前まだ覚えてくれてないわけ?」
「アックスのパーティにいたチャラ男でしょ? 覚えてますよ」
「いやいや、それソフィアちゃんが勝手につけたあだ名だからね。俺にはウェインっていうちゃんとした名前があるんだけど……」
チャラ男、もとい、ウェインは不満げな表情を浮かべている。チャラ男でもウェインでも同じようなものだろうに、細かい男だ。
「それより何の用ですか? 私は雇い主なので、サボりは許しませんよ?」
俺がそう言うと、彼は慌てた様子で弁明し始めた。
「いやいや、サボりじゃねーって。この柵をどこに設置するか、指示を仰ぎに来たんだっつーの」
「ああ、それならこっちです」
俺はフィオナにここに残ってもらうことにして、ウェインと共に柵の設置場所へと向かうことにした。
この柵は、農場を囲むように設置する予定のものだ。魔物の嫌う匂いを発する香草を混ぜて作った特製の木材を使用しているため、ある程度は魔物が近づくことを防ぐことができる。
この辺りには元々それほど強い魔物はいないが、念のための措置だ。
「……アックスさんは、残念でしたね」
「まぁな……。俺は新人だったから、それほど深い付き合いがあったわけじゃねーけどよぉ、いい人だったよ。他のパーティメンバーも、すげー落ち込んでたぜ……」
結局、リーダーのアックスが死亡したことによって、"栄光の戦斧"は解散することになったようだ。なのでウェインはこうして日々の生活費を稼ぐため、俺に雇われることになったわけだ。
柵の設置場所に到着すると、既に何人かの冒険者達が作業を行っていた。俺は彼らに軽く手を振ると、ウェインに柵を設置する位置や、間隔などを指示していく。
「あー……。ところでソフィアちゃん、話は変わるんだけどさぁ……」
「何ですか?」
ウェインは何故か突然、緊張した面持ちになると、声を上擦らせながら尋ねてきた。
ああ、何か嫌な予感がする。俺は、こういう顔をしている男が次に何を言うか、経験から知っていた。
「……そ、ソフィアちゃん、結局あのオッサンと……ヤったの?」
「……………………」
デリカシーのない奴だなぁ……。
まあ、あの時はテンション上がりすぎて、こいつや他の冒険者達がいるのをすっかり忘れてオッサンを誘惑してたからな……。そりゃ、気になるのも仕方ないか……。
ウェインだけじゃなく、作業中の他の男達も、興味津々といった様子で聞き耳を立てているのがわかった。
俺は深い溜め息を吐くと、彼に向き直る。
「珍しいギフトを持っていたので見せてもらっただけですよ。ほら、あのおじ様の能力、全裸にならなければ発動できないじゃないですか。だから、一緒の宿に泊まる必要があったんです」
「そ、そうなん……?」
かなり苦しい言い訳だが、一応は納得してくれたようだ。だが、まだ彼らの表情からは疑いの色が消えていない様子だった。
彼らの中では、俺があんなオッサンと関係を持ってて欲しくないという気持ちと、あんなオッサンでもいけるのなら、自分達にもチャンスがあるかも、という気持ちが渦巻いているのだろう。
まったく、男って本当にバカだなぁ……。
さっきから視線、露骨すぎだろう。……そういうの、女は敏感に感じるんだぞ?
「ほんとに? ほんとにそれだけ? ギフト見せてもらっただけ? それ以外、何もなかった?」
尚もしつこく聞いてくるウェイン。必死すぎだろこいつ。どんだけ性に飢えてるんだよ……。
「……もしかしてウェインって、ネラトーレル王国の出身ですか?」
「おうよ、よくわかったな!」
俺の言葉に、何故か得意げに胸を張るウェイン。
やはりそうだったか。ネラトーレル王国は、かなり性に奔放な国だからな……。
男も女も、性に関してはかなりオープンだし、めちゃくちゃ積極的だ。なので、留学生や旅人なんかは注意しないと、とんでもない目に遭うこともある。
「な、なあ……。ソフィアちゃんのあの噂って、やっぱり本当だったんじゃないの? 何か男に条件があるとか? もしかしたら、俺にもワンチャンある?」
しつこい! マジでこいつしつけぇ!! 言い寄られることは多々あるけど、ここまで必死な奴、初めて――――
――いや、もっと酷い奴が過去に1人いたわ……。
土下座しながら大金を積んで、涙と鼻水を垂れ流しながら、どうか一晩だけでいいから自分の相手をしてくれませんか、と懇願してきた奴。
あれは必死なんてレベルじゃなかった。もはや、哀れみさえ覚えるレベルだったわ……。前世でも今生でもあれほど引いた相手、他にいなかったな……。
うん、リリィって女なんだけどね。
ガチ百合で、しかもちょっとロリコン入ってて、更に巨乳好きとかいう性癖のデパートみたいな女なのだが、俺がストライクゾーンのど真ん中もど真ん中だったらしくて、猛烈にアプローチされたんだよな……。
絶世の美女の癖に、モテない中年の童貞オヤジ以上に無様に、鼻水と涙で顔をグズグズにしながら、必死に懇願してきたのは一生忘れられない思い出だ……。
あいつに比べれば、ウェインなんてまだマシなレベルだわ。
こうして思い返してみると、やっぱ俺以外の特級冒険者ってやべー奴ばっかだな。まったく、まともな俺を見習ってほしいもんだよ。
「本当にギフトを見せてもらっただけです。噂なんて鵜呑みにしたらダメですよ? ほら、作業に戻ってください。ちゃんとやらないと、報酬減らしますよ?」
「ちぇ~、わかったよ……。あー、でもさ。今日の仕事が終わったら、一緒に食事でもどう?」
こ、こいつめげないな……。ある意味尊敬の念すら覚える。
はぁ、男ってやつはどうしてこんなにも性欲に染まりきってるんだろうか。前世の俺もこんなんだったっけ? もう24年も前のことだから、よく覚えてないけど、俺はもうちょっとマシだった気がするんだけどなぁ……。
……いや、でもそういえば毎日ネットで、必死にエロい画像や動画を漁ってたような。脳みそ空っぽにして、アホ面で日毎夜毎ひたすらエロに耽ってた記憶があるぞ。
う、うわぁ……。改めて思うと、何であんな無駄な事してたんだろうか? 花の10代、他にいくらでもやることあっただろうに……。男の性欲、怖いわぁ……。
今ではパソコンの中にあった"高雄秘蔵フォルダ"は全て削除済みだ。前世の俺が知ったら卒倒しそうだが……。
でも、今の俺はそういうの一切興味ないんだ。女の子の裸を見ても綺麗だな、可愛いな、あの人おっぱい大きいなって思う程度で、それ以上の感情は湧いてこない。
やっぱりそのあたり、性欲的な部分は完全に女側に回っちゃったんだな……。
うん。今は性欲より食欲だな。とにかく美味い飯を食いたい。
「食事はいいですよ。ただし、皆と一緒にですよ」
ウェインは、ちぇーと不満げに声をあげるが、それ以上しつこく誘ってくることはなかった。こういうところはちゃんとわきまえているみたいでありがたい限りだ。
俺はレイパーは大っ嫌いだが、分別のあるチャラ男はそんな嫌いじゃないからな。
「…………」
一応ギフト、聞いておくか?
い、いや。そういうつもりはないよ? 念の為、確認しておくだけだだからね?
「そういえばウェインのギフトって、何なんですか?」
「俺のギフトか? 俺はあれだよ、"虫の知らせ"ってやつ。まあ、戦闘向きのギフトじゃねーから、戦いにはあんまし役に立たねーけどよ」
「"虫の知らせ"ですか……。どんなギフトなんですか?」
「あー、何かよくないことが起こりそうな時に、背中に虫が這ってるみたいな感じがして、嫌な予感に襲われるっつーの? まあ、そんな感じ。でもこれが結構当たるんだよ。これのおかげで、今まで生き残ってこれたっつーか……」
へー、いわゆる第六感的な特殊能力系ギフトか。必須ではないが、あると少し便利かも知れない。
機会があれば入手してみるのも手かもな。
…………。
機会があればだよ! 別に積極的にエロいことをしたいわけじゃないからね!
「で? 俺のギフトがどうかした?」
「ちょっと興味本位で聞いてみただけです。珍しいギフトについて、色々調べたりするのが好きなんで。さあ、そろそろ仕事に戻ってください」
ウェインの背中を押して作業に戻るように促すと、彼は後ろ髪を引かれるような表情で、柵の設置に戻っていった。
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この辺りの展開はややスローですが、章の後半に行くほど盛り上がっていくと思うので、引き続き読んでいただけたら幸いです。
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