第012話「立川ダンジョン」
「おー、ここも久しぶりだなぁー」
翌日――。
俺は雫と共に、自宅から歩いて30分ほどの距離にある、地元の"立川ダンジョン"に来ていた。
ここは、日本最大級というほどではないが、それなりの規模を誇るダンジョンで、低層階には弱い魔物しか出ないため、駆け出しから上級者まで幅広い層の探索者が出入りしている人気ダンジョンだ。
塔型という珍しいタイプのダンジョンで、上層階に登れば登るほど強い魔物が出現する。
最上階は50階で、そこにはスカイドラゴンと呼ばれる空を飛ぶ竜がボスとして君臨しており、未だ討伐に成功したものはいない。
そして……前世の俺が死んだダンジョンでもある。
「……お兄ちゃん大丈夫?」
雫が心配そうに俺の顔色を窺ってくる。
「平気さ。異世界で色々乗り越えてきたからな。肉体だけじゃなく、精神も鍛えられたし、ちょっとやそっとのことじゃ動揺したりはしないよ」
妹の頭を撫でながら、俺は笑顔で応える。
……くっ、俺より背が高い。背伸びしないと届かないじゃないか。
「雫、身長いくつよ?」
「んー、153センチだったかな? お兄ちゃんは150センチもないよね?」
「……ぐっ」
計ったことないけど、たぶんない。雫と比較するに、たぶん140台後半くらいだと思う。
「ふふーん。もう身長伸びないんだっけ? いやー、残念だったねぇ。一生私のことを見上げ続ける人生を送る羽目になって」
雫は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、俺の頭をぽんぽんと叩いてきた。
ぐぬぬ……。兄としての威厳が……。
「くっ! 胸が勝ってるからいいんだよ! 俺の勝ちだ!」
自慢のロリ巨乳を雫の胸に押し付けるようにして抱きつく。
どうだ! どうだ! 柔らかかろう!?
「兄の癖に胸の大きさで妹にマウント取ろうとするのはどうなのさ……。あと、暑苦しい。離れてよ変態兄貴」
そう言いながらも、満更でもなさそうな顔をする雫。
俺達はじゃれ合いながら、"日本探索者協会・立川支部"と看板に書かれた建物へと入って行く。
ダンジョンゲートは国に管理されており、役所のような建物の中にある。この建物は探索者協会――通称ギルドと呼ばれている施設だ。
ギルドは政府直轄の組織で、日本中に支部が存在し、各ダンジョンの入り口には必ず設置されている。
その理由は、ダンジョンに探索者の資格を持ってない一般人が入り込まないよう監視するためと、モンスターを狩ることで得られるドロップ品の売却や、各種手続きを円滑に行うためだ。
「雫って今、探索者ランク何なんだ?」
「……Fランク。お兄ちゃんのせいで全然ダンジョン潜れなかったんだから仕方がないじゃん……」
雫は不機嫌そうに唇を突き出す。
探索者ランクはFから始まり最高でAまで上昇する。前にも説明したが、Aランクは世界探索者ランキングにランクインした100名しかなれない。ちなみに一度Aランクになっても世界探索者ランキングから落ちるとBランクに降級してしまう。
「ま、まあ……。これから上げていけばいいさ。俺も手伝うから」
「うん、お兄ちゃんのせいなんだから、夏休み中はたっぷり私に付き合ってよね」
「はいはい、わかっておりますよ」
そんな話をしながら、ギルドのエントランスホールを横切って行く。
「んん……? なんか昔より混んでないか? それに若者だけじゃなくて、結構年配の人とかもいるような……。探索者の資格って30歳になると失効するんじゃなかったっけ?」
受付の前には、若い探索者の他にも、30代以上と思える人もチラホラ見受けられた。俺の記憶にある光景よりも、年齢層の幅が広い気がする。
「ああ、お兄ちゃん死んでたから知らないんだ。世界中でダンジョン資源の需要が高まってね、年齢制限が撤廃されたんだよ」
「ええ! それってレベルアップ能力なしの人もダンジョンに入れるってことか? それはまずいだろ。死人が出まくるぞ」
ダンジョンゲートは、金属製の武器や電子機器など、文明の利器を持っている人間を、不思議な力で弾いてしまう。なので、モンスターと戦うにはレベルアップ能力が必要不可欠だったはずなのだが……。
「文明の利器は持ち込めないけど、ダンジョン産の武器は持ち込めるでしょ? 最近は市場にもダンジョンの武器が出回るようになってきているし、そういった武器さえ持っていればダンジョンへの入場許可が下りるようになったんだよ」
なるほど。そういう理由があったのか。
確かに年々ダンジョン資源の消費量は増えているし、ダンジョンに29歳までの若者しか入れないというのでは供給が間に合わないのだろう。
低層の魔物、例えばゴブリン程度であれば、武器さえあれば普通の大人なら問題なく狩れる。それさえ持っていれば、ダンジョンの入場許可が下りるようになるのは必然の流れなのかもしれない。
「"凖探索者"っていうんだって。まあ流石に潜れる階層が制限されたり、序盤から凶悪なモンスターがいるダンジョンへは入場制限がかかるらしいんだけどね」
「ふーん、だから昔と違ってこんなに混雑しているのか」
「今日ここが混雑してるのはそれだけが理由じゃないかも。ほら、あそこの人見てよ。テレビで見た事ない?」
雫に言われ、視線を向けると、そこには大勢の女達に囲まれた若い男が目に映った。年齢は20歳ぐらいだろうか。茶髪のイケメンで、背は高くスラリとしている。
「「「きゃ~~!! 天道くぅ~~ん!!」」」
周りの女達が黄色い声を上げる。どうやら有名人のようだ。
俺は芸能界とか全く興味ないので、誰なのか分からないが、おそらくアイドルか人気俳優なのであろう。
「はいは~い、俺は今からダンジョン入るんでね。サインはまた今度ね!」
男は笑顔を浮かべて、ファンの女達に手を振りながら、こちらに向かって歩いてくる。
すると、その男とバッチリ目が合ってしまった。
「ん? んん? へぇ~?」
俺の体を上から下までジロジロ見てくる。そして、何故かニヤッとした笑みを浮かべた。
「ねえ、君達探索者? 俺、このダンジョン初めて潜るんだけどさ。どう? 一緒に潜らない?」
男は俺の肩に手を回し、馴れ馴れしく話しかけてきた。
周りにいた女性達が一斉に殺気立つ。
「すみません。今日は妹と2人で潜ろうと約束していたんです。大変申し訳ないのですが、他を当たっていただけますか?」
俺はなるべく相手を刺激しないように、笑顔を浮かべながら、柔らかい声を意識して丁寧にお断りした。
「あー、そうなの。残念だけど仕方ないか。うん、分かった。俺はしばらくここのダンジョンにいるから、気が向いたらいつでも声を掛けてくれよ」
男はあっさり引き下がり、去っていった。だが、去り際、舌打ちが聞こえたのは、きっと空耳ではないはずだ。
「今の人、
「ああ……」
明らかに俺と雫を邪な目で見ていた。それも俺の大っ嫌いなサディスティックな性癖を持った奴の目だ。
俺はともかく、雫には絶対にかかわらせたくない相手だな。
「それより私達も早く受付済ませちゃお。お兄ちゃん、ライセンス出し――」
「…………」
「お兄ちゃんライセンスどころか戸籍もないじゃん……。どうやってダンジョンに入るのさ」
そういえばそうだった。ライセンスがないと職員に止められてしまう。山田高雄のやつを使うわけにもいかないし、どうしたものか。
「……うーむ、1時間あれば、ダンジョンの中に直接転移することはできるが……」
立川ダンジョン内部は、何度も行ったことがあるので、転移の能力を使えば直接潜り込むことは可能だ。
「えー、1時間も待ってるのはダルいよ~。何か他に方法ないのぉ~?」
雫が不満げな声を漏らすので、少し考えてみる。
……そういえば、アレがあったな。
「よし、雫。ちょっとトイレに付き合ってくれないか?」
雫を連れて、ギルドの女子トイレへと向かう。中を見て、誰も使用してない事を確認すると、2人で個室に入り鍵をかけた。
「こ、こんなところに連れてきてどうするつもり? も、もしかして、お兄ちゃん……。駄目だよ、流石にもっとムードのある場所じゃないと――」
「アホ言ってないで、これを見ろ」
くねくねと身をよじらせながら、小芝居を始める妹を無視して、俺は次元収納からある物を取り出し、彼女に手渡す。
「なにこれ? 家の模型?」
それは一辺5センチほどのミニチュアログハウスであった。
「扉のところに手を入れてみてくれ」
「こんな小さい扉に手なんて――――うわっ! 手が吸い込まれた!?」
雫は驚愕の表情で、小さな扉の中に入り込んだ自分の右手を見つめている。
「そのまま体全体を中に入れるようにイメージしてくれ」
「う、うん――――きゃあっ!」
雫の体が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間にはその姿は消えていた。俺も雫を追って中へと入る。
そこは、天井の高い広々とした部屋になっており、床はフローリング、壁は木目の美しい板張りになっていた。広さは10畳ほどだろうか、部屋の中央には木製のテーブルと椅子が置かれている。
壁際には棚があり、その中には様々な調度品や生活用品が所狭しと並べられていた。奥の方に大きなベッドがあり、部屋の隅には洗面所やトイレへと繋がる扉が見える。
そして、大きな窓からは、外の景色――現在はトイレの個室がモニターのように映し出されていた。
「な、な、な、なにこれ!? 秘密基地!? 凄い! カッコいい!」
雫は興奮し、子供のように目を輝かせながら室内を走り回っている。
「ふふふ、これぞ俺が異世界のとあるダンジョンの最深部にあった宝箱から入手したアイテム。その名も"小さな家"だ!」
「おおっーー! 異世界にもダンジョンってあるんだ」
「おいおい、むしろ異世界こそダンジョンの本場だろ。まあ、こっちみたいにゲームっぽいダンジョンじゃないけどな。それこそ古代遺跡みたいなやつとか、ダンジョンというより迷宮って感じのやつが多いな」
とにかくこのアイテムを使えば、受付をごまかしてダンジョンに入ることが可能だろう。
「自分が中で休むだけじゃなくて、中に荷物を突っ込むとか、いわゆるアイテムボックス的な使い方も出来るぜ。これ、お前にやるよ。俺は次元収納を持ってるから必要ないし」
「ええー!? 本当!? ありがとう! お兄ちゃん大好き!」
雫は満面の笑みを浮かべると、俺に抱き着いてほっぺにキスをしてきた。
可愛い妹のハグとほっぺにチューでお兄ちゃんはもう幸せいっぱいです。
「俺はこの中に入ってるから、雫はダンジョンゲートを潜ったら、人気のないところに移動してくれ。そしたら外に出るからさ」
「おっけー。それじゃあ行ってくるね」
雫は元気よく返事をすると、小さな家から外に出て行った。
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