第022話「王印」
「あ、有り金全部置いていけ! 抵抗するなら刺すぞ!」
「…………」
はぁ……どうなってんだこりゃ?
郊外の森からミルテまでの道中で2件、そして、ミルテの街に到着してから、ちょっと人気のない通りをのんびり歩いてたら、これで3件目だよ。
俺の知ってる王都ミルテは、こんなに治安が悪くはなかったはずだが……。
「は、早くしろ! お、脅しじゃないぞ! 本当に刺すからな!」
ここミステール王国は大陸東部最大の国家であり、当然、軍事力も相当なものがある。
特に王都ミルテには、王国の精鋭であるミステール騎士団の本部があり、有事の際には彼らが王都内を駆け回り、治安維持活動を行うことになっているはずだが……。
それにアックスら1級冒険者パーティも、治安維持に一役買っていたはずだ。なぜこんなにも治安が悪化しているのだろう?
「子供だからって、なめてんのか!? 早くしないとその服ひん剥いて、そのでけーおっぱ――――ごはぁあっ!?」
俺は少年が言い終わる前に、腹パンで黙らせた。金だけならまだいいが、俺はガキでもレイパーには容赦しない主義なのだ。
少年は腹を押さえて、地面を転げ回っている。
「何か言い残すことはありますか?」
手のひらの上に炎球を浮かべながらそう言うと、少年は青ざめた顔で首を横に振った。股間部分から染みが広がって、黄色い液体が地面を濡らしていく。
「ま、ま、魔法使い! ごめんなさいごめんなさい! 出来心だったんですぅぅ!! ゆ、許してくださいぃいいっ!! もうしませんからぁあああ!!」
少年は股間を濡らしたまま、物凄い勢いで土下座をすると、そのまま額を地面に擦り付け始めた。
うーん……。完全に戦意を喪失している、空と同じくらいの年頃の少年を、問答無用でぶち殺すのは流石に気が引けるなぁ……。
「ふむ、まあいいでしょう。その代わり情報を提供しなさい。この街に来るのは1年ぶりでね。何が起きてるのか、全く分からないんですよ。なぜこうも治安が悪化しているのか、とかね」
俺はそう言うと、手のひらに浮かべていた炎球をかき消した。
少年は少しほっとした表情を浮かべると、おずおずとした様子で口を開く。
「1年ぶりっていうと、ねえちゃん"八鬼衆"のことは知らないのか?」
……八鬼衆。
確か、ゴズマのやつもそんなこと言ってたな。自分達は八鬼衆ベイルの配下だとか。
「知らないですね。教えてくれますか?」
俺は少年を立たせると、近くの屋台で串焼きを買って手渡した。
広場のベンチに座ると、少年は串焼きをかじりながら話し始める。
「半年前に魔王軍四天王のイヴァルドが倒されたのは知ってるか?」
「……半年前? 1年前ではなく?」
いきなり妙な事を言い出したぞ。俺は地球で1ヶ月間過ごしてきた。つまり、こっちでは1年の月日が流れてるはずなのだ。
「いや? 半年前の話だぞ。あんな有名な話の時期を間違えるわけないだろう?」
少年は首を傾げながらそう言う。嘘を吐いてるようには見えないな……。
これは一体どういうことだ? 俺はこっちの世界で24年間過ごして地球に戻ったら、2年の月日が流れていた。つまりは時間の流れがこっちと地球では12:1ってことになる。
しかし、地球で1ヶ月過ごしてこっちに戻ってきたら、こっちでは半年間しか経ってなかった。つまり今回は時間の流れが6:1ってことになり、辻褄が合わなくなる。
「…………」
いくつか仮説は立つが、ここで考えていても答えは出ないな。今は置いておこう。
とりあえずこの少年の話の続きを聞くことにしよう。
「どうしたんだ? ねえちゃん」
「……ああ、いえ。続けてください」
少年は一瞬訝しげな表情を浮かべたが、特に気にした様子もなく、話を再開した。
「イヴァルドが倒されてから、連合軍は一気に押せ押せムードになって、魔王軍の拠点を次々と落としていったんだ。そして、3ヶ月も経たずに、魔王軍の支配地域の半分近くを制圧することに成功したんだぜ!」
少年はまるで自分の手柄であるかのように、胸を張って自慢げに語った。だが、その表情はすぐに暗く沈む。
「このままいけば、魔王軍を殲滅する日も近いって言われてたんだけどな……。それからちょっとして、魔王軍の四天王の1人が潜んでいるって噂の洞窟が発見されたんだよ。そんで、早速その四天王を倒しに向かおうってことで、連合軍と冒険者の精鋭部隊が編成されて、その洞窟に向かったんだけどよ……」
少年はそこで一旦言葉を切ると、串焼きを一気に頬張った。そして、ごくりと喉を鳴らすと、話を続ける。
「誰一人として帰ってこなかったんだ。特級冒険者はいなかったらしいけど、複数の1級冒険者と、連合軍の誇る近衛騎士団の精鋭、それに"槍王"ドノヴァンも参加していたんだぜ。それが、全員行方不明になっちまったんだよ」
少年は悔しそうに拳を握りしめると、歯を食いしばって俯いた。
「え? "王印"持ちまでいたんですか!?」
王印というのは、この世界で最もその武器の扱いに長けた者に与えられる、女神の加護だ。
剣、斧、槍、小剣、短剣、弓、杖、鞭、さらには拳に至るまで、それぞれの分野での最高峰の力を持った者に与えられ、その武器の所持者の戦闘能力を、大幅に向上させる。
その武器を持って本気で戦う時に、体のどこかに、武器をかたどった刻印が浮かび上がるのが、王印持ちの特徴だ。
例えば、剣の王印を持つものは"剣王"と呼ばれ、剣の武器を扱うことに関しては、他の追随を許さないほどの力を手に入れることができる。
今代の剣王は【百合剣姫】リリィなのだが、はっきり言って本気の俺でも、剣技では絶対に勝てないと断言できる。それほどまでに、王印の加護というものは強力なのだ。
王印は、同じ武器を持って戦う"王印戦"で勝利することで、奪い取ることができる。それ以外の理由で王印持ちが死亡した場合、生者の中で現在世界最強である人物に自動的に継承されるらしい。
「ああ、罠にでも嵌められたのか、はたまた、魔王軍には俺達の想像もつかない兵器でもあったのか……。とにかく、連合軍の精鋭は全滅しちまったのさ」
ふーむ、複数の1級冒険者に王印持ちまでいたというのに、1人も逃げ帰ることすらできなかったとは……。
それほどまで実力があるやつが、まだ魔王軍にいたのか?
「そいつの名前は?」
俺がもう一本の串焼きを差し出しながら尋ねると、少年はそれを受け取り、かぶりつきながら答えた。
「魔王軍四天王、"狡智"のグリムリーヴァ」
グリムリーヴァ……。聞いたことあるぞ。
確か、魔王軍の参謀的役割を担ってる、魔王に次ぐ優先討伐対象だったはずだ。戦闘能力はそれほど高くない、というか四天王最弱らしいが、何でも非常に頭が切れる、マッドサイエンティストみたいな奴だとか。
数年前に、人類圏内でコレラが爆発的に流行したのだが、それもこのグリムリーヴァの仕業じゃないかと、まことしやかに囁かれていた。
とにかく、あらゆる手段で人類を苦しめてきた魔王軍の中でも、一際残虐かつ悪辣な魔族として有名で、まさに"人類の敵"と呼ぶにふさわしい存在なのだ。
「それから一転して、魔王軍の反撃が始まったんだ。四天王に遜色のない実力を持つ"八鬼衆"とかいう奴らまで現れて、連合軍はどんどん押されてる。制圧したはずの地区は、すでに魔王軍に奪い返されて元通りさ。今はなんとか拮抗状態を保ててるけど、ここミステール王国だって、もういつ王都まで攻め込まれてもおかしくない状況なんだ」
少年は串焼きを食べ終わると、残った棒切れを後ろに放り投げた。俺はそれが地面に落下する前に、火魔法を使って燃やし尽くす。
「今は王国騎士団が最前線で踏ん張ってるんだけど、八鬼衆のベイルって奴がこのミルテ周辺の盗賊や山賊をまとめ上げちまって、そいつらが徒党を組んで暴れ回ってるせいで、治安は悪くなる一方ってわけさ」
ああ、道理でこんな荒れてるわけだ。王国騎士団は対魔王軍で治安維持にまで手が回らないってことね。
「なるほど、状況は分かりました。それで、少年? 何故あなたは強盗まがいのことを?」
俺がそう尋ねると、少年はバツが悪そうに目を逸らしながら、ボソリと答えた。
「父ちゃんが魔王軍との戦いに行っちまって、母ちゃんも病気で死んじまったんだ。家には妹もいるんだけど、まだ小さくて働けないから、俺が稼がないといけなくて……」
「だからって、強盗まがいのことをするのはいただけませんね。相手が相手なら殺されてましたよ?」
少し厳しめの口調で叱ると、少年は俯いて黙り込んでしまった。
しかし、どうしたものかな……。こいつこのままだと同じことを繰り返して死にそうなんだよなぁ。かといって、見ず知らずの子供に俺がしてやれることといえば……。
「時に少年、君のギフトは?」
「ねえちゃんには、借りがあるから嘘はつかねえけど……。わ、笑うなよ? あと、少年じゃなくて俺にはエルクって名前があるからな」
「ええ、わかりましたよ、エルク。それで、どんなギフトなんですか?」
彼は恥ずかしそうに頰を染めると、小さな声でボソッと呟いた。
「ギフトは"農業の才能"だけど……」
なにィ!? 農業の才能だとっ!?
「くっ、くはははっ!」
「笑うなって言ったじゃないか! 俺だってもっとカッコいいギフトが欲しかったよ。剣術の才能とか貰って、冒険者になりたかったのに……。こんな才能、何の役にも立たないよ」
エルクと名乗った少年は、不機嫌そうに口をへの字に曲げると、そっぽを向いてしまった。
「いや、すみません。あまりにもピンポイントなギフトだったので、つい……。ああ、別に馬鹿にしてるんじゃないんですよ? 君の才能は非常に素晴らしい」
「え? ほ、本気で言ってんのか?」
エルク少年は驚いたように目を見開きながら、俺の顔をまじまじと見つめてくる。俺はそれに対して大きく頷いて答えた。
「エルク! あなた、私の"異世界ウマメシ計画"に協力しなさい!」
俺は少年の頭にポンと手を乗せると、そう言って微笑んだのだった。
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