第二章 TSクソビッチ、再び異世界に戻る
第021話「サウザンドウィッチ」★
「ちょっくら異世界に行ってこようと思います」
夕食の席でそう切り出した俺に、空は目を丸くした。
「兄ちゃん、またいなくなっちゃうの?」
「少し用事があってな。すぐに帰ってくるから安心しろ」
不安げな表情を浮かべる空の頭を撫でながら、優しい声で語りかける。
「少しってどれくらいだい!? あまり長くなるようなら心配になるよ!」
「どれくらいかはわからないけど、本当にすぐだと思うぜ? 向こうとこっちじゃ流れる時間が12:1くらいで違うんだ。だから、例えばあっちに2週間くらい滞在しても、こっちだと1日しか経ってなかったりするんだよ」
母ちゃんの質問に答えると、今度は父ちゃんが思案顔で尋ねてきた。
「へー、時間の流れが違うのかい。不思議なこともあるもんだね……。しかし向こうは危険もいっぱいなんだろう? 大丈夫なのかい?」
「大丈夫でしょー。この人マジで頭がおかしいレベルで強いから。本気を出せば、世界探索者ランキング1位になれるってのも、はったりじゃないと思うよ。心配する必要なんてないんじゃないかなー」
もぐもぐとご飯を口に運びつつ、雫がそんなことを言う。
誰の頭がおかしいだよ。まったく失礼な妹様だぜ。
だが、普段一緒にダンジョン探索をしている雫の言葉には、それなりに説得力があったようで、家族の皆にも特に反対されることもなく、俺は異世界行きの許可を得ることが出来たのだった。
――翌朝。
俺は朝食を終えると、荷物を次元収納にしまい込み、全裸になって転移の準備をしていた。
「ふう、そろそろ1時間経つかな」
全裸で1時間の精神集中が必要だという制約、冬には少しきついかも知れんな……。
「あれ? 兄ちゃんまだいたん――――」
空が部屋に入ってきて、全裸の俺の姿を見て固まる。
あちゃー、見られちまったか。
「ご、ごめんなさい……」
顔を真っ赤にして両手で目を覆う空だが、指の間からチラッチラッと覗いているのが見えている。
う、うーん。この間一緒にお風呂に入ってからというもの、完全に俺の裸に興味を持っちゃったみたいなんだよなぁ……。
空に限ってはそういうこととは無縁だと思ってたんだが、雫や母ちゃんの言ってた通り、少し早まってしまったかも知れん。俺のパーフェクトボディは思春期の男の子には刺激が強すぎたかな。
そんなことを考えているうちに、全身が淡い光に包まれていく。
お、いよいよ始まるようだ。
「じゃあちょっくら行ってくるわ」
「うん! 絶対に帰ってきてよね!」
笑顔で手を振る空に見送られながら、俺は異世界へと旅立った。
◇◇◇
視界が暗転し、一瞬だけ浮遊感を感じる。
そして次の瞬間、俺は王都ミルテの郊外の森にある自宅のリビングに立っていた。
「…………」
おいおいおい、これは一体どういうことだよ。
家の中には数人の男達の姿があり、彼らは一様に困惑した様子でこちらを見つめていた。
えーっと……、とりあえず服を着るか。
俺は目の前にいる男達に背を向けると、次元収納から取り出した下着を身につけ始める。
いや、ほんとどうなってるんだこれ……。ここ俺の家なんだけど……。
そんなことを思いながらも、俺は着替えを終えて振り返る。するとそこには、剣を構えて警戒態勢に入っている5人の屈強な男達がいた。
「な、なんだこいつ……。突然現れたぞ!?」
「魔法使いか!? それとも特殊能力系のギフト持ちか!?」
「わからねぇ。だが……。へへ、すげぇ上玉だぜこいつはよぉ!」
うーむ、こいつら空き巣かなんかだろうか。向こうで1ヶ月ほど過ごしたから、こっちでは1年も経ってるはずだからな。主不在の家を漁りに来たってところかな。
男達は下卑た笑みを浮かべながらジリジリと距離を詰めてくる。
俺はそいつらに背を向けると、玄関に向かって駆け出した。
「逃げたぞ!」
「絶対に逃すな! あんな上玉そうはいねえ!」
背後から聞こえてきた声を尻目に、俺は勢いよく扉を開いて家の外に飛び出す。
「ぬおっ!」
すると、家の外にも複数の人影があった。どいつもこいつも、いかにもゴロツキです、といった風貌をしている。
「へへへへ、逃げ切れるとでも思ったか? ここは俺ら"スマイル盗賊団"のアジトなんだぜ?」
俺を追いかけて家から出てきた禿げ頭の男が、ニヤつきながらそんなことを言う。
いやいや、ここ俺の家だからね? スマイル盗賊団ってなんだよ。
「別に逃げたわけじゃないですよ。部屋を汚したくなかったので外に出て来ただけです」
「は? 意味わかんねーよ。まあいい、突然現れたのに仰天しちまって、うっかり服を着るのを静観しちまったが、またすぐに脱いでもらうからよ!」
男は腰からナイフを抜き放つと、舌なめずりをしながら飛びかかってくる。
やれやれ、ちょっと痛い目にあって貰うか。
俺は迫り来る男の懐に飛び込むと、鳩尾に手刀を叩き込んだ。ボグッという音と共に崩れ落ちるハゲ。
「ハーゲン! このメスガキ! よくもやりやがったな!!」
仲間がやられたのを見て、4人の男が一斉に襲いかかってくる。
俺はそれらを軽くいなしながら、手近な奴から順に拳と蹴りを浴びせていった。そしてものの数秒ほどで全員が地面に突っ伏してしまう。
「こ、こいつ! 強いぞ! 応援を呼べ!」
1人の男が大声で叫ぶと、周囲にいた数人が慌てて走り去っていった。
お、応援が来るのか? まあいい、運動がてら全員蹴散らしてやる。
しばらくその場で待っていると、どこからともなくわらわらと人が集まってきた。
その数30人以上はいる。
おいおい、どんだけいるんだよ……。これを全員捕縛してギルドに突き出すのは流石に骨が折れるぞ。
そんなことを考えていると、集団の中から1人だけ雰囲気の違う大柄な男が歩み出てくる。身長は2メートル以上ありそうだ。筋骨隆々で、身の丈程もある巨大な大剣を背負っていた。
そして、その両手には、ぐったりとした2人の少女を抱えている。少女達はどちらも全裸で、ぴくりとも動かない。
「お前か? 俺の部下を痛めつけてくれたのは」
男はドスの効いた声で問いかけてくる。
それと同時に、男はその手に抱えた少女達を無造作に投げ捨てた。2人はドサッという音を立てて地面の上に倒れる。
「…………」
どうやらすでに事切れているようだ。
少女達の身体には、酷い暴行の跡が残っていた。切り傷や、腫れ上がった顔など、見るに耐えない有様だ。
「ちょっと痛い目にあって貰う? 捕縛してギルドに突き出すのは面倒だ? 一体私は何をくだらないことを考えていたんでしょうね?」
「あ? なに言ってんだお前」
どうやら1ヶ月も平和な日本で暮らしていたせいで、すっかり気が抜けてしまっていたようだ。なぜ俺はわざわざ手加減して気絶とかさせてたんだろうな?
「で? 今から私をどうするつもりなんですか? 貴方は」
俺が問いかけると、男は一瞬キョトンとしてから腹を抱えて笑い始めた。周囲の男達も追従するように笑う。
「はっはっはっは! 決まってんだろうがっ! 犯して殺すんだよ! こんな上玉そうはいねぇからなぁ! たっぷり可愛がってからぶっ殺してやらァッ!!!」
「そうですか……。ならば――――死ね」
「くくく……ははははは! おめえこの状況でまだそんな舐めた口がきけるとはたいしたもんじゃねえか! 俺はスマイル盗賊団団長のゴズマ! 冥土の土産に覚えときな!」
その言葉と同時に、周囲を取り囲んでいた男達が次々と襲いかかってきた。
「地獄の業火よ、我が敵を焼き尽くせ――"ヘルフレイム"」
俺は右手に魔力を集め、火属性の上級魔法を放つ。
すると、凄まじい熱量を持った紅蓮の炎が吹き荒れ、周囲を囲っていた男達を次々と飲み込んでいった。男達は断末魔を上げながら倒れていく。
「――ちっ! 火魔法使いか!? だが、その程度で俺がやられると思ってんのか!?」
ゴズマはヘルフレイムの範囲から逃れると、背負っていた大剣を抜き放ち、そのまま俺に斬りかかってくる。
これほど大きな武器を使っているとは思えないほど、素早い動きだ。まるで重さを感じさせないような剣捌きで、次々と斬撃を放ってくる。
「流石ゴズマ団長! 元2級冒険者だけのことはあるぜ!」
周囲から歓声が上がる中、ゴズマは俺との間合いを取ると、今度は上段から大きく振りかぶって、力任せに大剣を振り下ろしてきた。
俺はそれを半身になって回避すると、地面を穿つように突き刺さった大剣を踏み台にして跳躍し、空中から勢いをつけて回し蹴りを放った。
「ぐぅっ!? て、てめぇ!」
蹴りを喰らいながらも、大剣を引き抜いて追撃を仕掛けようとしてくるゴズマ。
「俺は元2級冒険者だぞ! 人を殺しすぎてギルドを首になっちまったが、あのままいけば1級……いや、特級にだってなれたはずだ! てめえみてーなメスガキに負けるわけがねぇ!」
「特級冒険者? お前が?」
ゴズマの繰り出してきた横薙ぎの一撃をしゃがんで避けると、足払いをして体勢を崩す。そしてがら空きになった腹部に拳を突き入れた。
グチャリという音と共に、血飛沫が舞う。
ゴズマは口から大量の吐瀉物を撒き散らしながら、地面に崩れ落ちた。
「この程度の実力で? 冗談にしても笑えないですね」
俺は足元に転がるゴズマの頭をサッカーボールのように蹴飛ばすと、周囲に集まっている連中の方に向き直った。
「が、がふっ! お、お前ら! 何してやがんだ! 早くそいつを殺せっ!」
背後で、ゴズマの声が聞こえてくる。元2級冒険者を名乗るだけあって、それなりにタフなようだ。
しかし、もういいだろう。これ以上こいつらを生かしておく意味はない。
俺が手をかざすと、何人かの男達はビクッと体を震わせて後ずさりをしたが、誰一人として逃がすつもりはなかった。
殺人鬼や強姦魔は、俺にとっては最も許せない存在だ。特に、自らの快楽の為だけに女をおもちゃにするような奴は絶対に殺す。たとえそれが同じ人間であってもだ。
「凍りつけ――"アイスワールド"」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330666579107439
俺の詠唱と共に、辺り一面が氷の世界へと姿を変えていく。
盗賊団の男達は恐怖に顔を歪ませ、逃げ出そうとするが、もはやそれは叶わない。足は地面と一体化し、既に下半身は完全に凍結しているからだ。
魔王軍四天王のイヴァルドですら逃れられなかった魔法だ。普通の人間であろうこいつらに抗えるはずもない。
「な、なぜ!? お前は火魔法使いではないのか!? それにその膨大な魔力……お前は一体なんなんだ!?」
ゴズマは俺の放った魔法の威力を見て驚愕していた。
「だ、団長! こ、黒灰色の髪。輝くような金眼、いくつもの魔法を使いこなす少女――こいつまさか!」
俺の正体に気付いた男が、震えた声を上げる。それを聞いて、ゴズマはハッとした表情を浮かべた。
「お、お前――【サウザンドウィッチ】か!!」
その名前を聞いた途端、周囲の男達がざわつき始める。
「さ、サウザンドウィッチ!? 世界に7人しかいない特級冒険者の1人で、千のギフトを持つと言われているあの!?」
どうやら、俺の名前を知っているみたいだが、そんなことはもはや関係ない。何故なら、全員ここで死ぬ運命なのだから。
俺は再び手を掲げると、今度は巨大な炎球を作り上げる。
「ま、待てっ! 俺達スマイル盗賊団は、魔王軍"八鬼衆"ベイル様の傘下にある組織だ! 俺達を殺せば、ベイル様が黙っていないぞ! あの方は"王印"を持つお方! 貴様に勝ち目などない! 今なら見逃してやる! だから考え直すんだ!」
「天空より降り注げ――"フレアレイン"」
ゴズマの言葉を無視して、俺は火属性の最上級魔法を発動させた。
空を覆うように展開された無数の火球は、まるで雨のように盗賊達に降り注ぎ、その命を奪っていく。盗賊達は必死に抵抗を試みるが、無駄だった。氷の牢獄から逃れられた者はおらず、全員がなす術なく灰となっていった。
俺はその光景を見ながら、小さく溜め息を吐く。
「千のギフトは言い過ぎでしょう。私を何だと思ってるんですか」
流石にそんな数の男と関係を持った覚えはないわよ! まったく失礼しちゃうわね!
でも、一部では【リトルサキュバス】とか、【ハートクラッシャー】なんて呼ばれていたから、【サウザンドウィッチ】という一番カッコいい二つ名が定着して良かったかもしれないが。
俺は消し炭となった盗賊達の亡骸を見つめながら、ゆっくりとその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます