第017話「謎の美少女ヒーラー」

「おや、階段が見えてきましたね」


 しばらく進むと、少し大きな広間に出た。部屋の真ん中には光る魔法陣のようなものがあり、奥の壁際には、上の階に続くであろう螺旋状の階段が伸びている。


 部屋には何人かの探索者がいて、床に座り込んで休憩してる者、奥の階段を登っていく者、そして、光る魔法陣に乗り込む者と様々だ。


 あの魔法陣は"転移陣"といって、あれに乗ると一瞬で地上まで戻ることができる便利な代物である。


 今いる1階フロアと、10階毎のボス部屋の奥には必ず設置されている。特殊なアイテムを使わない限り、この転移陣以外でダンジョンから脱出することはできないのだ。


「さあ、こんなところで立ち止まってても仕方ありませんし、サクサク進みますよ」


「はーい」


 雫の手を取って、奥の階段へと向かう。すると、途中で座っていた数人の男達が声をかけてきた。


「ねえ、君達見ない顔だけど新人さん? よかったら――」


「2人で十分ですので、お構いなく」


「そ、そう……」


 雫を庇うように前に立ち、笑顔を浮かべて男達の誘いを一蹴すると、有無を言わさずその場を去る。


 美少女2人のパーティだとナンパがしつこいんだよなぁ。まあ、俺は慣れてるから平気だけど、雫はこういうのは苦手だから適当にあしらうに限る。


「おー、シスター・ソフィア頼りになるぅ!」


 雫は嬉しそうな笑顔を浮かべて抱きついてくる。


 ふっ、俺くらい美少女になると、ナンパなんて日常茶飯事だからな。男共の扱い方は心得ているんだ。


「…………」


 でも、今の奴ら若者だったし、たぶんスキル持ちの探索者だよな。もしかしてレアなスキルを持ってたりしないかな?


 女神のギフトはあっちの世界で数え切れないほどコピーしたけど、こっちの世界のスキルはまだ一つもコピーしてないんだよね。


 ダンジョンのスキル、特にユニークスキルには、雫の"先読みの魔眼"のような、女神のギフトに匹敵するような効果を持つものがいくつも存在する。


 それらをコピーすることが出来れば、俺はもっと強くなれるだろう。


「…………んっ」


 とろ~んとした表情で辺りにいる男達に流し目を送る。すると、彼らは顔を赤くしてそわそわし始めた。


「シスター・ソフィア? どうかしたの?」


「……へ? い、いえ、なんでもありませんよ」


 危ない危ない、ついダークソフィアちゃんが顔を出してしまうところだったぜ。


 う~ん。平和な地球に帰って来たんだし、そろそろこの思考回路は改めないとダメだと自覚しているんだけど……。一度染み付いた悪癖は中々抜けてくれないものだ。


 俺は頭をブンブン振って邪念を払うと、上層へと続く階段を登り始めた。




 そのまま2階、3階と進んでいき、何事もなく10階まで辿り着く。


 道中、何度かゴブリンやコボルトといった、低ランクの魔物に遭遇したが、水神の涙を装備した雫の敵ではなく、危なげなく瞬殺していた。


 雑魚モンスターが大量発生するエリアを通った時は、面倒なので俺が火魔法を乱射して一掃してやったけど。


「そいや!」


 雫が水刃を振り、少し大きめのゴブリン――ホブゴブリンの首を刎ね飛ばす。どうやら、これくらいのレベルの魔物であれば、もう苦戦することはなさそうだ。


 倒れたホブゴブリンの体に水刃を突き刺し、器用に魔石を抉り出すと、雫はこちらに駆け寄ってきた。


「いやー! 本当にこの武器凄いね! 性能はもちろんだけど、何より手が汚れないしさ! 水製だからお手入れしなくてもすぐ綺麗になるし、もう最高だよ! 」


「そうでしょう、元々水属性は汎用性が高いですしね。魔力の扱いに慣れてきたら、もっと色んな応用もできるようになりますよ」


 喜ぶ雫の頭を撫でつつ、俺達は再びボス部屋を目指して歩き始めた。


「……ところで雫さん。あなた、眼帯とかはしないんですか?」


「藪から棒にどったの?」


「ほら、せっかく赤く光る左目を持ってるのですから、『……このままじゃ少し厳しいか』とかなんとか言って眼帯をずらして、その隙間から赤い瞳を覗かせるとか」


「あのね? お兄ちゃん」


「シスター・ソフィア」


「あのね? シスター・ソフィア! 片目が見えないって、思ってる以上に不便なんだよ? 日常的に片眼を塞いで過ごすなんて、普通に考えて不便極まりないと思わない? カッコつけるためだけにそこまでする奴とか、相当極まってる人だけだよ」


「あ、その口ぶりだと一応試したことはあるんですね……」


「試したよ! 何か悪い!?」


「いえ……それでこそ私の妹だと、褒めてやりたいところです」


 俺だってあんな厨二病みたいな目を持っていたら、一度は試してみたはずだ。


 だが、よくよく考えると雫の言うことはもっともだな。封印しないと日常生活もままならない、みたいな場合を除いて、眼帯を常時装着するメリットは皆無だ。

 

 妹と2人でくだらない会話を続けているうちに、遠くに人だかりのような物が見えてくる。


「お、あれがボス部屋じゃないかな?」


 大きな扉の前に、大勢の探索者達が列を作って並んでいる。どうやら、ボスに挑戦する人数が多すぎて、順番待ちしているようだ。


「はて? 随分と人が多いですね? 私の記憶ではこれほど混んでるのを見たことがないのですけど」


「シスター・ソフィア、忘れたの? 準探索者制度が施行されたからだよ」


 ああ、そうだった。レベルアップ能力のない人達も、ダンジョンに入れるようになったんだった。だから、こうして大勢の人が押し寄せてきてるというわけか。


「しかし、レベルアップ能力のない人間が、ストーンゴーレムを倒せるものなのですかね?」


「うーん、武器次第ではいけるかもしれないけど……。実際は結構厳しいんじゃないのかなぁ? だって、普通の武器じゃ、ストーンゴーレムの装甲は貫けないもん」


 やはりそうなるか。


 雫によると、準探索者は潜れる階層がかなり制限されているのだが、それでも10階までは攻略許可が下りているらしい。なので、彼らはレアアイテムを狙って、こうして10階のボスに挑戦しようと集まってきているわけなのだが――――


「だ、誰か助けてくれえぇっ!」


 悲鳴が聞こえたかと思うと、ボス部屋の中へ続く扉が開き、そこから全身血塗れの男達が次々と飛び出してきた。


 そして、彼らは地面に倒れ伏すと、必死に助けを求める声を上げ始める。


「誰か回復ポーションをくれ! 頼む、早くしてくれぇ!」


 よく見ると、男達は全員が怪我を負っていた。中には腕が千切れかけている者や、足が潰れている者もいる。


「おいおい、回復ポーションって……。いくらすると思ってんだよ……」


「準探索者如きが無茶な真似したせいでしょ。自業自得よ。放っておきましょう」


「そうだぜ。あいつらはレベルアップ能力がないんだ。ストーンゴーレムに勝てるはずないだろ」


 男達の惨状を見ても、周囲の人間は何もしない。それどころか、まるで汚いものでも見るかのような視線を向けていた。


 レベルアップ能力の持ちの若者達は、自分は選ばれた特別な存在だと思い込んでいる者が多い。だから、彼らは非能力者を見下す傾向があるのだ。


 だが、準探索者は準探索者で問題も多い。


 低層で弱い魔物ばかりを狩っていると、安定して稼ぐことはできるが、当然一攫千金は望めない。故に、彼らは欲を出して、無謀な挑戦をする傾向にある。その結果がこの有様というわけだ。


 とはいえ、このまま放置しておくわけにはいかないだろう。


「全く……しょうがないですね」


 俺は、地面に転がっている瀕死の男達に歩み寄ると、神聖魔法を発動させた。


「聖なる光よ、彼の者達に癒しを与えたまえ――"ヒールレイン"!!」


 すると、無数の光の粒が降り注ぎ、男達の傷を瞬く間に塞いでいく。千切れかけた腕も、潰された足も全て元通りになった。


 それどころか、ボス部屋の外に待機していた他の探索者達の大小様々な怪我までもが、一瞬にして完治してしまった。


「な、なんだ今の!? あの女の子がやったのか!?」


「これって回復魔法!? うそ!? そんなの使える人、アメリカの"聖女様"や京都の"巫女姫様"くらいしかいないはずなのに……」


「"聖女様"は金髪碧眼の美女らしいし、"巫女姫様"は見たことあるが、あんなおっぱ――き、起伏に富んだ体型ではなかったぞ」


「しかも、一度に全員治しちまったぞ……!? こんなの"聖女様"でも無理なんじゃないか!?」


 周囲からどよめきが起こる。


 そりゃ、こんな大規模な治癒魔法を使えるのは、地球じゃ俺だけだろうしな。


 でも、こっちにも回復魔法を使える人がいるんだな。それはちょっと意外だったかも。回復魔法は向こうでも結構珍しい能力だったし。


 回復系はアストラルディアと地球、どちらも同じように希少価値が高い。切り傷を治す程度の低級ポーションですら、一般人からすれば高級品だ。


「し、シスター・ソフィア、大丈夫なの? なんかめちゃくちゃ目立っちゃってるけど……」


 心配そうに問いかけてくる雫に、俺は笑顔を浮かべて答えた。


「問題ありません。この慈愛の聖衣を装備している間は、神聖なる力によって、私の正体がバレることは絶対にないのです」


「え、そうなの? 私、シスター・ソフィアがお兄ちゃんだって普通に理解できてるんだけど?」


「それは、雫さんの前で着替えましたし、能力の説明もがっつりしましたからね。そこまですれば、流石に認識阻害の効果も薄れてしまうんですよ」

 

「そうなんだ。じゃあ他の人達にはどんな風に見えてるの?」


「めちゃくちゃ可愛いとか、おっぱいが大きいとか、いい匂いがするとか、髪の毛サラッサラだとか、肌が綺麗だとか、腰ほっそいとか、尻がエロいとか、声が可愛いだとか、とにかく凄まじい美少女だとか、そういう風に見えていると思いますが、実際どんな容姿だった? と問われると、上手く説明できないようですね」


「やたら自己評価高いな!? 事実その通りだから否定はできないけどさぁ……」


 雫は呆れたように嘆息した。


 周囲の人達は、突然現れた謎の美少女ヒーラーの話題でワイワイ盛り上がっている。


 その後も、順番待ちをしていた連中が怪我をして戻ってくる度に、俺は神聖魔法を使って治療してやった。


「シスター・ソフィア! お、俺! 次は俺も頼みます!」


「はいはい、順番ですよ。順番に並んでください」


「俺も! シスター・ソフィア! ここをちょこっと擦りむいたからお願いします!」


「ええ、もちろん構いませんとも」


 いつの間にか、ボス部屋の前には別の行列ができており、俺は延々と怪我人を治療し続けた。


「ちょ、ちょっと……シスター・ソフィア? あんな擦り傷の人までわざわざ治さなくても……」


「…………」


 うん。そうは思うんだけどさぁ……。


「どうしても断れないんです。あの人達が求めるなら、私は聖女として応えなくてはならない……そんな気がしてしまうのです」


「ええ……なにそれ? その服、呪われてるんじゃないの?」


 伝説級装備に対して失礼なこと言うなぁ……。でもこれを着てると、怪我人を見かけるたびに治療したくてしたくて仕方がなくなっちゃうんだよなぁ。


 ……やっぱ呪われてるかもしんねぇわコレ。


「はぁ……、これ絶対明日ニュースになるわ……。頭痛い……」


「雫さん、頭が痛いのですか? では私が癒しの奇跡を施しましょう。――"メンタルヒーリング"!」


「あっ、心が安らいでいく……気持ちいいぃ……ってそうじゃないでしょうが!!」


 頭を抱えて溜め息を吐く雫をよそに、俺はボス部屋前の行列がなくなるまで、神聖魔法を使い続けたのであった。

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