第014話「水神の涙」
ゴブリンは手にした棍棒を振り回し、雫に襲い掛かった。だが、その攻撃は全て空振りに終わる。おそらく、先読みの魔眼で敵の行動を予知しているんだろう。
雫は最小限の動きで攻撃を回避しつつ、ゴブリン達の背後に回りこむと、その頭上目掛けて、木刀を思い切り振り下ろした。
――ドゴッ! バキッ!
2体のゴブリンは、頭蓋骨が陥没する音と共に地面に倒れ伏し、ピクピクと痙攣した後、動かなくなった。
「おー、お見事! 流石は我が妹、天才美少女剣士様だぜ!」
パチパチ拍手をしながら、絶賛する。
まあ、レベルアップ能力にユニークスキルまで持ってるんだから、当然の結果だろうけど。
だが、雫は嬉しかったようで、照れたような表情を浮かべている。
「よし、それじゃあ魔石を取り出そうか」
「え~、私がやるの?」
「そりゃそうだろ。お前が倒したんだし」
ダンジョンのモンスターは皆、体内に魔石と呼ばれる結晶体を持っている。これを回収して持ち帰ることが、ダンジョン探索者の主な目的だ。
魔石には様々な使い道があり、その有用性は計り知れないものがある。
特にエネルギー分野においては、今では魔石を用いた魔力発電が世界の主流になっており、魔石の安定供給は、人類にとって大きな課題となっている。
ダンジョンなんていう、よく分からない場所から取れた、未だ解明されていない謎だらけの結晶体に、これほど依存してしまっていて大丈夫か、と不安にもなるが、人間というのは、一度手に入れた豊かさはなかなか手放せない生き物なのだ。
「きちゃないよ~、触りたくないよぉ……」
雫は嫌な顔をしながらも、木刀を器用に使って、ゴブリンの心臓の辺りを突き刺して穴をあけると、その中に手を入れて、紫色の石を取り出した。
これが魔石だ。
「うえ~ん……。やっぱ気持ち悪い……。これがなかったら、もっとダンジョン探索を楽しめるのにぃ……」
「あのなぁ、これ1個で1000円くらいの価値があるんだぞ? 普通にバイトしたら1時間目一杯働いてようやく稼げる金額を、こんな簡単にゲットできるんだからいいじゃないか」
無能力者やレベル1の子供でも倒せる、ゴブリンの小さな魔石ですら、売れば1000円以上になるのだ。探索者という職業が、いかに儲かる仕事なのかがよく分かるだろう。
魔石だけでなく、ダンジョンのレアアイテムまでガンガン持ち帰れる上級探索者は、1ヶ月で数千万や数億稼ぐことも珍しくない。
「ほら、手を出せ。水魔法で洗ってやるよ」
ゴブリンの返り血で汚れた雫の手を取ると、水魔法で綺麗にしてやった。
「お兄ちゃんずるいよ~。あーあ、私も魔法が使えたらな~」
地球人でもダンジョンに潜れば魔法を使える奴はいるらしいが、純粋な魔法スキルは激レアらしい。そんなもんを持ってるのは、世界で100人もいないとかなんとか。
「それより、どんどん行くぞ。ゴブリンは魔石以外に取れる素材がないからな」
モンスターの素材も換金出来るが、ゴブリンのようなモンスターは、肉は食用にならないし、皮や牙は加工品の材料にもならないので、基本的にゴミである。
魔石を失った魔物は、そのうちダンジョンに吸収されてしまうので、放置していても問題はない。ちなみに人間も魔石を持っていないので、死体をそのままにしておくと、ダンジョンに取り込まれて消えてしまう。
前世の俺の死体も見つからなかったみたいだし、たぶんダンジョンに吸収されてしまったんだろうなぁ……。
「うぅ……。仕方ないかぁ……」
雫は溜め息を吐きながらも、次の獲物を探し始めた。
それから2時間後――。
「えいっ! やあーーっ!! はあっ!!!」
――ドガ! バキ! ボコッ!!
ゴブリンの群れを倒した雫の周囲には、死屍累々と死体の山が築かれていた。
「よし、これで全部だな。中々やるじゃないか、雫」
殆どダンジョンに潜った経験が無いにしては、結構いい動きをする。まあ、こいつは前世の俺と違って、運動神経抜群だからな。勉強の方は俺に似て平々凡々だけど。
最後の1匹を倒し終えた雫は、その場にへたり込んでしまった。流石に疲れたのか、肩で大きく呼吸をしている。
「はぁ……はぁ……。やっと終わったぁ。こいつらほんと、どっからこんなに湧いてくるんだろうね」
ダンジョンのモンスターは生物なのか何なのかよく分からない存在なのだ。
アストラルディアのモンスターは生殖によって増えるが、こいつらはダンジョン内で最初から成体として自然に発生する。倒しても倒しても、どこからともなく現れるのだから、本当にキリがない。
まあ、そのおかげで魔石という貴重な資源を、ほぼ無限に手に入れることが出来るのだが。
あ、ちなみに生殖によって増えるわけじゃないが、性的な攻撃をしてくることはあるぞ。俺や雫みたいな美少女は狙われやすいので注意が必要だ。
「ほれ、水飲めよ。喉乾いたろ?」
水魔法で水球を作り、それを雫に差し出す。
雫はそれを両手で掴むと、コクリコクリと飲み干した。
「おいしー! 生き返ったぁ……。はぁ、でもここから魔石を回収するのが辛いんだよねぇ……」
ゴブリンから魔石を取り出す作業を思い出したのか、げんなりした顔を浮かべる。
ふむ、2時間も探索して、流石に雫も疲れているようだし、かわいそうだから俺が代わりに魔石を回収してやるか。
「燃え盛る炎よ、我が手に集いて力となれ――"ファイアボール"!」
詠唱を終えると同時に、手の平の上にハンドボールサイズの火球が出現する。それを上空に放ると、火球は拡散しながらゴブリン達の死骸に降り注いだ。
――ドォンッ!! ジュゥウ……
ゴブリン達は一瞬にして灰となり、後には魔石だけが残る。
俺はそれを拾い上げると、雫に手渡した。
「ほれ」
「な……なぜ最初からそれをやらないーー!? 私、汚いの我慢してわざわざゴブリンの体の中に手突っ込んだのに! お兄ちゃん酷いよぉ~」
雫は半泣きになりながら抗議してくる。
そうは言っても、俺がいない時の為に、自分で魔石を回収できるようにならないといけないしなぁ……。
「ずるい、ずるい、ずるい~~! 私も魔法使いたい~~!」
抱き着いてポカポカと胸を叩いてくる雫。
う~む、仕方ない。可愛い妹のために一肌脱いでやるかな。
「しょうがないな。じゃあ雫に、特別にいい物を見せてやろう」
そう言うと、俺は次元収納から一振りの剣を取り出した。いや、剣と言うより剣の柄部分だけ、と表現した方がいいかもしれない。
長さは20センチほどで、鍔はなく、刃は付いていない。だが、それは、まるでコバルトブルーの海を凝縮して固めたような、美しく澄んだ青色をしており、どこか神秘的な雰囲気を感じさせる。
「綺麗だけど、なにこれ? 剣の柄? ……刀身がないんだけど」
不思議そうな表情を浮かべる雫。無理もない。こんな得体の知れない物を差し出されたら、誰でも戸惑ってしまうだろう。
「ふふふ、これは"水神の涙"と呼ばれる物だ。かつて俺が、水神ヴァルガリスを討伐した際に手に入れた物でな? めちゃくちゃ貴重なマジックアイテムなんだぞ? 俺と同じ特級冒険者のマキナってやつが、これ欲しさに俺を半年間もストーカーしてきたくらいだからな。これをお前に授けよう!」
「……ふーん。ありがと」
あれ? 反応薄いな……。向こうじゃ伝説級のアイテムなのに。やれやれ、こいつの凄さを説明するには、実際に使ってみせなきゃ駄目か。
俺は水神の涙に魔力を込める。すると、柄の先端部分から水が湧き出てきた。そしてそれは、みるみると形を変えて、美しい水色の刃へと変わる。
「おおっ! なんか出てきた! すごいすごーいっ!」
雫が瞳を輝かせながら感嘆の声を上げる。
どうやら気に入ってくれたみたいだな。だが、驚くのはまだこれからだぞ。
俺は近くの石像の方に目を向けると、水で出来た刃を振り下ろした。
――ヒュン!!
風切り音と共に、石像に切れ込みが入る。そして次の瞬間、石像はズルリとずれ落ち、真っ二つになって地面に転がった。
「えっ……?」
「まだ終わりじゃないぞ」
唖然とする雫を尻目に、俺は水刃を居合斬りのように構えると、そのまま横薙ぎの一閃を放った。
すると、剣から水の斬撃が飛び出し、今度は数十メートル先にあった別の石像の首を切り落とす。
「ええぇぇ!? なに今のっ!? す、すごすぎぃ!!」
「更にっ!」
剣をタクトのようにして振るうと、空中に無数の水球が現れ、それが弾丸となって四方八方に飛び散った。
――ドガガガッ!!
辺り一帯に轟音が鳴り響き、あちこちで石像が砕け落ちる。
雫は驚きを通り越して、もはや言葉を失っているようだ。
ふふふ、どうやら理解してくれたようだな。これが如何に強力な武器なのかを。
「どうだ? これが伝説級アイテム、"水神の涙"だ! 剣として使えば、あらゆるものを切り裂き、杖として使えば、水魔法を自由自在に操れる。まさに水属性の最強武器と言えるだろう!」
「す、すごすぎるぅう~~!! これ本当に私にくれるの!? やったー! お兄ちゃん大好き~~!!」
雫は満面の笑みで飛び跳ねながら喜ぶと、勢いよく俺の胸に抱き着いてきた。
ふふふ、愛い奴め。お兄ちゃんもいっぱい抱きしめちゃう。むぎゅー。
「ほら、早速試し撃ちしてみな」
俺はそう言うと、雫に水神の涙を手渡した。
「うん、どうやって使えばいいの?」
「まずは魔力を込めろ。そしたら勝手に水が生成されるから」
「…………」
「どうした?」
「……私、魔力ないでしょーが! バカぁ~~! お兄ちゃんのアホ~~!!」
雫は再び半泣きになりながら俺の頬っぺたを引っ張ってくる。
Oh……。そうだった。
地球人には魔核がないから、ダンジョンのように空気中に魔素があっても魔力を作り出せないんだ。魔法系のスキル持ちじゃないと、ダンジョン内でも魔力のステータスはずっとゼロのままだし……。うっかりしてたぜ。
「せっかく魔法が使えるようになれたと思ったのにぃーー! お兄ちゃんのドジ、マヌケ、オタンコナス! 巨乳ーーーー!!!」
俺の双丘を鷲掴みにして、激しく揉んでくる雫。
「んあっ……!? こら、やめんか、このエロ妹! わかった、わかったって。最後の手段だ。今からお前も、魔力を使えるようにしてやるよ」
「え? そんなことできるの!?」
「できる。できるが……、めちゃくちゃ痛いぞ。覚悟しろよ?」
「い、痛いってどれくらい?」
「多分お前の人生で一番痛いな。気絶するかもしれんし、漏らすかもしれん」
俺の言葉を聞いた雫の顔色がサッと青ざめる。
「どうする? これをすれば、まず間違いなく魔力を扱えるようになるぞ」
雫は少し悩んだ後、決意を固めた表情になった。
「やる! やるよ! 私、頑張る!」
「本当だな? 後でやっぱりやめるとかは絶対に聞かないぞ? いいのか? ほんとにいいんだな?」
「……う、うん」
雫は緊張しているのか、ゴクリと唾を飲み込む。
ふむ、そこまで言うなら仕方ないな。俺も男だ。可愛い妹の頼みとあれば、全力で応えてやろうじゃないか。
……まあ、実は覚悟を決めなきゃならないのは、俺の方なんだがね。
「では、始めるぞ……」
俺は上着を捲り上げて、お腹の上辺りまで肌を露出させると、そこに右手をかざす。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 見えちゃってるって、下乳が見えてるぅー! なんで脱ぐ必要あるの!? てかやっぱでかいし、肌綺麗だし、くびれ凄いな!」
「少し黙っててくれ……。ふぅ……よし、いくぞ! はあああぁぁぁ……!!」
俺は目を閉じて意識を集中すると、体内にある魔力を右手に集めて強化していく。
そして――――
それを、自分の心臓目がけて思いっきり突き刺した――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます