第027話「親友」
俺は料理系のギフトを持っていない。
この世界で生き残るために、戦闘系や生存に特化したギフトを優先的に取得してきたので、料理だけじゃなく、農業だの、建築だのといった戦闘以外の才能系のギフトはそこまで充実していないのだ。
でも、そろそろこれらのギフトも集め始めてもいいかもしれないな……。
まあ、それには男が必要になってくるんだけどさ。
「……? なんだよソフィアの姉ちゃん。俺の顔をじっと見つめて?」
俺が脳内で、今後の計画について考えながら、エルクの顔をじーっと見ていると、彼は不思議そうに首を傾げた。
何考えてんだよ俺は……。こいつは空と同い年のガキだぞ?
いくら俺でも子供に手を出したことは――
……ちょっとしかない。
いや、だって。たまに激レアなギフトを持ってるガキとかいるじゃん? そいつが大人になるまで生きてる保証なんか無いわけだし……。
だから、多少はね?
うん。これは仕方ない事なんだよ……。
それに、ギフトをコピーさせてもらって、喜ばれたことは多々あれど、嫌がられたことなんて一度もないし……。
まあ、逆に俺に執着しすぎて、ヤンデレみたいになったり、故郷にいる結婚を約束した幼馴染を捨てて、俺のストーカーになったりした子もいたけど、そういうのは少数だったし? 多分セーフだよ。うん。
俺はギフトをコピーし終わった相手には、興味が無くなることが多いから、放置するパターンが多かったんだけど、そうしたら【ハートクラッシャー】とか呼ばれるようになっちゃってさ? 酷くないか? 俺はただ、一夜の愛と引き換えに、能力をコピーさせてもらっただけなのに……。
「どうしたのかしら? いきなり黙り込んで。……まさか、怖気づいたんじゃないでしょうね?」
俺が黙考していると、フィオナが怪訝そうに睨んでくる。
おっと、しまった。今は料理に集中しないとな。
「いえ、ちょっと考え事をしてただけです。……さて、じゃあ、早速作りましょうかね」
というわけで、料理系のギフトを持っていない俺が、フィオナを一発で黙らせるには、素材で勝負するしかない。
酒場で扱ってもらう予定のトマトはもちろん、もう一つ、異世界の住人には珍しい食材を使うことにした。
それは――――。
◆◆◆
(フィオナ視点)
ソフィアとかいう無駄に胸の大きな女が、厨房で料理を作り始める。
「ふん、何が親友よ……。馬鹿らしい……」
私はエルフの森では、子供の頃から変わり者だって言われてきた。だから、親友どころか、友達すらできたことがない。
エルフは閉鎖的な種族だ。森と共に生き、自然を愛する種族。食事も、森の恵みである果実や野菜が中心であり、肉や魚などは禁じられているわけではないが、好んで食べることはない。
でも、私は幼い頃から、食というものに興味があった。その殆どが魔法系のギフトを授かるエルフ族の中で、料理のギフトを持って生まれたのが原因なのか、それとも単純に性格によるものかは分からないけど。
とにかく、私はそんなエルフ族の生活が嫌いだった。だから、成人すると同時に、両親を説き伏せて、故郷の森を飛び出してきたのだ。
そして、この街にやって来て、初めてマスターの料理を食した時、衝撃を受けた。こんな美味しいものがこの世に存在したのかと。
それからというもの、私は毎日のようにこの店に通って、ようやく弟子入りを認めてもらえたのだ。
「どれだけ料理に自信があるかは知らないけど、私が作る料理の方が美味しいに決まってるわ……」
私は小さく呟くと、ソフィアが調理している様子をじっと観察する。
彼女はまず、赤い色をした野菜を手に取った。
「あの野菜……見たことないわね……」
「へへ、あれがトマトだぜ。俺達が今作ってる、新種の野菜さ。めちゃくちゃ美味いんだぜ? 楽しみにしとけよ」
カウンターの席に座ったエルクという少年が、得意げな顔で私に話しかけてくる。私は彼を一瞥すると、再びソフィアの方に向き直った。
「マスター、ワイルドボアの肉を使ってもよろしいですか?」
「ええ、店にある食材は何でも使っていいわよ~ん。お代はギルドにツケとくわね~ん」
マスターの言葉に、ソフィアは軽く頷くと、ワイルドボアの肉を切り始めた。
ワイルドボアの肉は、豚肉に近い食感だが、獣臭さがある。だから、普通はハーブを使って、臭みを取り除くのだが、彼女はそういったことはせず、そのまま焼くつもりのようだ。
「ふ、やはり素人ね。そんなんで私を満足させる料理が作れると思っているのかしら?」
案の定、ソフィアはワイルドボアの肉を、そのまま焼き始めた。塩は振っているようだが、それだけでは臭みは完全に消えないだろう。彼女は一体どうするつもりなのだろうか。
すると、彼女は次に別の食材を取り出した。玉ねぎとにんにくだ。
「なるほど、玉ねぎとにんにくを使って、ワイルドボアの肉独特の臭みを消す作戦ね……」
ソフィアは、にんにくをみじん切りにして、スライスした玉ねぎと一緒にワイルドボアの肉に混ぜる。そして、フライパンで焼き始めた。
じゅうじゅうという肉の焼ける音がし、香ばしい匂いが漂ってくる。
だが、まだだ。この程度なら、私やマスターでも簡単に作ることができるだろう。
私がそう思っていると、ソフィアは鍋に水を張り、火にかけた。
「煮込み料理? それともスープかしら~ん? でも、あれだけだと味が薄すぎるんじゃなぁ~い? それにワイルドボアを使ったスープは臭みが強くて、食べれたものじゃないわよ~ん」
マスターの言う通りだ。いくら煮込んでも、獣臭さは完全には消せないだろう。いや、むしろ、肉が固くなる分、余計に不味くなるかもしれない。
「ふふふ、まあ、見てなさい」
ソフィアはそう言うと、鍋の中に何やら怪しげな調味料を入れ始めた。それは茶色っぽい粉状のもので、私が見たことの無いものだった。
一体、あれは何だろうか。マスターをチラリと見ると、彼も不思議そうな表情を浮かべていた。やはり知らない調味料のようだ。
彼女が鍋をかき混ぜると、中の水は一瞬にして茶色く染まった。とてもじゃないが美味そうには見えない。
「なにあれ~、変な色してる~」
「おいおい、ソフィアの姉ちゃん、大丈夫なんだろうな?」
彼女の連れて来た子供達も、その鍋を見て不安そうな声を上げた。
だが、ソフィアはそんな声を無視して、茶色く染まった鍋の中に、焼いたワイルドボアの肉、玉ねぎ、そして乱切りにしたジャガイモと、トマトを投入し、煮始める。
「こ、これは!?」
次の瞬間、私は驚きの声を上げた。何故なら、茶色く染まった鍋の中から、とても食欲をそそる美味しそうな匂いが漂ってきたからだ。
「うお! 何かすげーいい匂いがするぞ! 茶色くて全然美味そうじゃねーのに!」
子供の1人が、鼻をひくひくさせながら声を上げる。確かに、鍋から漂ってくる匂いは今まで嗅いだことがないものだった。私の知っている料理の匂いでは無い。
「ソフィアちゃ~ん、それは一体、何なの~ん?」
マスターが興味津々といった様子で尋ねる。すると、ソフィアは得意げな顔で微笑みながら答えた。
「これは、あらゆる食材を美味しく食べられるようにする、奇跡の調味料ですよ」
ソフィアはそう言うと、完成したらしい鍋の中身を器に盛りつけ、それを私達の前に置いた。何とも言えない、エキゾチックで魅惑的な香りに包まれたそれを、私はじっと見つめる。
「ソフィアの姉ちゃん、匂いはすげー美味そうだけどよぉ、こんな茶色いの、本当に食えるのか?」
エルクとかいう少年が、不安そうにソフィアに尋ねる。すると、彼女は自信に満ちた表情で答えた。
「ええ、ソフィア特製――"ワイルドボアスパイスカレーとグリル野菜のトマト煮込み"です! さあ、おあがりなさいな!」
私はごくりと唾を呑み込むと、スプーンを手に取り、恐る恐るそれに口を付けた。その瞬間――今まで私が経験したことのない衝撃が全身を襲う。
スパイスの香りと共に、煮込まれた野菜の旨味が口の中に広がり、肉は柔らかく、とても食べやすい。そして、それらを包み込むような、濃厚かつ芳醇なトマトという野菜の酸味。
これは――絶品だ。今まで味わったことの無い、極上の味である。
「す、素晴らしいわよ~ん、ソフィアちゅわ~ん! これは間違いなく、お店の看板メニューになるわ~!」
マスターも、あまりの美味しさに感動したのか、目に涙を浮かべている。私も同じ気持ちだ。こんな美味しい料理は初めて食べた。
「う、うめー! トマトソースパスタも美味かったが、これもめちゃくちゃうめーぞ! "ワイルドボアスパイスカレーとグリル野菜のトマト煮込み"、俺これ毎日食いたいぜ!」
「ソフィアちゃんの料理、全部おいしーよねー!」
子供達も、夢中になって食べている。その様子を、ソフィアは満足そうな表情で眺めていた。
「ソフィア……さん、この料理に使ったのは、何という調味料なのでしょうか?」
「ソフィアでいいですよ。……これはカレースパイスという多種類の香辛料を併用して作った、特別な調味料です。ちょっと作り方が特殊なので、今は私しか作れませんが、マスターのお店に、定期的に卸す形にしようかと思ってます。どうですか? マスター」
「ええ、もちろん大歓迎よ~ん。これだけの調味料、他では絶対に手に入らないしね~。それに、このトマトという野菜も、とても美味しかったわぁ~ん。是非、これも卸して欲しいわね~」
マスターはそう言うと、ソフィアからトマトを受け取り、大事そうに抱きかかえた。
どうやら、今回の勝負はソフィアの勝ちのようだ。悔しいが負けを認めるしかないだろう。この料理は文句なしに美味しかったし、何より師匠であるマスターも絶賛しているのだから……。
「負けたわ……ソフィア。あなたは素晴らしい料理人よ」
私はスプーンを置くと、立ち上がってソフィアに右手を差し出す。すると、彼女もそれに応えるように、笑顔で握手してきた。
「いえいえ、私なんて大したことないですよ。素材に助けられただけです。私達の作る野菜を使えば、フィオナさんならもっとおいしいものが作れるはずですよ?」
「私が? 本当に?」
私が聞き返すと、ソフィアはこくりと頷く。
「どうです? フィオナさん、私と友達になる気にはなれましたか?」
彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、そう尋ねてきた。
もう迷う必要は無い。だって私は料理が大好きで、料理のことを真剣に考えている彼女となら、きっと最高に美味しいものを創造できると思ったから。
だから――。
「友達じゃなくて親友でしょ? それと、フィオナでいいわよ、ソフィア」
私が答えると、ソフィアは一瞬きょとんとした後、嬉しそう微笑んだ。
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