第015話「慈愛の聖衣」★

「ぐがががっ!? ぎゃああああーーーー!!!!」


「きゃあああーーっ! な、何やってるのお兄ちゃん!」


 信じがたい激痛が全身を襲い、あまりの痛みに絶叫してしまう。


 くそぉおおお!! これマジできつい!!


 痛すぎて涙が止まらない。歯を食い縛っているはずなのに、口からは悲鳴が漏れる。だが、必死に我慢して、心臓の横にある石の塊のようなものを掴む。


 ――魔核だ。


 アストラルディアの人間は、体内に魔核と呼ばれる物体を持っている。これは言わば魔力の結晶体で、ここで魔力を生成しているのだ。魔核は心臓と同じくらい重要な器官であり、これが完全に破壊されると、人は死んでしまう。


 ここからだ! 気張れよソフィア! お前なら耐えられるはずだ!


 自分にそう言い聞かせると、指に力を込めて――



 ――魔核を、半分に割った。



「ひぎゃああぁぁーーーー!! ぐががががががが!!」


 目がチカチカして、意識が飛びそうになる。下半身からは生暖かい液体が流れ出し、床に染みを作っていった。


 い、意識を保て! このまま気絶したら確実に死ぬぞ!


「ふんぬっ!!」


 俺は残った力を総動員して、半分に割った魔核を体の中から引きずり出す。


「ご、ごはぁ……! ゴフッ、ゲホッ! グハァッ!!」


 喉の奥から大量の血が溢れ出して、咳と一緒に吐き出される。


「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 大丈夫!? ねぇ! しっかりして!」


「お、落ち着け……。神聖なる光よ、我が身を癒せ――"エクストラヒール"!」


 震える声で呪文を詠唱すると、上級神聖魔法を発動させた。淡い光が俺を包み込み、身体中の傷を修復していく。


「あ、あぶねぇ……。まさかここまできついとは思わなかったぜ……」


 これでなんとか出血だけは止まったかな。でも、まだ痛みはあるし、体の感覚も鈍い。魔核を砕くのは流石に無茶だったかもしれない。


「びっくりさせないでよ! 私の方が心臓止まりかけたんだからね! もう、お兄ちゃんのバカバカバカバカ!」


「ま、待ってくれ……。今は……揺らさないでくれ……。頼む……」


 俺の胸に顔を押し付けながら、ポカポカ叩いてくる雫。


 駄目だ、普通の怪我なら全回復する魔法を使ったのに、魔核が破壊されたせいなのか、全く痛みが治まらない。


 ならば――――


「ドレスチェンジ! "天衣五宝てんいごほう"其の三――」


 掛け声とともに、首筋に装着していたチョーカーが発光すると、俺の全身が光に包まれる。



「――――"慈愛じあい聖衣せいい"!」



 次の瞬間、俺の衣服が一瞬にして切り替わる。


 白を基調とし、所々に黄金色の刺繍が施された、どこか神聖さを感じさせる美しい法衣。そして、頭にはベールが被せられた。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330666251795568


「え? 何それ? 急に服が変わったんだけど!?」


「ええ、このチョーカーには"天衣五宝"と呼ばれる5つの伝説級装備が収納されていて、必要に応じて早着替えが可能なのです。そして、この法衣――"慈愛の聖衣"を身に纏うと、神聖魔法の効果を飛躍的に上昇させることができるのです」


「へ? なんかお兄ちゃん喋り方変じゃない? もしかして頭打った?」


 おいこら、人がせっかく真面目に説明しようとしているのにその態度は何だよ。まったく、相変わらず失礼な妹様ですわね。


「この服を着ている時の癖みたいなものですよ。これにはちゃんとした理由があるのです。そう、あれは私がネラトーレル王国の王都グヘヘを訪れた時の出来事でした。神聖魔法を使え、更に顔も良く、スタイルも抜群の私は、預言書に記された聖女なのでないかと誤解を受けてしまいまして。それで王宮に招かれたわけなんですけど、そこでネラトーレル王国の国宝である、この"慈愛の聖衣"を――――」


「お兄ちゃんの異世界冒険譚は面白いから、正直続きを聞きたいんだけどさ、口元から血がどくどく出てるよ? 早く何とかした方が良くない?」


 おっと、ついつい話に夢中になってしまっていたようだ。


 気を取り直して両手を組むと、静かに目を閉じる。そして、精神統一しながら、神へ祈りの言葉を唱えていく。


「天に住まう神々よ、聖なる祈りを捧げます。御身の慈愛を持って、傷ついた者へ救いの手を差し伸べたまえ――"ゴッドブレス"」


 どこからともなく暖かく優しい風が吹き荒れて、俺と雫の体を優しく包む。きらきらと輝く粒子が舞い散り、体が少しずつ楽になっていく。


「ふぁ~、綺麗……。それに何だか元気が出てくるような気がする」


「当然です。これは最上級神聖魔法――"ゴッドブレス"。怪我や体力を回復させるだけでなく、病気にも効果があるんですよ。それだけではなく、本気で祈れば肉体の欠損すら治してしまいます」


「マジか!? ヤバいな! "ゴッドブレス"!」


「ええ、まさに神の奇跡と呼ぶに相応しい魔法でしょう。ですが雫さん? 「マジ」だとか「ヤバい」なんて言葉遣いはあまり感心できませんよ?」


「お……おお。キャラ変わりすぎてて怖いわ……。でもこのお兄ちゃんも悪くないな……」


「お兄ちゃんではありません。シスター・ソフィアとお呼びください」


「は、はい……。シスター・ソフィア」


 どうやらようやく分かってくれたみたいだな。


 この格好をしている時は、清楚で敬虔で、慈悲深い聖女を演じるようにしている。そうすることで、この服の性能を十全に引き出すことができるのだ。


 慈愛の聖衣を装備しているだけでも、神聖魔法の効果は大きく上昇するのだが、何故かこのように振舞った方が、より効果が跳ね上がる。不思議だよね。


「それよりもう体は大丈夫なの? あんなに血が出てたし、苦しそうだったけど……」


「ええ、肉体は完全に回復しました。ですが魔核は完全には修復できなかったようですね」


「ええ!? それってまずいんじゃないの!?」


「問題ありません。私は"超再生"というギフトを持っていますので、そのうち元に戻ります。でなければ流石にこんな危険な真似しませんよ」


 まあ、しばらくは完全な状態の半分以下の力しか発揮できないだろうが……。


 魔核は普通、壊れてしまったら回復魔法でも直せない。ひび割れた程度なら、骨折のように固定すれば時間経過で治るのだが、粉々に砕けたり、破片がどこかに飛んでいってしまったりするともう終わりなのだ。


 だが、俺の"超再生"はどんな損傷だろうと完全に修復してしまうのだ。たとえ魔核が半分になろうとも、時間が経てば再生する。


 元々このギフトを持ってたオッサンなんて、千切れた腕がナメクジの星の人みたいにジュルっと再生して、一瞬で元通りになってたからな。


 コピーした時に劣化したから、俺はそこまでの回復力はないが、それでもいずれは元に戻るだろう。


 ちなみに、その無敵と思われた超再生おじさんは、ある日コレラに罹ってあっさり死亡した。異世界で病気は洒落にならないね。


 俺は"超免疫"ってギフトも持ってるから、病気とか無縁だけど。猛毒とかもあっさり耐性つくんだよなー。


「それより雫さん? 忘れてませんよね?」


 取り出した魔核を雫の前にかざしながら問いかける。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!? まさかそれを私に埋め込むの!? 無理無理無理! 絶対に死んじゃうよ!」


 顔を青ざめさせながらブンブンと首を振る雫。


「ふふ、"後でやっぱりやめる"は絶対に聞かないと言いましたよね? 安心してください、流石に心臓に埋め込んだりはしませんから」


 魔核と心臓をリンクさせれば、魔力の循環効率が大幅に向上するが、魔素のない地球でそんなことをしたら、逆に生命活動に支障をきたしてしまうからな。


「えーと、じゃあどこに埋め込むの?」


「心臓の次なら額が一番いいんですけど……」


「額……それって目立たない?」


「目立ちますね。ちょっと三つ目っぽい感じになります」


「嫌だよっ! そんなの化け物じゃん!」


 おいこら、誰が化け物だ。天〇飯をディスるのはそこまでにしてもらおうか。


 とはいえ、雫の可愛い顔に目立つ傷をつけるのは俺としても本意ではない。


「では仕方ないですね……。それならばここにしましょうか」


「手の甲?」


「そうです。ここなら奥まで埋め込めば、殆ど目立たないと思いますよ。まあ、魔力を使う時ほんのり光りますが。心臓や額に埋め込むよりも、魔力の出力は大分落ちますが、逆にデメリットもほぼ無いのでお勧めです」


 そう言って雫の右手を取る。


 雫は少しの間迷っていたが、やがて覚悟を決めたのか、こくりと小さく首を縦に振る。


 さて、そうと決まれば早速始めますかね。


「じゃあ思いっきり手に穴を開けますので、ものすごく痛いですよ。ふふふ、先程の私の痛みを、少しでも味わってもらうとしましょうか」


 にちゃりと聖女らしからぬダークな笑みを浮かべると、指先に魔力を集中する。


「急にドSにならないで!? ああもう! こうなったら早くやってよ!」


 そう叫ぶと、ギュッと目を瞑る雫。


「それでは失礼して……」


 俺は魔核を握りしめ、勢いよく振り下ろす。


 ダンジョン内に少女の絶叫が響き渡った――――。

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