第013話「先読み」★

「お兄ちゃんもういいよー」


 しばらくして雫から合図があったので、窓から外の光景を確認する。


 石造りの壁や柱で構成された広々とした空間。辺りには謎の石像が立ち並んでいて、遠くには薄暗い通路がいくつも見える。


 立川ダンジョンの第1層にある大広間だ。


 スタート地点なのでかなりの数の探索者がいるが、うまいこと石像の陰に隠れているので、俺が外に出る姿を見られることはないはずだ。


「おー、ここも久しぶりだなー」


 俺は小さな家から出て、懐かしの立川ダンジョンの大広間を眺めた。24年ぶりだというのに、まるで昨日来たばかりのような不思議な感覚だ。


「うーん! やっぱりダンジョンの中だと体が軽い気がするよね。なんかテンション上がってきたかも!」


「気がするというか、実際にレベルアップ能力の恩恵で身体能力が向上してるんだから当然――――」


 ……あれ? そういえば俺、全く身体能力が向上してる感覚がないぞ?


 前世では、ダンジョンに入った瞬間に、全身に力が溢れるような高揚感を覚えたものだが……。


「どうしたのお兄ちゃん? そろそろ行こうよ?」


「ちょっと待った。その前に色々と確かめたいことがある。まずは――ステータスオープン!」



■前:山■■雄

レベ■:2■/99

■業:高■■、Dラ■■探■者

体■:■0/14■

精■力:■■/1■0

魔力:■/0

攻■■:2■

■御■:■■

速■:■2

運:■

ス■ル:なし

称号:■■■■



 ……なんだこれ? 一応ステータスは閲覧できたが……表示がバグってる。


 前世の俺が死ぬ直前のステータスは、確かこんな感じだったと思うが……。今の俺であるソフィアがこのステータスによって強化されてる感覚は、一切ない。


 それに……スキルの欄から"スキルコピー"が消えている。


「…………」


 顎に指を当てて、しばらく思案する。


 ……おそらく、だが。


 俺が死んだ時、ダンジョンのシステムに何らかの不具合が生じて、俺の魂にスキルだけが張り付いたまま、あの世に送られた。そして、異世界で転生した際、ソフィアにそのまま引き継がれた……というところだろうか?


 その結果、高雄のステータスからスキルが無くなった。そう考えれば、一応の辻褄は合う……が、結局のところ、現時点では俺の想像の範疇を超えない。


 まあとにかく、このステータスは前世の俺の抜け殻のようなもので、今の俺には全く意味のない代物なのだろう。


 そして、ソフィアのステータスが見れず、ダンジョンの中でも身体能力の向上が感じられないことから、今生の俺はレベルアップ能力は持っていない――と考えられる。


「もしかして、俺が転生した際に、女神のギフトを貰えなかったのはこれが原因なのか?」


 ダンジョンのスキルと女神のギフトは、本質的に同じような力なのかもしれない。スキルなんて余計なものを元々持っていたせいで、女神は俺にギフトを与えなかった――。


「お兄ちゃんさっきから何やってるの?」


「……ん? ああ、どうやら今生の俺はレベルアップ能力がないみたいだ」


「ええ!? それって大丈夫なの!?」


「全然問題なし。魔力があるし、レベル99のやつより余裕で強いから。もし、レベルアップ能力があったとしても、俺にとっちゃ誤差みたいなもんだと思うぜ」


 それに、ダンジョン内は地球と違って魔素で満ちてるから、俺の力も十全に発揮できるしな。


「じゃあそろそろ行こうよ。久しぶりのダンジョンだし、ワクワクするね!」


 雫はブンブンと木製の剣のような物を振り回しながら、楽しそうにしている。


「ん? お前右手に持ってるそれ何よ?」


「何って木刀だけど……。ギルドの売店にあったやつだよ。安かったし買っといたんだ!」


「木刀ってお前なぁ……」


「だって、ダンジョンには金属製の武器とかは持ち込めないじゃん。ダンジョン産の武器は高いしさー。私ゴブリンとか素手で殴りたくないし」


 そりゃまあそうか。あいつら普通に臭いし汚いからな。


「はぁ……ちょっと待ってろよ。女でも扱える、いい感じの刀が確か次元収納に入ってたはず――――うおっ!」


 ――バチィッ!


 次元収納から刀を取り出そうとしたら、突然見えない壁のような物に当たって弾かれてしまった。


「どうしたの?」


「刀を出そうとしたら弾かれて無理だった……」


 うーん、次元収納でもダンジョンの中には、金属製のアイテムを持ち込めないのか。


 ……いや、ちょっと待てよ?


「――これはどうだ?」


 俺は再度次元収納を開き、魔力の籠った大剣を引っ張り出す。


 すると、今度はすんなり取り出すことが出来た。


「……なるほど、そういうことか」


「どういうこと?」


「おそらくだが、魔素だな」


「魔素?」


「自然界に存在しているあらゆるものには、魔素が含まれている。地球の人間だって生物である以上、微弱ではあるが体内に魔素を持っているはずだ。他にも綿や麻といった植物繊維なんかにも当然含まれている」


 俺は雫の着ているフード付きローブに触れ、その表面を撫でる。


「だが、スマホやパソコン、車などの電子機器類には、魔素が一切含まれていないんだ。銃や剣など加工した武器なんかもそうだな。つまり、こうした魔素の一切含まない無機質な物体は、ダンジョンのシステムによって持ち込めないよう規制がかかっているんだろう」


 地球人に魔素を感知できる奴はたぶんいないから、この事実には気づいてないだろうけど。


「おお、何かよく分からないけど、お兄ちゃんのくせに頭良さそうなこと言ってる!」


 おいコラ、馬鹿にしてるのか。


 ソフィアちゃんは高雄より脳みそ優秀だから、魂は同じでも前世より遥かに頭が働くんだぞ。可愛いだけじゃなく、頭脳明晰で運動神経抜群のスーパー美少女なんだからな!


 まあ、それはいいとして。


「そういやお前レベル幾つよ?」


「……レベル4だけど」


「低すぎだろっ! 探索者の資格取ったの中1の時だろ? なんでそんな低いんだよ!」


 貴重なダンジョン資源を獲得するためには、レベルアップ能力が必要不可欠である。


 その為、日本では中学校に上がったら、学校主導で探索者の適性検査が行われる。一度安全性の高いダンジョンに潜って、レベルアップ能力が目覚めるか調べるのだ。


 そこで、レベルアップ能力を発現した者は、子供であろうと探索者の資格が与えられる。


「だってさぁ、中学に上がったばかりの頃なんて、私まだ全然小っちゃかったし、ダンジョン入るの怖くて嫌だったんだもん……。夏休みに入ってからようやくやる気になって、友達と一緒に潜り始めたのにさぁ、誰かさんのせいですぐに潜れなくなっちゃったし……」


 頰を膨らませながらジト目で俺を睨む雫。


「……ま、まあ過ぎたことはしょうがない。とにかくレベル4のパワーじゃこの大剣は使えんな。とりあえずはその木刀で我慢してくれ」


 俺は次元収納に大剣を仕舞う。


 さて、そんじゃ行くとしますかね。


「よーし、久しぶりのダンジョン攻略だ。気合い入れて行くぞ! 準備はいいか? 雫二等兵!」


「おーっ!」


「返事はサーイエッサーだ!」


「サーイエッサー!!」


「良い返事だ! では、行くぞ! 指揮はこの私、ソフィア二等兵が執る!」


「自分も二等兵なのかよ! サーつけて損したわっ!」


 雫は俺の肩を叩きながら楽しそうに笑った。


 俺の妹はこういうくだらないノリにもしっかり付き合ってくれるから、一緒にいてとても楽しいんだ。思わず頬が緩んでしまう。


 2人で笑い合いながら、あまり他の探索者のいない方角を選んで、大広間から伸びる通路の一つに足を踏み入れる。通路は幅が広く、天井も高い。謎の発光する石壁が周囲を照らしていて視界も良好だ。


「久々だし緊張するよ~」


「1階なんてゴブリンや大ネズミくらいしかいないから大丈夫だろ。この辺りの魔物は、レベル1どころか無能力者でも大人なら倒せる程度の強さしかないからな」


 ご存じ緑色の肌をした醜悪な容姿のモンスター、それがゴブリンである。


 身長120センチほどの小柄な体躯で、簡単な道具や武器を扱うことも出来るが、そこまで知能は高くなく、本能的に行動するモンスターだ。


 洞窟のような狭くて薄暗い場所で遭遇した場合は注意が必要だが、基本的には最弱レベルのモンスターであり、広いダンジョン内ではまず脅威にはならない。


 この立川ダンジョンみたいに、明るく開けた場所で、ゴブリンに殺されるとしたら相当マヌケだろう。


「あ、前方の右側の曲がり角から、3秒後にゴブリンが2体出てくるよ」


 雫が指差す方向を見つめると、確かに何かが近づいてくる気配を感じた。


「先読みの魔眼か」


 雫の左目が赤く光っている。中二病みたいでカッコイイぜ。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330666153069262


 こいつ、これでいて特殊技能ユニークスキル持ちだからな。


 レベルアップ能力を持つ探索者は、全員がスキルという特殊能力を1つだけ獲得することが出来るのだが、その中でも世界にたった1つしか存在しない特別なスキルを、"ユニークスキル"と呼ぶ。


 ユニークスキルは他の量産型のノーマルスキルとは違い、非常に強力な効果を持つものが多いが、これを獲得できる人間はごく僅かだ。


 ちなみに俺の"スキルコピー"もユニークスキルなので、俺達は揃ってレアスキルを獲得している、激レア兄妹ということになる。


 そして、雫の"先読みの魔眼"は、数秒先の未来を見ることの出来る、予知系の能力である。


 ……うーむ、この能力欲しい。


「ぺろりんちょ」


「ひゃわあっ!?」


 雫の汗ばんだ首筋を舐めると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げた。


 ごくんと雫の雫(笑)を飲み込む。


「ぬぬぬ、駄目か……」


 やはり汗の一滴程度では10億分の1の確率の壁を越えられないようだ。ぺろぺろ。


「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! なぜ舐めたし! ひゃ! くすぐったいって!」


「兄なんだから妹の汗くらい舐めても別におかしくないだろ、はむはむ」


「おかしいわっ! ……って髪の毛まで食べないでよっ! この人マジで変態なんだけどっ!? 身内で美少女じゃなかったら通報されてるレベルだよっ!!」


 失礼な……。変態とは魔王軍や俺以外の特級冒険者のような奴らを言うのだ。俺はとても健全な美少女なのだが?


 必死に叫ぶ妹を無視して、彼女の髪を数本口の中へと放り込み、飲み込んだ。


「うーむ、やっぱり無理か。それよりほら、もうすぐゴブリンが来るぞ」


 雫の頬をひと撫でして、意識を前方に向けさせる。


 俺達がじゃれ合っている間に、ゴブリン達はグギャグギャと鳴き声を上げながら、こちらへ向かってきていた。


「雫のレベル上げもあるし、俺は危ない時以外は基本的に手伝わないからな。ほれ、頑張って戦え」


「あー、もう! 分かったよ!」


 雫は肩に担いでいた木刀を抜くと、ゴブリン達に向かって駆け出した。

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