第026話「フィオナ」★
「あら~!? ソフィアちゃんじゃないの~。久しぶりねぇ~。全然ご飯食べに来てくれないから、心配してたのよぉ~ん」
ギルドに併設されている酒場に足を踏み入れると、マスターがニコニコしながら話しかけてきた。俺はカウンターの前まで行くと、ペコリと頭を下げて挨拶する。
「マスターお久しぶりです。すみません、ちょっと王都を離れていたので、なかなか足を運べなくて……」
「そうだったのねぇ~。でも、こんな情勢だし無事で良かったわぁ~ん。……ところでその子達は、ソフィアちゃんの子供かしらぁ~?」
俺の後ろに隠れている、エルクとルルカを見ながら、マスターが尋ねてきた。
「子供って……。マスターは私のこと、何だと思ってるんですか……」
「うふふふ、ソフィアちゃんはアタシと同じ、恋多きオ・ン・ナ……でしょ~? だから、そういうこともあり得るかと思ってね~ん」
マスターはくねっとしなを作ってウインクしてくる。
ううむ、オンナの勘というやつか? マスターには、俺の所業がバレてるような気がする。でも俺の場合、恋ではないんだけどなぁ……。
それに、俺はお腹の下の大事な部分を魔力でガードしているので、そういった心配はないのだ。今では寝ている間さえも、常にガードするのが習慣になっている。
「とにかく、子供ではなく、この2人は私の助手です。ほら、自己紹介して」
俺が2人を促すと、エルク達はおずおずと俺の後ろから出てきた。
「エルクだ! よろしくな!」
「る、ルルカです。よろしくお願いします……」
元気よく挨拶をするエルクと、緊張しているのか、おどおどしながら頭を下げるルルカ。
「ええ、よろしくねぇ~ん」
2人を見て、マスターは優しい笑み浮かべると、カウンターに置いてあった椅子へ座るように促してきた。
俺達はお言葉に甘えて席につくと、マスターは人数分の水を持ってきてくれる。
「それで今日はマスターに話があって来たんですよ」
「あら~ん? なぁに?」
俺はコップに注がれた水を飲みながら、マスターに"異世界ウマメシ計画"の概要を説明した。
トマトという新種の野菜を栽培し、そのトマトを使って料理を作り、このギルドの酒場で提供したいということ。そして、そのトマトを使った料理は、この店だけでなく、王都の飲食店全てに広めていきたいということ。
マスターは俺の考えを聞いて、しばらく考え込むように腕を組んだ後、ゆっくりと頷いた。
「なかなか面白そうな話じゃな~い。でも、そのトマトって野菜は大丈夫なのぉ? 聞いたことのない野菜だけどぉ~?」
マスターが不安そうな表情を浮かべる。確かに、今まで存在しなかった新種の野菜を、いきなり王都の食堂に卸すというのはリスクがあるだろう。
「それは食べてみればわかりますよ、ねえ?」
俺はエルクとルルカに目配せをする。2人は俺の言葉に、力強く頷いた。
「それで、ちょっと厨房を貸して欲しいんですけど、いいですか?」
「ええ、他ならぬソフィアちゃんの頼みだし、それくらいなら全然いいわよ~ん」
マスターはそう言って、カウンターの奥にある厨房に案内してくれようとしたのだが、それを呼び止める者がいた。
「ちょっと待ってくださいマスター。厨房は神聖な場所です。そんなどこの馬の骨とも分からない者に、簡単に使わせるべきではありません」
そう言って厨房の奥から現れたのは、金髪翠眼の美少女だった。
年は10代半ばくらいだろうか。美しい金髪を後ろで一つにまとめ、凛とした雰囲気を身に纏っている。肌は雪のように白く、鼻筋の通った端正な顔立ちをしているが、どこか近寄り難い雰囲気があった。
だが、何よりも目を引くのは彼女の耳だろう。それはまるでエルフ族のように長く尖っていたのだ。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330666838551485
「マスター、彼女は? 新しい看板娘ですか?」
「うふふふ、美人だからそう見えちゃうわよね~ん。……でも、彼女、こう見えても料理人なのよぉ~ん? 半年くらい前、ちょうどソフィアちゃんの姿が見えなくなった頃かしらぁ。突然ふらっと現れて、ここで働かせて欲しいって言ってきてねぇ~。それ以来、うちで修行をしてるんだけど、筋が良いのよね~ん」
マスターの言葉に、俺は驚愕に目を見開く。
「え? この方、エルフ族では……?」
「そうだけど、それが何か悪いのかしら?」
俺が尋ねると、少女がこちらを睨みつけてくる。その眼光は鋭く、ルルカは俺の後ろに隠れて、プルプル震えだした。
「悪くはないですけど……」
エルフ族というのは、大陸の南東にある"エルフの森"に住む種族で、森とともに生きる閉鎖的な民族だ。彼らは魔力の扱いに長けており、人間よりも遥かに長い寿命を持ち、美しい容姿をしていることで知られている。
そして、自然と調和し、自然と共に生きることを美徳としているため、人間と関わりを持つことを嫌う。また、食事も肉や魚を殆ど使わず、野菜や果物を中心の食生活を送っているため、エルフ族は基本的に料理という文化を持たない。
俺が困惑していると、少女はフンッと鼻を鳴らした。
「エルフが料理人になるのはおかしいかしら? 確かに、エルフ族が料理を行うというのは、あまり一般的ではないのは事実だけれど、私は自分がやりたいと思ったことをやっているだけよ。誰にも文句は言わせないわ」
少女は胸を張ってそう答えた。
……だが、その胸は平坦だった。
今までも何人かエルフ族の女性に出会ったことはあるが、みんな例外なく豊満な胸を持っていた。しかし、目の前にいる少女からは、その片鱗すら見られない。
どうやら相当の変わり者のようだし、それが体型にも表れているのかもしれないな。
そんなことを思案しながら、マジマジと彼女の胸元を見ていると、その視線に気が付いたのか、少女は自分の胸と俺の胸を見比べて舌打ちをした。そして、冷たい視線で俺を睨みつけてくる。
いやん。エルフの美少女に睨まれて、ソフィアゾクゾクしちゃう……。
「彼女――フィオナちゃんはね~ん。なんと、料理の才能のギフトを持ってるのよぉ~~ん」
「――――なんですって!?」
マスターの告白に、俺は思わず声を上げていた。
だって、料理の才能だよ!?
エルフは長寿の種族だ。つまり、それだけ長く料理を作り続けることができる。それはこの世界の料理文化の発展の礎になれるということに他ならない。
これはもう"異世界ウマメシ計画"に必須の人材じゃないか!!
それに、不老のギフトを持つ俺個人としても、是非とも仲良くなっておきたい相手だった。エルフの寿命は実に300年~500年。彼女がそうかは分からないが、ハイエルフに至っては千年以上の時を生きるとも伝えられている。
「フィオナさん! 私と親友になりませんかっ!?」
俺は彼女に駆け寄り、その手をぎゅっと握った。フィオナさんは突然のことに驚いた表情を浮かべるが、すぐに手を振り解いてしまう。
「ば、馬鹿じゃないの!? 親友の意味も知らないの!? 友達ですらないのに、なんでいきなり親友にならなきゃいけないのよ!?」
顔を真っ赤にして怒るフィオナさん。だが、俺は諦めるつもりなど毛頭なかった。
料理の才能のギフト、そして美形のエルフ――こんな逸材が目の前にいるのだ。逃してなるものか!!
「ふふふ、すぐに親友になりたくなりますよ。……だって、フィオナさん。相当料理、好きでしょう? じゃないと、わざわざエルフの森を単身で飛び出して、王都まで料理人なんかになりにきませんよね?」
「……確かに料理は大好きだけど、だからといって貴方と親友になるかどうかは別でしょ!」
ふんだ、という風にそっぽを向くフィオナさん。
くくくく、フィオナさんよ。君はツンデレの素質があるな?
だが、君は本当に美味い料理を食ったことがないのだ。今から俺が、その身体に教えてあげようじゃないか……!
「私の料理を食べれば、自ら親友にしてくださいと懇願することになると思いますがね……?」
「へぇ、面白いじゃない。そこまで言うなら、貴方の料理を食べてみましょうか? ただし、私が満足しなかったら、その時は覚悟しておきなさいよね」
「ええ、もちろんです。……マスター、厨房、借りてもいいですか?」
マスターは俺の方を見てニッコリ微笑むと、厨房の入り口を指差した。
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